ラストグリーン

桜庭かなめ

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第81話『さらば』

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 引越しの準備はほとんど終わったので、僕と明日香は咲希や芽依、鈴音さんと一緒に桜海での思い出作りをするためにたくさん遊んだ。明日香や咲希達はとても楽しそうだった。僕もとても楽しい時間になって。だからこそ、寂しさが増していく。
 桜海市での日々や高校生としての日々ももうすぐ終わる。
 多分、去年の今ごろは僕が高校卒業を機に上京するとはあまり考えなかったな。当時から、羽村や常盤さんが東京にある大学へ進学したいと口にしていたので、卒業したら2人のところへ遊びに行くことがあるのかもしれないというくらいで。当時から明日香はどうなんだろうって気にしていたから。
 高校3年生の1年間は色々とあったけど、咲希が桜海に帰ってきたことや、明日香と恋人になったおかげで楽しいことばかりだった気がして。それらがとても愛おしく思えるけれど、いつかは懐かしさに変わるのかな。


 そんな時間はあっという間に過ぎていき、ついに東京へと引っ越す日がやってきたのであった。


 3月30日、土曜日。
 門出に相応しい柔らかな春の日差しが桜海市に降り注がれる。引越し先である東京の方も今日は一日ずっと晴れるそうだ。旅立ちに相応しいな。
 午前10時過ぎ。
 常盤家の多大なるご厚意により常盤さんだけでなく、僕、明日香、羽村の引越しについてサポートしていただくことになった。
 常盤家のメイドさん達に、新居に持っていく荷物を僕と明日香の家からトラックへと運び出してもらう。メイド服姿なのに、テキパキと動き、結構重かったものもサッと運ぶ様は凄い。

「何か、これぞプロって感じの仕事だよね、つーちゃん、さっちゃん」
「ああ。さすがは常盤家に住み込みで働くメイドさんって感じだ」
「凄いよね。その上、無料でやってもらえるなんて有り難い限りだよね」

 咲希の言うとおりだな。常盤家のご厚意によってお金がそれなりに浮いた。その分は、今後の生活費の足しにしよう。
 常盤さん曰く、そんなメイドさん達を統べるのが月影さんとのこと。そう考えると、月影さんってとてつもなく凄い人に思えてくる。そんな月影さんは東京へ引っ越す僕らのことを新居まで連れて行き、常盤さんの引越しの手伝いをすることになっている。
 ――プルルッ。
 僕らのスマートフォンが鳴る。常盤さんか羽村からの連絡かな。さっそく確認してみると、

『もうすぐで桜海駅に到着するから』

 という常盤さんからのメッセージが送られていた。
 僕や明日香、咲希の家族だけでなく、三宅さん、鈴音さん、松雪先生も見送ってくれるので桜海駅での集合となったのだ。

『分かった。こっちも桜海駅に行くね』

 明日香がそう言うメッセージを送ったので、僕らも桜海駅へ向かうことに。ただ、その前に僕の父親と明日香の父親が、最後にみんなで写真を撮りたいと言ってきたので、それぞれの自宅の前で写真を撮ってから桜海駅へと歩き出した。

「いよいよ、お兄ちゃんや明日香ちゃん達とお別れなんだね」
「寂しいか、芽依」
「……当たり前だよ。あたしにとっては生まれてからずっと、お兄ちゃん達が側にいたんだからさ」
「そうか」

 今朝から芽依はあまり元気がなかったけど、やっぱり寂しかったんだな。芽依にとって僕や明日香が近くにいるのは今までずっと当たり前だったから。あと、手を繋ぎながらそのことを言ってくるのがとても可愛い。

「お盆やお正月には桜海に帰ろうと思っているし、芽依や咲希もこっちに遊びに来てくれていいからね」
「つーちゃんの言う通りだね。みなみんも同じマンションに住んでいるし」
「……そうだね。2人の家に行くときは一緒に行こうね、芽依ちゃん」
「……うん!」

 咲希も芽依も元気そうな笑みを浮かべるようになった。もし、その日が来るとしたら、多少でもいいから東京案内とかができるといいなと思っている。
 そんなことを話していると桜海駅が見えてきた。近くには引越しのトラックが3台も駐まっているので非日常的な光景だ。
 トラックのすぐ側には黒い車が駐車されている。もしかして、あれに乗って新居まで行くのかな。

