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続々編-蒼き薔薇と不協和音-
エピローグ『うたごえ』
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10月19日、水曜日。
今日は全日本学生コンクール東京大会声楽部門・高校生の部の本選が開催される。
先月行なわれた予選で通過した美来、乃愛ちゃん、花音ちゃんの3人が今日の本選に出場する。この本選を通過すると、12月の全国大会に進むことができる。
午前9時半。
僕は有休を取っているので、同じく有休の有紗さんと一緒にコンクール本選の会場に行く。
前売り券を購入しておいたので、開場時間であるこの時間になってすんなりと会場の中に入ることができた。それもあってか、ステージの見やすい席に座ることができた。
「いい席を取ることができて良かったね、智也君」
「そうですね」
「それにしても、2ヶ月連続で2人一緒に有休取ることができて良かったよね」
「ええ。僕は結構前から勝沼さんに今日は有休を取りますって言っていましたし、調整もしやすかったです。今月はそこまで忙しくないですし」
「ふふっ、そうね。あと、智也君が休むこともうちのチームは分かっているからか、今日は一緒にデートするのかってからかわれちゃった」
うふふっ、と有紗さんは嬉しそうに笑う。
有紗さんがいるチームは、僕の担当する業務に技術支援してもらっている立場なので、僕が有休で不在なのは事前に知らせている。僕と同じ日に彼女も有休を取るとなると、デートをするって思うのも分からなくはないけど。あと、あのチームには、美来という恋人と同棲していることを伝えたのに。
ちなみに、僕の方はちゃんと声楽コンクール本選の応援と伝えてあり、勝沼さんなどチームのみんなから激励の言葉をいただいた。有紗さんも同じ日に有休を取ることは知っているけれど、デートだとからかわれたことはない。
「嬉しそうにしているのはいいですけど、大会が始まったら静かにしていてくださいね」
「もちろんだよ。……ところで、ここに青薔薇って来るのかな。天羽祭では美来ちゃんに変装していたし。声楽部コンサートにスペシャルゲストで登場したし、彼女も3人が本選に出場するって知っているでしょう?」
「ええ。ですから、来ているかもしれませんね。ただ、調査が一段落していればの話しでしょうけど」
あと、青薔薇の活動だけで食べていけるのかな。彼女の性格からして、青薔薇の活動で誰かからお金をもらうイメージがあまりない。
青薔薇は現在も活動を続けており、芸能界の不貞疑惑の真偽を明らかにしたり、冤罪と噂されていた何年も前の事件の事実を突き止めたり。その活躍ぶりは健在である。
「青薔薇はあれからも精力的に活動しているもんね。あと、天羽祭での例のメッセージについては解決に向かって良かったよね」
「そうですね。母親の花園雪子は脱税の容疑で再逮捕。脱税隠しに協力した国税庁勤務の花園茂雄も逮捕されましたし。美来の話だと、花園さんは赤城さんと一緒に楽しく学校生活を送ることができているそうです。今週に入ってからは、学校の前にマスコミ関係者がいることもほとんどないようですし。あと、変装された美来も平和に学校生活を送ってます」
「アフターケアって言うのかな。そういうのもしっかりしているんだね、青薔薇は」
「そうみたいですね。明らかにしていないだけで、本当はこれまでに暴いてきた不正や犯罪の被害者についても、彼女なりにサポートしてきたのかもしれませんね」
それもあってか、青薔薇について悪く言う人はほとんどいないし、変な噂が立ったことも全然ない。正体はほとんど明らかになっていないけれど、人徳はあるようだ。
今日はお休みで誰かを応援するためにこのコンサートホールに来ているかもしれない。そうワクワクさせてくれるのも、青薔薇の1つの魅力なのかもな。
「さあ、そろそろ始まりますね」
「そうね。お客さん、さっきよりも大分多くなったものね」
僕らのように誰かを応援しに来る人もいると思うけど、声楽ファンとして聴きに来ている人も多そうだ。
それから程なくして、声楽部門・高校生の部の本選が行なわれる。
さすがに予選を通過しただけあって、みんないい歌声をしているなぁ。惹き込まれていって、退屈することが全然ない。
