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特別編-浅野狂騒曲-
第10話『My Idol』
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しとしとと雨が降って、空気がジメッとするこの時期も、家でゆっくりしている分にはそこまで気にならない。
退職日まではあと半月ほどあり、それまでは静養期間と決めてゆっくりと休んでいる。逮捕・勾留で疲れてしまった体もだいぶ良くなった。ただ、いずれは転職活動をしなければならないので、大変な日々を送ること間違いないだろう。なので、今のように休めるときにはきっちりと休んでおくことに決めた。
美来の方は、これまで通っている私立月が丘高等学校に通い続けるか、別の高校に転校するか考え中とのこと。いじめもあったので、現在は休学しており学校には行っていない。なので、僕が退職日を迎えるまでの間は基本的に一緒に過ごすことになっている。
午前11時。
僕は今、コーヒーを飲みながら、美来と一緒に彼女ご要望の男性アイドルもののアニメを一緒に観ている。録画はしてあったけど、これまで一度も観たことがなかったのでちょうどいい機会だ。
美来が以前から好きなアニメらしく、今日になって急に観たくなったそうだ。女性を中心に大人気のアニメだとは聞いていたけど、まさかこんな近くにいる人がその作品のファンだったなんて。
「きゃー!」
さすがはファンと言うべきか。美来は時折歓声を上げている。もちろん、メイド服を着て。その光景はやっぱりシュールである。まるで、アイドルであるご主人様を応援しているように思える。
それと同じくらいに劇中キャラに向かってかっこいいと言うときも。かっこいい対象が三次元アイドルなら何らかの嫉妬を抱くかもしれないけど、二次元アイドルが相手ならそんなことは一切ない。
――プルルッ。
僕のスマートフォンが鳴っている。
確認してみると、発信者が『羽賀尊』と表示されている。何があったんだろう。
「羽賀から電話が来た。ちょっと離れるね」
「分かりました」
スマートフォンを持って、僕は玄関の前で羽賀からの通話に出る。
「氷室だ」
『羽賀だ。今、大丈夫だろうか?』
「ああ、僕の方は大丈夫だよ。今、美来と一緒にアニメを観ていたから」
『……ほう。ちなみに、それはどんなアニメだろうか』
「男性アイドルもののアニメだけど」
『そのアニメなら、DVDをレンタルして観たことがある』
「僕は録画してあるけれど、今まで一度も観たことがなかったな。でも、意外だ。羽賀がアニメを観るなんて。大学に入学してからハマったのか?」
『推理系とSF系の作品なら昔から観ているが。ただ、私のデスクの隣にいる人物が強く勧めてきたので、一度観てみようと思ったのだ』
「ああ、浅野さんが勧めたから観たのか」
それなら納得だ。ただ、浅野さんから勧められた作品を一度はきちんと観るなんて羽賀もいい奴だな。好みがあるだろうし。
『氷室は美来さんに誘われて、という感じだろうか?』
「ああ。今日になって急に観たくなったらしくて。水泳のヤツと、バレーボールのヤツの3作品で迷っていたかな」
『……おそらく、それらは全て男性キャラクターが多く登場する作品だな。その2作品も浅野さんに強く勧められて一度観たことがある。それらもいい作品だった。それを伝えたら浅野さんは狂喜乱舞していた』
「……つくづくいい奴だな、お前は」
『作品名は知っていたので、一度は観てもいいかと思っただけだ。それにしても、急に観たくなったということは、美来さん……浅野さんの影響を受けているようだな』
「そうかもしれないな」
昨晩、美来はBLについても話したと言っていたから。妄想は自由でも発言には気をつけろと美来が浅野さんに注意したそうだけど。それでも、浅野さんからのBL布教の影響を受けているということか。
『まあ、世間話はここら辺にしておこう』
「……まさか、例の事件の状況が変わったのか?」
『それは大丈夫だ。逮捕された関係者全員が容疑を認めている。まだ隠された部分はありそうだが。本題はそんな重い内容ではなく、来週の水曜日に浅野さんを加えて4人で呑もうということになったのだが大丈夫か、という確認だ』
「来週か。ちょっと待ってくれ。美来と2人で旅行に行くことになっているんだ。いつ行くか思い出せないから、美来に確認してみるよ」
『分かった』
雅治さんから僕と美来に温泉旅行をプレゼントしてくれたのだ。今朝、美来からその話を聞いた。1泊2日だけど、いつ行くのか忘れてしまった。
「美来、例の旅行って来週の何曜日に行くんだっけ?」
「月曜日から1泊2日ですよ。それが、どうかしたんですか?」
「羽賀から来週の水曜日に呑まないかって誘われてさ」
「そうですか。では、そのときにみなさんへ旅行のお土産を渡すことができますね」
