5 / 29
第五話
しおりを挟む
~第五話~
唐突に芽吹いた恋との邂逅を「晴天より落つる春雷の全身を駆け巡る」様に喩えるのだとか。市井に暮らす少女たちの巷に流行したそんな文芸の類を何点か読み漁る私を、ばあやは別段咎めようともしなかった。生まれ育ちを置いても、気質から言って「恋に恋する」が私の性分に合う筈も無いと知っていたのだと思う。
そう、何時からの自覚であったかは定かでないけれど、私の育む恋はいつだってこの腕の中で温めていた其れに相違ないのだから。
―――
今正に、その恋は人が寝ているのを良い事にそろそろと腕の隙間を抜け出さんとしている所だった。
「…だめ、まだ寝てなさい」
ふわふわの頭髪の感触を確かめる様に抱き締め直す。
「…出陣の支度が有るから」
纏わり付く私の腕を名残惜しそうに剥がしながらふわふわが答えた。その儘寝台を後にしようとする寝巻きの裾を夫が捉える。
「昨日万端に整えたじゃないか…せめて昼の召集までゆっくり出来ないの?」
多分に諦めを含んだ声と聞いて取れた。彼の性分を知り切った私達だからこそ、この請願は彼を徒に苦しめるだけと知って、それでも言葉にせずには居られなかった。
…
「…あの、今日単なる定期実施の掃討作戦なんですけど…何で毎度今生の別れみたいにすんの?」
眉間を押さえながら呻くように声を漏らしている。酷い認識の相違だわ、正さねば。
「あぁ!なんて無情なことを!僕らはユーリが戦場に立つ姿を思い浮かべるだけで自身の五体が裂けそうな気分になっていると言うのに!」
いけない、夫に先手を取られたわ。
「そうですわ!毎度の事とは言え万が一を思わずに居られない私達の気持ちを考えた事が有って!?」
「『毎度の事』って自分で言っちゃってんじゃねぇか」
「あぁ…そんな風に人の揚げ足を取る様になってしまうなんて…お姉ちゃん悲しいわ!」
「三文芝居で人の出陣妨げる連中に揉まれ続けてりゃあこうもならぁな!!」
「…ちぇ、昔はこれで出立ギリギリまで時間稼げてたんだけどなぁ」
「お前はその時折本音が漏れちゃう癖をどうにかしろ…」
―――
「昨日の朝は随分と素気なくフッてくれたわね?」
「…雑な誘いを掛ける方にも問題が有るとは思わんですか?」
本城の謁見室まで、と言う条件で同道する事にした。五体を預けんばかり身体を寄せ腕を絡めて来るのを振り払わないのが現状精一杯の誠意なのだが…
「嫌いでもない癖に…あっ、ちょっと!誠意を見せるお心算ならもう少しゆっくり歩いて下さらない?」
「心読まないで…っつーか無理、顔から火が出そうなんだこっちは」
"豪腕の副長を冷やかし囃し立てる絶好の機会"とでも言わんばかり寄って来る兵達の絡みのうざってぇこと…
「副長!会議室への食事の搬入完了…おっと!失礼しました!お楽しみ中で「ぶっ殺すぞ」
報告に駆け寄って来た麾下の小隊長を睨み付ける。この野郎…普段は小間使いの報告なんて逐一来やしねぇ癖して…しかも全然ビビってねぇし…
「もう!そんな乱暴な言葉遣いをしてはダメでしょう!」
「………はい」
返事の後に『妃殿下』と付けるか『姉さん』と付けるか数瞬悩んで止めた。どちらにせよ立場の回復は寧ろ悪化するだろう。
「フフッ…!で、では自分は先に司令部に向かいますので…クク…」
コイツマジでどうにかしたろうか。
唐突に芽吹いた恋との邂逅を「晴天より落つる春雷の全身を駆け巡る」様に喩えるのだとか。市井に暮らす少女たちの巷に流行したそんな文芸の類を何点か読み漁る私を、ばあやは別段咎めようともしなかった。生まれ育ちを置いても、気質から言って「恋に恋する」が私の性分に合う筈も無いと知っていたのだと思う。
そう、何時からの自覚であったかは定かでないけれど、私の育む恋はいつだってこの腕の中で温めていた其れに相違ないのだから。
―――
今正に、その恋は人が寝ているのを良い事にそろそろと腕の隙間を抜け出さんとしている所だった。
「…だめ、まだ寝てなさい」
ふわふわの頭髪の感触を確かめる様に抱き締め直す。
「…出陣の支度が有るから」
纏わり付く私の腕を名残惜しそうに剥がしながらふわふわが答えた。その儘寝台を後にしようとする寝巻きの裾を夫が捉える。
「昨日万端に整えたじゃないか…せめて昼の召集までゆっくり出来ないの?」
多分に諦めを含んだ声と聞いて取れた。彼の性分を知り切った私達だからこそ、この請願は彼を徒に苦しめるだけと知って、それでも言葉にせずには居られなかった。
…
「…あの、今日単なる定期実施の掃討作戦なんですけど…何で毎度今生の別れみたいにすんの?」
眉間を押さえながら呻くように声を漏らしている。酷い認識の相違だわ、正さねば。
「あぁ!なんて無情なことを!僕らはユーリが戦場に立つ姿を思い浮かべるだけで自身の五体が裂けそうな気分になっていると言うのに!」
いけない、夫に先手を取られたわ。
「そうですわ!毎度の事とは言え万が一を思わずに居られない私達の気持ちを考えた事が有って!?」
「『毎度の事』って自分で言っちゃってんじゃねぇか」
「あぁ…そんな風に人の揚げ足を取る様になってしまうなんて…お姉ちゃん悲しいわ!」
「三文芝居で人の出陣妨げる連中に揉まれ続けてりゃあこうもならぁな!!」
「…ちぇ、昔はこれで出立ギリギリまで時間稼げてたんだけどなぁ」
「お前はその時折本音が漏れちゃう癖をどうにかしろ…」
―――
「昨日の朝は随分と素気なくフッてくれたわね?」
「…雑な誘いを掛ける方にも問題が有るとは思わんですか?」
本城の謁見室まで、と言う条件で同道する事にした。五体を預けんばかり身体を寄せ腕を絡めて来るのを振り払わないのが現状精一杯の誠意なのだが…
「嫌いでもない癖に…あっ、ちょっと!誠意を見せるお心算ならもう少しゆっくり歩いて下さらない?」
「心読まないで…っつーか無理、顔から火が出そうなんだこっちは」
"豪腕の副長を冷やかし囃し立てる絶好の機会"とでも言わんばかり寄って来る兵達の絡みのうざってぇこと…
「副長!会議室への食事の搬入完了…おっと!失礼しました!お楽しみ中で「ぶっ殺すぞ」
報告に駆け寄って来た麾下の小隊長を睨み付ける。この野郎…普段は小間使いの報告なんて逐一来やしねぇ癖して…しかも全然ビビってねぇし…
「もう!そんな乱暴な言葉遣いをしてはダメでしょう!」
「………はい」
返事の後に『妃殿下』と付けるか『姉さん』と付けるか数瞬悩んで止めた。どちらにせよ立場の回復は寧ろ悪化するだろう。
「フフッ…!で、では自分は先に司令部に向かいますので…クク…」
コイツマジでどうにかしたろうか。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる