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第9話『グリーン』
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午後2時40分。
明日香や咲希が来店していることや、夕方からのシフトの人が早く来たこともあり、マスターから今日は早めにバイトを上がってもいいと言われた。そのご厚意に甘える形で僕と鈴音さんはバイトを上がることに。
店の外に出ると、陽差しが出ているからかちょっと暑いな。
「バイトお疲れ様、つーちゃん」
「お疲れ様、翼」
「ありがとう、明日香、咲希。2人が来てくれたからか、今日はいつも以上に時間が早く過ぎた気がするよ」
知っている人がいる安心感もあったし、咲希にバイトしている様子を初めて見られるということがいい刺激になった気がする。
「2人のおかげか、いつも以上に張り切っていた気がするな、翼君」
「……そうですか」
「そうだ、2人のことは翼君から聞いていたけれど……初めまして、宮代鈴音です。桜海大学文学部国文学科の1年生です」
「朝霧明日香です。桜海高校の3年生で、つーちゃん……翼君とは幼なじみで小学1年生のときからずっと同じクラスです」
「有村咲希です。つい先日、桜海市に10年ぶりに東京から帰ってきまして、2人と同じクラスに転入しました。2人とは小学1年生の1年間だけでしたけど、同じクラスになってよく遊んでいました」
「そうなんだ。明日香ちゃんに咲希ちゃんね。2人ともよろしくね」
鈴音さんは明日香や咲希と握手を交わした。1つしか違わないけれど、こうして私服姿の3人を見ると同級生のように思えてくる。
「鈴音さん、桜海大学なんですね。桜海大学を第一志望にしようかなと思っていて。あたしは言語学の方ですけど」
「そうなんだね。じゃあ、もし合格したら学部の後輩にはなるのか。桜海大学の文学部を受験するなら、何かしらサポートできるかも」
「ありがとうございます! あの、連絡先を交換してもいいですか?」
「もちろんだよ! 明日香ちゃんも交換しようよ」
「はい!」
咲希、とても嬉しそうだな。学科は違うけれど、目指している大学と学部に通っている人と仲良くなれたのは心強いと思う。
明日香も今は芸術系か文系学部か迷っているそうだけど、文系学部なら桜海大かなと言っていた。そんな彼女にも、何かしらのいい影響があるといいなと思っている。
「桜海に引っ越して可愛い子達と知り合えて良かったよ。これも翼君のおかげだね、ありがとう」
「いえいえ」
「3人ともっと話したいところだけど、これから大学の友達と会う約束があるから、あたしはここで失礼するね。翼君、バイトお疲れ様でした。今日も色々と教えてくれてありがとうございました」
「鈴音さんが器用な方ですので教えやすいですし、教え甲斐もあります。あと1ヶ月ですけど、これからもよろしくお願いします。今日はお疲れ様でした」
「お疲れ様。咲希ちゃんと明日香ちゃんもまたね」
鈴音さんは楽しそうに手を振りながら、僕らの元から立ち去っていった。彼女の後ろ姿がとても明るく思えた。
「いい人と知り合いになれて良かったね、さっちゃん」
「うん! そういえば、2人ともこれからどうする? 特にバイト上がりの翼は」
「課題とかも終わったし、受験勉強も夜やろうかなって思っていたから、咲希や明日香が何かしたいことがあればそれに付き合うよ。そんなに疲れてもないし」
「私もつーちゃんと同じ感じ。ちなみに午前中、さっちゃんの家に行って勉強したり、この10年間のアルバムを見せてもらったりしたんだよ」
「可愛い写真たくさんあったよね」
「うん! 再会できて嬉しいけど、もっと早く会えば良かったなって思ったくらい」
10年ぶりの再会だからこそ思うこともあるだろうけど、もっと早く会えば良かったという明日香の言葉には同感だ。
「じゃあ、2人がそう言うなら……せっかく休日にこうして3人で外にいるんだから、桜海の街を散策したいな。ここに帰ってきてから家の周辺とか、高校とか、このお店くらいしか行けていないからさ」
「いいね、それ! つーちゃんもそれでいい?」
「うん、いいよ。じゃあ、ひさしぶりに3人で散歩しよっか」
僕は明日香や咲希と3人で、10年ぶりに散策をすることに。陽差しはあるものの空気が爽やかだ。
この10年で僕らは小学生から高校生になり、町並みも変わったところがあるけれど……咲希がいるからか見慣れている景色も懐かしく感じられる。
