ラストグリーン

桜庭かなめ

文字の大きさ
3 / 83

第2話『ディケイドメモリーズ』

しおりを挟む
 咲希が転入してきたこともあって、午前中はどの授業も最初の10分くらいは先生の自己紹介の時間が設けられた。それに対して咲希は明るく対応していた。そんな彼女に「さすがは、東京で10年過ごしただけある」などと言う生徒もいて。転入初日ということもあってか、他の生徒とは何か違う雰囲気を感じるのは確かかな。
 咲希がいてくれたおかげなのか、今日はあっという間に昼休みになった。

「ねえねえ」

 後ろから咲希のそんな声が聞こえ、背中をツンツンされる。これまで後ろに席がなかったので何だか違和感があるな。
 ゆっくりと振り返ると、そこには笑顔で僕のことを見てくる咲希の姿が。

「翼、一緒にお昼ご飯を食べようよ」
「もちろんいいよ」
「明日香や美波も一緒にいいかな?」
「もちろんだよ、さっちゃん!」
「喜んで。明日香や蓮見君の昔話を聞かせてよ」

 今日は4人でお昼ご飯を食べることに。机を動かし、僕は咲希や常盤さんと向かい合うようにして座る。ちなみに、隣には明日香が座っている。
 10年前の引越しの夢を何度も見てきただけあって、咲希がすぐ側にいるのが今も信じられない気分だ。10年ぶりということもあって、咲希も綺麗な女性に成長したけど、昔のおもかげが残っていることに嬉しさを感じる。

「すまん、俺も一緒に昼飯を食べてもいいだろうか」
「うん、いいよ。確か……羽村君だよね」
「お見事だ、有村。生徒会長の羽村だ。蓮見達とはここに入学したときから仲良くしているよ。俺はもちろんのこと蓮見や朝霧、常盤でもいいから、学校のことで分からないことがあったら、遠慮なく訊いてくれ」
「うん、分かったよ。ありがとう」

 羽村は近くにあった椅子を持ってきて、明日香や常盤さんの近くに座った。

「懐かしい光景だなぁ。翼と明日香が隣り合って座っているのを見たのは」
「10年前だっけ、知り合ったのは。そのときから明日香と蓮見君ってこんな感じで仲が良かったの?」
「うん、そうだよ。凄く仲が良かった。当時から翼は落ち着いていて優しいし、明日香はおっとりしていて可愛かったな」
「それは納得だね。蓮見君は物腰が柔らかくて面倒見いいし、明日香は特に部活だとおっとりしているよね」
「そうかなぁ。これでも、小さいときに比べればしっかりしてきていると思うんだけどな」

 明日香の言うことも常盤さんの言うことも頷ける。年相応にしっかりとしてきたけど、基本的にはおっとりとしていると思っている。美術部で活動しているときの明日香の様子はあまり分からないけれど。

「そういえば、部活といえば……さっちゃんって水泳部に入っていたんだね」
「うん。中学高校とね。泳ぐのが好きだから」
「へえ……凄いなぁ。私なんて、中学生のときにようやくクロールで25mを泳げるようになってさ」

 中学では実力テストがあるから、明日香の練習に付き合ったっけ。僕もクロールだとそれなりに泳げるけれど、平泳ぎや背泳ぎだとちょっとしか泳げない。

「25mも十分に凄いと思うよ」
「そうかな? さっちゃんって昔から運動神経がいいよね。もしかして、大会とかに出たりした?」
「何度か出場したことがあるけど、同じ部活のライバルの子や、他の学校にたくさん速く泳ぐことができる選手がいてね。表彰台に上がったことは一度もなかったよ」
「そっかぁ……日本は広いもんね。凄い人はたくさんいるよね」

 明日香のコメントがツボにハマったのか、咲希はクスクスと笑い始めた。それにつられてか常盤さんも笑い始めて。そんな2人のことを明日香はきょとんした様子で見ている。

「世の中、凄い人はたくさんいるよな。今日だって、有村のことをさすが東京人と言っていた生徒もいるくらいだ。朝霧の言うように日本はとても広いんだろう。さあ、お昼ご飯を食べよう。いただきます!」
『いただきまーす』

 僕達は昼食を食べ始める。まさか、咲希とまたこうして机をくっつけて昼食を食べることになるとは。今も夢を見ているんじゃないかと思ってしまうよ。

「そういえば、翼って部活はやっているの?」
「ううん、中学から一度も入ったことはないよ。面白そうな部活がなくて。ただ、高校に入学した直後から喫茶店でバイトしてる」
「へえ、何だか意外。翼ならどこでもやっていけると思っていたから。でも、受験勉強もあるのにバイトって大変じゃない?」
「そのことについてはマスターと相談して、前に比べたらあまりシフトは入れてないから大丈夫だよ。実のところ、本来なら今くらいの時期に辞めるつもりだったんだけど、新しくバイトを始めた人に色々と仕事を教えることになって。それでも、6月末には辞めることにはなったよ」
「へえ、そうなんだ。お仕事を教えるなんて凄いね、翼」
「コーヒーや紅茶を淹れるのも、料理を作るも楽しくて好きだからね。新しくバイトを始めた人とも上手くやっているよ」

