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第29話『二兎を追う者は。』
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終礼が終わって、今週の学校生活も無事に終わった。
いつも通り明日香と常盤さんは部活の方へと向かうので、今日も咲希と一緒に放課後の時間を過ごすことに。
昨日と同じく、三宅さんとは午後2時過ぎくらいに会う予定なので、今日もどこかでお昼ご飯を食べることになった。ただ、お蕎麦屋さんばかりではつまらないので、今日は中華屋さん。高校生なら麺の大盛りが無料なのもあってか、咲希は味噌ラーメンの大盛りを満足そうに食べていた。ちなみに、僕はチャーハンの普通盛り。
お昼ご飯を食べ、今日は三宅さんから連絡が来るまで教室で受験勉強をした。適宜、満腹で眠たそうな咲希のことを起こしながら。
そして、午後2時過ぎに三宅さんから生徒会の仕事が終わったと連絡が来たので、僕達は3人で羽村の家に向けて出発した。
「蓮見先輩、咲希先輩。今日も私のことで付き合っていただいてありがとうございます。羽村会長のご自宅は、前に生徒会メンバー全員で行ったことがあって分かっているんですけど、1人で行くとなると緊張してしまって」
「そっか。気にしないでいいんだよ。それに、昨日は僕らの方から誘ったんだし。そういえば、ここ何日かは寝不足だって言っていたけれど、昨日はよく眠れた?」
「普段ほどじゃないですけど、告白されてからは一番よく眠れました。蓮見先輩のベッドでぐっすりとお昼寝したんですけどね。でも、心なしか……先輩のベッドの方が心地よかったかなって」
「ははっ、それはきっと、眠気や疲れが溜まっていたからじゃないかな」
そうであってくれ。咲希みたいに僕の匂い云々ではなく。ただ、あのときは三宅さんも咲希も、こっちが微笑ましくなるくらいにぐっすりと眠っていたなぁ。
「そういえば、昨日……お二人も見ていたと思いますが、先輩のお宅を後にしてすぐに明日香先輩と会ったんです。それで、先輩方とのことを話したら……明日香先輩、お二人のところに駆け足で向かいましたけど何かあったんですか?」
「……三宅さんの言葉を色々と勘違いして、その真偽を確かめに来ただけだよ」
どうやら、明日香が僕のことを抱きしめたところまでは見ていなかったようだ。
そんなことを話していると、僕らは桜海駅へと辿り着く。
ここから電車で羽村の自宅の最寄り駅である桜海川駅へと向かう。ちなみに、三宅さんの家の最寄り駅は桜海川駅の1つ先の西桜海駅。そのため、普段は桜海川駅まで羽村と一緒に帰っているのだという。また、西桜海駅は常盤さんの家の最寄り駅でもある。
隣駅ということもあって、最寄り駅などの話をしていたらあっという間に到着した。
「ううっ、何だか緊張してきました……」
ホームに降りた瞬間から、三宅さんは脚を震わせる。ただ、この激しさ……告白をする前の羽村にそっくりだ。
「その気持ち、ちょっと分かるな。あたしも10年ぶりに桜海に帰ってきて、初めて桜海高校に行ったとき緊張したし。東京から引っ越してくる直前に、友達が通う高校の後輩の男の子を相手に、告白の練習をしたんだけどな」
「そんなことをしていたんだ」
緊張しているようには見えなかったけれどな。むしろ、転入早々クラスメイト達の前で告白して頬にキスし、物凄く度胸のある女の子になったんだと思ったくらいだ。
「さっ、羽村君の家に行こうよ、陽乃ちゃん」
「……はい」
「ねえ、翼。途中のコンビニで何か買っていこうよ」
「そうだね」
僕らは炎天下の中、羽村の家に向かって歩き始める。さっきまで脚がガクガクと震えていた三宅さんも、咲希と手を繋ぐことで何とか歩けている状況だ。