「何だか安心するなぁ。変わっているところもあるけれど、記憶の中にある桜海の街をこうして目の前に広がっているんだから。でも、一番は……こうして2人と一緒に手を繋いでいるからかもね」
そう言って見せてくれる咲希の爽やかな笑みはあのときと変わっていない。もちろん一緒に笑っている明日香も。
やがて、僕らは桜海川沿いの道に出る。
ここら辺の流域の両側の道には桜の木が植えられており、桜の咲く時期になると市外からも多くの観光客が訪れる。僕や明日香の家族は、毎年この川沿いの桜の木の下でお花見をするのが恒例となっている。桜が咲いたときの景色はとても美しい。ただ、葉が生い茂った今の時期の桜もなかなかのものだと思う。
「うわあ、葉桜も綺麗だね! つーちゃん、さっちゃん!」
「そうだね、明日香。桜が咲くとき以外はあまり来ないけれど、こうして見てみると結構綺麗だよね」
「うん。きっちりとした感覚で植えられているからか、より美しく感じられるなぁ。遠くにある山もはっきりと見えるし、この風景を絵にキャンパスに描きたい気分だよ。凄くいいな、この構図」
今は写真で我慢しておこう、と明日香はスマートフォンで写真を撮る。さすがに中学から美術部に入っているだけあって、僕とは感じるものが違うな。
「緑が広がっていて綺麗な景色だね。2人は覚えてる? あたしが東京へ転校する直前に、この川沿いでお花見をしたの」
「もちろん覚えているよ、さっちゃん。その年は開花が早くて3月中に満開になって、みんなでお花見したり、つーちゃんと3人でこの身を歩いたりしたよね」
「僕も覚えてる。桜海で思い出を作ろうってことで、春休みだったから毎日ここら辺の道を3人で歩いたね」
「そうだったね。そっか……覚えていてくれて嬉しい」
咲希はニコニコとした笑みを浮かべる。小さい頃の彼女を見ているようで僕まで嬉しくなってきた。
引越しが決まってから、ずっと元気がなかった咲希もこの河原の桜を見ると元気になっていたな。
「あのときの桜はとても綺麗だったな。また春になったらここの桜をみんなで見たいよ」
「絶対に見ようね、さっちゃん」
「うん、約束だよ。桜の花のピンク色はもちろん好きだけれど、この……若葉の鮮やかな緑色もとっても好きなんだ」
「そうなんだ。私も緑色は元々好きだけど、美術部に入ってからより好きになったな」
「僕も……嫌いじゃないかな。視界に入っても邪魔にならないというか」
ずっと見ていても平気な色だな。こういった自然の景色だと心が落ち着くし。そう考えると好きな色とも言えそうだ。
近くにある桜の木の下に行くと、木陰になっていることもあって暑さが和らぐ。見上げると日光によってより鮮やかな緑色に。
「こういう植物の葉を見ると、まるで自分みたいだなって思うんだ。ちゃんと育てればそれぞれの花を咲かせるけれど、努力を怠ったりすると花を咲かせることなく枯れていく。人それぞれだと思うけれど、あたしにとって高校生の今は、花を咲かせるか枯らせるかの分岐点だと思うの」
「じゃあ、さっちゃんが見せてくれた『やりたいことリスト』が書いてあった手帳が緑色な理由って……」
「うん。自分はまだ葉っぱで、そこから自分なりの花を咲かせたいって思って緑色の手帳を買って、高校卒業までにやりたいことを書いたんだ。もちろん、全部達成できればそれに越したことはないけれど、後悔のないような高校生活を送ろうって決めて、桜海に戻ってきたんだ。……って、自分で言うと何だか恥ずかしいね」
ははっ、と咲希は照れくさそうに笑う。
あの緑色の手帳自体が咲希の決意の表れだったんだ。あと、明日香にも見せたんだな。明日香とやりたいことも書いてあったし。
「手帳を見せてもらったときも言ったけど、凄いね。さっちゃんは。やりたいことを見つけて、そこに向けて頑張っているんだから」
「……ありがとう。あたしだって、明日香と翼は凄いって思っているよ。2人とも勉強だけじゃなくて、明日香は絵画、翼は喫茶店の仕事を頑張ってる。そんな2人に刺激を受けてるよ。明日香、翼。改めて……これからよろしくお願いします」
「うん! よろしくね、さっちゃん」
「よろしく、咲希」
僕と明日香は咲希と握手を交わす。もちろん、バイトであっても仕事なのでしっかりとやっているつもりだけど、こうして誰かから頑張っていると言われると嬉しいな。
僕は自分なりの花を咲かせることはできるのだろうか。ただ、僕の場合、まずはどうすれば咲くと言えるのかを考えなければいけない。やりたいことをきちんと見つけて、努力している咲希のことがとても眩しく思えるのであった。
