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第15話『ジューン』
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桜海大学のキャンパスも見学してから、咲希はより一層勉強に励むようになった。彼女のひたむきに頑張る姿勢は見習いたい。
明日香にとってもいい影響を及ぼしたらしく、常盤さんと同じく芸術系か文系学部かは今も迷っているものの、文系学部であれば桜海を第一志望にすると考えたそうだ。
羽村は東京の方の大学が第一志望であることに変わりはないが、桜海大学が素敵な大学だと思ったそうだ。
みんなを見ていると、僕が最も進路についてまだはっきりと決められていない気がした。置いていかれている感覚もあって。まだ、考えていてもいい時期なのかもしれないけど。
松雪先生は僕ならやっていける分野はたくさんあると言ってくれた。ただ、どのような選択肢を選んでも大丈夫なように、今は色々な教科について頑張って勉強しよう。その中で進路を固めていきたい。
そんな状況ではあるけど、この時期からロシアが開催地であるサッカーワールドカップが開幕。
日本戦については明日香、咲希、芽依、鈴音さんと一緒に、僕の家のリビングで観戦した。代表選手達が半端ない活躍をしたので、開催前と比べて日本代表はとても強いんだなと思い、元気をもらえた気がする。
あと、日本がゴールを決めたときや、試合が終了して勝利したときの咲希や芽依の抱擁も半端なかった。特に咲希は嬉しさのあまりか僕の頬に何度もキスしてくるし。そういうこともあってか、おそらく一生忘れることのないワールドカップになったと思う。
咲希が帰ってきたり、桜海大学を見学したり、ワールドカップだったり。色々と盛りだくさんだった6月ももうすぐ終わろうとしていた――。
6月30日、土曜日。
6月の最終日は休日。そんな今日は朝から最後のバイトに臨んでいる。もちろん、今日も鈴音さんと一緒に。
「今日で翼君、最後なんだよね」
「そうですよ。バイトを始めて1時間も経っていないのに、その言葉を聞くのはこれで何度目でしょうね」
「だって、その……寂しくなるじゃない。あたしがバイトを始めてからずっと、この喫茶店でのお仕事を教えてくれたり、面倒を見てくれたりしたから」
「……そうですか」
寂しいと言われるほど、彼女とはしっかりとバイトをできていたってことかな。
「一通りのお仕事は教えましたし、今では頼もしい存在です。……そんなことを言うと、何だか偉そうですね。すみません」
「ううん、そんなことないよ。それに、実際に翼君は偉いし! 受験勉強もあって、この時期だと期末試験も近いだろうし。そんな中で私の面倒を見てくれているのに、疲れている様子とか全然見せないし。本当に凄いと思うよ」
「……ありがとうございます。ここでのバイトは2年以上続けましたし、何よりも楽しいですから。もちろん、鈴音さんと一緒にバイトできることも」
ただ、ここまで集中的に面倒を見たのは鈴音さんが初めてだった気がする。だから、最初は不安だったけれど、鈴音さんが明るく気さくで、飲み込みが早い方だったから、面倒を見て一通りの仕事を教えられたのだと思う。
「今日も最後までよろしくお願いします、鈴音さん」
「……よろしくお願いします」
今日は休日であるため、開店から夕方までのシフト。それは鈴音さんも同じだ。
「いやぁ、今日は普段よりもお客様が多くていいねぇ、翼君、鈴音君」
「……そうですね」
普段より女性のお客様が多い気がする。もしかしたら、今日が僕のバイトの最終日であることをマスターや鈴音さんが宣伝したからかもしれない。それもあってか、シフトに入っている人もいつもよりも多い。
「注文が入りました! カルボナーラ1つとナポリタン1つです! あとはいちごパフェが1つ! 全てアイスコーヒーセットで!」
「了解。コーヒーは私が淹れましょう」
「分かりました。じゃあ、僕がパスタを作るので、鈴音さんはパフェの方をお願いできますか」
「了解です、翼君!」
最後のバイトなので、感傷に浸る時間があるかなと思ったけど、どうやらそんな余裕はなさそうだ。今日はいつも以上に忙しくなるかも。