もちろん、乃愛ちゃんや花音ちゃんもとても上手だった。2人の歌声を聴くと、天羽祭の声楽部コンサートのときのことを思い出す。来年の天羽祭にも行きたいな。
『次は私立天羽女子高等学校1年の朝比奈美来さんです』
さあ、いよいよ美来だ。
ステージには天羽女子の冬服の制服を着た美来の姿が。夏服は爽やかで良かったけれど、冬服になると美来の美しさが際立っているように思える。
先月で応援を経験しているので、今回は緊張しないと思ったけれど、美来の姿を見たら急に緊張してきた。予選以上の重みがあるからかな。当の本人である美来は笑みを浮かべ、落ち着いた様子だけれど。
また、有紗さんも緊張しているようで、震えた手で僕の着ているジャケットを掴んでいた。
美来がお辞儀をすると、これまでの中で一番の拍手が。
いよいよ、美来の歌唱が始まった。
天羽祭のコンサートで、会場の盛り上がる中で歌ったときの歌声も凄かったけれど、静寂に包まれ、緊張もあるコンサートホールで響かせる歌声は素晴らしい。声楽未経験だからか、美来の歌声を聴くと、僕の心を彼女に両手で掴まれている感じがする。
「やっぱり凄いな……」
隣に座っている有紗さんの囁きが聞こえ、僕は小さく頷いた。
そんな素晴らしい美来の歌唱はあっという間に終わってしまった。その瞬間に、さっき以上の拍手が鳴り響いていた。本当に歌が上手かったり、感動できたりする歌ってあっという間に終わってしまうな。
僕と有紗さんも美来に向かって称賛の拍手を贈った。予選以上に上手になっていた気がする。これなら全国大会に進むことができる気がする。
一瞬、美来と目が合ったような気がした。でも、すぐに美来はにっこりと笑ったので、それは本当であると分かった。
全ての参加者の歌唱が終わり、全国大会へ通過した参加者が発表された。
「智也君! ここに美来ちゃんの名前があったよ! 勘違いかもしれないから、智也君も確認して!」
「どれどれ……あっ、『朝比奈美来(天羽女子)』って書いてありますね」
美来の歌唱、とても良かったからな。
ただ、天羽女子からは乃愛ちゃんと花音ちゃんも出場している。彼女達の名前も書いてあるのかな。神山乃愛に新藤花音の名前は……ないか。
「2人の名前、ないですね」
「そうね。あたしは2人の歌唱も上手で、結構好きだったのに。きっと、あたし達素人では分からない審査基準があるんだろうね」
「でしょうね」
ただ、恋人という贔屓目もあるけど、全ての参加者の中で美来が頭一つ抜けていた気がする。
「美来、やったね!」
「美来ちゃん、これは快挙だよ! 全国大会出場なんだよ!」
「ありがとうございます」
気付けば、僕らの近くに美来、乃愛ちゃん、花音ちゃんの姿があった。
美来は嬉しそうな笑みを浮かべているけれど、全国大会に出場できなかった2人に気を遣っているようにも見える。
「美来、全国大会頑張ってね。落選したあたし達の分もパワーを送るよ」
「私もこれで引退だけど、できるだけサポートしていくから。乃愛ちゃん、一緒に美来ちゃんへ念を送るよ」
「そうですね!」
すると、乃愛ちゃんと花音ちゃんは美来の手を掴んで「はあああっ……」と念を送っている。どうやら、全国大会に行けなかったことの悔しさはあるみたいだけど、そこまで深刻ではなさそうだ。
「智也さん! 有紗さん!」
僕のことを見つけた美来は、こちらに駆け寄ってきてぎゅっと抱きしめてきた。ステージの上に立っている美来は神々しくて、手の届かない存在のように思えるけど、こうしていると普通の可愛らしい女子高生なんだなと実感できる。
「美来、全国大会出場おめでとう。乃愛ちゃんと花音ちゃんもお疲れ様。みんないい歌声だったよ」
「そうだね! いい時間を過ごさせてもらったな」
「ありがとうございます。ステージに立って、歌唱をする前に智也さんや有紗さんのことを見つけることができました。そのおかげで安心して歌うことができました」
「美来も? あたしも2人のことは見つけましたよ。だから、予選よりも上手く歌えた気がしたんだけどな」
「私も同じ感じ。ただ、美来ちゃんは本当に上手だった。だから、自分が落ちたことは悔しいけれど、何だかいい形で部活を引退することができた気がするよ」
みんな、歌う前に有紗さんや僕のことを見つけていたのか。結構前の方の席に座っていたからかな。
