アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
242 / 292
特別編-オータムホリデイズ-

第5話『奉仕バス』

しおりを挟む
「んっ……」
「美来、気持ちいい?」
「はい、とても気持ちいいですよ。智也さん、上手ですよね。私の体のことをしっかりと分かっている感じがします」
「そうかな? ただ、上手だって言ってくれるのは嬉しいよ。美来の綺麗な体を傷つけないように気を付けないといけないなと思って」
「……その優しさはボディータオル越しに伝わってきますよ」

 今、僕は美来の背中を流している。
 どうしてこういうことをしているのかと言うと……メイド喫茶の接客練習をしているときに、

『むしろ、僕が美来のことを奉仕したいくらいだよ』

 という僕の言葉を美来がしっかりと覚えていたからだ。美来の体はたまに洗うことがあるので、普段はやらないことを要求されるかと思った。ただ、何度もやっていることでも、いつもよりも真心を込め丁寧にやることを心がけている。

「智也さん。今後はボディータオルじゃなくて素手で洗っていただけますか?」
「いや、それはさすがに……」
「……ご奉仕してくれるんですよね? 接客の練習をしているときに言ってくださったじゃないですか。コンクール予選を突破したご褒美でもいいですから、智也さんに素手で背中を洗ってほしいなぁ……」

 美来は僕の方に振り返り、上目遣いをして僕のことをじっと見つめてくる。甘え上手の朝比奈さんだ。

「そう言われたら……するしかないね」

 できるだけ無心でやろう。美来へのご奉仕と、コンクールの予選で突破としてやるだけでそれ以外の理由はないのだ……と。
 両手でボディーソープを泡立てて、美来の背中を洗い始める。

「やはり、素手はいいですねぇ。とても気持ちがいいです」
「そう言われると……やりがいがあるね」

 正直、美来のスベスベとした背中を触ってこっちも気持ちがいいくらいだよ。このまま両手を前に回した――。

「ううっ……」
「ど、どうしたんですか? 智也さん」
「……色々なことを考えちゃったから、何とも言えない気分にね……」

 美来とは結婚を見据えて付き合っているし、夫婦の営み的行為も何度もしているので、色々なことをしてもいいのかもしれないけれど、16歳の女子高生であることも事実。24歳の大人としてもきちんとしなければいけないと思うことがたまにある。

「私のことを考えているのでしたら、大丈夫ですよ。智也さんに何かされて嫌だと思ったことはないですし、むしろ幸せな気分に浸らせてもらっていますから」
「美来……」
「それに、私の方こそ……私から離れることはないって分かっているのに、他の女性と楽しそうに話しているのを見るとすぐに嫉妬しちゃって。男装していた玲奈先輩、とても可愛らしかったですから、2人が楽しそうに話しているのを見ていいなぁ、混ざりたいなぁと思って。有紗さんなら平気なのに」

 あのとき、美来は僕や玲奈ちゃんのことを真剣な目つきで見ていたけれど、そんなことを考えていたんだ。あと、有紗さんは特別な存在になっているんだな。

「まあ、そこが美来らしいなって思うけどね、僕は。僕も美来がこっちを見ていることは分かっていたよ」
「気付かれちゃっていましたか」
「美来の視線をすぐに感じたからね。嫉妬する気持ちも分かる。でも、美来から僕は離れないっていうことは覚えておいてくれると嬉しいな」
「……はい」

 美来は僕の方に振り返ってにっこりと笑うと、ゆっくりとキスしてきた。何か不安に感じたら、今みたいに話し合っていけばいいんだろうな、きっと。それはこれまでに何度も思っていることだ。

「ありがとう、美来。気持ちが晴れたよ」
「……私もですよ、智也さん」

 その笑顔がとても可愛いので頭を撫でようと思ったけれど、今はボディーソープまみれだったんだ。あぶないあぶない。

「智也さん、洗っていただいてありがとうございます。あとは自分で洗いますね。その後に私が智也さんの髪と体を洗ってあげますから! 智也さんに奉仕されるのもいいですけど、やっぱり智也さんにご奉仕するのが一番幸せですから!」
「……じゃあ、お願いしようかな」

 美来はボディータオルで体を洗い、ボディーソープの泡をシャワーで落とし終わったところでポジションチェンジ。

「さあ、髪と体のどっちから洗ってほしいですか?」
「そのクネクネと動かしている指が気になるけれど……まずは髪がいいな」
「はーい」

 美来に髪を洗ってもらうことに。元々、髪を洗うのが上手だけれど、今日はいつも以上に気持ちいい。

「そういえば、美来。今日は乃愛ちゃんや亜依ちゃんと一緒に練習を頑張ったね」
「はい。たまに失敗しちゃいましたけれど」
「そうだね。でも、大きな失敗は一度もなかったし、文化祭も大丈夫なんじゃないかな。失敗がないことに越したことはないだろうけど、美来達なら何かあっても落ち着いて対処できると思うよ」
「そうですね。今のところ、当日は乃愛ちゃんや亜依ちゃんと一緒に接客をする予定なので、2人と一緒なら安心できます」
「そうか。文化祭は有紗さん達と一緒に行くからね」
「はい! 楽しみにしていてください」

