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第50話『月光なき夜』
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自分の部屋に戻った瞬間、酷く疲れが襲ってきたのでベッドの上で仰向けになった。普通ならこのまますっと眠ってしまうけれど、さすがに今回は眠気が襲ってくることはなかった。
心臓の激しい鼓動がはっきりと聞こえてくるけど、その度に痛みが伴って。こんな感覚になるのは初めてだ。
「コーヒーでも淹れよう……」
そうすれば、少しは気持ちが落ち着くかもしれない。
温かいブラックコーヒーを淹れて一口飲んでみると……心なしか、いつもよりも苦味が強く感じられた。それでも好きな味なので、多少は気持ちが落ち着いた気がする。
「今、2人はどうしているのかな……」
たぶん、それぞれの部屋に戻って色々なことを考えているとは思うけれど。
「……一番考えるべきなのは僕だよな」
ただ、あのとき常盤さんが言ったように、決断することが怖いために自分のことを第一に考えてしまっていた。それがこの旅行までずっと続いているから、さっきのようなことが起こってしまったんだ。
「2人のことを第一にちゃんと考えないと。だって、2人は僕に自分の気持ちをしっかりと伝えたんだから」
その上、ずっと2人が待ってくれていており、それに僕は甘えている。常盤さんの言ったことは本当に当たっていると思う。
――プルルッ。
うん? スマートフォンが鳴っているな。明日香や常盤さんからの連絡だったら凄く緊張する。
確認してみると、咲希から新着メッセージが1件届いていた。
『今から翼の部屋に行ってもいい? あたし1人だけど』
部屋に行く許可をもらうためにメッセージを入れるなんて。勉強中だと思ってメッセージを送ってくれたのかな。昨日、酔っ払った先生が突然来たこともあってか、とても真面目な印象を受ける。
『いつでも来ていいよ。今日はもう勉強はしないつもりだから』
明日香と常盤さんのことを咲希に相談してみるのも手だけど、咲希と明日香のどちらか決断できていない僕のせいで喧嘩したから、微妙なところだ。
――コンコン。
ノック音が聞こえてきた。きっと咲希が来たんだろう。さすがに同じ別荘にいるだけあってすぐに来たか。
扉を開けると、そこには寝間着姿の咲希がいた。いつもの爽やかな笑みを浮かべているけど、目つきはいつも以上に真剣なことが分かった。
「さっそく来ちゃった。旅行中、夜に一度は翼の部屋に行きたいと思ってね。昨日は明日香の部屋で3年生女子3人で女子会していたから、今日来たよ」
「そうだったんだ。さっ、入って」
「うん。お邪魔します」
咲希は僕の部屋の中に入ってきた。部屋の中を見渡して、ベッドの横にある椅子に座った。
「今日はほぼ新月だからか、星空が綺麗に見えるよね。別荘の周りに民家やビルがあまりないからかもしれないけれど」
「……そうだね。さっき見たけど、たくさん星が見えたよ」
明日香と常盤さんのこともあってか、色々な意味で忘れられない星空になった。
「メッセージにも書いてあったけど、今夜は勉強せずにゆっくりするつもり?」
「うん、そうだよ。今日は勉強もたくさんしたし、午後に散歩をしたからかな。意外と疲れちゃって」
「そうだったんだ。翼と話したいことがあるんだけど大丈夫かな」
「うん、いいよ。紅茶とか淹れようか?」
「ううん、大丈夫だよ」
すると、咲希は一つ深呼吸をして、
「さっそく本題に入るけど、実は……明日香と美波のことについて話したくてここに来たんだ」
「……2人のことで?」
「うん。翼に話そうか迷ったけど、話した方がいいかなと思って。実はさっき、明日香があたしの部屋に来て、美波に告白されたことと、喧嘩しちゃったことを相談されたんだ」
