桜庭かなめ

文字の大きさ
2 / 118
本編

第1話『茜空の下の銀髪』

しおりを挟む
 生徒会室から抜け出すことに成功した俺は、素早く校舎を後にして、校舎が見えなくなるところまで全速力で走る。如月会長はスポーツも得意な女子生徒らしいので、油断したらすぐに連れ戻されてしまうと思って。

「いたっ!」

 全力で走ってしまったせいか、先週、色々とあってケガをした腰が痛み始めた。思わず立ち止まってしまう。

「まあ、ここまで来れば大丈夫か。それにしても痛いな……」

 ここ何日かは痛みなんて感じなかったのに。きっと、全力で走ったことで腰に響いてしまったのだろう。

「そこの公園で休むか」

 学校まで徒歩で登校しており、行き帰りにいつも通っている大きな公園がある。そこにはいくつかベンチがあるので、そこで休憩してから家に帰ろう。
 しっかし、歩くだけでも腰に響くな。すぐそこにある公園の入り口がとても遠く感じてしまう。
 やっとの思いで公園に到着し、俺はゆっくりとベンチに腰を下ろした。とりあえず、ここまで来れば如月会長が追いかけてくることはないだろう。

「はあっ……」

 生徒会室であんなことがあったからか、今日は凄く疲れた。まだ月曜日だからか、今週乗り切れるかどうか不安になってきた。
 それにしても、如月会長はどうして、俺のことをロープで縛り付けるなんてことをしたんだろう。俺のことが大好きらしいけれど。ちなみに、彼女が束縛の強い女性であるという話は聞いたことがない。

「にゃおー」

 気付けば、俺の横には茶トラ模様の猫が座っていた。パッチリとした丸い目で俺のことを見つめてくる。

「ほら、ここに座れ」
「にゃーん」

 俺が膝元を叩くと、茶トラ猫は素直に俺の脚の上に乗ってきた。

「いい子だね」
「にゃぉん」

 頭から背中にかけてゆっくりと撫でる。毛が柔らかくて気持ちいいな。学校であんなことがあったからかとても癒される。

「でも、お前を助けたときに負った怪我が痛むんだよ……」

 実はこの野良猫、先週、今くらいの時間にここに立ち寄ったときに助けた猫なのだ。この公園の中にある一番大きな木に登っていたけれど、降りられなくなってしまっていた。
 そこで俺が木に登って茶トラ猫を抱きしめることはできたけど、その際に脚が滑り地面に落下したことで腰を強打してしまったのだ。

「もう高いところまで登るんじゃないぞ」
「にゃー」

 そう鳴いて、猫は俺の脚の上でゴロゴロし始める。猫は大好きなので、こういう動きがたまらない。放課後にはこういったまったりとした時間を過ごしたい。

「あら、可愛い猫ちゃんですね」

 透明感のある声でそんな言葉が聞こえてきた。
 顔を上げると、目の前にゴシック調の黒いワンピースを着た女性が立っていた。俺と同い年かちょっと年上くらいだろうか。夕陽に照らされているので、一瞬、髪が茜色っぽく見えるけれど……よく見ると銀髪だ。

「そんなに見つめられると、何だか照れてしまいますね」
「ごめんなさい。あなたのような雰囲気の女性はなかなかいないので、つい」
「ふふっ、そうですか」

 彼女の笑顔を見て、如月会長とは違う美しさと可愛らしさを持った人だと思った。

「隣、失礼しますね」
「はい」
「ありがとうございます」

 そう言うと、銀髪の女性は俺の隣に座る。それにしても、今日は初めて話す女性によく絡まれる日だ。

「あの、この猫を抱いてみますか?」
「いいんですか?」
「ええ。人懐っこいので大丈夫だと思います」

 茶トラ猫が彼女を傷つけるような行為をしないよう注意しないと。
 俺はそっと銀髪の女性の膝元に茶トラ猫を動かしてみる。

「にゃーん」

 あれ、可愛く泣いちゃって。心なしか、俺の膝元にいるときよりもくつろいでいるように見えるのは気のせいだろうか。

「あら、あなたの言うように本当に人懐っこい猫ちゃんですね」

 よしよし、と銀髪の女性は嬉しそうに茶トラ猫の頭を撫でる。何だか絵になる光景だ。

「こうしていると、段々と気持ちが安らいでいきますね」
「俺もですよ」
「ただ、さすがにこの猫ちゃんは、あなたの膝の上にいるときの方がリラックスしているように見えます。あたしだと緊張するのかな」
「俺にはとてもくつろいでいるように見えますが」
「ふふっ、そうだといいですね」

