恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編4

第10話『スイカ割り』

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 レジャーシートでゆっくりと過ごした後、俺は氷織と一緒に岩場の散策をしたり、密着しながらフロートマットに寝そべったりするなどして氷織との時間を過ごす。
 また、午前中とは別のチーム構成でビーチバレーしたり、和男の首から下を砂に埋めたりとみんなでの午後の時間も過ごしていった。

 ――ぐうっ。
「お、お腹空いてきたわね。体を動かしたからかしら」

 和男を砂に埋めてから少し経ったとき、火村さんははにかみながらそう言ってきた。俺達に聞こえるほどにお腹が鳴ったからかな。

「海で遊んだり、ビーチバレーしたり、倉木君を砂に埋めたりして結構体を動かしたッスからね」
「それに、恭子さんのお昼ご飯はサンドイッチに野菜ジュースでしたからね。摂取したエネルギーの大半を使ってしまったのかもしれません」
「そうかもしれないわね。コンビニに行って、お菓子でも買おうかしら。ただ、人の数も落ち着いてきたし、海の家に行ってかき氷とかアイスとか冷たいものを買うのも良さそうね」
「海水浴に来た感じがしていいかもしれませんね」

 今日はまだ海の家に行っていないもんな。
 バッグに入っている腕時計を見ると……今は午後3時過ぎか。昼ご飯を食べてから2時間以上経っているし、火村さんがお腹が空くのも無理はない。

「3時を過ぎているし、みんなで何か甘いものでも食べようか」
「そうしましょう!」

 火村さんが食い気味に返事した。氷織達も次々と賛同の意を示し、みんなで甘いものを食べることに決まった。
 お昼ご飯を買いに行ったコンビニでは、安価で美味しいお菓子やスイーツ、アイスを買うことができる。海の家はコンビニよりも高めだけど、氷織の言うように海水浴に来た感じを味わえる。火村さんの言うように、一時よりは人の数が落ち着いてきているし。迷うところだ。

「みんな。せっかく海に来たんだし、スイカ割りをしねえか? 去年、アキ達と来たときにやったんだ!」

 砂浜から出た和男がそんなことを言ってきた。

「やったなぁ。去年は和男が思いっきり割って、半分以上のスイカを砂浜に散らしたよな」

 そのせいで、スイカを食べられたのは二、三口くらいだったな。甘くて美味しかったから、それでも満足感はあったけど。

「和男君が話していたのを思い出した」
「スイカ割りですか。海での定番ですね」
「スイカは甘くて美味しいッスよね」
「美味しいわよね。スイカは好きよ。スイカ割りは楽しそうだけど、丸ごとのスイカってコンビニや海の家で売っていたかしら?」
「海の家に売ってるぜ! 去年はスイカ割りセットをみんなで買って、スイカ割りをしたんだ!」

 ニッコリと笑いながらそう言う和男。そんな和男に火村さんは目を見開く。

「スイカ割りセットなんてものがあるの?」
「おう! スイカはもちろん、スイカ割りに必要なものがセットになっているんだ!」
「スイカを割るための棒、レジャーシート、目を覆い隠すための鉢巻き、美味く割れなかったときのためにも切るための果物包丁だったかな。それらはレンタルで、スイカ割りが終わったらお店に返すんだ。確か1500円くらいだったはず」
「そうなのね。6人で割り勘すれば250円になるから、値段もそれほどかからないし良さそうね」

 火村さんは笑顔でそう言う。どうやら、火村さんはスイカ割りに乗り気なようだ。

「みんなはどうかしら?」
「いいじゃないッスか! スイカ割りしたいッス!」
「海水浴らしいですし、やってみたいです」
「あたしもスイカ食べたい!」
「俺も賛成だ」
「俺もだ!」
「じゃあ、スイカ割りしましょう!」

 火村さんが元気に言うと、自然と俺達の中の雰囲気が明るくなった。
 結構大きなスイカだったし、色々と道具を借りるので複数人で買いに行った方がいいという話に。なので、コンビニに行ったときと同じで俺、氷織、火村さんの3人でスイカ割りセットを買いに行くことになった。
 海の家へ行くので、俺達はみんな水着姿のまま。それもあってか、男性中心にこちらを見てくる人が多い。ただ、俺も一緒だからか、話しかけてくる人はいない。
 記憶を頼りに、スイカ割りセットを売っている海の家に行くと――。

