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第18話『暑い、熱い。』
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7月1日、日曜日。
今日から7月が始まる。例年であれば梅雨真っ只中であり、雨が降っていてジメジメとしていることが多い。しかし、今年は6月末ぐらいから夏晴れで、30℃越えで蒸し暑い日が続く。
今日も多少は雲があるものの、朝から強い陽差しが照り付けている。それを世間も認めたかのように、関東甲信では観測史上最速で梅雨が明けた。
普段なら受験勉強だけど、さすがに今日は火曜日から始まる期末試験対策の勉強をするか。昨日は夕方まで最後のバイトをして、その後に行った鈴音さんの家では告白など色々とあったので、夜に軽くしか勉強しなかったから。
「……そうだ」
昨日、鈴音さんからプレゼントされたコーヒーを飲みながら勉強することにしよう。何だか今日は普段よりも有意義な時間を過ごせそうな気がした。
冷たいブレンドコーヒーを作り、期末試験の勉強を始めようとしたときだった。
――プルルッ。
スマートフォンが鳴っているので確認してみると、発信者は『有村咲希』。どうしたんだろう、何かあったのかな。
「はい。翼だけど、どうかした?」
『……助けて』
「えっ? 何があったのか?」
咲希らしくない元気のない声だ。場合によってはすぐに彼女のいるところに駆けつけないといけないぞ。
『……火曜日の日本史があまり分からなくて。翼の助けを借りたい』
そういえば、咲希は国語や英語関連の科目は得意だけど、社会科目は分野によって波がある。この1ヶ月、一緒に受験勉強をしていく中で分かったことだ。
「分かった。じゃあ、家に来る?」
『行く!』
即答だよ。
日本史は受験科目になるかもしれないし、定期試験を通して分からないところを克服できるようになるといいな。
「じゃあ、待ってるからいつでも家においで」
『うん。すぐに行くね』
咲希の方から通話を切った。
毎回、定期試験前になると明日香と一緒に勉強したり、芽依に分からないところを教えていたりしているので、咲希が分からないところを突然訊きに来るのは苦ではない。
「そういえば、今回はまだ芽依から助けてって言われてな――」
「お兄ちゃん! 数学Aでどうしても分からないところがあるから助けて! 試験が火曜日なんだよ……」
気付けば、僕のすぐ隣で芽依が目に涙を浮かべながら僕のことを見つめていた。高校生になっても兄の助けを借りるのか。ただ、いつも通りの展開になったので安心してはダメなのだろうか。いいよね、教えればしっかりと理解する妹だから。
「もちろんいいよ。兄ちゃんが教えよう」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
今のような笑顔を教え終わったときにも見せてくれればそれでいい。
「そうだ、もうすぐ咲希が来るから。期末勉強をしに」
「分かった。じゃあ、きっと明日香ちゃんも来るだろうね。大抵、定期試験の直前になるとお兄ちゃんの家で勉強会だから」
「……そうだね」
咲希の性格上、明日香を誘って一緒に家に来そうだな。もし、そうなったら初めて4人一緒に定期試験対策の勉強をするのか。ちなみに、昨日は僕がバイトをしていたので、明日香の家に芽依と咲希がお邪魔して3人で勉強したそうだ。
「よし、じゃあ……今のうちに芽依の分からないところを教えてあげるよ。どこが分からないのかな?」
芽依は数学ⅠAの問題集を持っている。テスト対策でやっているのだろう。1学期で習う数学Aの内容というと、集合とか確率になるのかな。受験勉強で何度も勉強しているので、ちゃんとそれが理解できるかどうかこの際に確かめよう。
「うん、ここの問題なんだけれど……」
「確率の問題か。ええと、なになに……これはひねった問題文だなぁ。まず、この問題文をどう解釈すればいいかっていうと……」
僕は紙に書いて、時々、芽依に質問しながら彼女の分からない問題を教えていく。数学は答えが定まっているし、そこに辿り着くまでの道筋を考えていくのが本当に楽しいな。
「だから、こういう答えになるんだ。合っているかな?」
「うん、合ってる! お兄ちゃん凄い! この解答よりも分かりやすい!」
「そう言ってくれると兄ちゃんも嬉しいよ。ものによっては、言葉足らずな解答集ってあるよね。解答を読んでも理解できないときは、今みたいに誰かに訊けばいいと思うよ」
「そうだね。お兄ちゃん、明日香ちゃんや咲希ちゃんもここで勉強するんだったら、私も一緒に勉強していい?」
「もちろんいいよ。……そういえば、2人とも来るのが遅いね」
芽依に数学を教えていることに集中していたので、今まで気にならなかったけど。咲希から連絡を受けてから30分近く経っているんじゃないだろうか。
――コンコン。
うん? 2人が来たのかな?
