アリア

桜庭かなめ

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続編-螺旋百合-

第28話『メッセージ』

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『私、天羽女子で側にいる人を傷つけてしまいました。』

『とても辛いです。早く智也さんや有紗さんの顔が見たいです』


 美来からそんなメッセージを受け取ったのは、定時から30分ほど過ぎてから退社し、最寄り駅へ向かっているときのことだった。
 僕、美来、有紗さんの3人でのグループトークなので有紗さんにもこのメッセージは届いているけど、その有紗さんは僕の隣にいた。

「美来ちゃん、どうしたのかしら……」
「今朝は元気だったんですけど。電話を掛けてみますね」

 美来のスマートフォンに電話を掛けてみるけど……出ないな。今日は6時くらいまで部活があると言っていたし、電車の中だから出ないのかも。

「出ないですね」
「……そう。もしかしたら、美来ちゃんはこのメッセージを打つことで精一杯だったのかも。とにかく早く家に帰りましょう。あたしも行くから」
「分かりました。ありがとうございます」

 有紗さんの言うとおりであれば、このタイミングで電話を掛けたのは間違っていたのかも。でも、こちらの気持ちは何らかの形で伝えたいので、

『分かった。仕事は終わったから、有紗さんと一緒になるべく早く家に帰るからね』

 というメッセージを送っておいた。
 僕は有紗さんと一緒に走って駅まで向かい、ちょうどいいタイミングでやってきた急行列車に乗り、桜花駅へと目指す。

「美来ちゃん、何があったのかな……」
「今朝、学校に行くときはとても元気そうでした。桜花駅が最寄り駅の親友の子がいるんですけど、その子と会ったときも普段通りの明るい笑顔を浮かべていたので、1学期や夏休みまでの間に嫌なことがあった可能性は低いでしょう。何かあったとしたら今日、学校にいたときだと思います」
「そういえば、メッセージには側にいる人を傷つけてしまったっていう言葉があったよね。ということは、その『側にいる人』っていうのは、最寄り駅が桜花駅の親友の子なのかな」
「その可能性はありそうですね。とにかく、天羽女子にいる美来にとっての大切な人を何らかの形で傷つけてしまったのは確実でしょう」

 それは美来が故意にやったことなのか。それとも不可抗力だったのか。あのメッセージのニュアンスだと後者の可能性が高そうだけれど。

「まさか、夏休み中に前の学校でいじめられていたことが天羽女子の生徒にバレて、そのせいでまた……とか?」
「今はスマホもありますし、SNSで気軽にコミュニケーションが取ることができますからね。その可能性はなくはないでしょうが……」

 本人も色々とあって転入したと説明しているみたいで、いじめのことについては天羽女子の生徒には話していないという。そんな状況の中で、夏休み中に何かのきっかけで美来の受けたいじめを知ったことが原因という可能性は否定できない。

「でも、いじめだとしたら、天羽女子の生徒を傷つけたという文面になるでしょうか? 美来の性格上、本人の不可抗力で天羽女子の生徒が傷付いてしまう結果になってしまったっていうのが一番自然じゃないかと思います」
「……あたしもそうだと信じたいな」

 今朝はあんなに笑顔だったのに。本当に、この1日で何があったんだろう。幸いなことに明日と明後日は休日だから、ゆっくりと美来の話を聞いていくことにするか。

「それにしても、こういうときに智也君だけじゃなくてあたしの顔まで見たいだなんて。何だか意外」
「そうですか? 僕は自然なことだと思っていますけどね」

 僕を巡って争った相手でもあるし、僕と付き合い始めてからも有紗さんと3人で週末を過ごすこともあるから。有紗さんだけは特別だと考えているようだし。美来にとって有紗さんは親友の1人じゃないだろうか。

「美来ちゃんと同じく高校生の明美はそういうことを全然言わないし。美来ちゃんったらかわいい」
「美来にお姉さんはいませんし、年上の女性の中では有紗さんが一番信頼できるんじゃないでしょうか」
「……そうだと嬉しいな。頑張って美来ちゃんのことを元気にしようね!」
「そうですね」

 ただ、頑張りすぎると逆に美来に気を遣わせてしまうことになる。僕や有紗さんの顔を見たいと言っているから、まずは彼女の側にいることにしよう。
 僕や有紗さんの乗る電車は桜花駅に到着した。反対側からも電車が来たので、駅の中には美来と同じ天羽女子の制服を着た女の子もちらほらいる。美来に会えるかもしれないと思って、改札前でちょっと待ってみたけど、美来と会うことはなかった。
 有紗さんの提案で、家に帰る途中、コンビニで美来が好きなお菓子をいくつか買った。これで少しでも元気になればいいな。
 家に帰ると玄関に美来のローファーがあった。随分と静かだけれど、家にいるんだよな?