「氷水に冷やされたスイカがいっぱいあるわね」
「この海の家で売られているのでしょうね。『スイカ割りの道具をレンタル中!』と書かれたポップもありますし」
「そうだな」

 1年ぶりだけど、スイカ割りセットが売られていて安心だ。値段も去年と同じで1500円だ。スイカはなかなか大きいし、これで1500円はかなり安いのでは。
 海の家のおじさんに声をかけ、俺達はスイカ割りセットを購入。営業時間が午後5時までなので、道具はそれまでに返却してほしいとのこと。
 俺がスイカを持ち、氷織と火村さんでスイカ割りの道具が入っている袋を一緒に持って、俺達のレジャーシートに戻った。

「スイカ割りセット買ってきたよ」
「おおっ、あったか! でけえな!」
「立派なスイカッスね!」
「6人でもいっぱい食べられるね!」

 和男も清水さんも葉月さんも、買ってきたスイカの大きさに好反応。去年のようにスイカを砂浜に散らしてしまうことせず、今年はスイカをたくさんたべたいものだ。
 俺達のレジャーシートの近くに、セットの中に入っていたシートを敷く。その上にスイカを置いた。

「これでスイカはOKだな。じゃあ、誰からスイカ割りしようか」
「あたしやりたい!」

 ピシッと右手を挙げて、火村さんが名乗り出る。

「いいッスね。全てはヒム子のお腹が鳴ったことから始まったッスから」

 快活な笑顔で葉月さんはそう言った。俺や氷織達4人も葉月さんの意見に賛成した。

「分かったわ! じゃあ、まずはあたしが割るわ!」

 最初に挑戦することが決まり嬉しそうな火村さん。
 棒を振り下ろすのは1回で、ある程度割れた時点で終わりというルールに。また、2番目以降は葉月さん、氷織、俺、清水さん、和男という順番で挑戦することに決めた。
 俺達はスイカから5、6mほど離れた場所まで移動する。
 火村さんはセットの中に入っている鉢巻きで目を隠す。
 氷織からスイカ割りの棒を受け取ると、火村さんは棒を軸に10回転する。これで平衡感覚もおかしくなってくるので、スイカ割りの難易度がより上がる。
 10回転して、火村さんは若干体を左右に揺らしながら棒を構える。

「恭子さん、まずは前に進んでください」
「分かったわ!」

 火村さんは小さな歩幅で前に進んでいく。
 しかし、平衡感覚がおかしくなっているのか、本人にとっては真っ直ぐ進んでいるつもりだろうけど、段々と左側にズレ始める。

「ヒム子、そこで一旦停止ッス!」

 葉月さんが少し大きめの声でそう言う。そのことで、火村さんは一旦停止。ズレが大きくなる可能性があるので、ここで立ち止まらせるのは正解だろう。

「ヒム子! 体の向きを少し右に向けるッス!」
「こ、こう?」

 火村さんは体の向きを少しだけ右に動かす。そのことで、火村さんの正面に再びスイカがある状態に。

「OKッス! 前に進むッス!」
「りょうかーい」

 先ほどと同じくらいのゆっくりとしたスピードで、火村さんはスイカに向かって再び歩き始める。
 棒の回りを回転してから少し時間が経ったからか、さっきよりは真っ直ぐに歩けている。

『ストップ!』

 氷織、清水さん、葉月さんの女子3人が大きな声で指示を出す。
 指示の声の大きさにビックリしたのか、火村さんは体をビクつかせてしまう。ただ、何とかその場で立ち止まることができた。

「火村さん。スイカの前まで来ることができたよ」
「そうなの。もう振り下ろしていい?」
「ちょっと待て、火村。棒の先端がちょっと左にズレてる。もうちょい右だ」
「和男君の言う通りだね。ちょっと右」
「……こ、こう?」

 火村さんは和男の指示に従って、体を少しだけ右にずらす。平衡感覚がまだおかしいせいか、先端が左右に少し揺れているけど、たぶん大丈夫な気がする。スイカからは少し離れたところから見ているので、なかなか「ここだ!」というポイントを指示するのも難しい。これも、スイカ割りを面白さなのかもしれない。