 その人は大学1年生だけど、素直で可愛らしい女性だ。あと、教育代ということで、バイト代が上がったので、辞めるのが先延ばしになったことは嫌だと思っていない。

「つーちゃんなら、本番直前までバイトをやり続けても大丈夫そうだけれどね。だって、1年生のときから、定期試験はずっと羽村君と1位と2位を独占しているから」
「翼も羽村君も頭いいんだ。凄いなぁ」

 もちろん、羽村が1位で僕が2位だけれど。

「つーちゃんに定期試験前は勉強を教えてもらうことが多いよ。あと、つーちゃん……中学のときからゲームを作っていたよね」
「うん。高校に進学してからは羽村と一緒にいくつか作ったよ」
「蓮見と一緒に作ったゲームは結構面白かったし、近いうちにまたやらせてくれないか?」
「うん、いいよ」

 元々、ゲームは好きだし中学のときは暇な時間もあったから、プログラミングの勉強をして自分で作ったっけ。背景やキャラクターを描いたり、簡単な音楽とかも作ったな。
 この桜海高校に進学してからは、羽村と一緒にいくつかのゲームを作った。

「翼って結構多趣味なんだね」
「そう言われたのは初めてだなぁ。まあ、好きなことだからやれているし、楽しい時間を送ることはできたよ」
「そっか。じゃあ、あたしにも今度遊ばせてね」
「うん」

 最近、全然触ってなかったから、ちゃんと動くかどうか確かめておこう。

「話は変わるけど、咲希が前に言っていた高校ってどんな高校だったの? やっぱり、東京の高校って凄い?」

 常盤さん、興味津々だな。僕も、咲希がこれまでにどんな学校生活を送っていたのかは気になる。

「凄いかどうかは分からないけれど……私立の高校だったから敷地はかなり広かったし、校舎も立派だったよ。天羽女子あもうじょしっていう女子校ね。あと、そこはギリギリ神奈川県だけど。あたしを含めて東京から通う子も多かったよ」
「天羽女子って聞いたことある! 陸上とか声楽で凄い人がいたんだよね!」

 陸上と声楽……か。運動部も文化部もかなりの実績を上げている高校なんだな。ただ、咲希が女子校に通っていたのは意外だ。

「陸上の凄い人はあたしが入学する前に卒業したけど、声楽で凄い子はクラスメイトで友達だよ。美波みたいに金色の髪が綺麗な素敵な子でね。あたしにとっては明日香と同じくらいに天使に見えた」
「なるほどね。東京には明日香みたいに可愛い子がいるんだ」

 天羽女子高校はギリギリ神奈川県であると咲希が言っているけれど……地方の桜海市からみたら、東京とまとめてしまっても問題ないか。

「……そうか。有村は女子校に通っていたのか。ということは、生徒同士で付き合っているというのはあるのだろうか? 俺はそのことについて物凄く知りたいのだっ!」

 羽村は席から立ち上がり大きな声でそう言った。女子校に通っていたと咲希が口にしてから、羽村が興味を持ちそうだと思ったけど、やっぱり。

「うん、生徒同士のカップルは何組もいたよ。同級生と付き合っている友達もいれば、後輩と付き合っている子もいるし。あたしも、天羽女子の生徒に何度か告白されたことがあってね。あたしは翼が好きだから、その告白は丁寧に断ってきたけど……」

 そのときのことを思い出しているのか、咲希は照れ笑い。背も高いし、美人だし、明るくて気さくな人だから、そんな彼女に恋心を抱く女子もいるか。

「おおっ、そうなのか。とてもいい話が聞けた、ありがとう」

 よし、と羽村はガッツポーズ。女子校に通う生徒同士の恋愛漫画が好きだもんな。羽村からたまに借りるけれど、咲希のような女の子が告白されるシーンはたまにある。

「そっか。女の子同士で付き合うことってあるんだ……」
「女子校特有かもしれないけれどね、美波。もしかして、気になる女の子がいるの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……あたしも、羽村君の影響でガールズラブの作品が好きになったから興味を持っただけで……」
「ははっ、なるほどね。前の学校の友達にもそういう子がいたよ」

 僕や羽村では入学することのできない学校だけれど、実際の女子校には色々とあるのかもしれない。

「やっぱり、日本って広いね、つーちゃん。知らないことばかりだよ」
「……お勉強できて良かったね、明日香」

 東京や神奈川の話をしているんだけどね、咲希は。ただ、明日香がそう言いたくなる気持ちも分かる。
 その後も、5人で楽しく昼食を食べながら昼休みを過ごすのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

処理中です...