そんなことを考えながら部屋の扉を開けると、そこには私服姿の明日香と咲希が立っていた。
「咲希。それに明日香も。2人とも来るのが普段よりも遅いから心配したよ」
「ごめんね、翼。あれから色々とあって遅れちゃったんだ。ね、明日香」
「うん、そうだね。さっちゃん」
咲希も明日香も顔が赤い気がするけど、何かあったのだろうか。まあ、外は結構暑いしそのせいかな。
「さっ、2人とも部屋に入って勉強を始めてて。僕は何か冷たい飲み物を持ってくるから」
「うん、ありがとう、つーちゃん」
「お邪魔します」
僕は1階の台所に行き4人分の麦茶を用意する。
そういえば、咲希は日本史で分からないところがあるって言っていたな。あと、桜海高校に転校してきてから初めての定期試験だし、日本史の件が終わったら他に不安な科目がないかどうか訊いてみよう。
麦茶を持って部屋に戻ろうとすると、僕の部屋から話し声が聞こえてくる。友達と一緒だと、勉強をすぐに始められないこともあるか。
「みんな、冷たい麦茶を持ってきたよ」
「ありがとう、つーちゃん」
「さっそくいただくわ、翼」
明日香と咲希は麦茶をゴクゴクと飲んでいる。やっぱり、さっき顔が赤かったのは、この高い気温のせいで体が熱くなっていたからだったんだな。
「ねえ、お兄ちゃん。昨日、バイト先で一緒だった鈴音さんっていう女の子に告白されて、キスまでされたんだって?」
「……そうなんだけど、誰から聞いたの? 僕、このことは誰にも言っていないんだけど」
「2人から聞いたんだよ。鈴音さんってからお兄ちゃんに告白したことを言われたって」
「なるほど……」
鈴音さんは明日香や咲希のことを一目置いていたそうだし、そんな中で告白したから……結果フラれたけど、2人には伝えておいた方がいいと思ったのかも。鈴音さんも咲希が僕を好きだと知っているし。
「翼に連絡した後、あたしと明日香と鈴音さんのグループに、彼女から告白したっていうメッセージが来て。明日香と一緒に色々と話を聞いたら、キスはしたけどフラれたって分かって」
「そっか。それで家に来るのが遅くなったんだね」
顔を赤くしていたのは、鈴音さんに僕へ告白したときのことを知ったからか。
「ねえ、翼……」
すると、咲希は真剣な表情で僕の目の前まで近づいてくる。
「改めて言うよ。あたしも翼のことが好きだから」
そう言って、僕にキスしてきたのだ。鈴音さんのように僕のことをぎゅっと抱きしめてくる。そのことで咲希の強い温もりと優しい匂いが伝わってきて。
比べてはいけないのかもしれないけれど、鈴音さんのときよりもドキドキする。体も熱くなってきて。きっと、それが想いの強さの違いなのだろう。
唇を離すとようやく彼女らしい笑みが見え、
「いつでも返事は待ってるから。どんな答えを出しても……鈴音さんのときのように翼の言葉で伝えてほしい。それだけは、あたしのわがまま。聞き入れてくれるかな」
「……分かったよ」
「ありがとう。あっ、ちなみにこれがあたしにとってのファーストキスだから。翼にあげることができて良かった。今までの中で一番幸せかも」
そう言うと、恥ずかしい気持ちもあるのか咲希は僕の胸に額を当ててくる。何だろう、再会してから今が一番可愛らしく見えるんだけれど。
「凄いものを見ちゃったね、明日香ちゃん」
「そ、そうだね。キスを生で見るのは初めてだけど、それがまさかつーちゃんとさっちゃんだなんて……ふええっ」
芽依は顔を赤くしながらも興奮しているからまだしも、明日香の方は芽依以上に顔を赤くし複雑な表情を浮かべながら視線をちらつかせている。
「明日香ちゃんもお兄ちゃんにキスしないと!」
「な、何言っているの! めーちゃん! 私は別につーちゃんのことは……昔からずっと仲のいい幼なじみ! 今もそうなんだから。……ほら、さっちゃん。ここに来たのは期末試験の勉強をするためでしょう? つーちゃんに訊きたいところがあるんだよね?」
明日香はぎこちない笑顔を浮かべながら咲希にそう言う。
「そうだったね。鈴音さんから告白云々の話を聞いて気持ちが乱れちゃった。翼も、明日香も、芽依ちゃんもごめんね。……とりあえず、今は気持ちを落ち着かせたい。お手洗い借りるね、翼」
「ああ、分かった」
すると、咲希は部屋から出て行った。
僕も咲希にキスされて未だにドキドキしている。クールダウンのためにベッドの上で仰向けになり、何度か深呼吸をする。