真剣な表情で僕のことを見つめながらそう言った。このタイミングで咲希が1人で僕の部屋に来たから、何となく想像はしていたけど。
「……そっか。明日香は咲希に相談したんだね。常盤さんも誰かに話していていればいいけれど」
「その言い方だと、もしかして2人に何があったのか知っているの?」
「ああ。お風呂から出たとき、リビングから外へ出て行く2人の姿を見かけて。気付かれないようにこっそりとついて行ったら、明日香が常盤さんに告白されて、その後に喧嘩したっていう一部始終を見ちゃって」
「そういうことね……」
咲希のこの様子からして、明日香には僕がこっそりと見ていたことはバレていなかったようだ。
――コンコン。
再びノック音が聞こえてきた。誰かな。
「僕が出るね」
明日香や常盤さんだったら細心の注意を払わないと。
緊張しながら扉を開けると、そこには寝間着姿の鈴音さんが。彼女の姿を見てほっとする。
「突然来ちゃってごめんね、翼君」
「いえいえ。今日はもう勉強はしないつもりですし、今は咲希とゆっくりと話をしていたところです」
「咲希ちゃんがいるんだ。でも、咲希ちゃんならいいかな。実は美波ちゃんと明日香ちゃんのことで話したいと思って……」
「じゃあ、鈴音先輩は美波に相談されたんですか?」
気付けば、僕のすぐ側に咲希が立っていた。鈴音さんとの話し声が聞こえたからかな。
「う、うん……そうだけど。もしかして、咲希ちゃんはあたしと同じ用事で翼君の部屋に来たの?」
「ええ。美波に告白されて、その流れで喧嘩したことを明日香から相談されて。その内容については、翼が実際の模様をこっそりと見ていたようです」
「そうだったんだね。内容が内容だけに翼君に話していいか迷ったんだけど、翼君には話した方がいいと思ってここに来たの」
「ふふっ、あたしと全く同じですね、先輩」
見事なまでに咲希と重なっているな、鈴音さん。2人で示し合わせたと思えるくらいのシンクロぶり。
鈴音さんに相談するなんて意外だと思ったけれど、思い返せば、この旅行が始まってから常盤さんが鈴音さんと話す姿は何度も見ている。きっと、そんな中で鈴音さんなら相談しても大丈夫だと思えたのだろう。1歳だけだけど、年上の女性でもあるし。
鈴音さんを部屋の中に招き入れ、僕はベッドに、2人はベッドの側にある椅子に腰を掛けた。
「まさか、咲希ちゃんは明日香ちゃんに相談されていたなんて。それで、翼君に相談するなんて考えることはみんな同じなんだね」
「喧嘩の理由に翼が関わっているので、相談しようかどうか迷ったこともです」
「そうだね。……美波ちゃん、明日香ちゃんから告白したけどフラれて、そのショックで翼君のことを悪く言って、明日香ちゃんを怒らせちゃったって号泣してた。明日香ちゃんと会うのが恐いとも言っていて。これからどうすればいいのか分からないって……」
「そうなんですね。明日香の方は翼のことを色々と言われて、思わずカッとなって美波のことを許さないとか、大嫌いって言ってしまったことに落ち込んでいて。告白を振ったこともあってか、明日香も美波とどう接すればいいのか分からないみたい」
「なるほど……」
2人とも今の状況になってしまったことに傷心し悩んでいるのか。ただ、それを咲希や鈴音さんに相談できて良かった。特に常盤さん。
「2人は今、どうしていますか?」
「話した後、美波ちゃんは自分の部屋に戻ったよ。美波ちゃんの方から一緒にいたいと言われない限りは、1人にしておいた方がいいと思って。今夜はゆっくりと休んで、少しでも眠れば気分も良くなると思うよって言っておいた」
「明日香の方もそんな感じです。だから、ここに来ようかなって考えたんだ」
「……そっか」
今できることはゆっくりして気持ちを落ち着かせることくらい、か。
ただ、事の発端は僕。僕が動かない限りは、明日香と常盤さんの関係が元に戻ることはおそらくないだろう。
