恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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第50話『正式な恋人、はじめました。』

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 赤羽さんの姿が見えなくなってすぐ、氷織は俺にもたれかかってきた。緊張の糸が切れ、体の力が抜けたのだろう。そんな氷織のことを俺と火村さんで支える。
 少しの間、どこかで休もうという話に。ただ、学校には赤羽さんとの一件を見た生徒が何人もいるため、氷織がゆっくりできないかもしれない。なので、近くにある公園に行き、ベンチで休むことに決めた。
 日差しは多少出ているけど、今も肌寒いからだろうか。公園にはあまり人はおらず、ベンチが1基空いている。そこに氷織と俺が腰を下ろす。
 歩いて体力を消耗したのか、氷織は俺に寄り掛かる。
 氷織の温もりと重みを感じられることが嬉しい。氷織と目が合うと微笑んでくれて。そのことで嬉しさが増す。

「あそこに自販機があるッスね。ひおりん、何がいいッスか? 奢るッスよ」
「ありがとうございます。では、ミルクティーをお願いします。できれば温かいものを。なければ、冷たくてもかまいませんよ」
「分かったッス」
「あたしも行くわ。どんな飲み物があるのか気になるから」

 火村さんと葉月さんは公園の中にある自販機へと向かった。
 今くらいの季節になると、全ての飲み物が『つめた~い』ものになっている自販機が多い。肌寒いし、『あたたか~い』飲み物が売っているといいな。
 2、3分ほどで、火村さんと葉月さんがこちらに戻ってきた。

「ひおりん。温かいミルクティー買ってきたッス」
「ありがとうございます」

 葉月さんは氷織にペットボトルのミルクティーを渡す。
 希望のものを買ってもらえたのが嬉しいのか。それとも、ミルクティーの温かさが心地いいのか。氷織は柔らかな笑みを浮かべた。

「はい、紙透。ボトル缶のブラックコーヒー買ってきてあげたわ」
「お、俺に?」

 予想外のことだったので、普段よりもちょっと高い声が出てしまった。

「あの赤羽って女子から氷織を守ったから。そのご褒美よ。それに、かっこよかったし。温かい蓋付きのコーヒーがなかったから冷たいものだけど」
「ありがとう」

 火村さんからボトル缶のブラックコーヒーを受け取る。俺の好きなコーヒーだし、火村さんがご褒美に買ってくれたことが何よりも嬉しい。

「このコーヒー好きなんだ。嬉しいな」
「それは良かったわ」
「自販機の前で『紙透には何がいいかしら……』って迷っていたッスね」
「う、うるさい」

 不機嫌そうに言うと、火村さんの頬が赤くなっていく。照れくさいのかな。

「迷っていたんじゃなくて、何を買えば紙透が一番喜ぶのか考えていただけよ。そうしたら、この前の勉強会でボトル缶のコーヒーを飲んでいたのを思い出したの」
「ふふっ、そうッスか。かなり可愛いッスね」
「恭子ちゃん可愛い!」
「微笑ましいな!」

 葉月さん達の言う通りだな。ただ、それを言ったら、火村さんの頬を染めている赤みがどうなるか。言わないでおこう。

「いただくか、氷織」
「そうですね。いただきます」

 俺はボトル缶コーヒーの蓋を開け、ブラックコーヒーを一口飲む。
 コーヒーの冷たさと苦味が体に染み渡っていく。そのことで気持ちが落ち着いていく。

「美味しいよ。ありがとう、火村さん」
「いえいえ」
「ミルクティーも美味しいです。沙綾さん、ありがとうございます」
「良かったッス」

 氷織はミルクティーをもう一口飲む。そして、ふーっ、と長めに息を吐く。そのことで、ミルクティーの甘い匂いがほのかに感じられた。

「ミルクティーの甘さと温かさで体力が戻ってきました」
「それは良かった」
「……これまで、夏希さんの姿を見かけることはあっても、関わることはありませんでした。ただ、今日の昼休みに、明斗さんからバイト先で助けた女子高生の特徴を聞いたとき、その子は夏希さんである可能性が高いなと。もしかしたら……明斗さんを通じて、夏希さんと会う可能性もゼロではないと考えました」

 あのとき、氷織の顔から笑みが消え、俯いていたけど……やっぱり、俺が助けた女性は赤羽さんじゃないかと考えていたんだな。

「校門で明斗さん達と話している夏希さんを見たとき、中1の頃のことを思い出して、怖い気持ちになりました。でも、明斗さん達が側にいてくれたから、夏希さんに言いたいことをちゃんと言えました。本当に……ありがとうございました」

 氷織は明るい笑顔を浮かべ、俺達のことを見ながらお礼を言う。そして、ゆっくり立ち上がり、深々と頭を下げた。
 前に俺が言った通り、火村さん達は氷織の支えになってくれた。俺も氷織のことを支えになれたようで嬉しい。

「氷織を助けられて良かったよ」
「紙透君の言う通りッスね」
「何とかなって良かったわ。まあ、あたしはただ自分の想いを言っただけだけど」
「あのときの恭子ちゃん、とってもかっこよかったよ。あの子に自分の言いたいことを言えて良かったね、氷織ちゃん」
「そうだな。一件落着して良かったな、青山!」

 火村さん達はみんな氷織に対して温かな言葉をかけた。
 氷織の笑みは嬉しそうなものに変わり、「はい」と呟きながら頷いた。和男の言う通り、これで赤羽さんについては一件落着したかな。ブラックコーヒーをもう一口飲むと、さっきよりも美味しく感じられた。

