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第79話『茜色の告白』
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卒業式が終わり体育館を出たとき、羽村と常盤さんから卒業アルバムを教室へ持って行くのを手伝ってほしいと頼まれた。なので、僕は明日香や咲希も一緒に職員室へ卒業アルバムを取りに行くことに。
「すまないな、蓮見、朝霧、有村。最後の最後まで頼み事を聞いてもらって」
「気にしないでいいよ。それに、今日で最後なんだし。今日のことがより思い出深くなりそうだ」
「つーちゃんの言う通りだね。あと、5人で一緒にいると何だか安心できるよね。きっと、何年経ってもこの5人が集まったら、高校生のときのことばかり話しそう」
「そうかもね。転校があったからか、あたしは天羽女子と桜海の2つの学校で思い出ができたよ。天羽女子を離れるときは寂しかったけど、こうして卒業まで来ると人よりも得したのかなって思えるよ」
「寂しいってことは、それだけ天羽女子での生活が楽しかったからじゃないかな。その寂しさを乗り越えたさっちゃんへのご褒美だと思うよ」
「……両手が塞がっていなければ、今ごろ明日香のことを抱きしめて頬にキスしてたところだよ」
「よし! 俺が有村の分も持つから、是非、今の言葉を実現させてくれ!」
「いやいや、いいって。それに、そんなことをしたら、興奮して卒業アルバムが血まみれになりそうだし」
「あははっ! 羽村君は卒業まで相変わらずだなぁ。ただ、我が道を貫こうとするその姿勢は見習うべきかもしれないね。あと、明日香の言うように、この5人が集まったら高校での3年間のことで話が盛り上がりそうね」
最後の最後まで普段とさほど変わらないな。ただ、それがこの3年1組で、特に一緒に過ごしてきた5人の空気感であり、大好きなんだ。きっと、これからも5人で話せる機会は何度もあるだろうけど、いつでもできなくなるのはとても寂しく思う。
やっと、僕は今日で桜海高校を卒業するんだなと実感したところで、3年1組の教室に戻る。クラスメイトに卒業アルバムを配布する。
「蓮見。重ね重ねすまないけど、この最後のページに綾香ちゃんを描いてくれないか?」
「……羽村は何か描いてほしいって言ってくると思ったけど、やっぱり綾香ちゃんだよな。分かった。親友であることと卒業記念ってことでタダで描こう」
僕は羽村の卒業アルバムの最後のページに、彼が人生で一番の推しキャラと豪語する綾香ちゃんの絵を素早く丁寧に描く。そして、『宗久君、卒業おめでとう!』とセリフを描き、僕からのメッセージも添えて羽村に渡した。
「はい、こんな感じでいいかな」
「おお、これはいい! 最高だ! あのポスター以上にいい! 本当にありがとう、蓮見。これは一生の宝にするぞ」
羽村は僕の描いた綾香ちゃんをスマートフォンで撮影した。その嬉しそうな様子を見せてくれるだけで、この綾香ちゃんを描いた対価は十分に得た気がする。
「……あっ、そうだ、羽村も僕のアルバムに何か書いてくれよ」
「もちろんいいぞ」
「あたしも翼のアルバムにメッセージ書く!」
「私もつーちゃんに書きたい!」
「あたしも書きたいな。じゃあ、みんなのアルバムにメッセージを書いていこっか」
常盤さんのそんな提案により、僕は明日香、咲希、常盤さんの卒業アルバムにメッセージを書いていく。その流れで他の友人ともアルバムにメッセージを書き合った。
「みんな、卒業式お疲れ様。おおっ、さっそくみんな卒業アルバムにメッセージを書き合っているね。もし、先生に書いてほしかったら、後でアルバムを持ってきてね。とりあえず、まずは席に着いて。最後のホームルームを始めます」
松雪先生による高校最後のホームルームが始まった。さすがに今朝よりもしんみりとした雰囲気に包まれている。そんな中、常盤さんは緊張しい様子を見せていた。