「咲希、鈴音さん。明日香や常盤さんのことを話してくれてありがとうございます。僕に何ができるのか考えてみたいと思います」
「うん。あと、鈴音先輩やあたしができることって何かあるかな……」
「とりあえずは2人のことを見守ろうよ、咲希ちゃん。それで、また相談されたときにはしっかりと話を聞こう。あと2日間旅行が続くし、2人が早く仲直りすることに越したことはないけれど」
「……そうですね」
「うん。あと、翼君も今日はゆっくりと過ごした方がいいと思う」
「……ええ」
鈴音さんは分かっているんだな。今回のことで僕も色々と考えてしまっていることを。もちろんそれは咲希も同じだろう。
「……咲希」
「うん?」
「……これまで何も言えなくてごめん。2人のことを考えているつもりでいたけど、常盤さんの言うように自分のことばかり考えていたんだと思う。咲希も明日香のように色々と思うところがあるんじゃないかなって思ってる。それでも、決断を出すまで時間がかかってしまうと思うんだ。本当にごめんなさい」
常盤さんの言葉で気付いたことはたくさんあって。咲希に謝ることが正しいのかどうかは分からない。でも、謝らずにはいられなかった。……また、自分のことばかり考えてしまっていたな。
「……確かに、早く答えを聞かせてほしいって思うことは何度もあるし、明日香が翼の家で泊まっている話を聞くと嫉妬だってするよ。明日香の方は翼のことをたくさん知っていて、分かり合えている部分が多いだろうし。だから、あたしも明日香のようになりたくて、なるべく翼と一緒にいるようにしているの。あたしなりに、翼と向き合って好きっていう気持ちを育んでる。明日香もきっと同じじゃないかな?」
「咲希……」
「翼のことが好き。そして、その気持ちを翼に伝えた。それは明日香も同じ。だから、あたしが恋人にならないかもしれないことは、そのときから覚悟できてる。いつまでも翼からの答えを待ち続ける気持ちはずっと変わってない。……翼はあたし達からの告白に絶対に決断してそれを伝えてくれるって」
優しい笑みを浮かべながら言う咲希の考えは以前から変わっていない。ブレない芯を持った強い女性だなと思う。
「咲希ちゃんの言うとおりだね。あたしの告白の返事はしっかりとできたんだし。あたしもフラれてショックだったけれど、元気になって今はこうして翼君と話してる。どんな決断をしても、咲希ちゃんや明日香ちゃんなら、きっとまた楽しく話せるときは来るって」
「鈴音先輩の言うとおりだよ、翼。あと、今の話を聞いて先輩がとても凄い人に思えてきました! 翼への恋の生き証人というか!」
「い、生き証人って。意味は間違っていないけど、翼君に告白してフラれたことが遠い昔のことのように思えてくるよ……」
生き証人って、大抵はかなり昔の重要な出来事に関わっていて、今も生きている人に使われるからな。
「これまで、翼君は自分本位に考えたかもしれない。ただ、それでも翼君にとって咲希ちゃんと明日香ちゃんは大切な人なんだと思う。あたしにはそう見えるよ。難しいだろうけど、今の状況を受けても焦らず、よく考えてあなたが納得する決断をしなさい。これは咲希ちゃんと明日香ちゃんだけじゃなくて、翼君のことでもあるんだから」
「……はい」
明日香と咲希は僕が好きであり、付き合いたいと決断して僕に伝えてくれたんだ。僕も気持ちを纏めて、決断して、2人に伝えないと。怖いけれど、伝えなきゃいけない。
「もう、結構遅い時間になっているし、あたしは部屋に戻るね」
「あたしも今日は自分の部屋に戻って、ゆっくりと休もうかな。翼も今日はゆっくりと休みなさい」
「……うん、分かった。2人とも、おやすみなさい」
「おやすみ、翼」
「おやすみなさい、翼君」
咲希と鈴音さんは静かに僕の部屋から出ていった。
部屋の時計を見てみると、もう午後11時をとっくに過ぎていた。咲希の言うとおり今日はもう寝ようかな。
