ラストグリーン

桜庭かなめ

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第80話『花は桜 君も美し』

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 卒業式が終わってからは、4月から東京で明日香と同棲をするための準備に追われた。といっても、理由が理由なので大変だとは全く思わなかった。
 また、引越し当日は月影さんが率いる常盤家専属の精鋭スタッフが、常盤さんだけではなく、僕と明日香、羽村の引越しについて全力でサポートしてくれるとのこと。有り難い限りだ。
 ちなみに、物件については、合格が決まってすぐに明日香や常盤さんと一緒に相談しながら探していった。その結果、運良くお互いの大学から徒歩圏内にある1LDKの部屋を見つけることができた。その部屋があるマンションは大きく、1DKの部屋も空きがあったのでそこに常盤さんが引っ越すことに。
 こうして、新生活の準備は着々と進んでいき、桜海から離れる日はすぐ目の前に迫っていたのであった。


 3月27日、水曜日。
 運良く早めに桜が開花したこともあり、今日は明日香や咲希、常盤さん、羽村、芽依、三宅さん、鈴音さん、松雪先生、月影さんで、桜海川沿いの桜並木の下でお花見をすることになったのだ。
 今日は一日晴れの予報で、降水確率は終日0%。風も穏やかなので、絶好の花見日和と言えそうだ。今は春休み中ということもあってか、お昼過ぎの今の時間から多くの人で賑わっている。

「早めに咲いて良かったよね、つーちゃん」
「うん。東京に行く前に桜海川の桜を見ることができて嬉しいよ」
「あたしもだよ。運がいいな。こうしていると、11年前の春を思い出すよ。あの年も開花が早くて、あたしが東京に行く前にお花見ができたんだよね」
「そうだったね。まさか、11年ぶりにさっちゃんとお花見できるとも思わなかったし、それがつーちゃんと私が東京に行く直前なのも想像できなかったよ。忘れられないお花見になりそう」

 咲希や明日香にそう言われると運命的なものを感じる。僕らの巡り合わせもそうだけど、桜が早めに開花しなければ、3月中に満開に近い桜を見ることもできない。それも自然のことなので、毎年変化するわけだし。咲希の言うように運が良かったとしか。

「朝霧の言う通りだな。俺にとっても忘れられないお花見になりそうだ。あと、一昨年や去年は6人で花見をしていたけど、やっぱり人数の多い方が楽しいな。陽乃もいるし。今年も桜海で綺麗な桜を見ることができて、本当に運がいいと思う」
「そうだな、羽村」

 咲希、三宅さん、鈴音さん、松雪先生だからこそだと思うけど、羽村の言うように一昨年や去年より今年の方が楽しいかな。

「宗久会長、玉子焼きを作ってきたので食べてくれませんか?」
「おっ、それは是非ともいただきたいな。玉子焼きは大好きだぞ」
「それなら尚のこと食べてほしいです。あ、あ~ん」
「あ~ん。……うん、これは美味いな!」
「良かった。会長に喜んでいただけて嬉しいです」

 羽村と三宅さん、とても嬉しそうな様子を見せている。本当にこの2人は付き合い始めてからずっと仲がいい。特に喧嘩したという話も聞かないし。3日後の土曜日には離ればなれになるから、それまでにたくさん思い出を作るのだろう。

「つ、つーちゃん。つーちゃんの大好きな唐揚げを作ったから。あ~ん」
「あ~ん。……美味しい!」
「良かったよ、つーちゃん」

 明日香の嬉しそうな笑みを間近に見ることができてさらに美味しく感じるよ。

「お兄ちゃんと明日香ちゃん、ラブラブだね」
「4月からの翼君と明日香ちゃんの様子がすぐに想像できちゃうね。あと、もしあたしの告白が成功していたら、翼君と同棲する日も来ていたのかなって何度か妄想しちゃった」

 鈴音さん、頬を赤くしてニヤニヤとしている。告白してくれたとき、鈴音さんの部屋でいいから同棲したいって言っていたもんな。

「お兄ちゃん、明日香ちゃんに甘えてばかりじゃダメだよ」
「そうだね。気を付けないといけないな」
「むしろ、気を付けなきゃいけないのは私の方かも。つーちゃんに甘えすぎないようにしなきゃ」
「まあ、あたしが2人と同じマンションに住むし、2人のことはちゃんと見守っていくから安心して、芽依ちゃん」

 僕らと常盤さんが同じマンションに住むのは大きいと思う。明日香も常盤さんも、新生活を送っていく上で、親友がすぐ近くに住んでいるのは安心できるんじゃないかな。

「出会ったときは幼かった美波様が、3日後には東京で1人暮らしですか。とても寂しくなりますね。一緒のお家でなくても、すぐ側にいてほしいと甘えてくださってもいいのですよ?」
「確かに寂しいけど、もう18歳なんだし大丈夫だよ、凛さん。でも、新生活に慣れるまではたまには連絡しちゃうかもしれないし、遊びに来てほしいって言うときもあるかもしれない。そのときはよろしくね、凛さん」
「分かりました、美波様。あと……明日香様、蓮見様。4月からも、美波様のことをよろしくお願いいたします。特に明日香様は一緒の大学生活を送られますから」
「はい! 私の方がみなみんに迷惑を掛けちゃうかもですが、一緒に大学生活を楽しみたいと思います」