その予想通り、あまり休むこともなく時間は過ぎていく。そんな中で特に常連さんを中心に「今までお疲れ様でした」と言っていただけたことがとても嬉しく、その度に疲れが取れていく気がする。そして、
「来たよ、つーちゃん、鈴音さん」
「お疲れ様、翼、鈴音さん」
「お兄ちゃん、おつかれー」
「今日でバイト最後らしいじゃない。明日香に誘われてきたよ」
「今年度になってからはお初かな。蓮見君の制服姿の見納めにきた」
「俺も先生と同じだ。今は期末試験直前の時期だが、こういった気分転換もいいだろう。6名でお願いするよ、蓮見」
明日香、咲希、芽依、羽村、常盤さん、松雪先生がお店にやってきた。明日香や咲希からはバイト最後である今日に来店するかもしれないとは言っていたけれど、まさか6人で来るとは思わなかった。
「みなさま、本日はご来店ありがとうございます。6名様ですね。こちらへどうぞ」
僕は明日香達のことを案内する。
彼女達が注文したメニューについては、マスターにお願いして全て僕がメインで作ることに。2年以上バイトをして培ってきたものを、彼女達にお出しする料理やスイーツに還元していく。もちろん、気持ちも込めて。
そうして作った料理やスイーツを明日香達に運ぶ。いつもならすぐにカウンターに戻るけれど、どんな反応をするか気になって彼女達の元から離れられなかった。
すると、明日香達は料理を食べ始めてからすぐに、
「美味しいよ! つーちゃん」
「そうだね、明日香。翼の料理を食べると幸せだなぁ」
「2人の言う通りだな。蓮見、また腕を上げた気がするぞ」
「確かに、こんなに美味しかったら明日香や咲希と一緒にもっと来れば良かった」
「ありがとうございます」
「みなさんの感想を聞くと、お兄ちゃんの料理をお家でもたまに食べることができるのが自慢できますね」
「へえ、それは羨ましいね、芽依ちゃん。こんなに美味しい料理を振る舞われると、これからもずっと先生に料理を食べさせてほしいって思うなぁ。これから君が料理をする場所は先生の家のキッチンだよ」
「……何を言っているんですか。遠慮しておきます」
1人だけおかしい感想を言う人がいたけど、概ね好評で安心した。
僕が上手かどうかはともかく、この『シー・ブロッサム』での料理はマスターや奥さまによるレシピを基に作っている。マスター曰く、何度か改良しているそうなので、きっと長い時間をかけて、多くの人に愛されるものになっていったのだろう。
たくさんのお客様が来店しており最後のバイトということもあるため、今日は休憩を入れることなく夕方まで働いた。
「お疲れ様、翼君、鈴音君。そして……翼君は2年以上、うちのスタッフとしてよく働いてくれました。お世話になりました。本当にありがとう」
ついに、2年続いたバイトもこれで終わりか。仕事に集中していたからあっという間に終わっちゃったな。
「こちらこそ本当にお世話になりました。ありがとうございました。今日でバイトは終わりですが、これからもお客さんとしてたまに来ると思います」
「受験勉強の気分転換でもいいので、いつでも来店しに来てください。ところで、翼君。この後、何か予定は入っているかな?」
「いえ、特にも何もありませんが。何かあるんですか?」
「今日、一度も休憩を入れずに働いたこともあって、鈴音君からの提案で彼女が翼君の好きな料理を振る舞おうと思っているんだよ。今まで働いていただいたささやかなお礼としても」
「そうですか。では……お言葉に甘えて。今は甘いものを食べたい気分ですから、パンケーキをお願いできますか、鈴音さん。あと、アイスコーヒーも」
「かしこまりました、翼君」
僕はキッチンが見える席に座る。仕事が終わったら急にお腹が空いてきた。今日はまかないを食べることなく、たまに冷たい水を飲むくらいだったから。
落ち着いた様子でパンケーキを作る鈴音さんをここから見ていると、彼女に仕事を教えていた日々が遠く思えてくる。これが、鈴音さんが午前中に言っていた『寂しさ』なのかもしれない。
パンケーキの甘い匂いが心地よく感じられる中、笑顔の鈴音さんが僕の注文したパンケーキとアイスコーヒーを持ってきてくれる。
「お待たせしました。パンケーキとアイスコーヒーでございます」
「ありがとうございます」
いつも、鈴音さんが作るとチェックをしていたので、ここでも彼女の作ったパンケーキをじっと見てしまう。見た目は特に問題なし。美味しそうだ。
