アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
112 / 292
本編-ARIA-

第111話『華麗なる逆襲-後編-』

しおりを挟む
「お前なんか死ねばいいんだ! それがお前に対する然るべき処罰だ!」

 僕は諸澄君に心臓周辺にナイフを突き立てられる。その衝撃で僕はその場に倒れ込んだ。

「ははっ! 無様だなぁ! どんなに正義を振りかざしても、ナイフで一突きされるだけで、この俺様の前で崩れ落ちるんだからな!」

 諸澄君は高らかに笑っている。最後に僕のことを刺し、復讐が成功したと思っているのだろうか。

「智也さん! 大丈夫ですか!」
「智也君! 誰か、救急車を――」
「救急車を呼ぶ必要はありませんよ、有紗さん」

 やれやれ。やっぱり、諸澄君は追い詰められたら実力行使に出たか。
 僕はゆっくりと立ち上がって、ナイフを折りたたんで羽賀に手渡す。

「すまないな、羽賀。せっかく買ってくれた服が破けちゃったよ」
「気にするな。それに、このくらいの事態は想定していた」
「そうか。羽賀の言うとおり、この服の下に防弾・防刃のベストを着て正解だったな」
「私の言うとおりだっただろう? 激昂して、隠し持っていたナイフで君のことを刺すと。面白いほどに私の想像通りだった。ひさしぶりに犯人相手に笑ってしまったよ」

 こんなときに笑ってしまうとは、羽賀もなかなか性格の悪い奴だ。まあ、自分を利用した諸澄君へのせめての反撃なんだろうけど。
 諸澄君が恨んでいる相手は僕や羽賀であることは分かっていたので、僕と羽賀、浅野さんなどの警察関係者は事前に防弾・防刃ベストを着ていた。万が一、他の誰かが狙われたときは僕らが守るということは事前に話しておいた。

「羽賀、今の諸澄君の行動、法にいくつか触れるよな?」
「そうだな。銃刀法違反と殺人未遂の罪だろうか」
「そうか。まあ、諸澄君を殺人者にしなかっただけ良かったと思っているよ」

 まったく、そこまでして僕に復讐したかったんだな。その執念深さだけは凄いと思う。

「復讐は失敗だよ、諸澄君。残念だったね」
「……あ、あははっ! 何言ってるんだよ!」

 僕の殺害が失敗して落ち込んでいるかと思ったら、意外にも諸澄君は嬉しそうな表情をして笑っていた。

「確かにお前は無実の人間として釈放されたよ。だけどな、一度は逮捕されたんだ。そのおかげで職を失って、日本全国……いや、世界中に敵ができちゃったんだよね! 釈放されても、全ての人間がお前のことを無実の人間だと見てくれると思ったら大間違いなんだよ! お前は一生、女子高生に対して性的犯罪をした卑劣な人間だと見られることだってあるんだ! そのことを覚えておくんだな。あと、俺の復讐は既に成功しているってこともね! ざまあみろ」
 
 それが、諸澄君の捨て台詞ってことか。
 やっぱり、そういうことを言ってきたか。無実の罪でも逮捕されれば、僕のことを犯罪者として見る人がいると。

「それに対して、僕は未成年者だ。名前は報道されない! 少年法によって僕のことは守られるんだよ。ははっ、犯罪をするなら未成年のうちにやるに限るよ!」

 あははっ! と諸澄君は笑い飛ばしている。逮捕されるけど、ある意味では勝ち逃げできたと思っているんだろう。

「……確かに、法律上、未成年である君の名前を伏せなきゃいけないね。マスコミはそれに従うだろう」
「そうだ。お前はそのくらいの知識はあるんだな」
「ただ、一般人は自由に発信できるからね。事実も、憶測も……」
「えっ……?」
「有紗さんでも、詩織ちゃんでもいいのでTubutterの検索画面を諸澄君に見せてあげてください」
「あたしが見せるよ」

 有紗さんが諸澄君にスマートフォンの画面を見せると、諸澄君の表情が一気に青ざめたものになる。


『『TKS』ってきっと諸澄君だよね』

『俺、諸澄が謹慎処分を受けた理由を先生から聞いたぜ。朝比奈さんのことをストーカーしていたからだろ? 告白して振られたからってそこまでするかよ。』

『諸澄君の学校での顔は嘘っぱちだったんだね。あたし、実は氷室っていう男の人と朝比奈さんが一緒に歩いている姿を見たことあるけど、2人ともとっても楽しそうだったよ。』

『『TKS』は諸澄君で氷室さんっていう男の人と朝比奈さんの関係を引き裂くために、氷室さんを無実の罪で逮捕させたってこと? ストーカーの件も本当だったら本当にひどいよね。朝比奈さんと氷室さんがかわいそう。刑事さんも巻き込まれたんだよね。』

『つうか、諸澄が朝比奈さんに告白したっていうのも本当なのか? 見たことあるっていう話、聞いたことないけれど。それに告白してないなら、してないって言えばいいのに。まさか、あいつの自演だったりして。そうだとしたら最低だな……』

『朝比奈さんに謝らないと。嘘を信じていじめちゃったんだって。佐相さんにも謝らなきゃいけないな。でも、諸澄君のことは絶対に許さない。あたし達でどんどん広めちゃおうよ。』