 凛さんのことなので、引越しの際に常盤さんの家に盗聴器や隠しカメラとか仕掛けそうで恐いな。当日は自分の方で忙しいと思うけれど、忘れずに覚えておこう。

「先生も大学進学を機に実家を離れて1人暮らしを始めたけど、明日香ちゃんや美波ちゃんのように高校までの友人が側にいたらまた違っていたのかもね。まあ、大学に入学したらすぐに、同じ学科やサークルの学生を中心に友達ができて楽しかったけど。明日香ちゃんと美波ちゃんはもちろんのこと、一緒に上京する蓮見君と羽村君、桜海にいる咲希ちゃん。高校卒業までに培った同学年の5人の繋がりはいつまでも大切にしなさい。もちろん、陽乃ちゃん、芽依ちゃん、鈴音ちゃんともね。それが、担任として最後に君達に伝えたいこと……かな」

 松雪先生はビールをゴクゴクと呑んでいる。そのことで幸せになったのか、嬉しそうな笑みを浮かべて月影さんの肩に手を回した。

「まあ、凛さんや先生ともたまには絡んでくれると嬉しいな! 君達が20歳以上になって、お酒を呑んでも大丈夫そうな体質なら一緒に呑もう!」
「そのときは私もお付き合いしましょう。大人になった美波様と一緒に呑むのが、私にとっての夢の1つですから」
「そっか。じゃあ、あたしが20歳になった後、大学生の間に一度は一緒に呑もうね」
「……はい!」

 月影さん、とても嬉しそうだ。小さい頃から知っていると、20歳というのは一つの大きな節目なのかもしれない。

「はあっ……」

 咲希の小さなため息が聞こえたので彼女の方を見てみると、咲希は静かな笑みを浮かべながら桜の木を見上げていた。

「どうしたんだ、咲希」
「……うん? いや……土曜日に翼や明日香達が東京に行くと思うと、さすがに寂しくなってきてね。それだけ楽しかったんだろうけど。もしかしたら、11年前……翼や明日香は同じような想いを抱いていたのかなって」
「小さいときほど、引越しはとても大きな出来事だからね。1年間だけだったけど、咲希とずっと一緒にいたから本当に寂しくて辛かった。だからこそ、去年再会して卒業まで一緒のクラスで高校生活を送られたのは嬉しかったよ」
「……そっか。同じようなことを翼が思っていてくれて嬉しいな」

 すると、咲希はようやくいつもの爽やかな笑みを見せる。

「そういえば、再会してすぐに明日香と3人でこの桜並木まで散歩したよね」
「そうだね。あのときは緑色の若葉が綺麗だったな」
「今の桜の花の景色もいいけど、あのときの若葉の景色も良かったよね!」

 僕と咲希の話を聞いていたのか、明日香が食いついてきた。

「そうだね、明日香。あの景色が好きでその絵をコンクールに出したもんね。そのときに……あたしが緑色を好きだっていう理由を話したじゃない」
「自分なりの花を咲かせるか、そうできずに枯らしちゃうか……だよね」
「そうそう。翼と明日香は……花を咲かせることはできた?」

 口元では笑っているけど、咲希は真剣な目つきで僕や明日香のことを見つめてくる。きっと、人それぞれ花を咲かせられるかどうかの基準は違うだろうけど、

「僕は……もうすぐ咲かせることができると思う。咲希や明日香達のおかげで、自分のやりたいことが分かって、進路を決めることができた。そして、明日香のことが一番好きだって分かって、恋人として付き合い始めることができた。大学生活を送って、明日香と同棲していくうちに花が咲くかもしれない。いや、もう咲いているかもしれない。どちらにせよ、その花を枯らさないように頑張ろうって思うよ」
「私も同じ感じかな。みんなのおかげで第一志望の大学に合格したり、つーちゃんと恋人として付き合うことができるようになったり。そのことで花は咲いたかもしれない。その花をいつまでも自分らしく咲かせ続けたいって思ってる」

 僕と明日香が咲希に自分の想いを口にすると、咲希は優しい笑みを浮かべて両眼から涙を流した。

「そっか、良かったよ。そして凄いな、翼と明日香は。あたしも花を咲かせることができる気がするよ。お互いにそれぞれの場所で頑張ろうね」

 そう言うと、咲希は僕と明日香の手をしっかりと握った。陽差しよりも強く咲希から温もりが伝わってくる。
 咲希は彼女のバッグから例の緑色のノートと赤いペンを取り出した。ノートを開いて、例のやりたいことリストが書かれているページを開く。それを見ると、以前に見せてもらったとき以上に花丸がたくさん描かれていた。

「これについては……こうかな」

 リストで一番大きく書かれていた『翼と明日香が幸せになるようにサポートする!』という項目に丸を付けた。

「……花丸じゃないんだね、さっちゃん」
「……うん。2人ならどこにいても、何があっても大丈夫だと思う。それでも、あたしがいつでも助けになりたいって思いを込めて。それは、卒業式の日の夕方に2人が教室でキスした瞬間に分かったことだった。だけど、丸を描いたら、2人が遠く離れて行っちゃうような気がして嫌だったんだ……」

 咲希はボロボロと涙をこぼした。明日香と僕なら大丈夫だと信じているからこそ、これまで描くことができなかったのだろう。

「僕や明日香は東京という遠いところに行くよ。だけれど、きっと……何度も桜海に帰ってくるから。それに、あのときとは違っていつでも話せるから。寂しい気持ちは確かにあるだろうけれど、咲希が言ったように……それぞれの場所で頑張ろう」
「それに、私達だってさっちゃんのことをいつでもサポートするつもりだよ。それを覚えていてくれると嬉しいな」
「……うん、ありがとう」

 それからしばらくの間、明日香と咲希は抱きしめ合いながら涙を流していた。それがとても美しく思えて。僕はそんな2人の頭を優しく撫でる。
 きっと、その悲しみや寂しさは、温かな春風が遥か遠くへと運んでいってくれるだろう。そして、いつの日か……それらが懐かしさに変わってから舞い戻り、僕らのことを笑わせてくれることだろう。
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