「みなさん、卒業おめでとうございます。大学や専門学校に進学する人。就職する人。進路を決めるために引き続き頑張っていく人。これからも桜海で過ごす人。桜海から離れる人。うちのクラスだけでも色々な人がいます。ただ、みんなが桜海高校で過ごしてきたことは同じです。桜海高校を卒業できたのですから、どのような道でもしっかりと歩き、切り開くことのできる力を持っていることは桜海高校が保証します。ただ、時には迷ってしまうこともあるでしょう。そのときは、家族や友達、先輩後輩……もちろん私でもかまわないので、いつでも相談してきてください。故郷であるこの桜海に帰ってくるのもありだと思います。みんなが幸せで楽しい未来を歩んでいくことを先生は願い、応援しています」
すると、松雪先生は卒業式のときも見せなかった涙を初めて浮かべる。
「みなさんが……3年通して、初めて担任としても関わりを持ってきた学年です。この3年1組の中には、3年間ずっと私が担任だった生徒もいます。ですから、一生忘れることのない初めての生徒達になりそうです。色々なことがありましたが、次々と思い出すのは楽しいことばかりです。……だからこそ寂しい。先生はいつか異動で桜海高校から離れることになると思いますが、この先もずっと桜海市に住んでいると思います。いつか、桜海に帰ってきたときは先生のことを思い出してくれたり、会いに来てくれたりすると嬉しいな。本当に……卒業おめでとう。これで、最後のホームルームを終わります」
「里奈先生!」
常盤さんは大きな声で先生の名前を呼ぶと、ゆっくりと椅子から立ち上がって、机の中から1枚の色紙を取り出した。そんな彼女のことを見て驚いたのか、松雪先生の涙も止まる。
「3年間ずっと担任だった生徒は全員じゃないですけど、現代文や古典は3年間、全員が先生から教わりました。お世話になりました。ささやかなものですが、クラス全員から里奈先生への感謝の気持ちを色紙にまとめました」
「えっ……えっ……?」
「里奈先生、本当にありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
そして、拍手の中、松雪先生は常盤さんからクラス全員からのメッセージが書かれた色紙を常盤さんから受け取った。すると、先生は嬉しそうな笑顔を見せながらも3年間の中で最も号泣し、
「こちらこそ……本当にありがとう」
そうお礼を言って、僕らに深く頭を下げた。どうやら、先生へのサプライズは成功したみたいだな。年明けから羽村や常盤さんからこの話は聞いていて、先生に気付かれないよう登校日などにクラス全員からメッセージを書いてもらったのだ。
松雪先生に色紙を送り、これで本当に高校最後のホームルームは終わったのであった。
その後はクラスメイトや松雪先生、芽依や三宅さん、生徒会メンバー、美術部のみんなと写真を撮ったり、アルバムにメッセージを書いてもらったりした。
学校を後にして、明日香、咲希、羽村、常盤さん、芽依の6人で、シー・ブロッサムで昼食を食べ、夕方くらいまでずっと色々なことを話した。僕らが来店したときには鈴音さんがシフトに入っていたけれど、途中からバイト上がりで鈴音さんも談笑に参加した。
午後5時。
シー・ブロッサムを後にした僕らは羽村と常盤さん、鈴音さんと別れ、明日香と咲希、芽依の4人で家に向かって歩いていた。すると、
「あっ! 私、教室に忘れ物してきちゃった……」
明日香はまずいなぁ、という苦笑いを浮かべながらそう言った。
「つーちゃん、一緒に教室までついてきてもらってもいいかな……」
「うん、いいよ」
「じゃあ、あたしは芽依ちゃんと一緒に家に帰るね」
「分かった」
明日香と手を繋いで、僕らは学校に向かって歩き始める。当然、登校するときやお昼に下校するときと比べ、人通りはかなり少なかった。
「今日のうちに気付いて良かったね」