それにしても暑いな。羽村も無理せずに欠席して正解だと思う。途中で立ち寄ったコンビニがユートピアに思えるほど。ちなみに、羽村へのお土産としてプリンを買った。
やがて、羽村の家に到着する。
羽村の親御さんもいたので挨拶をして、すぐに彼の部屋へと向かう。緊張が最高潮に達しているのか、三宅さんは咲希の腕にしがみついている。
「羽村、起きてるか」
「……その声は蓮見か。何度もお見舞いに来てくれて嬉しいな」
羽村はベッドの上で仰向けになっており、顔だけこちらの向けている状況。パッと見た感じではこの前よりは体調が良くなったように思える。
「やあ、羽村君」
「おお、有村も来てくれたのか」
「うん。一昨日よりも元気そうで良かった。実は、今日はスペシャルゲストが来ているんだよ。ほら、こっち来て」
すると、咲希は三宅さんの手を引き寄せ、強引に部屋の中へと入れる。
「……ど、どうもです。羽村会長」
「三宅じゃないか! 確かに、俺にとって一番のスペシャルゲストだな」
その言葉通り、羽村は三宅さんにフラれてから最も元気な様子を見せる。さすが、好きな人の与えるパワーは凄いな。
「は、羽村会長。体調の方はいかがですか?」
「水曜日に比べたら大分マシになったよ。気持ちは結構元気なんだが、体がな。三宅の方は体調は大丈夫か? ここのところ蒸し暑い日も続いているから」
「はい、大丈夫です。あと、最近は生徒会の仕事も多くありませんから、4人で何とか回すことができています」
「そうか、安心した。すまないな、何日も休んでしまって」
「いえいえ、気にしないでください。体調が崩れることは誰にでもありますし。それに、今回の原因は私にあると思っていますから」
三宅さんは自分が告白を断っていなければ、羽村がここまで体調を崩してしまうことはないと思っているんだな。タイミングも考えれば、三宅さんがそう思うのも無理はないか。
「あの……羽村会長。今日、ここに来たのはお見舞いもそうなんですけど、改めて羽村会長とお話がしたいと思いまして。話しても大丈夫ですか?」
「……ああ、もちろん。ただ、熱とだるさがまだ残っているから、このままの姿勢でもいいだろうか」
「もちろんです。楽な姿勢でいてください」
「ありがとう、三宅」
やっぱり、三宅さんは羽村に色々と話すためにここにやってきたんだな。羽村もそれに応じるようだし、咲希と僕はとりあえず2人を見守ることにしよう。
「……羽村会長。この前は告白していただいてありがとうございました。とても嬉しかったです」
「……ああ」
「ただ、あのときは……嘘をついていました。先輩後輩、生徒会の仲間だけでなく……羽村会長と恋人として付き合いたいのが本音です。それほどに羽村会長のことが大好きなんです」
ついに、三宅さんは羽村に大好きだという本音を伝えた。それに対して羽村はどんな反応を示すのか。
羽村はふぅ、と長く息を吐くと真剣な表情になり、
「三宅の気持ちは嬉しい。ただ、それならどうして……あのときは今まで通りの関係でいようと言ったんだ? 三宅のことだから、お前なりの理由がちゃんとあると思ってる」
さすがに、羽村も何か理由があって告白を断ったことは分かっていたようだ。
「恋人になって会長の側にいたいとか、一緒にいたいって伝えたら、ずっと前から言っていた東京の大学への進学っていう夢を邪魔してしまうかもしれないと思って。それで……言うことができませんでした。本当にごめんなさい」
本当の気持ちを言うことのできなかった理由を、ちゃんと伝えることができたか。
「……なるほど。そういうことだったのか」
すると、羽村の表情はゆっくりと柔らかい笑みを浮かべて、