 有紗さんは確定として、後は羽賀と岡村かな。羽賀は女子校に行っても普段と変わらず紳士的に振る舞いそうだけれど、女好きの岡村は暴走しそうで怖いなぁ。でも、誘わないと後で何か言われそうだし……やっぱり誘っておくか。

「文化祭も楽しみですけど、まずは明日観に行く映画の方が楽しみです!」
「『あなたの名は。』だよね。楽しみだな。昨日のお昼休みにちゃんと3人分のチケットを予約しておいたから大丈夫だよ」
「ありがとうございます! 徒歩圏内に映画館があるのっていいですよね。とても大きな映画館で、上映する劇場の数が少ない作品でもやることが多いですし。半月くらい前に、亜依ちゃんもその映画館で上映されたアニメのスペシャルエピソードを観たそうです」
「へえ……」

 半月くらい前に公開されていたアニメのスペシャルエピソード……あぁ、あれかな。亜依ちゃんともアニメの話ができそうな気がする。

「明日……楽しみですねぇ」
「とっても楽しみにしているんだね。大ヒットしている映画だし、僕もどういう内容なのか気になっているよ」
「映画そのものも楽しみですけど……暗い中で智也さんと隣同士で座るんですよ。興奮せずにはいられないじゃないですか!」
「……な、なるほどね」

 鏡越しで美来のことを見ると、彼女は目を輝かせていた。毎日、部屋を暗くして同じベッドで寝ているのに。ただ、あまり行かない場所で、周りに人がいるからこそ興奮するのかもしれない。

「智也さん、暗いからって変なことをしてはいけませんよ。きっと、周りにも人はたくさんいると思いますから」

 今から興奮している美来が言える言葉なのだろうか。

「……美来こそ変なことをしないように心がけようね。明日は、周りの人に迷惑をかけないよう気を付けて映画を楽しもう」
「そうですね。ただ、その前に……今夜もお風呂とベッドでたっぷりとイチャイチャするのを楽しみましょうね」
「そうだね。ただ、明日はちゃんと起きられるように気を付けないと」
「ええ」

 美来に髪と体を洗ってもらった後……たっぷりとイチャイチャした。
 今日は美貴がメイド服を着て、接客の練習を頑張っていたからか……昨日以上に夢中になった気がする。それ以上に、しているときの美来がとても可愛いから。美来の姿も、声も、音も……すべてがかわいい。

「あっ、もうこんな時間ですね」
「……夢中になっちゃったね。明日、ちゃんと起きられるかな」
「それぞれのスマートフォンで目覚ましをセットしておきましょう。それで起きることができなかったら……一度、有紗さんがお家に来ることになっていますから、そのときに起きましょう」
「……そうならないように気を付けよう」

 有紗さんが目覚まし代わりになってしまわないようにしないと。ただ、眠り始めたらどうにもならないからなぁ。目覚まし時計、何度も鳴るようにセットしよう。音量も大きくしておこう。

「目覚ましはセットしておいた。音量もかなり大きくしてある」
「ありがとうございます。智也さんのスマホと同じ時間に何度も鳴るようにしました」
「うん、分かった。あとは起きるかどうか運次第だね。じゃあ、寝よっか」
「ええ。おやすみなさい、智也さん」
「おやすみ、美来」

 美来と口づけをして彼女が眠りにつくまで静かに見守った。ただ、イチャイチャして眠気が来ていたのかすぐに寝息を立て始めたけれど。

「……おやすみ」

 美来の頬にキスをして、僕も眠りにつくのであった。



 ふわふわとした感覚の中で、僕は目を瞑っている美来のことをずっと抱きしめている。
 やがて、ゆっくりと目が開いた美来と見つめ合い、唇を触れ合わせようと――。


 ――ピピピッ!


「うわあっ!」
「きゃあっ!」

 僕のスマートフォンと美来のスマートフォンから同時に大音量で目覚ましが鳴ったので、大声をあげながら目を覚ました。
 慌ててスマートフォンの目覚ましを止め、気付いたら激しく呼吸していた。

「ビックリした……」
「私もこんな風に起きたことはありません」

 美来のことを見てみると、美来も呼吸を荒くしていた。どうやら、彼女もこの目覚ましにビックリして目を覚ましたようだ。

「ははっ……」

 ここまでリアクションが同じだと何だか笑えてくる。美来も同じことを思ったのか、僕達は見つめ合いながら笑い合う。

「おはようございます、智也さん」
「おはよう、美来」
「……ちゃんと起きることができましたね」
「ええ。ビックリしたので眠気も吹き飛びました」
「僕もだよ」

 時刻を確認すると今は午前7時半過ぎ。ちゃんと起きることができて良かった。
 さあ、今日は有紗さんと3人で映画だ。映画館で観るのはひさしぶりだし、思う存分に楽しむとしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...