ラストグリーン

桜庭かなめ

文字の大きさ
18 / 83

第17話『半分、苦い。』

しおりを挟む
 ――翼君のことが大好き。恋人としてあたしと付き合ってくれませんか。

 鈴音さんは素直な言葉で告白し、僕のことをぎゅっと抱きしめながらキスしてきた。そのことで、鈴音さんの温もりと柔らかさを全身で感じる。彼女の口からミルクの甘い匂いも。そのことにドキドキはするけれど、それだけじゃない。
 桜海大学のキャンパスを見学したとき、鈴音さん……松雪先生に好きな人がいるって言っていたけど、あれって僕のことだったんだ。出会った頃からのことを思い出すと、彼女が僕のことが好きそうな素振りを何度も見せていた気がする。
 唇を離すと、そこには目を潤ませ、真剣な表情で僕を見つめる鈴音さんの姿があった。

「これ、あたしのファーストキスだから。翼君は?」
「僕も初めてですよ。ファーストキスですよ」
「……そうなんだ。嬉しいな」

 そう呟き、鈴音さんは言葉通りの嬉しそうな笑みを浮かべる。それが普段以上に可愛らしく想えるのだ。これもファーストキスの影響なのだろうか。

「バイトが終わって離れることになっちゃうけど、翼君とはこれからもずっと恋人として繋がっていたいの。あたしのわがままはまだあるよ。桜海大学に興味があるんだったら、あたしの後輩になってほしい。もしそうなったら、ここでもいいから同棲してほしい。そんな翼君との未来ばかりを思い描くほど、翼君のことが好きなんだよ」
「鈴音さん……」
「翼君のしたいことなら何だってするよ。本音を言えば、あたしはずっとしたいって思ってきたんだよ。あたしの頭の中ではもう何度もしちゃっているけれど」

 頬を真っ赤にしながらそう言って、鈴音さんは着ているノースリープのワイシャツのボタンを外し始める。

「ちょ、ちょっと待ってください! 鈴音さん可愛いですし、告白されたばかりですから……そんなことをされたら僕、どうにかなっちゃいそうです」

 僕は鈴音さんの手をぎゅっと握った。
 今の時点で、鈴音さんの綺麗な白い肌と黒い下着、そして深い谷間が見えていた。服の中から香ってくる鈴音さんの濃厚な甘い匂いが鼻腔をくすぐらせる。

「嬉しいよ。あたしでどうにかなっちゃいそうだなんて。あたしを意識してくれているってことでしょう? どうにかなっちゃってもいいんだよ、翼君。あたし、そのための準備はできてるから」

 鈴音さんは僕に優しげな笑みを見せ続けてくれる。

「ねえ、翼君。……あたしの告白を受け入れてくれる?」

 鈴音さんは顔を真っ赤にして視線をちらつかせる。
 確かに、彼女はとても可愛くて、明るくて、気さくで……恋人にするにはとてもいい人なんじゃないかと思う。けれど、

「……ごめんなさい。僕は鈴音さんと恋人として付き合うことはできません」

 ぼんやりと鈴音さんとの楽しそうな未来は見えた。しかし、悲しげな笑みを浮かべる明日香や咲希の姿がはっきりと見えてしまったのだ。
 すると、鈴音さんは一つため息をついて、

「もうちょっとだった気がしたけどな。でも、やっぱり……って思ったよ」

 そう呟いて、大きな涙をいくつもこぼす。それでも彼女の笑みが絶えることはなかった。

「きっと、翼君の恋人になるのは明日香ちゃんか咲希ちゃんなんだよね」
「……たぶん、そうだと思います」
「うん、やっぱり。大学を見に行ったときにそう思ったんだ。もちろん、バイトだからっていうのもあると思うけれど、あたしの前じゃ見せない自然の姿を明日香ちゃんや咲希ちゃんに見せていたように思えて。それが悔しくて、嫉妬もして」
「鈴音さん……」
「連絡先も交換したし、きっとバイトを辞めた後も会う機会はあると思う。でも、ここで告白しなかったら、永遠にチャンスは掴めないと思って。だから、こうして自宅で2人きりになって告白したんだ」
「そういうことだったんですね。……僕のことが好きだというお気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます」