美来は笑顔でそう言う。お土産のことをすんなりと言うことができるなんて、この子は天使か。あぁ、眩しい。僕にとってのアイドルはこの子だけだ。
「ありがとう、美来。……来週の月曜日と火曜日に旅行へ行くから、水曜日は大丈夫だ。お土産を持っていくよ」
『そうか。それは有り難い』
「その日は、羽賀と岡村と浅野さんと僕で呑むってことかな」
『そうだな。昨日の呑み会を3人でやらせてもらったから、浅野さんのためにも必ず参加してほしい。まあ、氷室のことだから大丈夫だと思うが。心配なのは……岡村だな』
岡村は自由人だからな。重要な約束は必ず守るけど、呑み会などの類の約束は破ることがしばしば。奢ると言えば必ず来るけど。
「……浅野さんは女性だから、約束はきちんと守りそうじゃないか?」
『しかし、岡村は浅野さんと一度呑んでいるからな。おそらく、岡村は彼女のことを女性としてあまり意識していないだろう』
既にBL好きの部分を露呈してしまっていたら、岡村が浅野さんを女性として興味を持たなくなるのはあり得そうだ。
「じゃあ、羽賀が酒を奢るって言うか、僕がとっておきの旅行のお土産を持ってくるって言えばいいと思う」
岡村には温泉まんじゅうか、旅館のある地域で作られているお酒でも買っておけばいいか。
『そうだな。では、彼にはそう言っておこう』
「よろしく」
『ああ。急にすまなかったな』
「気にしないでいいよ」
羽賀が浅野さんから勧められたアニメをきちんと観ているという新たな一面を知ることができたからな。
『では、私はこれで失礼する』
「ああ。仕事、頑張れよ」
『ああ。どうもありがとう』
羽賀の方から通話を切った。
どうやら、来週は楽しいイベントがたくさん待っているようだ。この時期は暑い日もあれば寒い日もあるから、体調管理をしっかりしないといけないな。
「さあ、智也さん。最終話まで盛り上がりますよ!」
「最終話って……」
まだ、中盤くらいだったと思うけど。このまま最終話まで盛り上がりっぱなしだと、僕の体力が果たして持つかどうか。
「お、お昼頃になったら一旦休憩しようね。眼を中心に疲れそうだから」
「分かりました」
しかし、今の美来の盛り上がりようだと最終話まで一気に観てしまいそうな気がする。一気に観たら午後1時を過ぎるまで、お昼ご飯はなしになるのか。
そんな僕の予想が見事に的中してしまい、最終話まで一気に観た。途中、何度も止めようと思ったんだけど、美来の熱気に休憩を挟もうとは言えず。
一気に観たことで疲れ切ってしまい、美来がちょっと遅めのお昼ご飯を作ってくれている間、僕は仮眠を取るのであった。
退職日まではあと半月ほどあり、それまでは静養期間と決めてゆっくりと休んでいる。逮捕・勾留で疲れてしまった体もだいぶ良くなった。ただ、いずれは転職活動をしなければならないので、大変な日々を送ること間違いないだろう。なので、今のように休めるときにはきっちりと休んでおくことに決めた。
美来の方は、これまで通っている私立月が丘高等学校に通い続けるか、別の高校に転校するか考え中とのこと。いじめもあったので、現在は休学しており学校には行っていない。なので、僕が退職日を迎えるまでの間は基本的に一緒に過ごすことになっている。
午前11時。
僕は今、コーヒーを飲みながら、美来と一緒に彼女ご要望の男性アイドルもののアニメを一緒に観ている。録画はしてあったけど、これまで一度も観たことがなかったのでちょうどいい機会だ。
美来が以前から好きなアニメらしく、今日になって急に観たくなったそうだ。女性を中心に大人気のアニメだとは聞いていたけど、まさかこんな近くにいる人がその作品のファンだったなんて。
「きゃー!」
さすがはファンと言うべきか。美来は時折歓声を上げている。もちろん、メイド服を着て。その光景はやっぱりシュールである。まるで、アイドルであるご主人様を応援しているように思える。
それと同じくらいに劇中キャラに向かってかっこいいと言うときも。かっこいい対象が三次元アイドルなら何らかの嫉妬を抱くかもしれないけど、二次元アイドルが相手ならそんなことは一切ない。
――プルルッ。
僕のスマートフォンが鳴っている。
確認してみると、発信者が『羽賀尊』と表示されている。何があったんだろう。
「羽賀から電話が来た。ちょっと離れるね」
「分かりました」
スマートフォンを持って、僕は玄関の前で羽賀からの通話に出る。
「氷室だ」
『羽賀だ。今、大丈夫だろうか?』
「ああ、僕の方は大丈夫だよ。今、美来と一緒にアニメを観ていたから」
『……ほう。ちなみに、それはどんなアニメだろうか』
「男性アイドルもののアニメだけど」
『そのアニメなら、DVDをレンタルして観たことがある』
「僕は録画してあるけれど、今まで一度も観たことがなかったな。でも、意外だ。羽賀がアニメを観るなんて。大学に入学してからハマったのか?」