「俺は幸せ者だな。俺を好いてくれる人が、俺の目標を第一に考えてくれて。そんな人のことを好きになったんだから。好きだと自覚した瞬間から、三宅とは一緒にいたいと思っているし、毎日会いたいと思っている。ただ、俺は東京の大学に進学する夢を諦めるつもりは全くない。将来は法曹界に携わって、多くの人を救いたいと思っている。そのための勉強をするなら東京の大学の方がいいと思っているんだ。学年も違うから当然、三宅と離れてしまう時期があることは覚悟している。その上で三宅に告白したんだ。……こうして合っているんだから、また告白させてくれ。俺は三宅のことが好きだ。俺と恋人として付き合ってくれませんか」
羽村は頬を赤くながらも、真剣な様子で三宅さんに再び告白をする。そのことに興奮しているのか、咲希は僕の着るワイシャツをギュッと掴む。
「……はい。恋人としてよろしくお願いします」
三宅さんはそう言うと、羽村の手を握る。
そして、2人は笑い合った。どうやら、これで今回のことには一区切りがついたかな。
「私も東京の大学を目指して勉強します。それで、合格したら……羽村会長と一緒に同棲したいなって考えています」
「おおっ、立派な夢じゃないか。じゃあ、そのためにもまずは俺が頑張らないとな。……あと、せっかく恋人同士になったんだ。名前で呼び合おうか。……陽乃」
「は、はい! む、宗久会長」
「……いい響きだ」
2人とも、恋人同士になってさっそく新しい夢ができたようだ。いい雰囲気だし、きっと2人なら幸せな未来を歩んでいけるんじゃないだろうか。
「宗久会長。恋人同士になりましたし、将来的には一緒にいるっていう約束の証として……キスしましょうか」
「……それはかまわないが、俺はこんな状態だ。陽乃の方からお願いできるかな」
「も、もちろんです」
三宅さんは恥ずかしそうな様子を見せるけれど、彼女の方から羽村にキスした。2人とも幸せそうだし、羽村もこれで一気に元気になりそうな気がした。
「おめでとう! 羽村君も陽乃ちゃんもおめでとう! お幸せに!」
今の2人を見て感動でもしたのか、咲希は涙を流しながら2人に向けてお祝いの言葉を贈り拍手をした。あと、お幸せに……って。まるで結婚したみたいだな。
「羽村、三宅さん。おめでとう」
「ありがとう、蓮見、有村。おかげさまで陽乃と付き合うことになった」
「ああ、本当に良かったよ。次元逃避したいって言われたこともあってか」
「ははっ、そうだな。二次元はもちろんいいが、三次元もいいものだな」
「……お前らしいな、まったく」
三宅さんと付き合いだしても、オタク的な意味ではブレることはなさそうだ。羽村の場合、三宅さんを漫画やアニメにハマらせそうだけれど。
「三宅さんと幸せになることも、東京の大学に進学することも目指す、か。羽村らしいな」
「ああ。人によって二兎を追う者は一兎をも得ず、とか言うだろうけど……努力次第では2つとも叶うって信じているよ、俺は。たくさんの努力が必要だと思うけど。俺にとってあの言葉はどちらも叶わないんじゃなくて、どちらも叶えたいなら相当な覚悟と努力が必要だと勝手に解釈しているよ」
「……そうか。きっと2人なら叶えることできると思うよ」
それに、三宅さんについての大きな試練は今回のことで乗り越えられたんじゃないだろうか。友人としてこれからも近くで見守り続けることにしよう。
「蓮見先輩、咲希先輩、ありがとうございます」
「良かったよ、陽乃ちゃん。羽村君と末永くお幸せに。何かあったらいつでもあたし達に相談してきてね」
「分かりました、ありがとうございます」
「2人とも仲良く、楽しくね。……さあ、咲希。そろそろ、僕らはお暇しますか」
「そうだね。羽村君と陽乃ちゃんの邪魔をしちゃいけないしね」
「べ、別に先輩方がいたらまずいことなんてしませんよ! 宗久会長が体調を崩している状態ですし。まあ、会長の看病は私に任せてください。土日も看病しますから!」