「いいぞ!」
「そこで、勢いよく振り下ろしてください!」
「分かったわ! いくわよっ!」

 えいっ! と、火村さんは棒を勢いよく振り下ろす。
 棒はスイカに当たったけど、場所はスイカの右端。おそらく、棒の細かな揺れもあって、端に当たってしまったのだろう。ただ、当たってはいるので、少しではあるが、スイカの赤い果肉が見えた。
 スイカには当たったので俺は「おおっ」と声を出す。氷織も「おおっ」と声を出し、小さく拍手している。
 ただ、葉月さんと和男と清水さんは「ああっ」と、ちょっとがっかりした声を漏らした。あの体勢なら、一発でスイカが割れると期待していたのかもしれない。

「何か固いものが当たった感じはするけど……」

 と言いながら、火村さんは目隠ししている鉢巻きを取る。

「端っこかぁ。でも、一応当たったからいいか。赤い実も見えてるし」

 火村さんは微笑みながらそう言った。赤い実が見えたことで、割ることができた達成感を得られたのかもしれない。

「ちょっとは割れましたけど、まだ続けましょう」
「そうッスね、ひおりん。次はあたしッス。割るッスよ!」

 葉月さんは火村さんから鉢巻きを受け取り、両目を隠す。
 両目を隠した後、葉月さんは火村さんから棒をもらって、火村さんと同じく棒の回りを10回転する。ただ、気合いが入っているからか、火村さんのときよりも回転するスピードがかなり速い。大丈夫か?
 10回転し終わり、スタート地点に立った状態で葉月さんはかなりフラフラ。

「沙綾さん。ゆっくりでいいですから、前に進んでください」
「了解ッス」

 氷織の指示通り、葉月さんはゆっくり動き始める。
 しかし、少し歩いたところで、葉月さんは脚がよろけてしまい、その場で尻餅をついてしまう。

「だ、大丈夫ですか! 沙綾さん!」
「怪我はない?」
「大丈夫ッスよ。ただ、結構フラフラするッス……」

 葉月さんは棒を支えに何とか立とうとするが、立つことができずに再び尻餅。
 すると、葉月さんはその場で目隠ししていた鉢巻きを取って、

「歩けないッス! ギブアップッス!」

 苦笑いしながらそう言い、両手で×マークを出した。このままやったら怪我をするかもしれないし、ギブアップするのは賢明な判断だろう。
 俺と氷織と清水さんが葉月さんのところへ行き、氷織と清水さんが葉月さんに肩を貸してスタート地点の近くまで連れて行く。俺も棒を持ってスタート地点に戻った。

「いやぁ、やっちまったッス。気合いを入れて勢いよく回りすぎたッス」
「恭子さんよりも速く回っていましたもんね」
「ふふっ。ひおりんに託すッス」
「はい、頑張りますね」

 氷織は葉月さんから鉢巻きを受け取り、両目を覆い隠す。目を隠していても、氷織が美しいことに変わりないな。
 鉢巻きで両目を隠し終わった氷織に、俺は棒を渡した。次の番は俺だけど、氷織がスイカを割る瞬間を見てみたいな。
 氷織は棒の周りを10回転する。こういう姿は初めて見るから新鮮で面白い。
 10回回り終わって、氷織はスタート地点に立つ。平衡感覚がおかしくなっているようで、体が前後に揺れている。

「氷織。あたしが後ろから腰を持って支えてあげましょうか?」 

 うへへっ……と、火村さんは厭らしさを感じられる笑い声を漏らしている。指をワキワキさせて、背後から氷織の体に両手を伸ばしているし。お昼過ぎに火村さんにナンパしてきた男達よりも危険な気がするぞ。

「火村さん。それをやったら10回転した意味がないよ」
「紙透君の言う通りッスよ」
「恭子ちゃんらしいけどね。棒を振り下ろすまでは体に触れちゃダメだよ。沙綾ちゃんみたいにギブアップしない限りは」
「声でサポートするんだぜ!」
「……み、みんなの言う通りね。分かったわ」

 はあっ、と小さくため息をつく火村さん。どれだけ触りたかったんだ。目隠ししている氷織はレアだからかな。

「よし、始めよう。氷織、ゆっくりでいいから前に進もう」
「はいっ」

 氷織はゆっくりと前進し始める。……体に揺れている方向が前後だから、真っ直ぐ進むのは問題なさそうか。
 しかし、それも束の間。
 歩いている場所が砂浜なので、氷織は足を取られてしまい、よろめいてしまう。ただ、持っている棒を支えにして転ばずに済んだ。

