ラストグリーン

桜庭かなめ

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第68話『打上花火-中編-』

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 僕は明日香と一緒に、常盤家が貸し切っている高台へと向かい始める。
 人混みの中ではぐれてしまわないように、しっかりと明日香の手を握っておかないと。告白の返事ができなくなってしまう。

「つーちゃんが強く握ってくれるから、この人混みでもはぐれる心配ないね」
「……うん。絶対に離さないでね」
「もちろんだよ。むしろ、離したくないくらい」

 そう言う明日香はとても嬉しそうに笑っていた。それが何とも可愛らしくて。浴衣を着ているからか普段よりも可愛らしく思える。
 僕らは屋台のエリアから出る。ここまで来ると人もだいぶ減るし、例の高台もかなり近いので安心する。
 常盤さんと咲希はきっと、食べ物を買いつつもみんなに僕と明日香が2人で高台に向かったことを伝えたんだろうな。何度かスマートフォンが鳴っていたし。ただ、それは屋台から出るまでのことだったので明日香に気付かれる心配はなかった。

「そういえば、あの場所につーちゃんと2人きりで行くのって初めてだよね」
「確かに。一昨年や去年は常盤さんに羽村、芽依と5人でずっと一緒にいたもんね」
「だよね。5人でワイワイ話しながら行くのも良かったけど、つーちゃんとこうして2人きりで歩けるのは嬉しいな。この花火大会やお祭りで2人きりで歩くのって中学以来になるのかな」
「そうだね。僕らが中学のときは、この会場までは一緒に来て、芽依は友達と一緒に屋台を回っていたから」

 明日香のお兄さんは明日香や僕に気を遣ってくれてか、僕らが中学になったときくらいからは一緒に行かなくなったな。彼はインドア派で、自宅からも打上花火は見えるので行かない年もあったか。

「あっ、あそこに凛さんがいるよ」

 すると、高台への入り口のところに、メイド服風の浴衣を着た月影さんが立っていた。僕らに気付いたのか彼女はにっこりと笑って頭を下げる。

「こんばんは、蓮見様、明日香様」
「こんばんは、月影さん。今年もお世話になります」
「お世話になります、凛さん。他のみんなは後から来る予定になっています。みなみんとさっちゃんは屋台で食べ物を買ってくるそうです」
「ふふっ、そうですか。では、お嬢様達については到着次第、私がご案内しますからお二方は先に高台の方へ」
「分かりました」

 月影さんと目が合うと彼女はゆっくりと頷いた。
 僕と明日香は貸し切っている高台へと向かう。そこにはのんびりと花火が観賞できるよう、テーブルと人数分の椅子、ベンチが用意されていた。
 高台からは桜海川を一望できて、お祭り会場の屋台や提灯の明かりがまるで光のカーペットのように見える。

「ここで見るのは3回目だけど、お祭り会場が綺麗だよね、つーちゃん」
「そうだね。さっきまで人の多かったあそこにいたからか、静かな場所から見ることができるのが贅沢な気がするよ」
「うん!」

 今は僕ら以外誰もいないからな。
 ――プルルッ。
 すると、僕のスマートフォンが鳴り始める。断続的に鳴っているので、もしかしたらみんながメッセージをくれたのかな。
 スマートフォンを確認すると、予想通り、明日香以外のグループトークに僕に向けた大量のメッセージが送信されていた。

『いよいよだね、蓮見君。頑張って』
『蓮見、頑張れ。応援しているぞ』
『頑張って、お兄ちゃん!』
『芽依ちゃん達と見守っているよ、翼君』
『蓮見先輩と明日香先輩ならきっと大丈夫です!』
『みんな、頑張れって言っているけれど、明日香ちゃんからの告白の返事をするんでしょ? でも頑張れ、蓮見君』
『蓮見様と明日香様の様子を見守らせていただきます』

『翼。あたしのときのように、明日香の目をしっかりと見て言えば、きっと明日香にも想いは伝わるはずだから。頑張って』

 こんなに応援してくれる人がいるなんて。本当に有り難くて、嬉しい限りだ。
 咲希達はきっと僕と明日香のことを、ちょっと遠い場所から見守ってくれているのだろう。ここは常盤家が貸し切っているので、僕らの様子を見るためにカメラを仕込んであるかもしれない。
 よし、覚悟を決めて、決意したことを明日香に伝えよう。