三宅さん、羽村のことだからか物凄く気合いが入っているな。水曜日から会えなかった分、羽村の側にずっといたいのだろう。
「そっか。じゃあ、羽村の看病は三宅さんに任せるよ。羽村、また……できれば月曜日に」
「ああ、月曜日に会おう。陽乃が恋人になったことで大分元気になったから、きっと月曜日に学校で会えるさ」
「……本当に幸せ者だな。じゃあ、またな」
「月曜日に学校でね!」
僕と咲希は羽村の家を後にした。
さっきと変わらず外はとても暑いけど、今は何だかそれも悪くないと思える。
「良かったね、2人が付き合うようになってさ」
「そうだね。一時はどうなるかと思ったけれど、これで一件落着だね」
「うん。でも、恋人かぁ……」
すると、咲希は僕と腕を絡ませてくる。
「あたしも、この先ずっと、翼とこうして一緒にいたいな思ってるから。今は幼なじみとかクラスメイトだけど、いずれは恋人とか、お、奥さんとして……」
照れているからなのか、それともとても暑いからなのか……僕を見つめてくる咲希の顔はとても真っ赤だ。周りに人はあまりいないけど、プロポーズとも受け取れそうなことを言われるとさすがに恥ずかしい。
「……咲希の想いはしっかりと受け取ったよ」
「あ、ありがとう。奥さんとか言っちゃってヤバいって思ったけど、決して嘘じゃないから。そのくらい……好きだから」
そう言って、咲希は僕にキスしてきた。教室ではできなかったのに、周りに人があまりいないと外でも口づけできるのか。
今度は僕の番だと言われているような気がした。色々と考えて決めないと。いずれ、そのときは来てしまうのだから。
その後、桜海川駅に着くまで咲希とは言葉を交わすことはなかった。それでも、咲希が僕にしっかりと寄り添っており、そのことでとても暑かったけれど、全く不快には思わなかったのであった。
いつも通り明日香と常盤さんは部活の方へと向かうので、今日も咲希と一緒に放課後の時間を過ごすことに。
昨日と同じく、三宅さんとは午後2時過ぎくらいに会う予定なので、今日もどこかでお昼ご飯を食べることになった。ただ、お蕎麦屋さんばかりではつまらないので、今日は中華屋さん。高校生なら麺の大盛りが無料なのもあってか、咲希は味噌ラーメンの大盛りを満足そうに食べていた。ちなみに、僕はチャーハンの普通盛り。
お昼ご飯を食べ、今日は三宅さんから連絡が来るまで教室で受験勉強をした。適宜、満腹で眠たそうな咲希のことを起こしながら。
そして、午後2時過ぎに三宅さんから生徒会の仕事が終わったと連絡が来たので、僕達は3人で羽村の家に向けて出発した。
「蓮見先輩、咲希先輩。今日も私のことで付き合っていただいてありがとうございます。羽村会長のご自宅は、前に生徒会メンバー全員で行ったことがあって分かっているんですけど、1人で行くとなると緊張してしまって」
「そっか。気にしないでいいんだよ。それに、昨日は僕らの方から誘ったんだし。そういえば、ここ何日かは寝不足だって言っていたけれど、昨日はよく眠れた?」
「普段ほどじゃないですけど、告白されてからは一番よく眠れました。蓮見先輩のベッドでぐっすりとお昼寝したんですけどね。でも、心なしか……先輩のベッドの方が心地よかったかなって」
「ははっ、それはきっと、眠気や疲れが溜まっていたからじゃないかな」
そうであってくれ。咲希みたいに僕の匂い云々ではなく。ただ、あのときは三宅さんも咲希も、こっちが微笑ましくなるくらいにぐっすりと眠っていたなぁ。
「そういえば、昨日……お二人も見ていたと思いますが、先輩のお宅を後にしてすぐに明日香先輩と会ったんです。それで、先輩方とのことを話したら……明日香先輩、お二人のところに駆け足で向かいましたけど何かあったんですか?」