「いただきます」
僕は彼女の作ってくれたパンケーキを一口食べる。
「とても美味しいです。……コーヒーも美味しいですね。ここから鈴音さんが作っている様子も見ていましたけれど、もう大丈夫そうですね」
「ありがとう、翼君」
鈴音さんの面倒を見る。きっとその役目を果たすことができたんだろうな。そんなことを思いながら、僕はパンケーキを完食した。
「ごちそうさまでした。さてと、お勘定をお願いします」
「いいんだよ、翼君。これは今までバイトをしてきた君への感謝なのだから」
「そうですか? ただ……スタッフである鈴音さんが、『シー・ブロッサム』のパンケーキをちゃんと作ってくれましたから」
「最後まで真面目だね、君は。お金を出してくれるほどであると考えてくれているのは嬉しいが。良かったね、鈴音君」
「……はい」
「……では、今回はお言葉に甘えさせていただきます」
さっきマスターが言ったように、受験勉強の気分転換とかにここに来ることにしよう。
「じゃあ、僕はそろそろ帰ります」
「あたしも帰ります」
「ああ。翼君、受験……頑張りなさい。あと、残りの高校生活を楽しみなさい」
「はい。失礼します。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした、マスター」
僕は鈴音さんと一緒に店の外に出る。陽差しが強くて蒸し暑いな。明日から7月だし、最近は晴れている日が続いているから、いよいよ夏本番かな。
「ねえ、翼君。これからあたしの家に来ない?」
「鈴音さんのお家ですか?」
「うん。ここから近いし。それに、これまでバイトの仕事を教えてくれたお礼を込めたプレゼントがあるんだけど、お家に忘れてきちゃって」
「そういうことでしたか。では、お邪魔しますね」
「うんうん、それでいいんだよ。じゃあ……は、はぐれないように手でも繋ごっか!」
鈴音さんは僕の左手をぎゅっと掴んできた。人もそこまで多くないし、きちんと鈴音さんのペースで歩くようにするし、はぐれる心配は皆無だと思うけど、ここは鈴音さんの言うことを聞くことにしよう。
「じゃあ、これからあたしの家に行くからね」
「はい」
鈴音さんと一緒に、彼女の自宅に向かって歩き始めるのであった。
明日香にとってもいい影響を及ぼしたらしく、常盤さんと同じく芸術系か文系学部かは今も迷っているものの、文系学部であれば桜海を第一志望にすると考えたそうだ。
羽村は東京の方の大学が第一志望であることに変わりはないが、桜海大学が素敵な大学だと思ったそうだ。
みんなを見ていると、僕が最も進路についてまだはっきりと決められていない気がした。置いていかれている感覚もあって。まだ、考えていてもいい時期なのかもしれないけど。
松雪先生は僕ならやっていける分野はたくさんあると言ってくれた。ただ、どのような選択肢を選んでも大丈夫なように、今は色々な教科について頑張って勉強しよう。その中で進路を固めていきたい。
そんな状況ではあるけど、この時期からロシアが開催地であるサッカーワールドカップが開幕。
日本戦については明日香、咲希、芽依、鈴音さんと一緒に、僕の家のリビングで観戦した。代表選手達が半端ない活躍をしたので、開催前と比べて日本代表はとても強いんだなと思い、元気をもらえた気がする。
あと、日本がゴールを決めたときや、試合が終了して勝利したときの咲希や芽依の抱擁も半端なかった。特に咲希は嬉しさのあまりか僕の頬に何度もキスしてくるし。そういうこともあってか、おそらく一生忘れることのないワールドカップになったと思う。
咲希が帰ってきたり、桜海大学を見学したり、ワールドカップだったり。色々と盛りだくさんだった6月ももうすぐ終わろうとしていた――。
6月30日、土曜日。
6月の最終日は休日。そんな今日は朝から最後のバイトに臨んでいる。もちろん、今日も鈴音さんと一緒に。
「今日で翼君、最後なんだよね」
「そうですよ。バイトを始めて1時間も経っていないのに、その言葉を聞くのはこれで何度目でしょうね」
「だって、その……寂しくなるじゃない。あたしがバイトを始めてからずっと、この喫茶店でのお仕事を教えてくれたり、面倒を見てくれたりしたから」
「……そうですか」