それからすぐに僕はベッドに入って眠ろうとするけど、あのときの明日香や常盤さんの様子や、明日香と咲希が告白してくれたときのことを思い出してしまい、あまり眠ることができなかったのであった。
心臓の激しい鼓動がはっきりと聞こえてくるけど、その度に痛みが伴って。こんな感覚になるのは初めてだ。
「コーヒーでも淹れよう……」
そうすれば、少しは気持ちが落ち着くかもしれない。
温かいブラックコーヒーを淹れて一口飲んでみると……心なしか、いつもよりも苦味が強く感じられた。それでも好きな味なので、多少は気持ちが落ち着いた気がする。
「今、2人はどうしているのかな……」
たぶん、それぞれの部屋に戻って色々なことを考えているとは思うけれど。
「……一番考えるべきなのは僕だよな」
ただ、あのとき常盤さんが言ったように、決断することが怖いために自分のことを第一に考えてしまっていた。それがこの旅行までずっと続いているから、さっきのようなことが起こってしまったんだ。
「2人のことを第一にちゃんと考えないと。だって、2人は僕に自分の気持ちをしっかりと伝えたんだから」
その上、ずっと2人が待ってくれていており、それに僕は甘えている。常盤さんの言ったことは本当に当たっていると思う。
――プルルッ。
うん? スマートフォンが鳴っているな。明日香や常盤さんからの連絡だったら凄く緊張する。
確認してみると、咲希から新着メッセージが1件届いていた。
『今から翼の部屋に行ってもいい? あたし1人だけど』
部屋に行く許可をもらうためにメッセージを入れるなんて。勉強中だと思ってメッセージを送ってくれたのかな。昨日、酔っ払った先生が突然来たこともあってか、とても真面目な印象を受ける。
『いつでも来ていいよ。今日はもう勉強はしないつもりだから』
明日香と常盤さんのことを咲希に相談してみるのも手だけど、咲希と明日香のどちらか決断できていない僕のせいで喧嘩したから、微妙なところだ。
――コンコン。
ノック音が聞こえてきた。きっと咲希が来たんだろう。さすがに同じ別荘にいるだけあってすぐに来たか。
扉を開けると、そこには寝間着姿の咲希がいた。いつもの爽やかな笑みを浮かべているけど、目つきはいつも以上に真剣なことが分かった。
「さっそく来ちゃった。旅行中、夜に一度は翼の部屋に行きたいと思ってね。昨日は明日香の部屋で3年生女子3人で女子会していたから、今日来たよ」
「そうだったんだ。さっ、入って」
「うん。お邪魔します」
咲希は僕の部屋の中に入ってきた。部屋の中を見渡して、ベッドの横にある椅子に座った。
「今日はほぼ新月だからか、星空が綺麗に見えるよね。別荘の周りに民家やビルがあまりないからかもしれないけれど」
「……そうだね。さっき見たけど、たくさん星が見えたよ」
明日香と常盤さんのこともあってか、色々な意味で忘れられない星空になった。
「メッセージにも書いてあったけど、今夜は勉強せずにゆっくりするつもり?」
「うん、そうだよ。今日は勉強もたくさんしたし、午後に散歩をしたからかな。意外と疲れちゃって」
「そうだったんだ。翼と話したいことがあるんだけど大丈夫かな」
「うん、いいよ。紅茶とか淹れようか?」
「ううん、大丈夫だよ」
すると、咲希は一つ深呼吸をして、
「さっそく本題に入るけど、実は……明日香と美波のことについて話したくてここに来たんだ」
「……2人のことで?」
「うん。翼に話そうか迷ったけど、話した方がいいかなと思って。実はさっき、明日香があたしの部屋に来て、美波に告白されたことと、喧嘩しちゃったことを相談されたんだ」
真剣な表情で僕のことを見つめながらそう言った。このタイミングで咲希が1人で僕の部屋に来たから、何となく想像はしていたけど。
「……そっか。明日香は咲希に相談したんだね。常盤さんも誰かに話していていればいいけれど」
「その言い方だと、もしかして2人に何があったのか知っているの?」