明日香や咲希が来店していることや、夕方からのシフトの人が早く来たこともあり、マスターから今日は早めにバイトを上がってもいいと言われた。そのご厚意に甘える形で僕と鈴音さんはバイトを上がることに。
店の外に出ると、陽差しが出ているからかちょっと暑いな。
「バイトお疲れ様、つーちゃん」
「お疲れ様、翼」
「ありがとう、明日香、咲希。2人が来てくれたからか、今日はいつも以上に時間が早く過ぎた気がするよ」
知っている人がいる安心感もあったし、咲希にバイトしている様子を初めて見られるということがいい刺激になった気がする。
「2人のおかげか、いつも以上に張り切っていた気がするな、翼君」
「……そうですか」
「そうだ、2人のことは翼君から聞いていたけれど……初めまして、宮代鈴音です。桜海大学文学部国文学科の1年生です」
「朝霧明日香です。桜海高校の3年生で、つーちゃん……翼君とは幼なじみで小学1年生のときからずっと同じクラスです」
「有村咲希です。つい先日、桜海市に10年ぶりに東京から帰ってきまして、2人と同じクラスに転入しました。2人とは小学1年生の1年間だけでしたけど、同じクラスになってよく遊んでいました」
「そうなんだ。明日香ちゃんに咲希ちゃんね。2人ともよろしくね」
鈴音さんは明日香や咲希と握手を交わした。1つしか違わないけれど、こうして私服姿の3人を見ると同級生のように思えてくる。
「鈴音さん、桜海大学なんですね。桜海大学を第一志望にしようかなと思っていて。あたしは言語学の方ですけど」
「そうなんだね。じゃあ、もし合格したら学部の後輩にはなるのか。桜海大学の文学部を受験するなら、何かしらサポートできるかも」
「ありがとうございます! あの、連絡先を交換してもいいですか?」
「もちろんだよ! 明日香ちゃんも交換しようよ」
「はい!」
咲希、とても嬉しそうだな。学科は違うけれど、目指している大学と学部に通っている人と仲良くなれたのは心強いと思う。
明日香も今は芸術系か文系学部か迷っているそうだけど、文系学部なら桜海大かなと言っていた。そんな彼女にも、何かしらのいい影響があるといいなと思っている。
「桜海に引っ越して可愛い子達と知り合えて良かったよ。これも翼君のおかげだね、ありがとう」
「いえいえ」
「3人ともっと話したいところだけど、これから大学の友達と会う約束があるから、あたしはここで失礼するね。翼君、バイトお疲れ様でした。今日も色々と教えてくれてありがとうございました」
「鈴音さんが器用な方ですので教えやすいですし、教え甲斐もあります。あと1ヶ月ですけど、これからもよろしくお願いします。今日はお疲れ様でした」
「お疲れ様。咲希ちゃんと明日香ちゃんもまたね」
鈴音さんは楽しそうに手を振りながら、僕らの元から立ち去っていった。彼女の後ろ姿がとても明るく思えた。
「いい人と知り合いになれて良かったね、さっちゃん」
「うん! そういえば、2人ともこれからどうする? 特にバイト上がりの翼は」
「課題とかも終わったし、受験勉強も夜やろうかなって思っていたから、咲希や明日香が何かしたいことがあればそれに付き合うよ。そんなに疲れてもないし」
「私もつーちゃんと同じ感じ。ちなみに午前中、さっちゃんの家に行って勉強したり、この10年間のアルバムを見せてもらったりしたんだよ」
「可愛い写真たくさんあったよね」
「うん! 再会できて嬉しいけど、もっと早く会えば良かったなって思ったくらい」
10年ぶりの再会だからこそ思うこともあるだろうけど、もっと早く会えば良かったという明日香の言葉には同感だ。
「じゃあ、2人がそう言うなら……せっかく休日にこうして3人で外にいるんだから、桜海の街を散策したいな。ここに帰ってきてから家の周辺とか、高校とか、このお店くらいしか行けていないからさ」
「いいね、それ! つーちゃんもそれでいい?」
「うん、いいよ。じゃあ、ひさしぶりに3人で散歩しよっか」
僕は明日香や咲希と3人で、10年ぶりに散策をすることに。陽差しはあるものの空気が爽やかだ。
この10年で僕らは小学生から高校生になり、町並みも変わったところがあるけれど……咲希がいるからか見慣れている景色も懐かしく感じられる。
「何だか安心するなぁ。変わっているところもあるけれど、記憶の中にある桜海の街をこうして目の前に広がっているんだから。でも、一番は……こうして2人と一緒に手を繋いでいるからかもね」