「つーちゃん、その……気分は落ち着いた?」
気付けば、明日香が僕のことを見下ろしていた。彼女の顔だけが見える状況に。
「ベッドの上で体を伸ばしたから、さっきよりは落ち着いたよ」
「……そっか。でも、ごめんね」
そう言うと、明日香は僕の頬にキスをしてきた。
「……さっきのキスを見てさっちゃんに嫉妬しちゃった。だから、その……これは特別な幼なじみとしてのキスです。さっちゃんだけじゃなくて、私も見てほしいから。もちろん、こんなことはつーちゃん以外にはしないし……したくない」
影になっていて多少は見えづらかったけど、今のキスで明日香の顔が真っ赤になったことはちゃんと分かった。今の行動がおそらく、明日香ができる精一杯の気持ちの表現の仕方であることも。そのことで、咲希からキスされたときと同じくらいにまたドキドキしてきた。
明日香は部活があって仕方ない部分はあるけど、咲希が帰ってきてからは放課後になると咲希と一緒にいることが多い。バイトではもちろん鈴音さんと一緒だったから、きっと明日香は不安だったんだろう。
「気持ち、ちゃんと受け取ったよ。明日香」
明日香の頭を優しく撫でると、彼女はいつもの優しく可愛らしい笑みを浮かべる。それを見ると不思議と安心感が芽生えた。
「咲希が戻ってきたら試験勉強を始めようか」
「そうだね、つーちゃん。私も、分からないところがあったら訊くかも」
「うん、分かった。いつでも訊いてくれ」
それから程なくして、咲希は普段とさほど変わらぬ様子で部屋に戻ってきたので、試験勉強を始める。
咲希は口に、明日香は頬にキスをしてきて、芽依はそれらの様子を間近で見たけれど時間が経つに連れてみんな落ち着きを取り戻しているようだった。
もしかしたら、一番落ち着きがないのは僕かもしれない。逐一、明日香や咲希のことが気になってチラッと見てしまう。まさか、鈴音さんに告白された翌日にキスされるとは。
たまに分からないところがあっても、誰かに質問し教えてもらいながら乗り越える。僕ら4人は順調に試験勉強を進めていくのであった。
今日から7月が始まる。例年であれば梅雨真っ只中であり、雨が降っていてジメジメとしていることが多い。しかし、今年は6月末ぐらいから夏晴れで、30℃越えで蒸し暑い日が続く。
今日も多少は雲があるものの、朝から強い陽差しが照り付けている。それを世間も認めたかのように、関東甲信では観測史上最速で梅雨が明けた。
普段なら受験勉強だけど、さすがに今日は火曜日から始まる期末試験対策の勉強をするか。昨日は夕方まで最後のバイトをして、その後に行った鈴音さんの家では告白など色々とあったので、夜に軽くしか勉強しなかったから。
「……そうだ」
昨日、鈴音さんからプレゼントされたコーヒーを飲みながら勉強することにしよう。何だか今日は普段よりも有意義な時間を過ごせそうな気がした。
冷たいブレンドコーヒーを作り、期末試験の勉強を始めようとしたときだった。
――プルルッ。
スマートフォンが鳴っているので確認してみると、発信者は『有村咲希』。どうしたんだろう、何かあったのかな。
「はい。翼だけど、どうかした?」
『……助けて』
「えっ? 何があったのか?」
咲希らしくない元気のない声だ。場合によってはすぐに彼女のいるところに駆けつけないといけないぞ。
『……火曜日の日本史があまり分からなくて。翼の助けを借りたい』
そういえば、咲希は国語や英語関連の科目は得意だけど、社会科目は分野によって波がある。この1ヶ月、一緒に受験勉強をしていく中で分かったことだ。
「分かった。じゃあ、家に来る?」
『行く!』
即答だよ。
日本史は受験科目になるかもしれないし、定期試験を通して分からないところを克服できるようになるといいな。
「じゃあ、待ってるからいつでも家においで」
『うん。すぐに行くね』
咲希の方から通話を切った。
毎回、定期試験前になると明日香と一緒に勉強したり、芽依に分からないところを教えていたりしているので、咲希が分からないところを突然訊きに来るのは苦ではない。
「そういえば、今回はまだ芽依から助けてって言われてな――」
「お兄ちゃん! 数学Aでどうしても分からないところがあるから助けて! 試験が火曜日なんだよ……」
気付けば、僕のすぐ隣で芽依が目に涙を浮かべながら僕のことを見つめていた。高校生になっても兄の助けを借りるのか。ただ、いつも通りの展開になったので安心してはダメなのだろうか。いいよね、教えればしっかりと理解する妹だから。