「う、うん。そうだね。でも、こうして2人きりで学校に向かって一緒に歩くことができて嬉しいな」
「そうだね」
まさか、それがしたくてわざと忘れ物をしたってことは……あるのかな。もしそうだとしても何も言わないでおこう。
桜海高校に到着し、静まり返った校舎の中を歩いて3年1組の教室に戻る。僕は扉の近くで明日香のことを待つことに。
さすがに卒業式当日だけあってか、黒板にはまだ卒業祝いの絵が残っていた。教室の中は机や椅子、教卓などの学校の備品以外はもう何もない。黒板の絵のおかげで、まだ余韻が残っているけど、僕らがこの教室にいたという事実が既に過去のことになりつつあるのだと思った。
明日香は自分の席のところに立つけれど、机の中を覗こうとはしない。
「ねえ、つーちゃん。こっち来てよ」
微笑みながら明日香が手招きをするので、僕は彼女のすぐ側まで行く。
すると、明日香は僕と向かい合うようにして立ち、彼女らしい優しげな笑みを浮かべて僕のことを見つめてくる。
「ごめんね、つーちゃん。忘れ物をしたっていうのは嘘なんだ。……あのときからずっと、今日……卒業式の日のことを楽しみにしていたんだよ」
「あのときから?」
「うん。1年生のときだったかな。つーちゃんと羽村君が作った『茜色の告白』。あれを遊んだとき、卒業式の日に私も気持ちを伝えたいって心に決めていたんだ。今日がいい天気で良かった」
「そういうことだったんだね」
『茜色の告白』はどのヒロインを選んでも、卒業式の日の夕方に告白する流れになっている。今日も羽村と話しているときに、このゲームのことは思い出していたけど、まさか明日香がその影響を受けて想いを伝えたいと考えていたなんて。想像もしなかった。
すると、明日香は僕の手をそっと掴む。
「つーちゃん、これまで本当にありがとう。さっちゃんやみなみん達のおかげでもあるけど、つーちゃんがずっと側にいてくれたから、今日までとても楽しくて、素敵で、輝いた時間を送ることができたって思っているよ」
「幼稚園からずっと同じクラスだもんね。僕もみんなのおかげで……何よりも明日香のおかげで、楽しみながら今日まで来ることができたんだと思っているよ」
「うん。これまでずっと過ごしてきて、つーちゃんと恋人として付き合うようになって。この場で改めて言わせてください。つーちゃん、これまでも好きです。そして、これからも……ずっとずっと大好きです。違う大学に進学することが決まったけど、来月からは一緒に生活することも決まって嬉しい。でも、大学の4年間だけじゃなくて、つーちゃんとはいつでも……いつまでもずっと一緒にいたいです。つーちゃんのことを愛しています。だから、いつかは私と結婚してくれませんか」
明日香は彼女らしい柔らかい笑みを浮かべながらそう言ってくれた。多分、もう恋人として付き合っているからこそ、言いたかった言葉なんだと思う。
これまでも明日香は僕とずっと一緒にいた。それは幼なじみだから当たり前みたいな側面もあっただろう。
でも、これからは大好きな気持ちをベースに一緒にいたいからこそ、結婚という言葉を使って僕に想いを伝えようと考えたのだと思う。
そんな明日香の……プロポーズだよな、考えてみれば。明日香の想いに対する返事は、
「僕も明日香のことが大好きだよ。愛しているよ。だから、ずっと……ずっと一緒にいよう。いつかは絶対に結婚しようね。約束だよ、明日香」
「……うん!」
僕は明日香のことをぎゅっと抱きしめ、キスを交わした。
明日香のことを幸せにしよう。明日香と一緒に幸せになろう。何もかもが愛おしい明日香と一緒にいつまでも。
「せーの!」
『大成功!』
「うわあっ! ビックリした!」
廊下の方から咲希の声が聞こえたかと思ったら、彼女のみならず、常盤さん、羽村、三宅さん、芽依、鈴音さん、松雪先生、月影さんがそう言って教室の中に入ってきた。
