推しカプの皇太子夫妻に挟まれ推し返されてしんどい

小島秋人

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第四話

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 ~第四話~


 蝕の夜、月に落ちる影の隙間から其れ等は現れた。

 如何なる書物にもその起源は記されていない。ただ出現は開闢以来の事ではない様だ、言われてみれば道理。そうでもなければ人の世が斯様に栄える筈もない。

 神々の慈悲が遍く大地にもたらされた故に月に影が落ちたのだとする神学者も在った。主神(守神)の御手に依りて我々は多くの恩恵を賜った。その帳尻を合わす為云々、大陸の端の方にはそんな思想もあるのだとか。タロットの正逆にでも例えると分かり易いのやも知れない。

 確かに幾許か説得力の有る説で、其れは瞬く間に一般に浸透した…それが良くなかった。

 『そうであるならば、あれらもまた神の一柱に加えて然るべきではないか』と考える輩が現れたのだ。破滅論者はいつの時代でも一定数生まれるものなのだろうが、今はその最たる時期に当たるのだろう。狂信者は日増しに増え、闘争は最早異形どもばかりを相手にするに留まらない。

 そうしてこれもまた何時からか、「其れ等」には『邪神』と言う呼び名が付いた。然もありなん。その呼称も、広く用いられる様になる迄に長い時は要さなかった。



 「三軍帰還!開門!」
 木霊する衛兵の叫び声が消え入るより前に眼前の城門が見た目通りの重厚な音と共に開かれた。

 先頭を行く大隊長に従って全隊が号令無く前進を始める。一党の姿は、傍目には近衛と言うよりもならず者が寄り集まった傭兵団の様に映る事だろうな。

 城門のすぐ内側に設けられた営庭に全員が収まった事を認めた大隊長は矢張り整列など命じずに声を張り上げた。
 「皆ご苦労!小隊長以上は半刻後に大隊司令部に集合!大隊基幹要員以外は支度を整え次第帰郷して良し!食堂と共用宿舎は派手に汚さん限り好きに使え!解散!」

 解散を命じられた兵の反応は様々だ。飯だ飯だと豪放に笑いながら何人かで連れ立って食堂に向かう者、飯よりぐっすり眠りたいと眦を擦りながら宿舎へと足を向ける者。年季の入った兵はその場に座り込み気心の知れた戦友と駄弁る事が混雑を避ける最良の術と知っていたし、新兵は繁雑な人の波の中で所在無さげにしている所を見咎めた古参兵の指示で漸く歩を進められていた。

 「副長、私達は先に帰還報告だ」
 「うっす、手下どもに飯運ばせときます」
 「急げよ」
 言うだけ言うが早いか隊長は本城に向けて歩を進める。兜を脱ぎ露になった長い赤髪を歩きながら器用に纏める後ろ姿を何の気なしに見送った。

 「浮気かしら」
 「違ぇよ!………ってなんで此処に居んの」
 「殿下は帰還報告で顔を合わせるでしょう?その間顔が見れないのは嫌なの!」
 一応忍びの心算なのだろう、リズは普段着の上に目立たない色の外套を纏い目深に被ったフードで顔を隠していた。…まぁ周囲の視線から察するにバレバレなんだけど。

 「…お帰りなさい、ユーリ、愛しいひと」
 周りの好奇の眼を知ってか知らずか(恐らく前者だろうが)構わず手を伸ばし頬を撫でてきた。装いは質素でも、ふわりと香る肌の匂いは否応なしに鼻腔を突き血を滾らせる。未明まで続いた戦いの高揚と異なる其れを理性で以てぐっと押し止めた。
 「…ただいま、リズ、、、、、」

 …

 「もう!"愛してる"くらいサッと言って!」
 「ごめん…言ったら多分感情が暴発する」
 「あら…ごめんなさい、替えの下着は用意が無いわ」
 「最っ低!最低だこの女!」
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