「もちろんいいよ。兄ちゃんが教えよう」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
今のような笑顔を教え終わったときにも見せてくれればそれでいい。
「そうだ、もうすぐ咲希が来るから。期末勉強をしに」
「分かった。じゃあ、きっと明日香ちゃんも来るだろうね。大抵、定期試験の直前になるとお兄ちゃんの家で勉強会だから」
「……そうだね」
咲希の性格上、明日香を誘って一緒に家に来そうだな。もし、そうなったら初めて4人一緒に定期試験対策の勉強をするのか。ちなみに、昨日は僕がバイトをしていたので、明日香の家に芽依と咲希がお邪魔して3人で勉強したそうだ。
「よし、じゃあ……今のうちに芽依の分からないところを教えてあげるよ。どこが分からないのかな?」
芽依は数学ⅠAの問題集を持っている。テスト対策でやっているのだろう。1学期で習う数学Aの内容というと、集合とか確率になるのかな。受験勉強で何度も勉強しているので、ちゃんとそれが理解できるかどうかこの際に確かめよう。
「うん、ここの問題なんだけれど……」
「確率の問題か。ええと、なになに……これはひねった問題文だなぁ。まず、この問題文をどう解釈すればいいかっていうと……」
僕は紙に書いて、時々、芽依に質問しながら彼女の分からない問題を教えていく。数学は答えが定まっているし、そこに辿り着くまでの道筋を考えていくのが本当に楽しいな。
「だから、こういう答えになるんだ。合っているかな?」
「うん、合ってる! お兄ちゃん凄い! この解答よりも分かりやすい!」
「そう言ってくれると兄ちゃんも嬉しいよ。ものによっては、言葉足らずな解答集ってあるよね。解答を読んでも理解できないときは、今みたいに誰かに訊けばいいと思うよ」
「そうだね。お兄ちゃん、明日香ちゃんや咲希ちゃんもここで勉強するんだったら、私も一緒に勉強していい?」
「もちろんいいよ。……そういえば、2人とも来るのが遅いね」
芽依に数学を教えていることに集中していたので、今まで気にならなかったけど。咲希から連絡を受けてから30分近く経っているんじゃないだろうか。
――コンコン。
うん? 2人が来たのかな?
そんなことを考えながら部屋の扉を開けると、そこには私服姿の明日香と咲希が立っていた。
「咲希。それに明日香も。2人とも来るのが普段よりも遅いから心配したよ」
「ごめんね、翼。あれから色々とあって遅れちゃったんだ。ね、明日香」
「うん、そうだね。さっちゃん」
咲希も明日香も顔が赤い気がするけど、何かあったのだろうか。まあ、外は結構暑いしそのせいかな。
「さっ、2人とも部屋に入って勉強を始めてて。僕は何か冷たい飲み物を持ってくるから」
「うん、ありがとう、つーちゃん」
「お邪魔します」
僕は1階の台所に行き4人分の麦茶を用意する。
そういえば、咲希は日本史で分からないところがあるって言っていたな。あと、桜海高校に転校してきてから初めての定期試験だし、日本史の件が終わったら他に不安な科目がないかどうか訊いてみよう。
麦茶を持って部屋に戻ろうとすると、僕の部屋から話し声が聞こえてくる。友達と一緒だと、勉強をすぐに始められないこともあるか。
「みんな、冷たい麦茶を持ってきたよ」
「ありがとう、つーちゃん」
「さっそくいただくわ、翼」
明日香と咲希は麦茶をゴクゴクと飲んでいる。やっぱり、さっき顔が赤かったのは、この高い気温のせいで体が熱くなっていたからだったんだな。
「ねえ、お兄ちゃん。昨日、バイト先で一緒だった鈴音さんっていう女の子に告白されて、キスまでされたんだって?」
「……そうなんだけど、誰から聞いたの? 僕、このことは誰にも言っていないんだけど」
「2人から聞いたんだよ。鈴音さんってからお兄ちゃんに告白したことを言われたって」
「なるほど……」
鈴音さんは明日香や咲希のことを一目置いていたそうだし、そんな中で告白したから……結果フラれたけど、2人には伝えておいた方がいいと思ったのかも。鈴音さんも咲希が僕を好きだと知っているし。
「翼に連絡した後、あたしと明日香と鈴音さんのグループに、彼女から告白したっていうメッセージが来て。明日香と一緒に色々と話を聞いたら、キスはしたけどフラれたって分かって」
「そっか。それで家に来るのが遅くなったんだね」
顔を赤くしていたのは、鈴音さんに僕へ告白したときのことを知ったからか。
「ねえ、翼……」
すると、咲希は真剣な表情で僕の目の前まで近づいてくる。
「改めて言うよ。あたしも翼のことが好きだから」
そう言って、僕にキスしてきたのだ。鈴音さんのように僕のことをぎゅっと抱きしめてくる。そのことで咲希の強い温もりと優しい匂いが伝わってきて。
比べてはいけないのかもしれないけれど、鈴音さんのときよりもドキドキする。体も熱くなってきて。きっと、それが想いの強さの違いなのだろう。
唇を離すとようやく彼女らしい笑みが見え、
「いつでも返事は待ってるから。どんな答えを出しても……鈴音さんのときのように翼の言葉で伝えてほしい。それだけは、あたしのわがまま。聞き入れてくれるかな」
「……分かったよ」
「ありがとう。あっ、ちなみにこれがあたしにとってのファーストキスだから。翼にあげることができて良かった。今までの中で一番幸せかも」
そう言うと、恥ずかしい気持ちもあるのか咲希は僕の胸に額を当ててくる。何だろう、再会してから今が一番可愛らしく見えるんだけれど。
「凄いものを見ちゃったね、明日香ちゃん」
「そ、そうだね。キスを生で見るのは初めてだけど、それがまさかつーちゃんとさっちゃんだなんて……ふええっ」
芽依は顔を赤くしながらも興奮しているからまだしも、明日香の方は芽依以上に顔を赤くし複雑な表情を浮かべながら視線をちらつかせている。
「明日香ちゃんもお兄ちゃんにキスしないと!」
「な、何言っているの! めーちゃん! 私は別につーちゃんのことは……昔からずっと仲のいい幼なじみ! 今もそうなんだから。……ほら、さっちゃん。ここに来たのは期末試験の勉強をするためでしょう? つーちゃんに訊きたいところがあるんだよね?」
明日香はぎこちない笑顔を浮かべながら咲希にそう言う。
「そうだったね。鈴音さんから告白云々の話を聞いて気持ちが乱れちゃった。翼も、明日香も、芽依ちゃんもごめんね。……とりあえず、今は気持ちを落ち着かせたい。お手洗い借りるね、翼」
「ああ、分かった」
すると、咲希は部屋から出て行った。
僕も咲希にキスされて未だにドキドキしている。クールダウンのためにベッドの上で仰向けになり、何度か深呼吸をする。
「つーちゃん、その……気分は落ち着いた?」
気付けば、明日香が僕のことを見下ろしていた。彼女の顔だけが見える状況に。
「ベッドの上で体を伸ばしたから、さっきよりは落ち着いたよ」
「……そっか。でも、ごめんね」
そう言うと、明日香は僕の頬にキスをしてきた。
「……さっきのキスを見てさっちゃんに嫉妬しちゃった。だから、その……これは特別な幼なじみとしてのキスです。さっちゃんだけじゃなくて、私も見てほしいから。もちろん、こんなことはつーちゃん以外にはしないし……したくない」
影になっていて多少は見えづらかったけど、今のキスで明日香の顔が真っ赤になったことはちゃんと分かった。今の行動がおそらく、明日香ができる精一杯の気持ちの表現の仕方であることも。そのことで、咲希からキスされたときと同じくらいにまたドキドキしてきた。
明日香は部活があって仕方ない部分はあるけど、咲希が帰ってきてからは放課後になると咲希と一緒にいることが多い。バイトではもちろん鈴音さんと一緒だったから、きっと明日香は不安だったんだろう。
「気持ち、ちゃんと受け取ったよ。明日香」
明日香の頭を優しく撫でると、彼女はいつもの優しく可愛らしい笑みを浮かべる。それを見ると不思議と安心感が芽生えた。
「咲希が戻ってきたら試験勉強を始めようか」
「そうだね、つーちゃん。私も、分からないところがあったら訊くかも」
「うん、分かった。いつでも訊いてくれ」
それから程なくして、咲希は普段とさほど変わらぬ様子で部屋に戻ってきたので、試験勉強を始める。
咲希は口に、明日香は頬にキスをしてきて、芽依はそれらの様子を間近で見たけれど時間が経つに連れてみんな落ち着きを取り戻しているようだった。
もしかしたら、一番落ち着きがないのは僕かもしれない。逐一、明日香や咲希のことが気になってチラッと見てしまう。まさか、鈴音さんに告白された翌日にキスされるとは。
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