「みんなが第一志望の大学に合格したって分かった直後かな。明日香から卒業式の後、夕方の教室で翼に想いを伝えたいって言ってきてね」
「そう考えたきっかけが、蓮見と俺で作った『茜色の告白』であることも話してくれてさ。それで、松雪先生に協力してもらって、誰の忘れ物もないことも確認してもらって、教室の鍵を開けておいてもらっていたんだ」
「実際に忘れ物はなかったからね。元々、教室の鍵は私が掛けることになっていたから、そこは楽だったよ」
「それまでは蓮見君には内緒にしておいてね。でも、明日香が想いを伝える場面を見たいから、みんなでこっそりと扉から覗いてた」
僕の知らないところで、いつの間にそんな話が進んでいたのか。
「全然気付かなかったよ。……明日香達のおかげで忘れられない一日になりました」
「そうだね、つーちゃん」
「本当に良かったね、翼、明日香。じゃあ、いつかは結婚するって約束もしたんだし……改めて、2人にはキスしてもらおうかな。それを見れば、あのことにも花丸を付けられるような気がするから」
咲希はどこか儚げな笑みを浮かべていた。
「何だか蓮見や朝霧のことを見ていたら、俺も陽乃とキスしたくなってきた。俺も『茜色の告白』の告白シーンには憧れていたからな……」
卒業式の日の夕方に告白、というアイデアは羽村が考えたからな。もしかしたら、明日香以上の憧れを抱いているのかもしれない。
「じゃあ、私達もキスしましょうか、宗久会長。4月から1年間は離ればなれですけど、いつかは会長と同棲してずっと一緒にいたいですからね」
「ああ、お願いするよ。大好きだ、陽乃」
「み、みなさんの前で言われると恥ずかしいものがありますね。私だって好きですよ!」
羽村と三宅さんはさっそくキスしていた。あのときと比べて、2人のキスを見ているとドキドキしてくるかな。
「……僕らもしよっか、明日香」
「そうだね。じゃあ、今度は私から。……好きだよ」
「うん、僕も明日香のことが大好きだよ」
明日香の方からキスしてきた。彼女とキスしていると、愛おしい気持ちは膨らんでいくばかり。きっと、この想いの大きさや強さには限界はないだろうな。
明日香のおかげで寂しさよりも、愛おしさや楽しさの方が強く印象づけられた卒業式の日となったのであった。
「すまないな、蓮見、朝霧、有村。最後の最後まで頼み事を聞いてもらって」
「気にしないでいいよ。それに、今日で最後なんだし。今日のことがより思い出深くなりそうだ」
「つーちゃんの言う通りだね。あと、5人で一緒にいると何だか安心できるよね。きっと、何年経ってもこの5人が集まったら、高校生のときのことばかり話しそう」
「そうかもね。転校があったからか、あたしは天羽女子と桜海の2つの学校で思い出ができたよ。天羽女子を離れるときは寂しかったけど、こうして卒業まで来ると人よりも得したのかなって思えるよ」
「寂しいってことは、それだけ天羽女子での生活が楽しかったからじゃないかな。その寂しさを乗り越えたさっちゃんへのご褒美だと思うよ」
「……両手が塞がっていなければ、今ごろ明日香のことを抱きしめて頬にキスしてたところだよ」
「よし! 俺が有村の分も持つから、是非、今の言葉を実現させてくれ!」
「いやいや、いいって。それに、そんなことをしたら、興奮して卒業アルバムが血まみれになりそうだし」
「あははっ! 羽村君は卒業まで相変わらずだなぁ。ただ、我が道を貫こうとするその姿勢は見習うべきかもしれないね。あと、明日香の言うように、この5人が集まったら高校での3年間のことで話が盛り上がりそうね」
最後の最後まで普段とさほど変わらないな。ただ、それがこの3年1組で、特に一緒に過ごしてきた5人の空気感であり、大好きなんだ。きっと、これからも5人で話せる機会は何度もあるだろうけど、いつでもできなくなるのはとても寂しく思う。
やっと、僕は今日で桜海高校を卒業するんだなと実感したところで、3年1組の教室に戻る。クラスメイトに卒業アルバムを配布する。
