アリア

桜庭かなめ

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本編-ARIA-

第105話『朝風呂』

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 朝比奈家のみなさんはまだ起きていないようで。僕と有紗さんはみなさんを起こさないように静かに浴室まで向かう。

「あたしと智也君、ちゃんと泊まっているのに、ここの家に住んでいる人達が全員起きていないと、何だかあたし達……泥棒に入った気分ね」
「アウェーな場所にいる感じがしてきますね」

 夜中は美来と一緒だから何とも思わなかったけど、早朝に有紗さんと一緒にお風呂に入っていいかどうか分からなくなってきた。
 有紗さんは昨晩、シャワーで汗を流した程度だったということなので、髪と体を洗っている。僕は湯船に浸かりながら目を瞑っている。

「何だかごめんね、あたしのお風呂に付き合わせちゃう感じになって」
「いえいえ、かまいませんよ」
「ふふっ、目を瞑っちゃって。そうされちゃうと、誘ったことが悪い気がしてくる」
「そんなことないですって。気にしないでください」
「分かったわ。ねえ、智也君。リンスってどれか分かったりする?」
「オレンジ色のボトルがリンスです。あと、白色のボトルがボディーソープです」
「……何でそんなに知ってるの? 美来ちゃんの家なのに」
「数日ほどここでお世話になっていましたから。いじめのことで」
「……そうだったね」

 それも10日ほど前のことなんだよな。個人的に1ヶ月くらい経っているような気がするけれど。逮捕と2日間の勾留のおかげで時間の感覚が狂っているな。

「いつか、あたしの家にも来てよ。実家だけれど。どれがシャンプーで、どれがボディーソープのボトルなのか分かるくらいに」
「え、ええ……」

 そういえば、有紗さんの家にはまだ行ったことがないんだよな。有紗さんが僕の家にたくさん来てくれているけど。
 そういえば、僕の家……いつの間にか、美来と有紗さんのものが置かれてきているんだよな。2人のメイド服ももちろんのこと、この前、ベッドの下にある収納スペースを確認したら、2人の衣服が入っていた。きっと、それらのことは家宅捜査をしたときに羽賀や浅野さんに知られてしまっただろう。

「どうしたの? 智也君、のぼせちゃった? 顔がさっきより赤い気がするけど……」
「いえ、ちょっと考え事をしていただけです」
「そう」

 お湯が揺れたような気がしたのでゆっくりと目を開けてみると、有紗さんは髪と体を洗い終えたようで、湯船に入り、僕と向かい合うようにして座っていた。もちろん、タオルは巻いている状態で。

「至近距離でじっと見られると恥ずかしいね」
「すみません」
「き、気にしないでいいんだよ。それに、また智也君と一緒にお風呂に入ることができて嬉しいし。しかも、早朝に入るなんて何だか贅沢だよね」
「美来の家のお風呂ですけどね」
「……そうだね。後で何か言われたら、あたしの方から謝っておくよ」

 浴室だけなら僕と有紗さんの空間なんだけれど、美来の家の浴室であることを忘れちゃいけないな。

「ねえ、智也君。勾留されているとき、暇さえあれば美来ちゃんやあたしのことを考えていたって言っていたよね。どっちと付き合うかだいぶ固まってきた感じ?」
「……そこまでは考えることはできませんでしたね。ただ、2人の楽しそうな顔や嬉しそうな顔を思い浮かべて、釈放されるまで頑張ろうと思っていたんです」
「そっか。そうだよね。取り調べのときに何をされるか分からないし、いくら羽賀さんが担当していても……怖くなっちゃうよね」
「逮捕された直後から、羽賀に警察官が関わっていることも聞いていました。なので、いつ自白を強要だろうかって」
「実際に佐相警視……だっけ。結構偉い立場の警察官が関わっていたんだもんね。ごめん、変なことを訊いちゃって」
「いえいえ、気にしないでください」

 有紗さんと美来の存在があったからこそ、2日間の勾留に耐えることができたのは本当のことだし。

「あのさ、智也君。話が変わっちゃうんだけど……ぶっちゃけ、年上と年下のどちらが好みなの? 美来ちゃんやあたしのことは置いておいて」
「いきなりぶっちゃけてきますね。そうですね……」

 好みの女性のタイプってことだよな。そういえば、あまり考えてこなかったなぁ。年上か年下か。

「……迷いますね。ただ、一番は同い年でしょうかね。何だか特別な感じがします。学生なら同じ年に入学したり、卒業したり。社会人になった今だと年上年下関係ないですけど、年齢が近い方がいいかもしれません」
「……美来ちゃんよりもあたしの方が智也君と年齢が近い」

 よし、と有紗さんは喜んでいる。有紗さんや美来のことは関係なく答えてくれと言っていたのに。ポジティブだなぁ。

「有紗さんの好みの異性のタイプは? 僕は関係なく」
「ええと、年齢が1歳年下で、優しい性格で、髪は黒くて、自分のことを『僕』って言って、仕事のことは基本、あたしから教えるけど、たまにあたしにも仕事のことを教えてくれる人かな?」
「優しいかどうかはともかく、まんま僕のことじゃないですか」
「だって、智也君が好みなんだもん」
「……ぐっときました」

 自分が好みだと言われると嬉しいな。

「そう言われたら、僕だって有紗さんや美来のような人が好みですよ」
「……ぐっときた」

 有紗さん、とても嬉しそうな表情をしている。まったく、可愛らしい先輩だ。職場で人気なのも頷ける。
 すると、有紗さんは僕に近づいてきて、キスしてきた。

「……嬉しくて、つい」
「そうですか」
「でも、キスしたら何だか体が熱くなってきちゃった。のぼせちゃうとまずいからもう出ようか」
「はい」

 お風呂から出て静かに美来の部屋に戻ると美来はベッドでぐっすりと眠っていた。
 有紗さんの希望によって、3人でベッドに寝ることに。美来のことを起こさないように、そっとベッドに入ると、何とか3人で寝ることができた。しかし、

「シャンプーとボディーソープの香りが若干します。でも、一番香るのは有紗さんの甘い匂いですね。あっ、今じゃなくていいので、何をしたのか教えてくださいね……」

 有紗さんの寝息が聞こえたところで、僕の耳元で美来がそう囁いたのだ。どうやら、美来は僕と有紗さんがお風呂に入っている間に目を覚ましていたようだ。
 ――ちゅっ。
 美来は僕の頬にキスをしてくる。そのとき、美来の眼が開いてちょっと意地悪そうな笑みを浮かべる。こいつ、こういう笑みも見せてくるんだな。

「智也さんには有紗さんもいますけど、私には智也さんしかいません。しつこいとか、重いって思っていただいてかまいません。私が智也さんだけしか好きにならなかったこと。今、智也さんが好きであること。これからも智也さんしか好きにならないこと。それらを智也さんには覚えていてもらえると嬉しいです」

 そう言うと、美来はいつもの可愛らしい笑みになって、僕にそっとキスしてゆっくりと目を瞑った。
 しつこいとも、重いとも思わないけれどな。強いて言うなら……深いかな。僕に対する美来の愛情は。それは僕の想像もつかないほどに。

「そろそろ決めないと……」

 何だか、このままだと2人の優しさに甘えてしまって、どちらと付き合うかを決められなくなる。
 この事件の解決を1つのポイントにして、気持ちを固めるようにしよう。僕が好意を自覚するずっと前から、2人は僕のことが好きなんだし。特に美来の方は10年来の恋で。いつまでも2人のことを待たせてはいけないだろう。
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