「ああ。お風呂から出たとき、リビングから外へ出て行く2人の姿を見かけて。気付かれないようにこっそりとついて行ったら、明日香が常盤さんに告白されて、その後に喧嘩したっていう一部始終を見ちゃって」
「そういうことね……」
咲希のこの様子からして、明日香には僕がこっそりと見ていたことはバレていなかったようだ。
――コンコン。
再びノック音が聞こえてきた。誰かな。
「僕が出るね」
明日香や常盤さんだったら細心の注意を払わないと。
緊張しながら扉を開けると、そこには寝間着姿の鈴音さんが。彼女の姿を見てほっとする。
「突然来ちゃってごめんね、翼君」
「いえいえ。今日はもう勉強はしないつもりですし、今は咲希とゆっくりと話をしていたところです」
「咲希ちゃんがいるんだ。でも、咲希ちゃんならいいかな。実は美波ちゃんと明日香ちゃんのことで話したいと思って……」
「じゃあ、鈴音先輩は美波に相談されたんですか?」
気付けば、僕のすぐ側に咲希が立っていた。鈴音さんとの話し声が聞こえたからかな。
「う、うん……そうだけど。もしかして、咲希ちゃんはあたしと同じ用事で翼君の部屋に来たの?」
「ええ。美波に告白されて、その流れで喧嘩したことを明日香から相談されて。その内容については、翼が実際の模様をこっそりと見ていたようです」
「そうだったんだね。内容が内容だけに翼君に話していいか迷ったんだけど、翼君には話した方がいいと思ってここに来たの」
「ふふっ、あたしと全く同じですね、先輩」
見事なまでに咲希と重なっているな、鈴音さん。2人で示し合わせたと思えるくらいのシンクロぶり。
鈴音さんに相談するなんて意外だと思ったけれど、思い返せば、この旅行が始まってから常盤さんが鈴音さんと話す姿は何度も見ている。きっと、そんな中で鈴音さんなら相談しても大丈夫だと思えたのだろう。1歳だけだけど、年上の女性でもあるし。
鈴音さんを部屋の中に招き入れ、僕はベッドに、2人はベッドの側にある椅子に腰を掛けた。
「まさか、咲希ちゃんは明日香ちゃんに相談されていたなんて。それで、翼君に相談するなんて考えることはみんな同じなんだね」
「喧嘩の理由に翼が関わっているので、相談しようかどうか迷ったこともです」
「そうだね。……美波ちゃん、明日香ちゃんから告白したけどフラれて、そのショックで翼君のことを悪く言って、明日香ちゃんを怒らせちゃったって号泣してた。明日香ちゃんと会うのが恐いとも言っていて。これからどうすればいいのか分からないって……」
「そうなんですね。明日香の方は翼のことを色々と言われて、思わずカッとなって美波のことを許さないとか、大嫌いって言ってしまったことに落ち込んでいて。告白を振ったこともあってか、明日香も美波とどう接すればいいのか分からないみたい」
「なるほど……」
2人とも今の状況になってしまったことに傷心し悩んでいるのか。ただ、それを咲希や鈴音さんに相談できて良かった。特に常盤さん。
「2人は今、どうしていますか?」
「話した後、美波ちゃんは自分の部屋に戻ったよ。美波ちゃんの方から一緒にいたいと言われない限りは、1人にしておいた方がいいと思って。今夜はゆっくりと休んで、少しでも眠れば気分も良くなると思うよって言っておいた」
「明日香の方もそんな感じです。だから、ここに来ようかなって考えたんだ」
「……そっか」
今できることはゆっくりして気持ちを落ち着かせることくらい、か。
ただ、事の発端は僕。僕が動かない限りは、明日香と常盤さんの関係が元に戻ることはおそらくないだろう。
「咲希、鈴音さん。明日香や常盤さんのことを話してくれてありがとうございます。僕に何ができるのか考えてみたいと思います」
「うん。あと、鈴音先輩やあたしができることって何かあるかな……」
「とりあえずは2人のことを見守ろうよ、咲希ちゃん。それで、また相談されたときにはしっかりと話を聞こう。あと2日間旅行が続くし、2人が早く仲直りすることに越したことはないけれど」