「蓮見。重ね重ねすまないけど、この最後のページに綾香ちゃんを描いてくれないか?」
「……羽村は何か描いてほしいって言ってくると思ったけど、やっぱり綾香ちゃんだよな。分かった。親友であることと卒業記念ってことでタダで描こう」
僕は羽村の卒業アルバムの最後のページに、彼が人生で一番の推しキャラと豪語する綾香ちゃんの絵を素早く丁寧に描く。そして、『宗久君、卒業おめでとう!』とセリフを描き、僕からのメッセージも添えて羽村に渡した。
「はい、こんな感じでいいかな」
「おお、これはいい! 最高だ! あのポスター以上にいい! 本当にありがとう、蓮見。これは一生の宝にするぞ」
羽村は僕の描いた綾香ちゃんをスマートフォンで撮影した。その嬉しそうな様子を見せてくれるだけで、この綾香ちゃんを描いた対価は十分に得た気がする。
「……あっ、そうだ、羽村も僕のアルバムに何か書いてくれよ」
「もちろんいいぞ」
「あたしも翼のアルバムにメッセージ書く!」
「私もつーちゃんに書きたい!」
「あたしも書きたいな。じゃあ、みんなのアルバムにメッセージを書いていこっか」
常盤さんのそんな提案により、僕は明日香、咲希、常盤さんの卒業アルバムにメッセージを書いていく。その流れで他の友人ともアルバムにメッセージを書き合った。
「みんな、卒業式お疲れ様。おおっ、さっそくみんな卒業アルバムにメッセージを書き合っているね。もし、先生に書いてほしかったら、後でアルバムを持ってきてね。とりあえず、まずは席に着いて。最後のホームルームを始めます」
松雪先生による高校最後のホームルームが始まった。さすがに今朝よりもしんみりとした雰囲気に包まれている。そんな中、常盤さんは緊張しい様子を見せていた。
「みなさん、卒業おめでとうございます。大学や専門学校に進学する人。就職する人。進路を決めるために引き続き頑張っていく人。これからも桜海で過ごす人。桜海から離れる人。うちのクラスだけでも色々な人がいます。ただ、みんなが桜海高校で過ごしてきたことは同じです。桜海高校を卒業できたのですから、どのような道でもしっかりと歩き、切り開くことのできる力を持っていることは桜海高校が保証します。ただ、時には迷ってしまうこともあるでしょう。そのときは、家族や友達、先輩後輩……もちろん私でもかまわないので、いつでも相談してきてください。故郷であるこの桜海に帰ってくるのもありだと思います。みんなが幸せで楽しい未来を歩んでいくことを先生は願い、応援しています」
すると、松雪先生は卒業式のときも見せなかった涙を初めて浮かべる。
「みなさんが……3年通して、初めて担任としても関わりを持ってきた学年です。この3年1組の中には、3年間ずっと私が担任だった生徒もいます。ですから、一生忘れることのない初めての生徒達になりそうです。色々なことがありましたが、次々と思い出すのは楽しいことばかりです。……だからこそ寂しい。先生はいつか異動で桜海高校から離れることになると思いますが、この先もずっと桜海市に住んでいると思います。いつか、桜海に帰ってきたときは先生のことを思い出してくれたり、会いに来てくれたりすると嬉しいな。本当に……卒業おめでとう。これで、最後のホームルームを終わります」
「里奈先生!」
常盤さんは大きな声で先生の名前を呼ぶと、ゆっくりと椅子から立ち上がって、机の中から1枚の色紙を取り出した。そんな彼女のことを見て驚いたのか、松雪先生の涙も止まる。
「3年間ずっと担任だった生徒は全員じゃないですけど、現代文や古典は3年間、全員が先生から教わりました。お世話になりました。ささやかなものですが、クラス全員から里奈先生への感謝の気持ちを色紙にまとめました」
「えっ……えっ……?」
「里奈先生、本当にありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