 銀髪の女性はそっと茶トラ猫のことを抱きしめる。そのときの彼女はとても幸せそうな笑みを浮かべていて。同じ幸せそうな笑みでも、如月会長のときよりも微笑ましく思えるのはなぜだろうか。きっと、束縛されるようなことがなければ、会長の笑顔も素敵だと思えただろう。

「あの、この猫ちゃんはあなたが飼っているのですか?」
「いえ、つい最近……そこの木から降りられなくなったところを助けたんですよ。それからはいつも学校から帰るときにこうして戯れていて。最近できた友達と言えばいいんですかね。猫なので変かもしれませんが」
「そんなことありません。とても素敵だと思いますよ。あたしも最近できたお友達がいて。そのお友達は人なのですが、彼女と一緒にいると、ちょっとしたドキドキと癒しが同時に感じられるんですよね」
「あぁ、その感覚は俺も分かります。この猫と会うと可愛いなってドキドキして、同時に癒されて」

 茶トラ猫にとっても、俺と一緒にいると少しでも気持ちのいい時間が送ることができているといいな。

「ふふっ、そうですか。猫ちゃん、ありがとうございました」

 銀髪の女性から茶トラ猫を受け取る。この柔らかさと温もりはいいな。
 そういえば、如月会長も俺のことを抱きしめたときに温かくていいなと言っていたっけ。こういう感じだったのかな。

「きっと大丈夫ですよ」
「えっ?」
「あたしが話しかける前、何だか寂しそうな感じがしましたので。ただ、今みたいな笑顔を見せれば、きっと人間のお友達もすぐにできるんじゃないでしょうか」
「……そうですかね」

 独りでいることに負い目を感じてはいないつもりだけれど、気付かないうちに寂しさを募らせていたのかな。

「あっ、そろそろあたし……行かないと。楽しかったです。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「それでは、失礼します」

 銀髪の女性はそう言うとゆっくりとベンチから立ち上がって、俺にお辞儀をし、静かに公園から立ち去っていった。

「何だか、不思議な雰囲気を持った人だったな」

 顔立ちも服装も日本っぽくはないので外国の方かと思ったら、普通に日本語を喋っていたし。茶トラ猫のおかげかもしれないけれど、初対面とは思えないくらいに自然体で話すことができた。

「……こういう風に話せれば、友達もできるのかもしれないな」

 銀髪の女性はすぐに友達ができると言っていたけれど、俺は別に月野学園で人間の友達を作りたいとは思わないんだ。

「にゃーん」
「……本当に可愛いな」

 痛みを伴ったきっかけだけれど、この茶トラ猫とこうして仲良く一緒に過ごすことができることに幸せを感じる。もう少し、この静かな時間を過ごすことにしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

向日葵と隣同士で咲き誇る。~ツンツンしているクラスメイトの美少女が、可愛い笑顔を僕に見せてくれることが段々と多くなっていく件~

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の加瀬桔梗のクラスには、宝来向日葵という女子生徒がいる。向日葵は男子生徒中心に人気が高く、学校一の美少女と言われることも。  しかし、桔梗はなぜか向日葵に1年生の秋頃から何度も舌打ちされたり、睨まれたりしていた。それでも、桔梗は自分のように花の名前である向日葵にちょっと興味を抱いていた。  ゴールデンウィーク目前のある日。桔梗はバイト中に男達にしつこく絡まれている向日葵を助ける。このことをきっかけに、桔梗は向日葵との関わりが増え、彼女との距離が少しずつ縮まっていく。そんな中で、向日葵は桔梗に可愛らしい笑顔を段々と見せていくように。  桔梗と向日葵。花の名を持つ男女2人が織りなす、温もりと甘味が少しずつ増してゆく学園ラブコメディ!  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしています。

サクラブストーリー

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。  しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。  桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。  ※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2025.12.18)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※夏休み小話編2が完結しました!(2025.10.16)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編5が完結しました!(2025.7.6)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

処理中です...