「……これからはただの3年生として、声楽部のことを応援するよ。まずは美来ちゃんの全国大会だね。頑張ってね。もちろん、乃愛ちゃんも」
「ありがとうございます。12月の全国大会、頑張ります!」
「あたしもできる限り美来のことをサポートしていくよ」
「……そうそう、それでいいんだよ」
すると、花音ちゃんは涙を流しながら、美来と花音ちゃんのことを抱きしめた。もしかしたら、これが声楽部部長としての最後の活動かもしれない。そんな3人の姿を見てなのか、有紗さんも涙を流していた。
「朝比奈美来さん、おめでとう。3人とも、素敵な歌声だったよ」
今まで聞いたことのない美しい声に乗せてそんな言葉が聞こえてきた。それは僕だけじゃないのか、美来や有紗さん達も周りをキョロキョロと見ている。
僕達に話しかけたような人の姿は見えなかったけど、その言葉を聞いたときに感じた匂いは、天羽祭で美来に変装した青薔薇に抱きつかれたときに感じた匂いと同じだった。
「どうやら、青薔薇も僕らと同じでお休みだったみたいだね」
「やっぱり、青薔薇さんですか? あの会議室で感じた匂いに似ていましたから」
「抱きつかれた智也君はともかく、美来ちゃんも匂いを覚えているなんて凄いね」
「美来に変装するくらいだから、青薔薇も応援しに来てくれたのかもね」
「……忘れられない引退の日になりそうだよ」
「ふふっ、それは良かったです。花音先輩」
天羽祭のこともあってか、声楽部のことを気に掛けてくれていたんだな。たまたま、活動が一段落していたのか。それとも、今日は休もうと決めていたのか。
「じゃあ、私達は報告を兼ねて学校に戻ろうか。氷室さん、月村さん。今日は私達声楽部の応援ありがとうございました。美来ちゃんが通過しましたので、引き続き、全国大会も応援よろしくお願いします」
「もちろん」
「応援しているね! 美来ちゃん!」
3人全員ではなかったけど、美来が全国大会に出場する。なので、声楽部としてまだまだコンクールへの活動は続いていくだろう。
それから程なくして僕らはコンクール会場を後にする。空気は冷たくも陽差しの温もりが心地いい。秋も深まってきたなと思うのであった。
続々編-蒼き薔薇と不協和音- おわり
次からは特別編-Merry Halloween-です。
今日は全日本学生コンクール東京大会声楽部門・高校生の部の本選が開催される。
先月行なわれた予選で通過した美来、乃愛ちゃん、花音ちゃんの3人が今日の本選に出場する。この本選を通過すると、12月の全国大会に進むことができる。
午前9時半。
僕は有休を取っているので、同じく有休の有紗さんと一緒にコンクール本選の会場に行く。
前売り券を購入しておいたので、開場時間であるこの時間になってすんなりと会場の中に入ることができた。それもあってか、ステージの見やすい席に座ることができた。
「いい席を取ることができて良かったね、智也君」
「そうですね」
「それにしても、2ヶ月連続で2人一緒に有休取ることができて良かったよね」
「ええ。僕は結構前から勝沼さんに今日は有休を取りますって言っていましたし、調整もしやすかったです。今月はそこまで忙しくないですし」
「ふふっ、そうね。あと、智也君が休むこともうちのチームは分かっているからか、今日は一緒にデートするのかってからかわれちゃった」
うふふっ、と有紗さんは嬉しそうに笑う。
有紗さんがいるチームは、僕の担当する業務に技術支援してもらっている立場なので、僕が有休で不在なのは事前に知らせている。僕と同じ日に彼女も有休を取るとなると、デートをするって思うのも分からなくはないけど。あと、あのチームには、美来という恋人と同棲していることを伝えたのに。
ちなみに、僕の方はちゃんと声楽コンクール本選の応援と伝えてあり、勝沼さんなどチームのみんなから激励の言葉をいただいた。有紗さんも同じ日に有休を取ることは知っているけれど、デートだとからかわれたことはない。
「嬉しそうにしているのはいいですけど、大会が始まったら静かにしていてくださいね」
「もちろんだよ。……ところで、ここに青薔薇って来るのかな。天羽祭では美来ちゃんに変装していたし。声楽部コンサートにスペシャルゲストで登場したし、彼女も3人が本選に出場するって知っているでしょう?」
