70 / 292
本編-ARIA-
第69話『シュプレヒコール』
しおりを挟む
テレビを点け、私達の目に飛び込んできたのは、氷室が逮捕されたことにより、会社から懲戒解雇処分が下ったことだった。
「そんな、どうして……」
「おそらく、氷室の勤める会社は、彼が逮捕されたことを受けて懲戒解雇処分にしたのだろうな」
「すぐに決まってしまうものなのですか?」
「……これだけ報道されたのだ。厳しい判断だが、社会的影響を考えたら、逮捕された人間をいつまでも社員として置いておけないのだろう。一秒でも早く氷室を解雇することは、会社としての社会的な責任の取り方の1つなのだ。例え、起訴されるかどうかが決定する前の段階でもな……」
氷室の勤める会社の立場から考えると、氷室を一刻も早く解雇をして、夕方の記者会見で謝罪を行なうことで、会社へのダメージを最小限にするつもりなのだろう。
『でも、智也君は何にも罪を犯していないんだよ! 現場の人だってようやく納得してくれて、これから抗議しようとしているのに……』
「月村さんのお気持ちも分かります。氷室のために本当にありがとうございます。実際に判断が覆される可能性は限りなく低いと思われますが、月村さんのその行動が氷室の心を支えることになるでしょう」
『……そうなるといいけど。今、うちのチームのリーダーが本社の人間に電話をかけて、解雇の決定について抗議をしているの。みんな、智也君が美来ちゃんのために真摯になっていたって分かってくれて……』
「月村さん、智也さんのためにありがとうございます」
『……あたしには、このくらいのことしかできないから』
月村さんの弱々しい声。それは今の言葉の通り、自分にできることがほとんどないという悲しさと虚しさを表しているように思えた。
『あの、羽賀さん』
「なんですか?」
『チームリーダーから、あたしが智也君に懲戒解雇処分になってしまったことを伝えてほいって言われて。これから面会することになるけど、大丈夫かな? 逮捕されてまだそんなに時間も経っていないし、取り調べとかもあるんじゃないかと……』
「ああ、別にかまいませんよ。我々もこれから警視庁に戻ろうと思っていましたので、一緒に行くのはどうでしょうか。私も氷室に伝えたいことがありますので」
『そうしてくれるなら助かるけれど、いいの?』
「かまいませんよ。月村さんは今もSKTTの本社ビルにいるのですよね?」
『うん』
「では、今からそちらに向かいますので。入り口に到着したら再度連絡します」
『分かった。じゃあ、また後で』
月村さんの方から通話を切った。
「……ということで、我々はそろそろ警視庁に戻ります。美来さんが氷室が無実であると証言してくれたことも彼に伝えたいので」
「そうですか。私も会いに行きたいですけど、私は被害者と言われている立場ですし。それに、智也さんもおそらく疲れていることでしょう。すぐに行っても、智也さんに迷惑がかかるだけになるかもしれません。明日や明後日に、面会をしに行ってもいいですか?」
「分かった。ただ、そのときは私に連絡をしてほしい。話を通しておく」
「ありがとうございます」
美来さんが面会する必要がなくなればいいのだが。真犯人が誰かが分からなくとも、せめても氷室は無実だったと証明したい。
「あの、羽賀さん。私に……何かできることはありませんか?」
「……氷室のことを信じてほしい。そして、誰かから氷室のことを訊かれたら、彼からは何も嫌なことはされなかったと言い続けてほしい。たいしたことないと思うかもしれないが、それは氷室にとってとても心強いことだろう。それは君にしかできない」
被害者と言われている美来さんだからこそできる、意味のある行動なのだと思う。
警視庁に勾留されている氷室の心労は相当なものだろう。さっき録音した美来さんの声を聞けば、氷室の疲れも少しは軽減するだろうか。
「分かりました。智也さんが自由になるときを待っています」
「うむ。それが一番いいだろう」
「そうだ、羽賀さん。何かのときのために連絡先を交換しましょう」
「ああ、分かった。浅野さんとも交換した方がいい。女性の方が話しやすい内容もきっとあるだろう」
私と浅野さんは美来さんとの連絡先を交換する。氷室が激しく落ち込んでいるようなら、私のスマートフォンで美来さんと会話をさせよう。
「それでは、私達はこれで失礼します」
「羽賀さん、浅野さん。智也さんのことをよろしくお願いします」
「……ああ、私達に任せてくれ」
必ず氷室の無実を証明してみせる。そして、真犯人が誰なのかも。