寂しいと言われるほど、彼女とはしっかりとバイトをできていたってことかな。
「一通りのお仕事は教えましたし、今では頼もしい存在です。……そんなことを言うと、何だか偉そうですね。すみません」
「ううん、そんなことないよ。それに、実際に翼君は偉いし! 受験勉強もあって、この時期だと期末試験も近いだろうし。そんな中で私の面倒を見てくれているのに、疲れている様子とか全然見せないし。本当に凄いと思うよ」
「……ありがとうございます。ここでのバイトは2年以上続けましたし、何よりも楽しいですから。もちろん、鈴音さんと一緒にバイトできることも」
ただ、ここまで集中的に面倒を見たのは鈴音さんが初めてだった気がする。だから、最初は不安だったけれど、鈴音さんが明るく気さくで、飲み込みが早い方だったから、面倒を見て一通りの仕事を教えられたのだと思う。
「今日も最後までよろしくお願いします、鈴音さん」
「……よろしくお願いします」
今日は休日であるため、開店から夕方までのシフト。それは鈴音さんも同じだ。
「いやぁ、今日は普段よりもお客様が多くていいねぇ、翼君、鈴音君」
「……そうですね」
普段より女性のお客様が多い気がする。もしかしたら、今日が僕のバイトの最終日であることをマスターや鈴音さんが宣伝したからかもしれない。それもあってか、シフトに入っている人もいつもよりも多い。
「注文が入りました! カルボナーラ1つとナポリタン1つです! あとはいちごパフェが1つ! 全てアイスコーヒーセットで!」
「了解。コーヒーは私が淹れましょう」
「分かりました。じゃあ、僕がパスタを作るので、鈴音さんはパフェの方をお願いできますか」
「了解です、翼君!」
最後のバイトなので、感傷に浸る時間があるかなと思ったけど、どうやらそんな余裕はなさそうだ。今日はいつも以上に忙しくなるかも。
その予想通り、あまり休むこともなく時間は過ぎていく。そんな中で特に常連さんを中心に「今までお疲れ様でした」と言っていただけたことがとても嬉しく、その度に疲れが取れていく気がする。そして、
「来たよ、つーちゃん、鈴音さん」
「お疲れ様、翼、鈴音さん」
「お兄ちゃん、おつかれー」
「今日でバイト最後らしいじゃない。明日香に誘われてきたよ」
「今年度になってからはお初かな。蓮見君の制服姿の見納めにきた」
「俺も先生と同じだ。今は期末試験直前の時期だが、こういった気分転換もいいだろう。6名でお願いするよ、蓮見」
明日香、咲希、芽依、羽村、常盤さん、松雪先生がお店にやってきた。明日香や咲希からはバイト最後である今日に来店するかもしれないとは言っていたけれど、まさか6人で来るとは思わなかった。
「みなさま、本日はご来店ありがとうございます。6名様ですね。こちらへどうぞ」
僕は明日香達のことを案内する。
彼女達が注文したメニューについては、マスターにお願いして全て僕がメインで作ることに。2年以上バイトをして培ってきたものを、彼女達にお出しする料理やスイーツに還元していく。もちろん、気持ちも込めて。
そうして作った料理やスイーツを明日香達に運ぶ。いつもならすぐにカウンターに戻るけれど、どんな反応をするか気になって彼女達の元から離れられなかった。
すると、明日香達は料理を食べ始めてからすぐに、
「美味しいよ! つーちゃん」
「そうだね、明日香。翼の料理を食べると幸せだなぁ」
「2人の言う通りだな。蓮見、また腕を上げた気がするぞ」
「確かに、こんなに美味しかったら明日香や咲希と一緒にもっと来れば良かった」
「ありがとうございます」
「みなさんの感想を聞くと、お兄ちゃんの料理をお家でもたまに食べることができるのが自慢できますね」
「へえ、それは羨ましいね、芽依ちゃん。こんなに美味しい料理を振る舞われると、これからもずっと先生に料理を食べさせてほしいって思うなぁ。これから君が料理をする場所は先生の家のキッチンだよ」
「……何を言っているんですか。遠慮しておきます」
1人だけおかしい感想を言う人がいたけど、概ね好評で安心した。
僕が上手かどうかはともかく、この『シー・ブロッサム』での料理はマスターや奥さまによるレシピを基に作っている。マスター曰く、何度か改良しているそうなので、きっと長い時間をかけて、多くの人に愛されるものになっていったのだろう。