「ええ。ですから、来ているかもしれませんね。ただ、調査が一段落していればの話しでしょうけど」
あと、青薔薇の活動だけで食べていけるのかな。彼女の性格からして、青薔薇の活動で誰かからお金をもらうイメージがあまりない。
青薔薇は現在も活動を続けており、芸能界の不貞疑惑の真偽を明らかにしたり、冤罪と噂されていた何年も前の事件の事実を突き止めたり。その活躍ぶりは健在である。
「青薔薇はあれからも精力的に活動しているもんね。あと、天羽祭での例のメッセージについては解決に向かって良かったよね」
「そうですね。母親の花園雪子は脱税の容疑で再逮捕。脱税隠しに協力した国税庁勤務の花園茂雄も逮捕されましたし。美来の話だと、花園さんは赤城さんと一緒に楽しく学校生活を送ることができているそうです。今週に入ってからは、学校の前にマスコミ関係者がいることもほとんどないようですし。あと、変装された美来も平和に学校生活を送ってます」
「アフターケアって言うのかな。そういうのもしっかりしているんだね、青薔薇は」
「そうみたいですね。明らかにしていないだけで、本当はこれまでに暴いてきた不正や犯罪の被害者についても、彼女なりにサポートしてきたのかもしれませんね」
それもあってか、青薔薇について悪く言う人はほとんどいないし、変な噂が立ったことも全然ない。正体はほとんど明らかになっていないけれど、人徳はあるようだ。
今日はお休みで誰かを応援するためにこのコンサートホールに来ているかもしれない。そうワクワクさせてくれるのも、青薔薇の1つの魅力なのかもな。
「さあ、そろそろ始まりますね」
「そうね。お客さん、さっきよりも大分多くなったものね」
僕らのように誰かを応援しに来る人もいると思うけど、声楽ファンとして聴きに来ている人も多そうだ。
それから程なくして、声楽部門・高校生の部の本選が行なわれる。
さすがに予選を通過しただけあって、みんないい歌声をしているなぁ。惹き込まれていって、退屈することが全然ない。
もちろん、乃愛ちゃんや花音ちゃんもとても上手だった。2人の歌声を聴くと、天羽祭の声楽部コンサートのときのことを思い出す。来年の天羽祭にも行きたいな。
『次は私立天羽女子高等学校1年の朝比奈美来さんです』
さあ、いよいよ美来だ。
ステージには天羽女子の冬服の制服を着た美来の姿が。夏服は爽やかで良かったけれど、冬服になると美来の美しさが際立っているように思える。
先月で応援を経験しているので、今回は緊張しないと思ったけれど、美来の姿を見たら急に緊張してきた。予選以上の重みがあるからかな。当の本人である美来は笑みを浮かべ、落ち着いた様子だけれど。
また、有紗さんも緊張しているようで、震えた手で僕の着ているジャケットを掴んでいた。
美来がお辞儀をすると、これまでの中で一番の拍手が。
いよいよ、美来の歌唱が始まった。
天羽祭のコンサートで、会場の盛り上がる中で歌ったときの歌声も凄かったけれど、静寂に包まれ、緊張もあるコンサートホールで響かせる歌声は素晴らしい。声楽未経験だからか、美来の歌声を聴くと、僕の心を彼女に両手で掴まれている感じがする。
「やっぱり凄いな……」
隣に座っている有紗さんの囁きが聞こえ、僕は小さく頷いた。
そんな素晴らしい美来の歌唱はあっという間に終わってしまった。その瞬間に、さっき以上の拍手が鳴り響いていた。本当に歌が上手かったり、感動できたりする歌ってあっという間に終わってしまうな。
僕と有紗さんも美来に向かって称賛の拍手を贈った。予選以上に上手になっていた気がする。これなら全国大会に進むことができる気がする。
一瞬、美来と目が合ったような気がした。でも、すぐに美来はにっこりと笑ったので、それは本当であると分かった。
全ての参加者の歌唱が終わり、全国大会へ通過した参加者が発表された。
「智也君! ここに美来ちゃんの名前があったよ! 勘違いかもしれないから、智也君も確認して!」
「どれどれ……あっ、『朝比奈美来(天羽女子)』って書いてありますね」
美来の歌唱、とても良かったからな。
ただ、天羽女子からは乃愛ちゃんと花音ちゃんも出場している。彼女達の名前も書いてあるのかな。神山乃愛に新藤花音の名前は……ないか。
「2人の名前、ないですね」