「つーちゃん、スマートフォンが鳴っていたけれどどうしたの?」
「咲希からメッセージが来て、たくさん買ったから楽しみにしていてって」
「ふふっ、そっか」
「……明日香。話したいことがあるから、それを今話してもいいかな。2人きりだし」
「うん、いいよ」

 僕と明日香は近くにあるベンチに隣り合う形で座る。
 ついに告白するときがやってきたので、とても緊張する。彼女の目を見るとより緊張してしまって。一度、大きく深呼吸して少しでも気持ちを整える。

「最近は大切なことを色々と考えていて。そのうちの1つが明日香にも前に話した進路のことで」
「水曜日の夜だっけ。電話を掛けたとき、急に迷い始めたって言っていたよね」
「うん。……そのきっかけは、明日香が旅行中に花火をしているときに、僕に美術大学に行くことに決めたって言ったことだったんだ。もちろん、明日香が悪いわけじゃない。むしろ、明日香はしっかりと考えた上で進路を決めて凄いなって思った。それは咲希達にも言えることだよ。でも、僕は明日香のその決断を聞いて急に未来が見えなくなったんだ。これまで、僕は……僕自身のことをしっかりと考えてなくて。ここまで来ることができたのは、明日香がいたからだって気付いたんだ」

 そして、明日香がいる道へずっと歩いていたんだ。明日香のことばかり見ながら。
 すると、明日香は優しい笑みを浮かべて、

「……そっか。思えば、幼稚園から今年までずーっと同じクラスだもんね。中学からは部活を始めたけれど、つーちゃんがいつもいることが当たり前になっていたよ。美術大学に行くって決めたとき、みなみんとは一緒だけれど、つーちゃんとは離れるだろうから寂しいな……って思った。はるちゃんも、羽村君が東京の大学に進学したいって知ったときに同じような気持ちだったのかなって」
「……そうかもしれない。僕も明日香の話を聞いて寂しく思った。でも、ここでよく考えて、僕が本当に行きたい道を選ばないといけないって思ったんだ。それで、昨日の夜にようやく決意したんだ。僕は……東京の大学で情報科学のことについて学ぼうって。平たく言えば、コンピュータのことや、それに関連する理論や技術についてかな。理系の学部だから受験は大変になる。それについて学べる大学は桜海の近くにはないから、東京にある大学に受験しようって決めたんだ」

 昨日、羽村と一緒に作ったゲーム『茜色の告白』をプレイして、バグを修正したことを経て決意したことはそれだ。

「……そっか。理系だけど、2年生までは羽村君と一緒にゲームを作っていたから、つーちゃんらしい感じはする。楽しそうだったもんね」
「うん。それまで迷っていたけれど、昨日の夜、気分転換で久しぶりに『茜色の告白』をやってね。それが進路を決めるきっかけを作ってくれたんだ」
「へえ、そうなんだ。『茜色の告白』って、卒業式の日の夕方に、教室や体育館裏とかで告白するゲームだよね。あれ、凄く面白かったし、つーちゃんが作った絵とか音楽が素敵だったな……」
「……作った当時の楽しさや、ゲームを楽しそうにやっていた明日香達のことを思い出して。将来、自分の創ったゲームとかで、あのときの明日香達のように楽しませたいって思って。そのために大学では情報系の勉強をしたいって決意したんだよ。そう思えたのは明日香達のおかげだって思っているよ」
「そう言われると何だか照れちゃうな。でも、つーちゃんの役に立てたみたいでとても嬉しいよ」

 明日香は僕のすぐ隣ではにかんだ笑みを見せてくれる。本当にこれまでに何度、明日香の笑みを見てきて心が温かくなっただろうか。これからもずっとその笑みをすぐ側で見ていたい。そのこともしっかりと伝えないと。

「あと、明日香が進路のことを話してくれたとき、もう一つ分かったことがあるんだ」
「うん」
「……僕が一番好きなのは明日香だってことだよ」
「じゃ、じゃあ……」

 さすがの明日香も、今の僕の言葉でこれから言われることを想像できたのか顔を赤らめていく。近くにある街灯の明かりだけでもそれははっきりと分かった。
 僕は明日香の手をぎゅっと掴み、彼女のことを再度見つめて、

「明日香と咲希から告白を受けたけど、それについて決断しました。……僕は明日香のことが好きです。僕と恋人として付き合ってくれませんか」
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