たくさんのお客様が来店しており最後のバイトということもあるため、今日は休憩を入れることなく夕方まで働いた。
「お疲れ様、翼君、鈴音君。そして……翼君は2年以上、うちのスタッフとしてよく働いてくれました。お世話になりました。本当にありがとう」
ついに、2年続いたバイトもこれで終わりか。仕事に集中していたからあっという間に終わっちゃったな。
「こちらこそ本当にお世話になりました。ありがとうございました。今日でバイトは終わりですが、これからもお客さんとしてたまに来ると思います」
「受験勉強の気分転換でもいいので、いつでも来店しに来てください。ところで、翼君。この後、何か予定は入っているかな?」
「いえ、特にも何もありませんが。何かあるんですか?」
「今日、一度も休憩を入れずに働いたこともあって、鈴音君からの提案で彼女が翼君の好きな料理を振る舞おうと思っているんだよ。今まで働いていただいたささやかなお礼としても」
「そうですか。では……お言葉に甘えて。今は甘いものを食べたい気分ですから、パンケーキをお願いできますか、鈴音さん。あと、アイスコーヒーも」
「かしこまりました、翼君」
僕はキッチンが見える席に座る。仕事が終わったら急にお腹が空いてきた。今日はまかないを食べることなく、たまに冷たい水を飲むくらいだったから。
落ち着いた様子でパンケーキを作る鈴音さんをここから見ていると、彼女に仕事を教えていた日々が遠く思えてくる。これが、鈴音さんが午前中に言っていた『寂しさ』なのかもしれない。
パンケーキの甘い匂いが心地よく感じられる中、笑顔の鈴音さんが僕の注文したパンケーキとアイスコーヒーを持ってきてくれる。
「お待たせしました。パンケーキとアイスコーヒーでございます」
「ありがとうございます」
いつも、鈴音さんが作るとチェックをしていたので、ここでも彼女の作ったパンケーキをじっと見てしまう。見た目は特に問題なし。美味しそうだ。
「いただきます」
僕は彼女の作ってくれたパンケーキを一口食べる。
「とても美味しいです。……コーヒーも美味しいですね。ここから鈴音さんが作っている様子も見ていましたけれど、もう大丈夫そうですね」
「ありがとう、翼君」
鈴音さんの面倒を見る。きっとその役目を果たすことができたんだろうな。そんなことを思いながら、僕はパンケーキを完食した。
「ごちそうさまでした。さてと、お勘定をお願いします」
「いいんだよ、翼君。これは今までバイトをしてきた君への感謝なのだから」
「そうですか? ただ……スタッフである鈴音さんが、『シー・ブロッサム』のパンケーキをちゃんと作ってくれましたから」
「最後まで真面目だね、君は。お金を出してくれるほどであると考えてくれているのは嬉しいが。良かったね、鈴音君」
「……はい」
「……では、今回はお言葉に甘えさせていただきます」
さっきマスターが言ったように、受験勉強の気分転換とかにここに来ることにしよう。
「じゃあ、僕はそろそろ帰ります」
「あたしも帰ります」
「ああ。翼君、受験……頑張りなさい。あと、残りの高校生活を楽しみなさい」
「はい。失礼します。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした、マスター」
僕は鈴音さんと一緒に店の外に出る。陽差しが強くて蒸し暑いな。明日から7月だし、最近は晴れている日が続いているから、いよいよ夏本番かな。
「ねえ、翼君。これからあたしの家に来ない?」
「鈴音さんのお家ですか?」
「うん。ここから近いし。それに、これまでバイトの仕事を教えてくれたお礼を込めたプレゼントがあるんだけど、お家に忘れてきちゃって」
「そういうことでしたか。では、お邪魔しますね」
「うんうん、それでいいんだよ。じゃあ……は、はぐれないように手でも繋ごっか!」
鈴音さんは僕の左手をぎゅっと掴んできた。人もそこまで多くないし、きちんと鈴音さんのペースで歩くようにするし、はぐれる心配は皆無だと思うけど、ここは鈴音さんの言うことを聞くことにしよう。
「じゃあ、これからあたしの家に行くからね」
「はい」
鈴音さんと一緒に、彼女の自宅に向かって歩き始めるのであった。
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