そして、拍手の中、松雪先生は常盤さんからクラス全員からのメッセージが書かれた色紙を常盤さんから受け取った。すると、先生は嬉しそうな笑顔を見せながらも3年間の中で最も号泣し、
「こちらこそ……本当にありがとう」
そうお礼を言って、僕らに深く頭を下げた。どうやら、先生へのサプライズは成功したみたいだな。年明けから羽村や常盤さんからこの話は聞いていて、先生に気付かれないよう登校日などにクラス全員からメッセージを書いてもらったのだ。
松雪先生に色紙を送り、これで本当に高校最後のホームルームは終わったのであった。
その後はクラスメイトや松雪先生、芽依や三宅さん、生徒会メンバー、美術部のみんなと写真を撮ったり、アルバムにメッセージを書いてもらったりした。
学校を後にして、明日香、咲希、羽村、常盤さん、芽依の6人で、シー・ブロッサムで昼食を食べ、夕方くらいまでずっと色々なことを話した。僕らが来店したときには鈴音さんがシフトに入っていたけれど、途中からバイト上がりで鈴音さんも談笑に参加した。
午後5時。
シー・ブロッサムを後にした僕らは羽村と常盤さん、鈴音さんと別れ、明日香と咲希、芽依の4人で家に向かって歩いていた。すると、
「あっ! 私、教室に忘れ物してきちゃった……」
明日香はまずいなぁ、という苦笑いを浮かべながらそう言った。
「つーちゃん、一緒に教室までついてきてもらってもいいかな……」
「うん、いいよ」
「じゃあ、あたしは芽依ちゃんと一緒に家に帰るね」
「分かった」
明日香と手を繋いで、僕らは学校に向かって歩き始める。当然、登校するときやお昼に下校するときと比べ、人通りはかなり少なかった。
「今日のうちに気付いて良かったね」
「う、うん。そうだね。でも、こうして2人きりで学校に向かって一緒に歩くことができて嬉しいな」
「そうだね」
まさか、それがしたくてわざと忘れ物をしたってことは……あるのかな。もしそうだとしても何も言わないでおこう。
桜海高校に到着し、静まり返った校舎の中を歩いて3年1組の教室に戻る。僕は扉の近くで明日香のことを待つことに。
さすがに卒業式当日だけあってか、黒板にはまだ卒業祝いの絵が残っていた。教室の中は机や椅子、教卓などの学校の備品以外はもう何もない。黒板の絵のおかげで、まだ余韻が残っているけど、僕らがこの教室にいたという事実が既に過去のことになりつつあるのだと思った。
明日香は自分の席のところに立つけれど、机の中を覗こうとはしない。
「ねえ、つーちゃん。こっち来てよ」
微笑みながら明日香が手招きをするので、僕は彼女のすぐ側まで行く。
すると、明日香は僕と向かい合うようにして立ち、彼女らしい優しげな笑みを浮かべて僕のことを見つめてくる。
「ごめんね、つーちゃん。忘れ物をしたっていうのは嘘なんだ。……あのときからずっと、今日……卒業式の日のことを楽しみにしていたんだよ」
「あのときから?」
「うん。1年生のときだったかな。つーちゃんと羽村君が作った『茜色の告白』。あれを遊んだとき、卒業式の日に私も気持ちを伝えたいって心に決めていたんだ。今日がいい天気で良かった」
「そういうことだったんだね」
『茜色の告白』はどのヒロインを選んでも、卒業式の日の夕方に告白する流れになっている。今日も羽村と話しているときに、このゲームのことは思い出していたけど、まさか明日香がその影響を受けて想いを伝えたいと考えていたなんて。想像もしなかった。
すると、明日香は僕の手をそっと掴む。
「つーちゃん、これまで本当にありがとう。さっちゃんやみなみん達のおかげでもあるけど、つーちゃんがずっと側にいてくれたから、今日までとても楽しくて、素敵で、輝いた時間を送ることができたって思っているよ」
「幼稚園からずっと同じクラスだもんね。僕もみんなのおかげで……何よりも明日香のおかげで、楽しみながら今日まで来ることができたんだと思っているよ」