私と浅野さんは朝比奈家を後にし、月村さんを迎えに行くために私の運転する車で株式会社SKTTの本社ビルへと出発する。
「気持ちがいいほどに、氷室さんが無実であると分かりましたね」
「本人が何も嫌なことはされていないと断言しましたからね」
性的な行為は行なっているようだが、そのことを話す美来さんの嬉しそうな表情を見れば……氷室が無理矢理したとは思えない。
「しかし、黒幕候補が5人もいて、一課の佐相警視が関わっている可能性があるなんて」
「氷室は無実の罪で逮捕されていますからね。そのことを考えれば、警察関係者が関わっていることは明らかです。しかも、かなり権力のある警察官が。佐相警視はそういう警察官の1人ですよ」
ただ、権力を持つ警察官が関わっているのだから、下手すると、圧力が掛かってろくに捜査ができなくなる可能性がある。慎重に捜査していかなければ。
――プルルッ。
私のスマートフォンが鳴っている。まさか、さっそく美来さんから連絡が来たのだろうか。それか月村さんからか。
しかし、ホルダーに設置した私のスマートフォンの画面をチラッと見ると、発信者は『岡村大貴』となっていた。無視しても問題ないが、後で面倒になりそうだ。
「あの、出た方がいいでしょうか?」
「通話ボタンを押してください。私の親友からです」
「それは出なければいけませんね!」
親友だと言った瞬間に、浅野さんの眼の色が変わったな。新しい妄想材料が舞い込んできたと思っているのだろうか。
浅野さんが通話ボタンを押した瞬間に、
『おい、羽賀! 今、スマホをいじったら、氷室が逮捕されたっていうニュース記事があったんだけど、いったいどういうことなんだよ!』
相変わらず馬鹿でかい声を出す男だ。
「岡村。今、私は運転中なのだから、もっと声を小さくしてくれ」
『そんなの関係ねえ! 氷室が逮捕されたんだからよ!』
「お前には落ち着くという考えはないのか」
とは言うが、氷室が逮捕されたことを知って落ち着けるわけがないか。
『氷室が児童に強制わいせつってどういうことなんだよ! まさか、朝比奈ちゃんに変なことをしたっていうのか? あいつ、そんなことをする度胸ねえだろ! 絶対に何かの間違いだぜ!』
言葉は悪いが、岡村も氷室の無実を信じているということは分かった。
「私も氷室は無実だと思っている。それに、氷室が逮捕された事件、私が担当することになったのだ。なので安心――」
『じゃあ、お前が逮捕しろって決めたのか! お前、氷室に朝比奈ちゃんと月村さんという女性がいるからって逮捕したっていうのかよ! 最低な奴だな!』
「貴様、勝手な妄想は止めてもらおうか。私がそんなことをするわけがないだろう。私がこの事件を引き継いだときには、既に氷室の逮捕は決定していたのだ」
『えっ……』
「もう一度言う。私も氷室が無実だと思っている。それでたった今、朝比奈美来さんと話をしてきて、氷室から何も嫌なことはされていない。報道で言われているような、強制わいせつの行為もないという証言を取った」
『……そっかぁ』
はあっ、と安心したのか岡村のため息声が聞こえる。
『じゃあ、氷室はすぐに自由になれるのか?』
「それは難しい。私も今日から調査を始めたところだからな」
かなり上の位の警察関係者が関わっている可能性はほぼ確実なので、一筋縄ではいかないだろう。
「あの……岡村さん、というのでしょうか。あなたは羽賀さんの親友とのことですが、氷室さんとも親友なのでしょうか?」
『は、はい。そうですけど……って、お前! もしかして、氷室が逮捕されたっていうのに女とランデブーしてるのか? 女には興味ないって言ってたお前が……!』
「えっ! 羽賀さんって女性には興味がないんですか?」
『……な、何でこの女の人は、羽賀が女に興味ないことに喜んでるの?』
あ、頭が痛くなってきた。岡村は浅野さんのBL好きを知らないから彼を責めることはできないが……余計なことを言いやがって。
「ああ、妄想が爆発しそうです! 羽賀さんには岡村さんという親友の男性もいて、しかも女性に興味が無いなんて! 素敵なBLは二次元か、三次元でも脳内で創り出すしかないと思っていましたが、まさか現実にこんなにも可能性があったとは! 私、今までの中で今が一番、羽賀さんの部下で良かったと思っていますっ!」
『……羽賀、一緒にいる女の人は何を言っているんだ?』
「……今は何も訊かないでくれ。事件のことで頭がいっぱいなのだ」
というのは嘘で、岡村に浅野さんのことを説明する気にならん。ある意味、氷室が逮捕されたこの事件よりも面倒かもしれない。