 こんなにも心が揺さぶられる告白も初めてで、それを断るのも初めてだった。鈴音さんにかける言葉がこれで合っているのかは分からない。

「こちらこそありがとう、翼君。フラれてショックだけど、想いを伝えることができてスッキリとできているのも確かだし。あと、今までの感謝を込めたプレゼントはちゃんとあるんだよ。翼君、コーヒーが大好きだから、スティックのインスタントコーヒーの詰め合わせ!」

 鈴音さんは勉強机の上にあった黒い紙袋を僕に渡してくれた。中を見てみると、僕でも知っているほど有名なブランドのインスタントコーヒーだった。

「ありがとうございます。受験勉強のときや、ゆっくりとした時間を過ごすときなどに飲ませていただきます」

 プレゼントを家に忘れたというのは、家に連れてくるためだけの言葉だと思っていたので、まさか本当にプレゼントをもらえるとは思わなかった。

「何か、あたしが告白したときも嬉しそうに見えるけど」
「告白は、嬉しい気持ちもあったんですけど、驚きもありまして」
「……そっか。初めて出たバイト代で買ったんだ。楽しんでくれると嬉しいな」

 僕のプレゼントのために使っていただけるとは何とも有り難いことだ。一杯ずつ大切に飲むことにしよう。

「でも、そうだよなぁ。明日香ちゃんも咲希ちゃんも10年以上前に出会っているし、明日香ちゃんの方はずっと翼君と一緒にいるんだもんね。4月に、あのお店に来たときに気になり始めたあたしとは時間の長さが全然違うよね」
「バイトを始める前にお客様として来店されていたんですか」
「うん。紅茶も料理も美味しかったし、翼君がバイトをしていたからあたしもここでバイトしようって決めたんだよ」
「そうだったんですね」

 もしかして、マスターはそんな鈴音さんの想いを見抜いて、僕に仕事を教えるように頼んだのかな。あのマスターならあり得そうだ。

「翼君。告白とかしちゃったけれど、これからも仲良くしてくれると嬉しいな」
「もちろんですよ。喫茶店にもお客さんとして行きますから」
「うん、分かった。あと、もし……誰かと付き合うようになったら、あたしにも教えてくれるかな」
「分かりました、いいですよ」
「うん、約束ね」

 すると、鈴音さんは右手で涙を拭い、僕から離れて正座する。さっき外したワイシャツのボタンを元にはめ直す。そして、

「翼君。今日まで2年以上、シー・ブロッサムでのバイトお疲れ様でした! あたしにお仕事について面倒を見ていただきありがとうございました! これからは……友人としてよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします、鈴音さん」

 僕は鈴音さんと固く握手を交わした。

「……良かった。これからずっと翼君と友達として付き合えて。それに、よく考えると……あたし、凄く恥ずかしいことをしたり、色々なことを言ったりしちゃったね……」

 鈴音さんは今日の中で一番顔が赤くなり、両手で顔を覆った。

「まあ、その……好きという気持ちからでしょうから、全然気にしていませんよ。むしろ可愛いと思ったくらいですし」

 何かフォローする言葉をかけなければいけないと思ってそう言ったけど、それが果たして正解だったのかどうか。

「翼君がそう言ってくれるのがせめてもの救いだよ。告白やキスされたことは明日香ちゃんや咲希ちゃんに言ってもいいけど、その……それよりも先のことをされようとしたことは言っちゃダメだからね! 恥ずかしすぎるから……」
「分かりました。約束します」

 僕としても気持ち的に言えるのはキスされたことくらいまでだ。
 バイトの先輩と後輩という今までの関係はなくなった。その代わりに、年も性別も違うけど信頼し合える友人同士となった。それは寂しくもあり、温かくもあることで。そして、今回と似たようなことがいずれ訪れるのだろうと思った。


 6月はこうして終わり、いよいよ2018年も夏本番の7月となるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。  入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。  しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。  抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。  ※タイトルは「むげん」と読みます。  ※完結しました!(2020.7.29)

サクラブストーリー

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。  しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。  桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。  ※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※夏休み小話編2が完結しました!(2025.10.16)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

処理中です...