「あっ、明日香達が来たよ! おーい!」

 僕らに気付いた常盤さんが元気に手を振ってくる。彼女の周りには羽村、三宅さん、鈴音さん、松雪先生の姿があった。

「おはよう、みなみん」
「おはよう。明日香達はご家族も見送りに来たんだね」
「うん。今回、初めて実家を離れることになるからね」

 明日香のお父さん、今にも泣きそうになっている。お兄さんが上京するときはこんなに悲しそうじゃなかったけど。

「それじゃ、見送る側の人間は蓮見君達に何か一言言おうか。言うことがなかったり、言えそうになかったらもちろんそれでいいから」
「色々と考えていたんですけど、翼君達の姿を見たら何を言えばいいのか分からなくなっちゃいました。里奈さん、教師としてお手本をお願いできますか!」
「えっ? 鈴音ちゃんの担任じゃないけれど……彼ら4人の担任だからね。分かった」

 こほん、と松雪先生は咳払いをすると優しい笑みを浮かべて、

「多分、これからも大学生活への希望や、生まれ育ってきた桜海という街を離れることの不安でいっぱいだと思う。先生も大学進学で、今の家に一人暮らしを始めるときはそんな気持ちになった。卒業式やお花見のときにも言ったけど、君達は桜海高校を卒業しました。だから、新しい場所で充実した日々を送ることができると信じています。東京に行く4人、桜海に居続ける咲希ちゃんを含めた5人での繋がりを大切にね。もちろん、芽依ちゃん達との繋がりもね。不安なときは同級生の友人や、桜海にいる私達に頼っていいから。だから、前を向いて、胸を張って東京に行ってきてください。あと、たまには会おうね。こっちが会いに行くかもしれないけどね。いってらっしゃい」

 そして今までありがとう、と松雪先生は両眼に涙を浮かべながら呟いた。桜海には松雪里奈先生という頼れる恩師もいる。僕らにとって温かな街があるというのは幸せなことだ。

「……里奈さんのおかげで言えそうです」

 さっきは何を言えばいいのか分からないと言っていた鈴音さんが一歩前に出て、

「みんなを見ていると、1年前に桜海に引っ越してきたときのことを思い出すよ。高校までの友達が1人もいなかったから不安だったけど、桜海大学やバイト先のシー・ブロッサムで素敵な出会いがあって、高校生の翼君に恋もして。今はとても楽しいよ。みんなも出会いがあって、楽しい大学生活を送ることができるように応援しているね。学科は違うけれど、咲希ちゃんのことは先輩としてあたしが面倒見るから安心してね。みんな、いってらっしゃい」

 僕ら3年生の中では咲希だけが桜海に残るけれど、同じ学部の1学年上の先輩である鈴音さんがいれば安心できる。大学の近くのアパートには松雪先生も住んでいるし。咲希や芽依、三宅さんのことは2人に任せれば大丈夫そう。

「じゃあ、次は私が言いますね」
「陽乃か。楽しみだな」

 羽村がそう言うと三宅さんは照れた様子を見せる。そして、

「改めて、3年生の先輩方、大学合格と卒業おめでとうございます。去年、転入された咲希先輩もそうですが、特に宗久会長、蓮見先輩、明日香先輩、美波先輩には1年生のときから面倒を見てもらって嬉しかったです。宗久会長とも恋人として付き合うことができるようにもなって。昨日まで、できるだけ宗久会長とは一緒にいましたけど……凄く寂しいです。でも、今日という日がいつかは来るのだと覚悟して付き合い始めました。宗久会長、大学頑張ってください。三次元の方への浮気は絶対にダメですからね! そして、蓮見先輩、明日香先輩、美波先輩、咲希先輩もそれぞれの場所で頑張ってください。応援しています。2年間お世話になりました。本当に……ありがとうございました」

 三宅さんは涙を流してゆっくりと頭を下げた。そんな三宅さんの頭を羽村が撫でると、彼女は羽村にキスした。それを見て大人達がおおっ、と声を挙げる。
 羽村と常盤さんなら、1年間離ればなれになっても大丈夫そうかな。