「……そうですね」
「うん。あと、翼君も今日はゆっくりと過ごした方がいいと思う」
「……ええ」
鈴音さんは分かっているんだな。今回のことで僕も色々と考えてしまっていることを。もちろんそれは咲希も同じだろう。
「……咲希」
「うん?」
「……これまで何も言えなくてごめん。2人のことを考えているつもりでいたけど、常盤さんの言うように自分のことばかり考えていたんだと思う。咲希も明日香のように色々と思うところがあるんじゃないかなって思ってる。それでも、決断を出すまで時間がかかってしまうと思うんだ。本当にごめんなさい」
常盤さんの言葉で気付いたことはたくさんあって。咲希に謝ることが正しいのかどうかは分からない。でも、謝らずにはいられなかった。……また、自分のことばかり考えてしまっていたな。
「……確かに、早く答えを聞かせてほしいって思うことは何度もあるし、明日香が翼の家で泊まっている話を聞くと嫉妬だってするよ。明日香の方は翼のことをたくさん知っていて、分かり合えている部分が多いだろうし。だから、あたしも明日香のようになりたくて、なるべく翼と一緒にいるようにしているの。あたしなりに、翼と向き合って好きっていう気持ちを育んでる。明日香もきっと同じじゃないかな?」
「咲希……」
「翼のことが好き。そして、その気持ちを翼に伝えた。それは明日香も同じ。だから、あたしが恋人にならないかもしれないことは、そのときから覚悟できてる。いつまでも翼からの答えを待ち続ける気持ちはずっと変わってない。……翼はあたし達からの告白に絶対に決断してそれを伝えてくれるって」
優しい笑みを浮かべながら言う咲希の考えは以前から変わっていない。ブレない芯を持った強い女性だなと思う。
「咲希ちゃんの言うとおりだね。あたしの告白の返事はしっかりとできたんだし。あたしもフラれてショックだったけれど、元気になって今はこうして翼君と話してる。どんな決断をしても、咲希ちゃんや明日香ちゃんなら、きっとまた楽しく話せるときは来るって」
「鈴音先輩の言うとおりだよ、翼。あと、今の話を聞いて先輩がとても凄い人に思えてきました! 翼への恋の生き証人というか!」
「い、生き証人って。意味は間違っていないけど、翼君に告白してフラれたことが遠い昔のことのように思えてくるよ……」
生き証人って、大抵はかなり昔の重要な出来事に関わっていて、今も生きている人に使われるからな。
「これまで、翼君は自分本位に考えたかもしれない。ただ、それでも翼君にとって咲希ちゃんと明日香ちゃんは大切な人なんだと思う。あたしにはそう見えるよ。難しいだろうけど、今の状況を受けても焦らず、よく考えてあなたが納得する決断をしなさい。これは咲希ちゃんと明日香ちゃんだけじゃなくて、翼君のことでもあるんだから」
「……はい」
明日香と咲希は僕が好きであり、付き合いたいと決断して僕に伝えてくれたんだ。僕も気持ちを纏めて、決断して、2人に伝えないと。怖いけれど、伝えなきゃいけない。
「もう、結構遅い時間になっているし、あたしは部屋に戻るね」
「あたしも今日は自分の部屋に戻って、ゆっくりと休もうかな。翼も今日はゆっくりと休みなさい」
「……うん、分かった。2人とも、おやすみなさい」
「おやすみ、翼」
「おやすみなさい、翼君」
咲希と鈴音さんは静かに僕の部屋から出ていった。
部屋の時計を見てみると、もう午後11時をとっくに過ぎていた。咲希の言うとおり今日はもう寝ようかな。
それからすぐに僕はベッドに入って眠ろうとするけど、あのときの明日香や常盤さんの様子や、明日香と咲希が告白してくれたときのことを思い出してしまい、あまり眠ることができなかったのであった。
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