「良かった……」
「転ばなかったわ……」

 俺の直後に火村さんも安堵の言葉を口にした。
 氷織は棒を使って何とか体勢を立て直す。しかし、体勢がよろめいたことで進行方向がやや右方向にズレてしまった。

「氷織、ストップ!」

 大きめの声でそう言うと、氷織はすぐに「はいっ!」と返事をして立ち止まる。

「氷織、その場で体を少しずつ左方向に向けて」
「はいっ」

 氷織は俺の指示通り、その場で体を少し左方向に向ける。そのことで氷織の正面にスイカがある状態に。

「氷織、ストップ。そこから前に進んで」
「分かりました」

 先ほどと同じくらいにスピードで、氷織は前進していく。火村さん達が「まっすぐまっすぐ!」と元気よく声を掛けている。
 さっきのように砂に脚を取られないかどうか心配だったけど、氷織はよろめくことなくスイカに近づいていく。

「もうそろそろ棒がスイカにあたる場所まで来たんじゃないかしら」
「あたしにもそう見えるッス」

 氷織には聞こえないような小声で、火村さんと葉月さんはそう言ってくる。
 確かに……氷織はスイカに結構近づいているな。俺は2人に頷く。

「氷織、ストップ!」
「はいっ!」

 氷織はすぐに反応し、その場で立ち止まる。

「いい場所にいるわね。あたしはもう振り下ろしても大丈夫だと思う」
「あの場所なら当たると思うッス」
「あたしも当たりそうな気がするよ」
「いいんじゃねえかな。アキはどう思う?」
「俺もいいと思う。……氷織! そこで棒を振り下ろすんだ! きっとスイカに当たる!」
「分かりました!」

 氷織は棒を持った状態で両手を振りかぶって、

「いきまーすっ!」

 そんな掛け声と共に、思いっきり棒を振り下ろした!
 ――ドンッ。
 振り下ろされた棒はスイカの真ん中に当たり、スイカは真っ二つに割れた。

『おおっ!』

 俺達はそんな声を上げて、氷織に拍手を送る。
 また、俺達のスイカ割りを気になっている人が多かったようで、20人くらいの海水浴客が氷織に向かって拍手を送っていた。

「氷織、割れたよ!」
「やっぱり割れましたか?」

 氷織はそう言うと、目隠ししていた鉢巻きを外す。氷織は割れているスイカを見て、

「やりましたー!」

 満面の笑顔でバンザイした。スイカを割ることができたのが結構嬉しかったようで、ちょっとはしゃいでいて。氷織の喜ぶ様子はたくさん見てきたけど、今の氷織はちょっと新鮮さを感じられた。
 俺達は氷織のところに向かい、氷織とハイタッチする。

「氷織、やったな!」
「さすがは氷織ね!」
「綺麗に割れたッスね!」
「見てて気持ち良かったよ!」
「綺麗に割れるもんだな! 去年の俺は結構飛び散ったからな!」
「ふふっ。明斗さん中心に適切に指示してくれたおかげですよ。棒がスイカに当たった感覚が気持ち良かったです!」

 氷織は爽やかな笑顔を浮かべながらそう言った。
 その後、割れたスイカを前にして、俺のスマホで何枚か写真撮影をした。もちろん、そのスイカは俺達のグループトークにアップした。
 スイカは真っ二つに割れただけなので、借りてきた道具の中にある果物ナイフで氷織が六等分に切り分けた。

「では、いただきましょう!」
『いただきまーす』

 氷織の号令で、俺達はスイカを一口食べる。
 噛んだ瞬間にスイカの甘い果汁が口の中に広がっていく。あと、買ってから少し時間が経っているけど、お店では氷水に入れていたのもあってそれなりに冷たい。

「……うん。甘いし冷たいし美味しいな」
「本当に美味しいですね、明斗さん!」
「美味いッスね! これぞ夏ッス!」
「夏の美味しさね。割った氷織もナイスだし、スイカ割りを思い出した倉木もナイスだわ!」
「思い出して良かったぜ! 去年よりもいっぱいスイカを食えて幸せだ!」
「良かったね、和男君! 本当に美味しいスイカだよ!」

 氷織達もスイカを美味しそうに食べている。そんな彼らを見ていると、気持ちが癒やされて爽やかになっていくのであった。
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