「次は私でいいかな、咲希ちゃん」
「いいよ、芽依ちゃん」

 今度は芽依か。

「お兄ちゃんや明日香ちゃんには言ったけど、2人は私にとって生まれてからずっと当たり前に近くにいる存在でした。美波さんや羽村さんも私が中学生のときから仲良くさせてもらっていたので、そんな4人が桜海から離れると思うと凄く寂しいです。みなさん、大学頑張ってください。私も高校生活を頑張ります。あと、東京には憧れもあるので、夏休みとかに遊びに行ってみなさんと一緒に満喫してみたいです。それを楽しみにしています」

 さっき、寂しいという胸の内を明かしたからか、芽依は終始明るい様子で話してくれた。

「一緒に東京で遊ぶのを楽しみにしているね、めーちゃん」
「うん! そのときは咲希ちゃん達と行くね!」

 咲希は東京で10年ほど過ごしていたから、東京で遊ぶなら彼女がいると心強いかも。そのときを楽しみにしていよう。

「……じゃあ、最後はあたしだね」

 よし、と咲希は一度頷いて、笑顔で僕らのことを見つめてくる。最後は咲希か。

「去年の6月、まさか桜海に帰ることになるとは思いませんでした。そして、まさか……翼や明日香、桜海高校で特に仲良くなった美波や羽村君が、桜海から離れることになるとは思いませんでした。特にこの4人のおかげで、桜海高校での10ヶ月の高校生活はとても楽しかったです。特に翼には好きだと伝えて、強く恋をして。だからこそ、今……とても寂しいです。でも、あたしは鈴音先輩や芽依ちゃん、陽乃ちゃん、先生、凛さん達のいる桜海で大学生活を頑張ろうと思います。みんなも頑張ってね。あと、翼と明日香……2人の頬に別れのキスがしたいです。……いいかな?」
「もちろんだよ、さっちゃん。頬にキスならつーちゃんにもOKだよ」
「……ありがとね、明日香」

 明日香、僕の順で涙を流す咲希から頬にキスをされることに。こうしていると11年前のことを思い出すな。ただ、あのときとは違って咲希の笑顔はとても爽やかで。

「ありがとう、明日香、翼」

 お礼を言う咲希の前で、僕と明日香は一瞬見合って、小さく頷き合うと、

「きゃあっ」

 2人同時に咲希の頬にキスをした。
 さすがに予想外だったのか、咲希は可愛らしい声を漏らす。そして、見る見るうちに顔が赤くなるも嬉しそうな笑みを浮かべる。

「……2人から素敵なプレゼントをもらった気分だよ。ありがとう、頑張ってね」

 咲希が喜んでくれて良かった。明日香もとても嬉しそうだった。

「それじゃ、ここから去る俺達も一言言おうか。みなさん、見送ってくれてありがとうございます。桜海を離れるのは寂しいですが、東京国立大学で4月から頑張ろうと思います。みなさんも頑張ってください。応援しています。……陽乃、東京で待ってるからな」

「みなさん今日はありがとうございます。あたしは明日香と一緒に日本芸術大学で絵画について学んでいきます。桜海には楽しい思い出がたくさんあるので寂しいですが、東京でも頑張っていきたいと思います。たまには桜海に帰って、色々なことをみなさんと話すことができればいいなと思います。行ってきます」

「桜海が本当に大好きなので、ここから離れるのがとても寂しいです。そして、人が多い東京で暮らしていくことに不安もあります。ただ、みなみんとは同じ学科の学生として一緒に学び、何よりも大好きなつーちゃんと一緒に暮らしますので、きっと楽しくやっていけるだろうと思います。これからも、桜海でも、東京でも……みんなと会うことができれば嬉しいです。みなさんも頑張ってください。今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします」

「生まれてから今日までずっと桜海で過ごしてきたので、不安や寂しさもあります。ただ、僕らのことを迎え入れてくれる場所が東京にありますので、そこで精一杯頑張っていきたいと思います。明日香とは愛を育んで、いつかはここにいるみなさんにいい報告ができれば何よりだと思っています。東京か、桜海かは分かりませんが……またいつかみなさんと遊んだり、話したりしたいと思っています。そのためにも、それぞれのことを頑張りましょう。これまでお世話になりました。そして、今日は見送ってくれて本当にありがとうございました。行ってきます」

 羽村、常盤さん、明日香、僕の順で別れの挨拶をすると、僕らはみんなと握手をしたり、抱きしめ合ったりした。
 僕ら4人は月影さんの運転する黒い車に乗って、ついに故郷である桜海から旅立つのであった。
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