『推理系とSF系の作品なら昔から観ているが。ただ、私のデスクの隣にいる人物が強く勧めてきたので、一度観てみようと思ったのだ』
「ああ、浅野さんが勧めたから観たのか」
それなら納得だ。ただ、浅野さんから勧められた作品を一度はきちんと観るなんて羽賀もいい奴だな。好みがあるだろうし。
『氷室は美来さんに誘われて、という感じだろうか?』
「ああ。今日になって急に観たくなったらしくて。水泳のヤツと、バレーボールのヤツの3作品で迷っていたかな」
『……おそらく、それらは全て男性キャラクターが多く登場する作品だな。その2作品も浅野さんに強く勧められて一度観たことがある。それらもいい作品だった。それを伝えたら浅野さんは狂喜乱舞していた』
「……つくづくいい奴だな、お前は」
『作品名は知っていたので、一度は観てもいいかと思っただけだ。それにしても、急に観たくなったということは、美来さん……浅野さんの影響を受けているようだな』
「そうかもしれないな」
昨晩、美来はBLについても話したと言っていたから。妄想は自由でも発言には気をつけろと美来が浅野さんに注意したそうだけど。それでも、浅野さんからのBL布教の影響を受けているということか。
『まあ、世間話はここら辺にしておこう』
「……まさか、例の事件の状況が変わったのか?」
『それは大丈夫だ。逮捕された関係者全員が容疑を認めている。まだ隠された部分はありそうだが。本題はそんな重い内容ではなく、来週の水曜日に浅野さんを加えて4人で呑もうということになったのだが大丈夫か、という確認だ』
「来週か。ちょっと待ってくれ。美来と2人で旅行に行くことになっているんだ。いつ行くか思い出せないから、美来に確認してみるよ」
『分かった』
雅治さんから僕と美来に温泉旅行をプレゼントしてくれたのだ。今朝、美来からその話を聞いた。1泊2日だけど、いつ行くのか忘れてしまった。
「美来、例の旅行って来週の何曜日に行くんだっけ?」
「月曜日から1泊2日ですよ。それが、どうかしたんですか?」
「羽賀から来週の水曜日に呑まないかって誘われてさ」
「そうですか。では、そのときにみなさんへ旅行のお土産を渡すことができますね」
美来は笑顔でそう言う。お土産のことをすんなりと言うことができるなんて、この子は天使か。あぁ、眩しい。僕にとってのアイドルはこの子だけだ。
「ありがとう、美来。……来週の月曜日と火曜日に旅行へ行くから、水曜日は大丈夫だ。お土産を持っていくよ」
『そうか。それは有り難い』
「その日は、羽賀と岡村と浅野さんと僕で呑むってことかな」
『そうだな。昨日の呑み会を3人でやらせてもらったから、浅野さんのためにも必ず参加してほしい。まあ、氷室のことだから大丈夫だと思うが。心配なのは……岡村だな』
岡村は自由人だからな。重要な約束は必ず守るけど、呑み会などの類の約束は破ることがしばしば。奢ると言えば必ず来るけど。
「……浅野さんは女性だから、約束はきちんと守りそうじゃないか?」
『しかし、岡村は浅野さんと一度呑んでいるからな。おそらく、岡村は彼女のことを女性としてあまり意識していないだろう』
既にBL好きの部分を露呈してしまっていたら、岡村が浅野さんを女性として興味を持たなくなるのはあり得そうだ。
「じゃあ、羽賀が酒を奢るって言うか、僕がとっておきの旅行のお土産を持ってくるって言えばいいと思う」
岡村には温泉まんじゅうか、旅館のある地域で作られているお酒でも買っておけばいいか。
『そうだな。では、彼にはそう言っておこう』
「よろしく」
『ああ。急にすまなかったな』
「気にしないでいいよ」
羽賀が浅野さんから勧められたアニメをきちんと観ているという新たな一面を知ることができたからな。
『では、私はこれで失礼する』
「ああ。仕事、頑張れよ」
『ああ。どうもありがとう』
羽賀の方から通話を切った。
どうやら、来週は楽しいイベントがたくさん待っているようだ。この時期は暑い日もあれば寒い日もあるから、体調管理をしっかりしないといけないな。
「さあ、智也さん。最終話まで盛り上がりますよ!」
「最終話って……」
まだ、中盤くらいだったと思うけど。このまま最終話まで盛り上がりっぱなしだと、僕の体力が果たして持つかどうか。
「お、お昼頃になったら一旦休憩しようね。眼を中心に疲れそうだから」
「分かりました」
しかし、今の美来の盛り上がりようだと最終話まで一気に観てしまいそうな気がする。一気に観たら午後1時を過ぎるまで、お昼ご飯はなしになるのか。
そんな僕の予想が見事に的中してしまい、最終話まで一気に観た。途中、何度も止めようと思ったんだけど、美来の熱気に休憩を挟もうとは言えず。
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