「ただいま」
「お邪魔します」

 僕と有紗さんがそう言っても、美来の声はおろか物音さえも聞こえてこない。もしかして、寝室で眠っているのかな。
 僕の考えを確かめるために、有紗さんと一緒に寝室へと向かうと、美来は制服を着たままベッドの上で眠っていた。

「智也君。美来ちゃんの目元が赤くなってるよ」
「そうですね」

 きっと、周りの人を傷つけてしまったことに酷くショックを受けて、美来はたくさん泣いたのだろう。

「んっ……」

 僕達の声や足音に気付いたのか、美来はゆっくりと目を開ける。

「智也さん。それに、有紗さん……」
「……ただいま、美来」
「日曜日まで3人で一緒にいようね、美来ちゃん」

 すると、美来は急に涙を流し始めて、僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。そして、頭を僕の胸に埋める。その涙は悲しみから来ているのか。それとも、僕や有紗さんがここにいることの安心感なのか。

「智也さん、有紗さん……会いたかったです」
「僕も早く帰って美来と会いたかったよ」

 僕は美来の頭を優しく撫でる。こうして、家で美来の温もりや匂いなどを感じると安心できるんだけれど、美来の方は少しでも気持ちが安らいでいるといいな。
 すると、有紗さんも抱きしめてきたので、美来は僕と有紗さんに挟まれる形に。それでも、美来は嫌がるような様子はなかった。

「学校で、色々なことがあったみたいね」

 落ち着いた口調で有紗さんがそう話しかけると、美来はただ頷くだけだった。

「……そっか。辛かったんだね」

 その言葉に、美来は……ほんの少しだったけど頷いたのが分かった。この様子だと今は美来の気持ちを落ち着かせることを優先した方がいいかも。学校で何があったかはそれから訊くことにするか。

「……そういえば、お腹空いたな。よし、今日の夕ご飯は僕が作ろう」
「いえ、智也さんは有紗さんと一緒に休んでいてください! お二人はお仕事をして疲れているでしょうから……」

 美来は僕のことを見上げながらそう言った。相変わらず目元は赤いけど、さっきよりは元気のありそうな表情にはなっている。
 僕と有紗さんに辛いとメッセージを送ってきた状態で、美来に料理をさせるのは気が引ける。でも、ここで断ったら、それはそれで美来の心を傷つけてしまいそうだ。

「じゃあ、一緒に作ろうか、美来」
「……はい。そうしましょう」
「何か作ろうかなと思っているものってある?」
「今夜は肉野菜炒めがいいなと、お昼休みに考えました」
「肉野菜炒めか。楽しみだなぁ」

 美来のためにお菓子も買ってきたことだし、肉野菜炒めは最高かもしれない。

「……ピーマンは抜いてくれるかな」

 有紗さんは小さな声でそう言ってくる。そういえば、有紗さん……お昼ご飯でピーマンが入っている料理を食べているところを見たことはないな。

「ピーマンは体にいいんですよ。それに、チンジャオロースを前に作ったときには普通に食べていたじゃないですか」
「……チンジャオロースのときだけは別」

 どうやら、有紗さんはピーマンが苦手なようだ。チンジャオロースは大丈夫なのは味付けのおかげなのかな。

「今日だけは特別ですよ」

 しょうがないですね、と美来はほんの少しだけ口角を上げた。

「じゃあ、美来。一緒に肉野菜炒めを作ろうか」
「そうですね」
「その前にキスしてもいいかな。気持ちが温かくなって、仕事の疲れも取れるんだ」

 それに、キスすれば美来も少しは辛い気持ちが取れるような気がして。

「……いいですよ。智也さんからお願いできますか」
「分かった」

 有紗さんがすぐ側で見ているけど、僕は美来にそっとキスした。普段よりは弱いけれど、それでも美来の唇から温もりは確かに伝わってくる。
 唇を離すと、美来の眼からは再び涙がポロポロとこぼれ落ちる。

「やっぱり、智也さんとキスすると気持ちが温かくなりますね。でも、今の私にそういう想いをしていい資格はないと思うんです」

 すると、美来の体が小刻みに震え始める。
 美来が今のような反応を示してしまうのは、やっぱり周りの人を傷つけてしまったからなんだと思う。

「資格がない……か」
「はい」
「それでも、温かい気持ちはちゃんと生まれている。それは資格があるっていう何よりの証拠なんじゃないかなって僕は想っているよ。きっと、今日、学校で色々とあって……辛かったんだろうね。僕も有紗さんもその気持ちをちゃんと聞くから。いつでも話してくれていいから。あと、この週末はずっと美来の側にいるから。それは覚えておいてくれるかな」

 美来はまだ学校で何があったのか話す勇気が出ないのかもしれない。でも、話せと急かしてはいけないと思っている。いつでも話してもいいということ。そのときは僕も有紗さんもちゃんと向き合うつもりでいることを美来には知っていてほしかった。

「……ありがとうございます」

 涙は止まらなかったれど、美来は僕の目を見ながらそう言う。そんな彼女のことを僕と有紗さんで再びぎゅっと抱きしめるのであった。
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