推しカプの皇太子夫妻に挟まれ推し返されてしんどい

小島秋人

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第六話

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  ~第六話~

 立場の違いを心の隔たりにしなくて良いのだと知り、僕の想いの丈は愈々際限を失った。兄の様に慕われるのを良いことに、然り気無い触れ合いを以て募る情念を散らす助けにしていた。…今思えば、僕らの心の機微に敏い彼を相手にしておいて我ながら不用意と言わざるを得ない。

 『…俺の勘違いなら、笑って流してくれて良いんだけど…』
 まさか見透かされていたなんて。それどころか
 『…良いよ…いや、違うな…俺が触れて欲しいんだ』
 許しを得られるなんて、思いもしなかった。君が同じ気持ちを抱いてくれていたなんて。まさか、まさかだ。一時は正しく天にも昇る心持ちだった。

 …だが、問題はそれからだった。幾ら互いが立場を気にせず想い合っていたとしても、男同士のあれや其れやが禁じられていないこの国であっても、僕達には圧倒的に物理的な時間が足りなかった。

 触れられるのに、届かない。その事実は寧ろ想いを伝える以前よりも僕を苦しめた。何か方法は無いかと暇を見ては軍事・法律に関する書物を読み漁った。彼をいつ何時でも手の届く内に抱え込める最良の策を求めて。…まさか其れが今日の実務の役に立つと迄は考えもしなかったけれど。

 『…殿下に、打ち明けなければならない事が有りますの』
 そんな折、婚約者の告解は大いに渡し舟の役を果たしてくれた。まぁ改めて暴露し合わなければならない程お互いユーリへの想いは隠してなかったんだけど…

 ―――

 「…でもそれって良く考えたら当時から僕とリズの二人ともに良い顔してたって事だよね?」
 「いや…それは…まぁ…そりゃあ二人とも大事だし…」
 「浮気者!」
 「…姉さん最近それ言いたいだけになってないか?」

 ―――

 「…殿下?始めさせて頂いても?」
 エカテリーナの呼ぶ声で回想から引き戻された。会議室の円卓には既に大隊所属の部隊長全員が着席している。

 「あぁ…そうしてくれ、食事中の者はそのままで構わない」
 虚空に漂わせていた思考を職務に切り替えて居住まいを正す。

 「はっ、ありがとうございます…皆!見ての通り殿下の御臨席を賜った!『普段通りで良い』との御意向だが程度は弁える様に!」
 国内随一の勇壮を誇る近衛第三大隊の長が発する声は正しく『寄せ手の三軍』に相応しい力強い響きに満ちている。

 「諸君、無理を言ってすまない、後で会議録を読み上げさせる二度手間を強いるのも心苦しいのでな…本当に気にせず、置物と思ってくれて構わない」
 一同を見回しながらエカテリーナの言葉に付け加えて漸く緊張が解けたらしい。行儀良く手を止めていた数人も書類を片手に食事を再開していた。

 「…では各中隊人員・装備の被害報告から、輜重隊は糧食の備蓄と今後の補給について、管財部は出城の補修予定、整備班は駆動鎧の修復予定について報告を頼む」
 隣の席に座るユーリが会議を進行していく。思えばデスクワークに勤しむ姿を見るのは始めてだ。新鮮な眺めに思わず口許が綻ぶ。

 ―――

 「…それと施療院、負傷者の収用状況と重傷者の後送予定については妃殿下からお願い致します」
 なーにが『謁見室の前まで』だ、結局こうなるんじゃねぇか。自席の両隣に陣取った夫婦の熱い視線を両の横顔に感じながら淡々と会議進行に努めた。

 「第一中隊、負傷54名、駆動鎧は…大隊長機を含む6機が損傷、既に全機ハンガーに収容済みです」
 「第二中隊、負傷38名、加護持ちは副長含め全員無傷ですので休養が済み次第巡礼に向かわせます」
 「第三中隊、負傷161名、うち重傷者が15名、小隊長1名を含みます」
 「施療院より、何れも命に別状は無いとの診断が出ていますわ」
 「…よろしい、会議前に提出された報告書との一致を確認した」

 第一、第二中隊はそれぞれ大隊長と俺の直率で特技兵が中心、第三中隊は純粋な歩兵中心の編成になっている為毎回負傷者が多い傾向が有る。負傷者全体に対して一割の重傷者と言うのも過去の統計的には平均値だ。

 とは言え…
 「先ず今回も死者が出なかった事を喜ぼう」
 重い口を開くより先にアレクが割って入った。

 「だが"駆動鎧6機が損傷"はここ半世紀でも異例だ…出来得るなら詳細な戦況報告が聞きたい、エカテリーナ?」
 置物自称した癖してすっげぇ切り込んで来るじゃん…

 「…前回の蝕から三ヶ月、出城の修復が十全ではなかった事が直接の要因です」
 いや本当にそれ、敵正面の城壁が湿気たビスケットみたいに剥がれたもんな。あんなん始めて見ましたわ。

 「即応として加護持ちを充てたのですが…現場指揮官が正面戦力を粗方退けた後そのまま単身で突撃を敢行しまして…」
 で、穴塞ぐ奴が居なくなっちゃったもんだから駆動鎧の半数を城壁の隙間に盾構えて棒立ちさせる羽目になったんだよねー…。いやぁー…何処の突撃馬鹿の所為なんだろうねー…。

 「「…副長?」」
 「…いや、壁が崩れた拍子に外に放り出された負傷者が孤立しかかってたもんで…つい…」
 あの…机の下皆に見えないからって両サイドから太腿つねるのやめて?



 「…よろしい、この件は後で聴取を行おう…副長、後で城代執務室に出頭するように」
 「いやちょっと待ってって!あの状況じゃベストだと思ったんだって!…つーか知らん間に議長役取られてんですけど!」
 「負傷者の救出が目的だった、と言う事であれば施療院と致しましても状況を詳しく伺う必要が有りそうですわね?」
 「いや流石にそれはこじつけが過ぎるって!」
 「副長、『普段通りでも程度は弁えろ』と言った筈だぞ」
 「…そーゆー苦言は右手に抱えた酒樽置いてから言って下さいよ、完全に人の痴話喧嘩肴に呑む気満々じゃねぇですか」


 その後、部隊長のほぼ全員が隠し持っていた酒樽を取り出し『本当に普段通りの三軍』が会議中においてすら如何なる集団であるかが王族の知るところとなる…

 「そもそもれぇ!あらたはいちゅもいちゅも自分の命を軽んじ過ぎらのよ!」
 「そうらそうら!」
 「分かりやすく呂律回ってねぇー…」

 しかし当の王族自身が醜態を晒した事によって事実は広がる事無く闇に葬られたのだった…。
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