「……三宅さんの言葉を色々と勘違いして、その真偽を確かめに来ただけだよ」
どうやら、明日香が僕のことを抱きしめたところまでは見ていなかったようだ。
そんなことを話していると、僕らは桜海駅へと辿り着く。
ここから電車で羽村の自宅の最寄り駅である桜海川駅へと向かう。ちなみに、三宅さんの家の最寄り駅は桜海川駅の1つ先の西桜海駅。そのため、普段は桜海川駅まで羽村と一緒に帰っているのだという。また、西桜海駅は常盤さんの家の最寄り駅でもある。
隣駅ということもあって、最寄り駅などの話をしていたらあっという間に到着した。
「ううっ、何だか緊張してきました……」
ホームに降りた瞬間から、三宅さんは脚を震わせる。ただ、この激しさ……告白をする前の羽村にそっくりだ。
「その気持ち、ちょっと分かるな。あたしも10年ぶりに桜海に帰ってきて、初めて桜海高校に行ったとき緊張したし。東京から引っ越してくる直前に、友達が通う高校の後輩の男の子を相手に、告白の練習をしたんだけどな」
「そんなことをしていたんだ」
緊張しているようには見えなかったけれどな。むしろ、転入早々クラスメイト達の前で告白して頬にキスし、物凄く度胸のある女の子になったんだと思ったくらいだ。
「さっ、羽村君の家に行こうよ、陽乃ちゃん」
「……はい」
「ねえ、翼。途中のコンビニで何か買っていこうよ」
「そうだね」
僕らは炎天下の中、羽村の家に向かって歩き始める。さっきまで脚がガクガクと震えていた三宅さんも、咲希と手を繋ぐことで何とか歩けている状況だ。
それにしても暑いな。羽村も無理せずに欠席して正解だと思う。途中で立ち寄ったコンビニがユートピアに思えるほど。ちなみに、羽村へのお土産としてプリンを買った。
やがて、羽村の家に到着する。
羽村の親御さんもいたので挨拶をして、すぐに彼の部屋へと向かう。緊張が最高潮に達しているのか、三宅さんは咲希の腕にしがみついている。
「羽村、起きてるか」
「……その声は蓮見か。何度もお見舞いに来てくれて嬉しいな」
羽村はベッドの上で仰向けになっており、顔だけこちらの向けている状況。パッと見た感じではこの前よりは体調が良くなったように思える。
「やあ、羽村君」
「おお、有村も来てくれたのか」
「うん。一昨日よりも元気そうで良かった。実は、今日はスペシャルゲストが来ているんだよ。ほら、こっち来て」
すると、咲希は三宅さんの手を引き寄せ、強引に部屋の中へと入れる。
「……ど、どうもです。羽村会長」
「三宅じゃないか! 確かに、俺にとって一番のスペシャルゲストだな」
その言葉通り、羽村は三宅さんにフラれてから最も元気な様子を見せる。さすが、好きな人の与えるパワーは凄いな。
「は、羽村会長。体調の方はいかがですか?」
「水曜日に比べたら大分マシになったよ。気持ちは結構元気なんだが、体がな。三宅の方は体調は大丈夫か? ここのところ蒸し暑い日も続いているから」
「はい、大丈夫です。あと、最近は生徒会の仕事も多くありませんから、4人で何とか回すことができています」
「そうか、安心した。すまないな、何日も休んでしまって」
「いえいえ、気にしないでください。体調が崩れることは誰にでもありますし。それに、今回の原因は私にあると思っていますから」
三宅さんは自分が告白を断っていなければ、羽村がここまで体調を崩してしまうことはないと思っているんだな。タイミングも考えれば、三宅さんがそう思うのも無理はないか。
「あの……羽村会長。今日、ここに来たのはお見舞いもそうなんですけど、改めて羽村会長とお話がしたいと思いまして。話しても大丈夫ですか?」
「……ああ、もちろん。ただ、熱とだるさがまだ残っているから、このままの姿勢でもいいだろうか」