そう言って見せてくれる咲希の爽やかな笑みはあのときと変わっていない。もちろん一緒に笑っている明日香も。
やがて、僕らは桜海川沿いの道に出る。
ここら辺の流域の両側の道には桜の木が植えられており、桜の咲く時期になると市外からも多くの観光客が訪れる。僕や明日香の家族は、毎年この川沿いの桜の木の下でお花見をするのが恒例となっている。桜が咲いたときの景色はとても美しい。ただ、葉が生い茂った今の時期の桜もなかなかのものだと思う。
「うわあ、葉桜も綺麗だね! つーちゃん、さっちゃん!」
「そうだね、明日香。桜が咲くとき以外はあまり来ないけれど、こうして見てみると結構綺麗だよね」
「うん。きっちりとした感覚で植えられているからか、より美しく感じられるなぁ。遠くにある山もはっきりと見えるし、この風景を絵にキャンパスに描きたい気分だよ。凄くいいな、この構図」
今は写真で我慢しておこう、と明日香はスマートフォンで写真を撮る。さすがに中学から美術部に入っているだけあって、僕とは感じるものが違うな。
「緑が広がっていて綺麗な景色だね。2人は覚えてる? あたしが東京へ転校する直前に、この川沿いでお花見をしたの」
「もちろん覚えているよ、さっちゃん。その年は開花が早くて3月中に満開になって、みんなでお花見したり、つーちゃんと3人でこの身を歩いたりしたよね」
「僕も覚えてる。桜海で思い出を作ろうってことで、春休みだったから毎日ここら辺の道を3人で歩いたね」
「そうだったね。そっか……覚えていてくれて嬉しい」
咲希はニコニコとした笑みを浮かべる。小さい頃の彼女を見ているようで僕まで嬉しくなってきた。
引越しが決まってから、ずっと元気がなかった咲希もこの河原の桜を見ると元気になっていたな。
「あのときの桜はとても綺麗だったな。また春になったらここの桜をみんなで見たいよ」
「絶対に見ようね、さっちゃん」
「うん、約束だよ。桜の花のピンク色はもちろん好きだけれど、この……若葉の鮮やかな緑色もとっても好きなんだ」
「そうなんだ。私も緑色は元々好きだけど、美術部に入ってからより好きになったな」
「僕も……嫌いじゃないかな。視界に入っても邪魔にならないというか」
ずっと見ていても平気な色だな。こういった自然の景色だと心が落ち着くし。そう考えると好きな色とも言えそうだ。
近くにある桜の木の下に行くと、木陰になっていることもあって暑さが和らぐ。見上げると日光によってより鮮やかな緑色に。
「こういう植物の葉を見ると、まるで自分みたいだなって思うんだ。ちゃんと育てればそれぞれの花を咲かせるけれど、努力を怠ったりすると花を咲かせることなく枯れていく。人それぞれだと思うけれど、あたしにとって高校生の今は、花を咲かせるか枯らせるかの分岐点だと思うの」
「じゃあ、さっちゃんが見せてくれた『やりたいことリスト』が書いてあった手帳が緑色な理由って……」
「うん。自分はまだ葉っぱで、そこから自分なりの花を咲かせたいって思って緑色の手帳を買って、高校卒業までにやりたいことを書いたんだ。もちろん、全部達成できればそれに越したことはないけれど、後悔のないような高校生活を送ろうって決めて、桜海に戻ってきたんだ。……って、自分で言うと何だか恥ずかしいね」
ははっ、と咲希は照れくさそうに笑う。
あの緑色の手帳自体が咲希の決意の表れだったんだ。あと、明日香にも見せたんだな。明日香とやりたいことも書いてあったし。
「手帳を見せてもらったときも言ったけど、凄いね。さっちゃんは。やりたいことを見つけて、そこに向けて頑張っているんだから」
「……ありがとう。あたしだって、明日香と翼は凄いって思っているよ。2人とも勉強だけじゃなくて、明日香は絵画、翼は喫茶店の仕事を頑張ってる。そんな2人に刺激を受けてるよ。明日香、翼。改めて……これからよろしくお願いします」
「うん! よろしくね、さっちゃん」
「よろしく、咲希」
僕と明日香は咲希と握手を交わす。もちろん、バイトであっても仕事なのでしっかりとやっているつもりだけど、こうして誰かから頑張っていると言われると嬉しいな。
僕は自分なりの花を咲かせることはできるのだろうか。ただ、僕の場合、まずはどうすれば咲くと言えるのかを考えなければいけない。やりたいことをきちんと見つけて、努力している咲希のことがとても眩しく思えるのであった。
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