「そうね。あたしは2人の歌唱も上手で、結構好きだったのに。きっと、あたし達素人では分からない審査基準があるんだろうね」
「でしょうね」
ただ、恋人という贔屓目もあるけど、全ての参加者の中で美来が頭一つ抜けていた気がする。
「美来、やったね!」
「美来ちゃん、これは快挙だよ! 全国大会出場なんだよ!」
「ありがとうございます」
気付けば、僕らの近くに美来、乃愛ちゃん、花音ちゃんの姿があった。
美来は嬉しそうな笑みを浮かべているけれど、全国大会に出場できなかった2人に気を遣っているようにも見える。
「美来、全国大会頑張ってね。落選したあたし達の分もパワーを送るよ」
「私もこれで引退だけど、できるだけサポートしていくから。乃愛ちゃん、一緒に美来ちゃんへ念を送るよ」
「そうですね!」
すると、乃愛ちゃんと花音ちゃんは美来の手を掴んで「はあああっ……」と念を送っている。どうやら、全国大会に行けなかったことの悔しさはあるみたいだけど、そこまで深刻ではなさそうだ。
「智也さん! 有紗さん!」
僕のことを見つけた美来は、こちらに駆け寄ってきてぎゅっと抱きしめてきた。ステージの上に立っている美来は神々しくて、手の届かない存在のように思えるけど、こうしていると普通の可愛らしい女子高生なんだなと実感できる。
「美来、全国大会出場おめでとう。乃愛ちゃんと花音ちゃんもお疲れ様。みんないい歌声だったよ」
「そうだね! いい時間を過ごさせてもらったな」
「ありがとうございます。ステージに立って、歌唱をする前に智也さんや有紗さんのことを見つけることができました。そのおかげで安心して歌うことができました」
「美来も? あたしも2人のことは見つけましたよ。だから、予選よりも上手く歌えた気がしたんだけどな」
「私も同じ感じ。ただ、美来ちゃんは本当に上手だった。だから、自分が落ちたことは悔しいけれど、何だかいい形で部活を引退することができた気がするよ」
みんな、歌う前に有紗さんや僕のことを見つけていたのか。結構前の方の席に座っていたからかな。
「……これからはただの3年生として、声楽部のことを応援するよ。まずは美来ちゃんの全国大会だね。頑張ってね。もちろん、乃愛ちゃんも」
「ありがとうございます。12月の全国大会、頑張ります!」
「あたしもできる限り美来のことをサポートしていくよ」
「……そうそう、それでいいんだよ」
すると、花音ちゃんは涙を流しながら、美来と花音ちゃんのことを抱きしめた。もしかしたら、これが声楽部部長としての最後の活動かもしれない。そんな3人の姿を見てなのか、有紗さんも涙を流していた。
「朝比奈美来さん、おめでとう。3人とも、素敵な歌声だったよ」
今まで聞いたことのない美しい声に乗せてそんな言葉が聞こえてきた。それは僕だけじゃないのか、美来や有紗さん達も周りをキョロキョロと見ている。
僕達に話しかけたような人の姿は見えなかったけど、その言葉を聞いたときに感じた匂いは、天羽祭で美来に変装した青薔薇に抱きつかれたときに感じた匂いと同じだった。
「どうやら、青薔薇も僕らと同じでお休みだったみたいだね」
「やっぱり、青薔薇さんですか? あの会議室で感じた匂いに似ていましたから」
「抱きつかれた智也君はともかく、美来ちゃんも匂いを覚えているなんて凄いね」
「美来に変装するくらいだから、青薔薇も応援しに来てくれたのかもね」
「……忘れられない引退の日になりそうだよ」
「ふふっ、それは良かったです。花音先輩」
天羽祭のこともあってか、声楽部のことを気に掛けてくれていたんだな。たまたま、活動が一段落していたのか。それとも、今日は休もうと決めていたのか。
「じゃあ、私達は報告を兼ねて学校に戻ろうか。氷室さん、月村さん。今日は私達声楽部の応援ありがとうございました。美来ちゃんが通過しましたので、引き続き、全国大会も応援よろしくお願いします」
「もちろん」
「応援しているね! 美来ちゃん!」
3人全員ではなかったけど、美来が全国大会に出場する。なので、声楽部としてまだまだコンクールへの活動は続いていくだろう。
それから程なくして僕らはコンクール会場を後にする。空気は冷たくも陽差しの温もりが心地いい。秋も深まってきたなと思うのであった。
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