推しカプの皇太子夫妻に挟まれ推し返されてしんどい

小島秋人

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第七話

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  ~第七話~

 『二人を守るのは自分の役目』…誰に命じられた事でもなく、自身で課した責務だと言いきれる程度には放任の家に育った。

 代々武門の家と言うのでもなく、父の仕事は祖父の武功に下賜された山林の管理。祖父曾祖父は近衛の大隊長職まで務めたが、其れ以前に遡っても軍属は殆ど居ない。血筋から言えば自分達の方が少数派と言える。縁故採用が無く、叩き上げが冷遇されない国柄も有るだろうが。

 『だからな、自分の道は自分で決めれば良い』
 幼い時分、将来について相談すると曾祖父はそう答えた。

 『どの仕事が優れるでも劣るでもない、信念で務めを成すならば誰の許しが無くとも誇れば良い』
 『逆に言えば、動機と根気が有れば如何な生業とて天職に成り得ると知っておけ』
 いやぁ…実際には資質も其れなり重要じゃないかと、今なら言い返すかも知れない。自分に其れが有るかも解りはしないが。

―――

 獣道に沿って森を進む。両側は十間先も見通せぬ程に鬱蒼と木々が繁っており、枝葉の合間を吹き抜ける風音の他は鳥の囀りさえ聞こえない。途中まで先導してくれていた獣達も何時の間にか姿を消していた。これは聖域に近付いた良い目安になる、目的地まではもう四半刻も掛からぬだろう。

 一歩進む毎に空気が濃さを増すような感覚に襲われた。息をする度に緑の匂いが煙る様に肺を満たす。だが息苦しさはなく、寧ろ歩き疲れた身体に生気が戻る様に感じた。神職が扱う天威の気よりも魔術師の用いる精霊の気に近い。

 守神の御座しめす土地では知性を持たぬ木々ですら脈動を感じそうな程に生き生きとしている。その剥き出しの生命力を五体に詰め込まれる様な感覚。同道者達の様子を見るに自身にのみ起きている現象のようだ。此の森は今も、自分を同族として迎えてくれているらしいと知れた。



 更に暫くを歩くと唐突に茂みが途絶え、木々に囲まれた吹き抜けの広場の様な空間に出た。王宮の大ホールに匹敵する広さの其処は、此の一帯の守護を司るドリアードの聖域だ。

 聖域の中央に鎮座する神樹へと歩み寄り膝を折る。
 「只今戻りました、大伯母上」
 神樹に宿る守神は嘗て曾祖父が賜った眷属、祖父の腹違いの姉だった。

 『おかえりなさい、かわいい子』

 …前からお願いしてんだけどその呼び方やめてくんねぇかな、いや樹齢50年を越す方からしたら子供には違いないんだけども。
 
 大伯母は周囲をゆっくりと一瞥すると徐に口を開く。
 『むすめたちは、いっしょではないの、ね?』
 彼女は自身の眷属をその様に呼ぶ。まぁ産まれた経緯からして間違いない呼称ではあるが…今日は聞かれると厄介な連中が一緒だった。

 「あぁ、ちょっと連れが居りまして…道中の守りと道案内を頼んであります」
 未だ若木の眷属達ではあるが猛獣避け程度ならそつ無く熟してくれる。同行者達にとって歩き慣れない森を案内させるなら適役だろうと思った。

 『あまり、離れてはだめ、よ?』
 窘める様な口調、そう言えば曾祖父もついぞこの方には頭が上がらなかった記憶が有る。

 『でも、そう、ね…それなら』
 言うが早いか、神樹から伸び広場一円に広がっていた根の数本がのたうつ。自分の周囲を囲った其れ等の何本かは手招く様に眼前で揺れている。



 いや待て、何か急に雲行きが怪しいぞ。
 「あの、大伯『ターニャ』…はい?」
 『ターニャ、むすめたちの居ないときは、そう呼んで、って』
 確かにその様に約束した、そして其れを《何の合図とするか》も。

 「いやいや、ちょっと待って大『たーにゃ』ターニャ!」
 『きっと、むすめたちは、いもうとを、欲しがっている、でしょ?』
 「いやいやいや!もう5人も居るし!もう良いんじゃないか!?」
  『わたしのいもうとは、10人、いたの、よ?』
 「マジかよひい爺さんすげぇ絶倫、ってそうでなく!」
 この儘では同じ轍を踏みかねない。思うより先に後退った身体はしかし、既に背後まで迫っていた『腕』に絡め取られていた。

 「いや、今日は本気でまずいんだって!…おい脱がすな!」
 『だいじょうぶ、いたくない、こわくない、ね?』
 「周囲の誰か一人で良いからマトモに話聞いてくれるヤツは居ねぇかなぁ!?あっ、ちょっ、ソコはマジでだめっ」
 端くれと言えど神の所業、不埒な思惑が有っての行為でないことは表情からも明らかだった。まぁ邪気が無いのが尚更タチが悪いのだが。
 
 『ひさしぶり、ね?…すこし、どきどき、ね?』
 内外面共に若さを長く保つと言うのは寿命の長い種族にはありがちな話だ。長くすると優に千年を生きると言う緑の守神ドリアードも多分に漏れず、妙齢の外見に違わぬ初々しさを失わない仕草に催す下心が湧かぬと言えば噓になる。何と言っても初めての女性であるわけで「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」」

 …おう、御到着か。いや、ギリギリ間に合って良かったよ。四肢を拘束された後いつの間にか解かれていた着衣は残り肌着一枚だったからな。…え?『直前までちょっと乗り気だった』?…はっはっは馬鹿言うな。

 「な、な、な、何ですのこの状況は!!!???」
 うん、そうだよね。俺も何でこうなったか思い出せない。
 「破廉恥!とっても破廉恥だよ!」
 本気でそう思ってんなら目線を外さんかい。地面に涎垂らすなよ、一応聖域だから。
 『…?』
 あぁ、うん、そうなるよね。そうです、あれが今日の連れです。



 「…ティタニア聖下には初の御目見えとなります、東方マグニシアの開祖ペレウスが末アレクサンドロと」
 「妻のエリザベートでございます…先程は取り乱しまして、大変に失礼をば…」
 ターニャの前に傅いた二人は憔悴しきった顔で謝辞を述べる。

 『きにしない、で?この子が、心配だったの、ね?』
 「大伯母上は俗世の世辞に疎いからあんまり畏まらなくて良いと思うぞ」
 思わぬ闖入者にも動じず笑みを浮かべる守神の慈悲に乗じてさっきまでの経緯を無かった事に…

 「「では、暫し彼と話をさせて頂いても?」」
 出来なかった。うん、知ってた。おい二人して睨むな。
 『どうぞ?わたしは、むすめたちと、遊んでいる、わ』
 その返事も予想通りだよちくしょう。…ほれ、お母様とあっち行ってなさい。
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