『それよりも、羽賀。氷室のことで色々と話が聞きたいんだ。酒は持っていくから、今夜、お前の家で呑まないか?』
「それはかまわないが……」
「私も同行してよろしいでしょうか!」
やはり、浅野さんも一緒に呑みたいと言ってきたか。ここで断って後で恨まれるくらいなら、一緒に呑んで好き勝手に妄想された方がマシか。
『俺はいいっすよ! 女性がいた方が楽しいですし! 羽賀もいいよな!』
「……分かった。部下の女性も同行する。だが、仕事がいつ終わるかは分からないから、終わったときには連絡する」
『分かった! もうすぐで休憩時間が終わるから、また後でな!』
岡村は上機嫌な声でそう言うと、向こうから切りやがった。本当にこの男は自分勝手な人間だ。たまに、氷室には岡村のような自分勝手さを持ってもいいと思っていたが、やはり氷室は今のままでいい。あんな奴は1人で十分だ。
「今日の夜が楽しみです! 岡村さんも氷室さんと同じように、小学生からの付き合いなのでしょうか?」
「ええ、そうです。高校を卒業するまでは基本3人で一緒にいました」
「……まったく、羽賀さんは最高だぜ」
よしっ、と浅野さんはガッツポーズを見せる。今でもこんなにも興奮しているのに、私が氷室や岡村と3人でいる場面を実際に見たら、彼女はどうなってしまうのか。そんな彼女に頭を抱えてしまうのは事実だが、親友が逮捕されて気持ちが重くなっている今、こんなにもテンションが高い部下が側にいると、少し気分が軽くなるのもまた事実。
「妄想するのは自由ですが、ほどほどにしていただきたいですね」
さっきのように鼻血を出して倒れられてしまったら困るからな。職務に支障をきたすほど妄想するのはいかがなものか。
「コントロールするつもりですが、こんなにも興奮する材料があると制御不能になってしまうかもしれません。予めご了承ください」
「……はあっ」
返す言葉が見つからず、ため息しか出てこない。何を言ってもムダのようだ。
月村さんのいる株式会社SKTTの本社ビルに着くまでの間、浅野さんとは会話をしなかったが、たまに彼女が独り言を発していた。はっきりとは聞こえなかったけれども、興奮している様子だったので、どういう内容なのか想像できてしまうところが何とも言えなかったのであった。
「そんな、どうして……」
「おそらく、氷室の勤める会社は、彼が逮捕されたことを受けて懲戒解雇処分にしたのだろうな」
「すぐに決まってしまうものなのですか?」
「……これだけ報道されたのだ。厳しい判断だが、社会的影響を考えたら、逮捕された人間をいつまでも社員として置いておけないのだろう。一秒でも早く氷室を解雇することは、会社としての社会的な責任の取り方の1つなのだ。例え、起訴されるかどうかが決定する前の段階でもな……」
氷室の勤める会社の立場から考えると、氷室を一刻も早く解雇をして、夕方の記者会見で謝罪を行なうことで、会社へのダメージを最小限にするつもりなのだろう。
『でも、智也君は何にも罪を犯していないんだよ! 現場の人だってようやく納得してくれて、これから抗議しようとしているのに……』
「月村さんのお気持ちも分かります。氷室のために本当にありがとうございます。実際に判断が覆される可能性は限りなく低いと思われますが、月村さんのその行動が氷室の心を支えることになるでしょう」
『……そうなるといいけど。今、うちのチームのリーダーが本社の人間に電話をかけて、解雇の決定について抗議をしているの。みんな、智也君が美来ちゃんのために真摯になっていたって分かってくれて……』
「月村さん、智也さんのためにありがとうございます」
『……あたしには、このくらいのことしかできないから』
月村さんの弱々しい声。それは今の言葉の通り、自分にできることがほとんどないという悲しさと虚しさを表しているように思えた。
『あの、羽賀さん』
「なんですか?」
『チームリーダーから、あたしが智也君に懲戒解雇処分になってしまったことを伝えてほいって言われて。これから面会することになるけど、大丈夫かな? 逮捕されてまだそんなに時間も経っていないし、取り調べとかもあるんじゃないかと……』
「ああ、別にかまいませんよ。我々もこれから警視庁に戻ろうと思っていましたので、一緒に行くのはどうでしょうか。私も氷室に伝えたいことがありますので」
『そうしてくれるなら助かるけれど、いいの?』
「かまいませんよ。月村さんは今もSKTTの本社ビルにいるのですよね?」
『うん』