「もちろんです。楽な姿勢でいてください」
「ありがとう、三宅」
やっぱり、三宅さんは羽村に色々と話すためにここにやってきたんだな。羽村もそれに応じるようだし、咲希と僕はとりあえず2人を見守ることにしよう。
「……羽村会長。この前は告白していただいてありがとうございました。とても嬉しかったです」
「……ああ」
「ただ、あのときは……嘘をついていました。先輩後輩、生徒会の仲間だけでなく……羽村会長と恋人として付き合いたいのが本音です。それほどに羽村会長のことが大好きなんです」
ついに、三宅さんは羽村に大好きだという本音を伝えた。それに対して羽村はどんな反応を示すのか。
羽村はふぅ、と長く息を吐くと真剣な表情になり、
「三宅の気持ちは嬉しい。ただ、それならどうして……あのときは今まで通りの関係でいようと言ったんだ? 三宅のことだから、お前なりの理由がちゃんとあると思ってる」
さすがに、羽村も何か理由があって告白を断ったことは分かっていたようだ。
「恋人になって会長の側にいたいとか、一緒にいたいって伝えたら、ずっと前から言っていた東京の大学への進学っていう夢を邪魔してしまうかもしれないと思って。それで……言うことができませんでした。本当にごめんなさい」
本当の気持ちを言うことのできなかった理由を、ちゃんと伝えることができたか。
「……なるほど。そういうことだったのか」
すると、羽村の表情はゆっくりと柔らかい笑みを浮かべて、
「俺は幸せ者だな。俺を好いてくれる人が、俺の目標を第一に考えてくれて。そんな人のことを好きになったんだから。好きだと自覚した瞬間から、三宅とは一緒にいたいと思っているし、毎日会いたいと思っている。ただ、俺は東京の大学に進学する夢を諦めるつもりは全くない。将来は法曹界に携わって、多くの人を救いたいと思っている。そのための勉強をするなら東京の大学の方がいいと思っているんだ。学年も違うから当然、三宅と離れてしまう時期があることは覚悟している。その上で三宅に告白したんだ。……こうして合っているんだから、また告白させてくれ。俺は三宅のことが好きだ。俺と恋人として付き合ってくれませんか」
羽村は頬を赤くながらも、真剣な様子で三宅さんに再び告白をする。そのことに興奮しているのか、咲希は僕の着るワイシャツをギュッと掴む。
「……はい。恋人としてよろしくお願いします」
三宅さんはそう言うと、羽村の手を握る。
そして、2人は笑い合った。どうやら、これで今回のことには一区切りがついたかな。
「私も東京の大学を目指して勉強します。それで、合格したら……羽村会長と一緒に同棲したいなって考えています」
「おおっ、立派な夢じゃないか。じゃあ、そのためにもまずは俺が頑張らないとな。……あと、せっかく恋人同士になったんだ。名前で呼び合おうか。……陽乃」
「は、はい! む、宗久会長」
「……いい響きだ」
2人とも、恋人同士になってさっそく新しい夢ができたようだ。いい雰囲気だし、きっと2人なら幸せな未来を歩んでいけるんじゃないだろうか。
「宗久会長。恋人同士になりましたし、将来的には一緒にいるっていう約束の証として……キスしましょうか」
「……それはかまわないが、俺はこんな状態だ。陽乃の方からお願いできるかな」
「も、もちろんです」
三宅さんは恥ずかしそうな様子を見せるけれど、彼女の方から羽村にキスした。2人とも幸せそうだし、羽村もこれで一気に元気になりそうな気がした。
「おめでとう! 羽村君も陽乃ちゃんもおめでとう! お幸せに!」
今の2人を見て感動でもしたのか、咲希は涙を流しながら2人に向けてお祝いの言葉を贈り拍手をした。あと、お幸せに……って。まるで結婚したみたいだな。
「羽村、三宅さん。おめでとう」