「明斗さん」

 俺の名前を口にすると、氷織は俺の前に立つ。俺と目が合うと、氷織は優しい笑顔を見せてくれる。

「さっき……夏希さんと話す中で、明斗さんへの想いを言いました。ただ、改めて言わせてくれますか」
「もちろんさ。聞かせてほしい」

 俺もベンチから立ち上がる。これから氷織が気持ちを伝えようとしてくれるのに、自分だけ座っているのは申し訳ない気がして。
 赤羽さんに対して氷織が話したことを思い返すと……胸が温かくなっていく。段々ドキドキしてきて。
 緊張しているのだろうか。氷織は頬を赤くして俺を見つめている。また、そんな氷織のことを、火村さん達は左右両側から見守っていた。
 少しの間、俺達6人の中では無言の時間が続く。
 氷織は一度、深呼吸をすると、ようやく口を開いた。

「明斗さんに告白されて、お試しの恋人として付き合ってから……私の日々は今まで以上に楽しいものになっています。明斗さんの笑顔を見られるのが嬉しいです。明斗さんと一緒にいることが当たり前になって、明斗さんと一緒にいたいと思うようになりました。放課後に一緒にいられないときや、風邪を引いてしまったときは特に」
「寂しいって言っていたもんね」
「はい。日に日に、明斗さんへの想いが強くなっていって。夏希さんが明斗さんに告白したとき、胸が痛くなりました。モヤッともしました。誰にも渡したくない。ずっと側にいて、明斗さんの笑顔を見ていきたい。そんな感情が自然と出るほどに私は……明斗さんのことを好きになっているのだと分かりました。明斗さんに告白されたときから何度も抱いてきた温かな気持ちは、嬉しさや明斗さんへの好意なのだと」
「氷織……」

 氷織は両手を自分の胸に当てる。そして、顔にはとても可愛らしい笑みが。

「私は明斗さんのことが好きです。ですから、私と……正式にお付き合いしてくれませんか」

 氷織は俺の目を見つめながら、告白してくれた。
 両耳から入った氷織のその言葉は、優しくも強い温もりに変わって全身に広がっていく。多幸感に包まれていくのが分かる。好きな人から好きだって言われると、こんなにも嬉しい気持ちになれるんだ。気づけば、頬が緩んでいるのが分かった。

「氷織が好きだって言ってくれて、正式に付き合いたいと言ってくれて本当に嬉しい。それに、この公園は半年前に一目惚れした場所でもあるからさ。これからは正式な恋人として、よろしくお願いします。ずっと一緒にいて、一緒に幸せになっていこうな」
「はいっ! よろしくお願いします!」

 氷織はとびっきりの笑顔になり、元気良く返事してくれた。
 正式な恋人になったから、今まで以上に氷織が愛おしく思えて。俺は氷織のことをぎゅっと抱きしめた。そのことで感じる温もりも、甘い匂いも、柔らかさも。全てが愛おしい。
 気づけば、背中から温もりを感じる。きっと、氷織が両手を俺の背中に回したのだろう。

「初恋がついに実ったな、アキ! 青山と一緒に幸せになるんだぞ! おめでとう! せーの!」
『おめでとう!』

 火村さんと葉月さん、和男、清水さんによる祝福の声が響き渡り、拍手の音が聞こえてきた。
 周りを見ると、4人は嬉しそうな笑顔で俺達に拍手を送っている。
 俺達の様子に影響されてか、公園の中にいる他の人や、公園横の歩道からこちらを見る人達からも拍手が。「おめでとー」という声も聞こえてくる。嬉しい気持ちもあるけど、ちょっと恥ずかしさもある。
 氷織と顔を見合うと、氷織は頬をほんのりと赤くしてはにかんでいた。

「紙透君は和男君とあたしのキューピッドだし、半年くらい片想いし続けているのを知っているからさ。本当に嬉しいよ! 氷織ちゃんと仲良くするんだよ!」
「ひおりんとお似合いッスよ、紙透君。正式な恋人になっても、ひおりんのことを傷つけたら親友として許さないッスから! でも、2人なら大丈夫そうッス」
「あたしもそう思うわ、沙綾。さっき、赤羽っていう子に言ったように、2人は本当にお似合いのカップルね。おめでとう! あたしの大好きな2人がカップルになったから、これからの学校生活がより楽しみだわ」

 清水さんと葉月さん、火村さんが笑顔で俺達に向けて祝福の言葉を送ってくれる。友人達の言葉が優しく響く。
 あと、火村さんは大好きな『氷織』ではなく『2人』なんだな。赤羽さんにも、俺達の笑顔が大好きだと言っていたっけ。火村さんを見ると、火村さんは頬を赤くして俺を見てくる。それでも笑みを絶やさない。そんな火村さんの頭を葉月さんが撫でていた。
 氷織と俺の関係が、友人達から祝われる関係であることが嬉しい。みんなの想いを裏切らないためにも、氷織と正式な恋人として仲良く付き合っていきたい。

「みんな、ありがとう」
「ありがとうございます」

 4月下旬に、俺が告白したことをきっかけにスタートした氷織と俺のお試しの恋人関係。それは『正式な恋人になる』という最高の理由で終わらせることができた。
 そして、終わりは新たな始まりでもある。氷織と俺の正式な恋人関係が始まるのであった。
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