『テレビじゃ未成年で言われないんだから、諸澄のことを実名入りで広めちまえ。ネット上では残しておくべきことだ。』


 僕は詩織ちゃんのスマートフォンで、Tubutterで『諸澄』という言葉での検索結果を見ているけど、さっきよりもヒットするツイートが多くなっているな。また、諸澄君などの名前は伏せられているものの、これらのツイートをまとめて記事にしているまとめサイトもいくつかある。

「分かっただろう? SNSを利用して、誰でも不特定多数の人間に向けて言えるんだよ。『TKS』は諸澄司だった。『TKS』は僕と美来の仲を引き裂くために、計画を立てて他の人間を利用した。今後、色んなことが不特定多数の人間に知られていってしまうんだよ」
「そ、そんな……」

 諸澄君の表情を見る限り、どうやら、自分のことを悪く言う人がこんなにいるとは思わなかったのだろう。

「確かに、僕のことを一生、犯罪者だと思う人はいるだろうね。でも、無実であることが証明されたことも世間は知っている。しかし、君の場合は……実際に罪を犯した。君が死んでも永遠にその記録は残っていく。恨むなら自分自身を恨むんだね。その重荷を背負う選択をしたのは、他ならぬ諸澄君自身なのだから。今後、警察からしっかりと取り調べを受けて、法律に則った処罰を受けな。それが、大人である僕から言えることだよ」

 まあ、後は警察に任せるとしよう。そして、彼が起訴されたら司法の場に。僕のやるべきことはこれで終わりだ。

「じゃあ、後は警察の方で――」
「待ってください、羽賀さん。私……最後に、諸澄君へ言いたいことがあるんですけどいいですか?」
「もちろんかまわないが……」

 美来、諸澄君に何を言うつもりなんだろう?

「諸澄君。よくも智也さん達をひどい目に遭わせてくれたね。殺人が違法じゃないなら、何度も諸澄君のことを殺してるよ。あなたに抱く感情は嫌いなんていう可愛いものじゃない。恨んでるよ。一生恨むよ。私達の前に二度と現れないで」

 こんなにも低い美来の声を聞くのは初めてだな。いつもの美来とは想像できないくらいに恐ろしい表情をしている。もしかしたら、諸澄君にとっては何よりも辛い罰かもしれないな、これは。
 諸澄君は目を見開いて美来のことを見つめている。そして、

「朝比奈さんはこんなこと言わない! 俺の知っている朝比奈さんは俺に対してこんなこと言わないんだ! そんなこと言われなくても、お前なんかとは二度と会わねえよ! 氷室のことが好きだからいじめられるんだ! 俺の言うとおりになれば、最初からこんな目に遭うことはなかったんだよ!」

 怒り狂った様子で諸澄君がそう吐き散らすと、

「いい加減にしなさい!」

 詩織さんはそう言い放つと、諸澄君の頬を思いっきり叩いた。

「結局はあなたも美来ちゃんをいじめている人達の一員なんだよ。それじゃ、あなたの恋人にも、あなたのものにすらならないよ」
「……何だよ、朝比奈がいじめられたときは何にもしなかったくせに。今更、彼女を守るようなことを言って、いいところを見せようとするなよ、偽善者。……あっ、もしかして罪滅ぼしでもしてるつもりかぁ? 朝比奈や氷室達にいい子ちゃんアピールしたいために」
「そう思いたいなら勝手にどうぞ」
「……お前がアンケートのことを部外者にリークしなければ、もしかしたら先生方は辞めさせられることはなく、佐相はいじめられずに済んだのかもしれないのに。何人もの未来を奪ったんだよ、お前は」

 諸澄君のそんな言葉に詩織さんは怒るかと思ったら、意外と普段と変わらない表情を浮かべている。

「本当のことを美来ちゃんや氷室さん達に伝えない方がよっぽど後悔していたと思うよ。いじめることも悪いし、それを組織ぐるみで隠蔽することだって悪いこと。そんな状況を変えようとしていた氷室さん達に事実を伝えて何がいけないのかな?」
「そ、それは……」
「あなたは美来ちゃんのために何をしたの? 何もしなかったじゃない。そんなあなたは一度も偽善者にすらなれていないただの悪者。しかも、小者でもある。みんなもそれが分かったから、さっきのような内容を呟くんじゃない?」
「くっ……」

 詩織さんの言葉に対しても黙り込んでしまったか、諸澄君は。そろそろ警察に連れて行ってあげた方がいいかも。
 それにしても、偽善者にすらなれていないただの悪者か。諸澄君を一言で言い表すなら本当にそうだろうな。

「諸澄君に言いたいことが山ほどあるのは分かるけど、今はそのくらいにしておこう、詩織ちゃん。羽賀、彼を警視庁に連れてってあげて。あとは警察に任せるよ。証言が必要なら、僕達はきちんと応じるつもりだから」
「分かった。みなさん、ご協力ありがとうございました。それでは、さっきのことがあったので……諸澄司。銃刀法違反及び、氷室智也さんへの殺人未遂の罪で現行犯逮捕する」

 羽賀はそう言うと、諸澄君に手錠をかけた。
 諸澄君が手錠をかけられる瞬間、3日前、僕が同じように羽賀から手錠をかけられたときのことを思い出した。あのとき、本当に虚しい気持ちになった。諸澄君は今、何を思って手錠をかけられた両手を見ているのだろうか。
 諸澄君がパトカーに乗せられ、その姿が見えなくなるまで僕らはずっと静かに見続けていたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...