「ありがとう、蓮見、有村。おかげさまで陽乃と付き合うことになった」
「ああ、本当に良かったよ。次元逃避したいって言われたこともあってか」
「ははっ、そうだな。二次元はもちろんいいが、三次元もいいものだな」
「……お前らしいな、まったく」
三宅さんと付き合いだしても、オタク的な意味ではブレることはなさそうだ。羽村の場合、三宅さんを漫画やアニメにハマらせそうだけれど。
「三宅さんと幸せになることも、東京の大学に進学することも目指す、か。羽村らしいな」
「ああ。人によって二兎を追う者は一兎をも得ず、とか言うだろうけど……努力次第では2つとも叶うって信じているよ、俺は。たくさんの努力が必要だと思うけど。俺にとってあの言葉はどちらも叶わないんじゃなくて、どちらも叶えたいなら相当な覚悟と努力が必要だと勝手に解釈しているよ」
「……そうか。きっと2人なら叶えることできると思うよ」
それに、三宅さんについての大きな試練は今回のことで乗り越えられたんじゃないだろうか。友人としてこれからも近くで見守り続けることにしよう。
「蓮見先輩、咲希先輩、ありがとうございます」
「良かったよ、陽乃ちゃん。羽村君と末永くお幸せに。何かあったらいつでもあたし達に相談してきてね」
「分かりました、ありがとうございます」
「2人とも仲良く、楽しくね。……さあ、咲希。そろそろ、僕らはお暇しますか」
「そうだね。羽村君と陽乃ちゃんの邪魔をしちゃいけないしね」
「べ、別に先輩方がいたらまずいことなんてしませんよ! 宗久会長が体調を崩している状態ですし。まあ、会長の看病は私に任せてください。土日も看病しますから!」
三宅さん、羽村のことだからか物凄く気合いが入っているな。水曜日から会えなかった分、羽村の側にずっといたいのだろう。
「そっか。じゃあ、羽村の看病は三宅さんに任せるよ。羽村、また……できれば月曜日に」
「ああ、月曜日に会おう。陽乃が恋人になったことで大分元気になったから、きっと月曜日に学校で会えるさ」
「……本当に幸せ者だな。じゃあ、またな」
「月曜日に学校でね!」
僕と咲希は羽村の家を後にした。
さっきと変わらず外はとても暑いけど、今は何だかそれも悪くないと思える。
「良かったね、2人が付き合うようになってさ」
「そうだね。一時はどうなるかと思ったけれど、これで一件落着だね」
「うん。でも、恋人かぁ……」
すると、咲希は僕と腕を絡ませてくる。
「あたしも、この先ずっと、翼とこうして一緒にいたいな思ってるから。今は幼なじみとかクラスメイトだけど、いずれは恋人とか、お、奥さんとして……」
照れているからなのか、それともとても暑いからなのか……僕を見つめてくる咲希の顔はとても真っ赤だ。周りに人はあまりいないけど、プロポーズとも受け取れそうなことを言われるとさすがに恥ずかしい。
「……咲希の想いはしっかりと受け取ったよ」
「あ、ありがとう。奥さんとか言っちゃってヤバいって思ったけど、決して嘘じゃないから。そのくらい……好きだから」
そう言って、咲希は僕にキスしてきた。教室ではできなかったのに、周りに人があまりいないと外でも口づけできるのか。
今度は僕の番だと言われているような気がした。色々と考えて決めないと。いずれ、そのときは来てしまうのだから。
その後、桜海川駅に着くまで咲希とは言葉を交わすことはなかった。それでも、咲希が僕にしっかりと寄り添っており、そのことでとても暑かったけれど、全く不快には思わなかったのであった。
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senko
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