「うん。これまでずっと過ごしてきて、つーちゃんと恋人として付き合うようになって。この場で改めて言わせてください。つーちゃん、これまでも好きです。そして、これからも……ずっとずっと大好きです。違う大学に進学することが決まったけど、来月からは一緒に生活することも決まって嬉しい。でも、大学の4年間だけじゃなくて、つーちゃんとはいつでも……いつまでもずっと一緒にいたいです。つーちゃんのことを愛しています。だから、いつかは私と結婚してくれませんか」
明日香は彼女らしい柔らかい笑みを浮かべながらそう言ってくれた。多分、もう恋人として付き合っているからこそ、言いたかった言葉なんだと思う。
これまでも明日香は僕とずっと一緒にいた。それは幼なじみだから当たり前みたいな側面もあっただろう。
でも、これからは大好きな気持ちをベースに一緒にいたいからこそ、結婚という言葉を使って僕に想いを伝えようと考えたのだと思う。
そんな明日香の……プロポーズだよな、考えてみれば。明日香の想いに対する返事は、
「僕も明日香のことが大好きだよ。愛しているよ。だから、ずっと……ずっと一緒にいよう。いつかは絶対に結婚しようね。約束だよ、明日香」
「……うん!」
僕は明日香のことをぎゅっと抱きしめ、キスを交わした。
明日香のことを幸せにしよう。明日香と一緒に幸せになろう。何もかもが愛おしい明日香と一緒にいつまでも。
「せーの!」
『大成功!』
「うわあっ! ビックリした!」
廊下の方から咲希の声が聞こえたかと思ったら、彼女のみならず、常盤さん、羽村、三宅さん、芽依、鈴音さん、松雪先生、月影さんがそう言って教室の中に入ってきた。
「みんなが第一志望の大学に合格したって分かった直後かな。明日香から卒業式の後、夕方の教室で翼に想いを伝えたいって言ってきてね」
「そう考えたきっかけが、蓮見と俺で作った『茜色の告白』であることも話してくれてさ。それで、松雪先生に協力してもらって、誰の忘れ物もないことも確認してもらって、教室の鍵を開けておいてもらっていたんだ」
「実際に忘れ物はなかったからね。元々、教室の鍵は私が掛けることになっていたから、そこは楽だったよ」
「それまでは蓮見君には内緒にしておいてね。でも、明日香が想いを伝える場面を見たいから、みんなでこっそりと扉から覗いてた」
僕の知らないところで、いつの間にそんな話が進んでいたのか。
「全然気付かなかったよ。……明日香達のおかげで忘れられない一日になりました」
「そうだね、つーちゃん」
「本当に良かったね、翼、明日香。じゃあ、いつかは結婚するって約束もしたんだし……改めて、2人にはキスしてもらおうかな。それを見れば、あのことにも花丸を付けられるような気がするから」
咲希はどこか儚げな笑みを浮かべていた。
「何だか蓮見や朝霧のことを見ていたら、俺も陽乃とキスしたくなってきた。俺も『茜色の告白』の告白シーンには憧れていたからな……」
卒業式の日の夕方に告白、というアイデアは羽村が考えたからな。もしかしたら、明日香以上の憧れを抱いているのかもしれない。
「じゃあ、私達もキスしましょうか、宗久会長。4月から1年間は離ればなれですけど、いつかは会長と同棲してずっと一緒にいたいですからね」
「ああ、お願いするよ。大好きだ、陽乃」
「み、みなさんの前で言われると恥ずかしいものがありますね。私だって好きですよ!」
羽村と三宅さんはさっそくキスしていた。あのときと比べて、2人のキスを見ているとドキドキしてくるかな。
「……僕らもしよっか、明日香」
「そうだね。じゃあ、今度は私から。……好きだよ」
「うん、僕も明日香のことが大好きだよ」
明日香の方からキスしてきた。彼女とキスしていると、愛おしい気持ちは膨らんでいくばかり。きっと、この想いの大きさや強さには限界はないだろうな。
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