「では、今からそちらに向かいますので。入り口に到着したら再度連絡します」
『分かった。じゃあ、また後で』
月村さんの方から通話を切った。
「……ということで、我々はそろそろ警視庁に戻ります。美来さんが氷室が無実であると証言してくれたことも彼に伝えたいので」
「そうですか。私も会いに行きたいですけど、私は被害者と言われている立場ですし。それに、智也さんもおそらく疲れていることでしょう。すぐに行っても、智也さんに迷惑がかかるだけになるかもしれません。明日や明後日に、面会をしに行ってもいいですか?」
「分かった。ただ、そのときは私に連絡をしてほしい。話を通しておく」
「ありがとうございます」
美来さんが面会する必要がなくなればいいのだが。真犯人が誰かが分からなくとも、せめても氷室は無実だったと証明したい。
「あの、羽賀さん。私に……何かできることはありませんか?」
「……氷室のことを信じてほしい。そして、誰かから氷室のことを訊かれたら、彼からは何も嫌なことはされなかったと言い続けてほしい。たいしたことないと思うかもしれないが、それは氷室にとってとても心強いことだろう。それは君にしかできない」
被害者と言われている美来さんだからこそできる、意味のある行動なのだと思う。
警視庁に勾留されている氷室の心労は相当なものだろう。さっき録音した美来さんの声を聞けば、氷室の疲れも少しは軽減するだろうか。
「分かりました。智也さんが自由になるときを待っています」
「うむ。それが一番いいだろう」
「そうだ、羽賀さん。何かのときのために連絡先を交換しましょう」
「ああ、分かった。浅野さんとも交換した方がいい。女性の方が話しやすい内容もきっとあるだろう」
私と浅野さんは美来さんとの連絡先を交換する。氷室が激しく落ち込んでいるようなら、私のスマートフォンで美来さんと会話をさせよう。
「それでは、私達はこれで失礼します」
「羽賀さん、浅野さん。智也さんのことをよろしくお願いします」
「……ああ、私達に任せてくれ」
必ず氷室の無実を証明してみせる。そして、真犯人が誰なのかも。
私と浅野さんは朝比奈家を後にし、月村さんを迎えに行くために私の運転する車で株式会社SKTTの本社ビルへと出発する。
「気持ちがいいほどに、氷室さんが無実であると分かりましたね」
「本人が何も嫌なことはされていないと断言しましたからね」
性的な行為は行なっているようだが、そのことを話す美来さんの嬉しそうな表情を見れば……氷室が無理矢理したとは思えない。
「しかし、黒幕候補が5人もいて、一課の佐相警視が関わっている可能性があるなんて」
「氷室は無実の罪で逮捕されていますからね。そのことを考えれば、警察関係者が関わっていることは明らかです。しかも、かなり権力のある警察官が。佐相警視はそういう警察官の1人ですよ」
ただ、権力を持つ警察官が関わっているのだから、下手すると、圧力が掛かってろくに捜査ができなくなる可能性がある。慎重に捜査していかなければ。
――プルルッ。
私のスマートフォンが鳴っている。まさか、さっそく美来さんから連絡が来たのだろうか。それか月村さんからか。
しかし、ホルダーに設置した私のスマートフォンの画面をチラッと見ると、発信者は『岡村大貴』となっていた。無視しても問題ないが、後で面倒になりそうだ。
「あの、出た方がいいでしょうか?」
「通話ボタンを押してください。私の親友からです」
「それは出なければいけませんね!」
親友だと言った瞬間に、浅野さんの眼の色が変わったな。新しい妄想材料が舞い込んできたと思っているのだろうか。
浅野さんが通話ボタンを押した瞬間に、
『おい、羽賀! 今、スマホをいじったら、氷室が逮捕されたっていうニュース記事があったんだけど、いったいどういうことなんだよ!』
相変わらず馬鹿でかい声を出す男だ。
「岡村。今、私は運転中なのだから、もっと声を小さくしてくれ」
『そんなの関係ねえ! 氷室が逮捕されたんだからよ!』
「お前には落ち着くという考えはないのか」
とは言うが、氷室が逮捕されたことを知って落ち着けるわけがないか。
『氷室が児童に強制わいせつってどういうことなんだよ! まさか、朝比奈ちゃんに変なことをしたっていうのか? あいつ、そんなことをする度胸ねえだろ! 絶対に何かの間違いだぜ!』
言葉は悪いが、岡村も氷室の無実を信じているということは分かった。
「私も氷室は無実だと思っている。それに、氷室が逮捕された事件、私が担当することになったのだ。なので安心――」
