アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
107 / 292
本編-ARIA-

第106話『サタデーコール』

しおりを挟む
 6月4日、土曜日。
 美来に囁かれた後、僕は2人のことを考えていたら……程良い眠気が来たので再びぐっすりと眠った。
 昨日は9時間も寝たにも関わらず、勾留の疲れが残っていたのか、起きたときには午前8時前だった。


 朝食を食べるとき、果歩さんだけはやけにニヤニヤとした表情をして僕と有紗さんのことを見ていた。
 どうやら、早朝に有紗さんとお風呂に入っていたとき、果歩さんは起きていたようで、話し声が聞こえてしまっていたようだ。朝食後、結菜ちゃんと雅治さんのいないところで美来と果歩さんから色々と訊かれてしまった。

「ううっ、まさか果歩さんに声を訊かれていたなんて……」

 恥ずかしいと言って、有紗さんは美来のベッドに寝込んでいる。ベッドに入るときの有紗さんの顔は、熟れたさくらんぼに負けないくらいに赤かった。僕や美来に顔を見せたくないのか頭までふとんを被っている。
 お風呂に入ってキスくらいしかしていないんだけど、有紗さんにとってその声でさえも果歩さんに聞こえてしまったことが恥ずかしいようだ。

「智也さん、何をしますか?」
「そうだね……」

 水曜日の昼過ぎからおよそ2日間、勾留されていたからな。こうして自由の身になって美来の部屋にいること自体で幸せを感じている。何かしたいことか。

「テレビを観るのはちょっとな……」

 どこかのチャンネルで、平日5日間で起こった出来事を振り返る番組があったと思う。きっと、その番組で確実に僕の事件が大々的に報じられるはずだ。無実になったものの、報道関連の番組とかは観る気になれない。

「……とりあえずゆっくりしようか」
「ふふっ、分かりました。コーヒーでも淹れてきましょうか?」
「じゃあ、お願いするよ。有紗さんはどうしますか?」

 僕がそう訊くと、有紗さんはふとんから目元まで姿を現して、

「……コーヒーをお願いできる? 砂糖とミルクをたっぷり」

 やっぱりコーヒーなんだ。いや、砂糖とミルクがたっぷりだと、コーヒーではなくてカフェオレなんじゃないだろうか。

「分かりました。では、淹れてきますね」

 美来は部屋を後にする。何だか、彼女にはいつもコーヒーを淹れてもらって悪いな。
 僕はベッドの側まで行き、ベッドを背にして座る。

「少しは恥ずかしさもなくなりましたか?」
「……なかなか消えないって。お風呂の声を他の人に聞かれていたんだよ? 美来ちゃんならまだしも……」
「僕と一緒にお風呂に入らない方が良かったですかね」
「……入らない方がもっと後悔していたと思うから、一緒に入ってくれて良かった。今は恥ずかしいけれど、智也君と一緒に入るお風呂は気持ち良くて幸せだったから」
「……有紗さんならそう言うと思っていました」

 有紗さんの性格上、する後悔よりもしない後悔の方が強そうだから。
 すると、後ろから抱きしめられる。

「まったく、智也君ったら……かっこいいこと言ってくれちゃって」
「僕、何かかっこいいこと言いました?」
「……そういうところ」

 ふふっ、と有紗さんの笑い声が聞こえる。
 振り返ってみると、そこにはいつもの彼女の可愛らしい顔があった。有紗さんと目が合うと彼女はそっとキスしてきた。そして、再び可愛らしい笑みが。

「まったく、私の部屋にある私のベッドで何をイチャイチャしているんですか」
「ひゃああっ!」

 さっきの尋問がまだ影響しているのか、部屋の扉のところには美来しかいないのに有紗さんは大きな声を上げる。

「そんなに驚いてしまいましたか? 逆に、今の声に驚いて危うくコーヒーをこぼしてしまうところでしたよ……」
「ご、ごめんね。美来ちゃん」
「まあいいですけどね。さあ、淹れましたので飲みましょう」

 僕達は3人で朝食後のブレークタイムを過ごす。僕の家じゃないけれど、美来や有紗さんと一緒にコーヒーを飲むと落ち着くなぁ。
 だけど、それも今のうちで、どちらと付き合うのかを決めたら、こういった時間を過ごせなくなってしまうのかな。いや、過ごせるだろう、きっと。

「どうしたの? 智也君、何だかしみじみしちゃって」
「いや、また2人とこのような時間を過ごせるとは思っていなくて。しかも、こんなにすぐに」
「なるほどね」
「何だか、今の智也さんは激動の時代を生き抜いてきたおじいちゃんみたいです」
「お、おじいちゃんか……」

 せめて「おじちゃん」と言ってほしかったな。そんなに僕の顔には生気がないように見えるのかな。実際にまだ疲れは残っているけど。
 2日間だけど、逮捕されて勾留されていたからな。それまでの10日ほどは美来のいじめを解決するために動いていたし。そう考えると、大げさだけど激動の時代を生き抜いたと言えるのかもしれない。

「こうしてまた過ごせるようになったからいいけど、本当に許せないよね。智也君を嵌めた人達のことを」
「そうですね。僕を起訴まで持って行ければ『TKS』の立てた計画は完遂と言えたんでしょうけど、実際には僕は無実であり、それをきっかけに警察の不正まで明らかになりましたからね。かなり大きな事件になりましたね」

 僕は無実になったけれど、黒幕『TKS』にとっては僕が逮捕されて、世間に非難された段階で計画は成功したと考えているかも。ただ、僕が起訴され、裁判で有罪になることにまで拘っているなら、また動き出すかもしれない。

「黒幕『TKS』は誰なのでしょうかね、智也さん」
「……諸澄君だろうね。99%の確率で。羽賀達も『TKS』は諸澄司である可能性を念頭に捜査しているみたいだよ」
「やはり、智也さん達もそう考えていますか」

 僕達「も」か。
 もし、仮に諸澄君が『TKS』だったなら、美来がクラスでいじめられているときに、美来のことを助けるような発言をしなかったり、いじめの原因となっている噂を否定しなかったりする理由も分かってくるかもしれない。
 ――プルルッ。
 おっ、僕のスマートフォンが鳴っている。
 発信者を確認すると、発信者名は『羽賀尊』となっていた。何か事件について情報を掴むことができたのかな。

「おはよう、羽賀」
『おはよう。氷室、ゆっくりと休めているだろうか』
「おかげさまで、ひどい眠気はなくなったよ。まだ疲れは残っているけれど。もしかして、羽賀は今日も浅野さんと一緒に仕事なのか?」
『ああ、そうだ。もう少しでこの事件も解決できそうだからな。状況にもよるが、土日は休まずに捜査をしていくつもりだ。そうなったとしても、休日働いた分は平日にしっかりと休めばいいだけの話だ』

 羽賀の場合はきちんとそれができそうだから凄い。まあ、そういう僕も休日出勤は幸いなことに一度も経験したことないけれど。

「昨晩届いたメールを読んだぞ。やっぱり、黒幕『TKS』のTubutterアカウントはネットカフェから利用されていたんだよな」
『……そのTubutterのことなのだが、動きがあった』
「例の『TKS』の身元が分かるような情報が掴めたのか?」

 それなら一番いい。事件の解決に向けて一気に進むだろうし。

『そうではない。柚葉さんに犯行を指示した『TKS』のアカウントが復活したのだよ』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...