『じゃあ、お前が逮捕しろって決めたのか! お前、氷室に朝比奈ちゃんと月村さんという女性がいるからって逮捕したっていうのかよ! 最低な奴だな!』
「貴様、勝手な妄想は止めてもらおうか。私がそんなことをするわけがないだろう。私がこの事件を引き継いだときには、既に氷室の逮捕は決定していたのだ」
『えっ……』
「もう一度言う。私も氷室が無実だと思っている。それでたった今、朝比奈美来さんと話をしてきて、氷室から何も嫌なことはされていない。報道で言われているような、強制わいせつの行為もないという証言を取った」
『……そっかぁ』
はあっ、と安心したのか岡村のため息声が聞こえる。
『じゃあ、氷室はすぐに自由になれるのか?』
「それは難しい。私も今日から調査を始めたところだからな」
かなり上の位の警察関係者が関わっている可能性はほぼ確実なので、一筋縄ではいかないだろう。
「あの……岡村さん、というのでしょうか。あなたは羽賀さんの親友とのことですが、氷室さんとも親友なのでしょうか?」
『は、はい。そうですけど……って、お前! もしかして、氷室が逮捕されたっていうのに女とランデブーしてるのか? 女には興味ないって言ってたお前が……!』
「えっ! 羽賀さんって女性には興味がないんですか?」
『……な、何でこの女の人は、羽賀が女に興味ないことに喜んでるの?』
あ、頭が痛くなってきた。岡村は浅野さんのBL好きを知らないから彼を責めることはできないが……余計なことを言いやがって。
「ああ、妄想が爆発しそうです! 羽賀さんには岡村さんという親友の男性もいて、しかも女性に興味が無いなんて! 素敵なBLは二次元か、三次元でも脳内で創り出すしかないと思っていましたが、まさか現実にこんなにも可能性があったとは! 私、今までの中で今が一番、羽賀さんの部下で良かったと思っていますっ!」
『……羽賀、一緒にいる女の人は何を言っているんだ?』
「……今は何も訊かないでくれ。事件のことで頭がいっぱいなのだ」
というのは嘘で、岡村に浅野さんのことを説明する気にならん。ある意味、氷室が逮捕されたこの事件よりも面倒かもしれない。
『それよりも、羽賀。氷室のことで色々と話が聞きたいんだ。酒は持っていくから、今夜、お前の家で呑まないか?』
「それはかまわないが……」
「私も同行してよろしいでしょうか!」
やはり、浅野さんも一緒に呑みたいと言ってきたか。ここで断って後で恨まれるくらいなら、一緒に呑んで好き勝手に妄想された方がマシか。
『俺はいいっすよ! 女性がいた方が楽しいですし! 羽賀もいいよな!』
「……分かった。部下の女性も同行する。だが、仕事がいつ終わるかは分からないから、終わったときには連絡する」
『分かった! もうすぐで休憩時間が終わるから、また後でな!』
岡村は上機嫌な声でそう言うと、向こうから切りやがった。本当にこの男は自分勝手な人間だ。たまに、氷室には岡村のような自分勝手さを持ってもいいと思っていたが、やはり氷室は今のままでいい。あんな奴は1人で十分だ。
「今日の夜が楽しみです! 岡村さんも氷室さんと同じように、小学生からの付き合いなのでしょうか?」
「ええ、そうです。高校を卒業するまでは基本3人で一緒にいました」
「……まったく、羽賀さんは最高だぜ」
よしっ、と浅野さんはガッツポーズを見せる。今でもこんなにも興奮しているのに、私が氷室や岡村と3人でいる場面を実際に見たら、彼女はどうなってしまうのか。そんな彼女に頭を抱えてしまうのは事実だが、親友が逮捕されて気持ちが重くなっている今、こんなにもテンションが高い部下が側にいると、少し気分が軽くなるのもまた事実。
「妄想するのは自由ですが、ほどほどにしていただきたいですね」
さっきのように鼻血を出して倒れられてしまったら困るからな。職務に支障をきたすほど妄想するのはいかがなものか。
「コントロールするつもりですが、こんなにも興奮する材料があると制御不能になってしまうかもしれません。予めご了承ください」
「……はあっ」
返す言葉が見つからず、ため息しか出てこない。何を言ってもムダのようだ。
月村さんのいる株式会社SKTTの本社ビルに着くまでの間、浅野さんとは会話をしなかったが、たまに彼女が独り言を発していた。はっきりとは聞こえなかったけれども、興奮している様子だったので、どういう内容なのか想像できてしまうところが何とも言えなかったのであった。
0
あなたにおすすめの小説
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる