推しカプの皇太子夫妻に挟まれ推し返されてしんどい

小島秋人

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第十七話

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  ~第十七話~

 戦地に向かう彼を見送る時の暗鬱とした気分に慣れる事は、多分一生ないだろうと思う。幸い(彼自身の日々の鍛練による賜物であるとは解っているけれど)今日に至るまで彼が身体に大きな傷を負って戻ってきた日は一度も無い。

 それでも正直な所を告白すれば、害獣駆除の延長の様な掃討任務ですら下世話な洒落で茶化していなければ気が気ではない。いつもいつも、思わず泣き出してしまいそうな程の不安を押し殺して作った笑顔で送り出している。
 まして人間相手の戦闘?冗談じゃない。傷を負うのは、なにも身体に限った話ではないのだから。


 訓練大隊での課程を無事に修了して三軍に入団。幾度かの掃討任務を経てそれなりの戦果も上げ、従士としての道程は概ね順調と言って良いスタートを切っていた。そんな彼の人生に大きな陰りが差したのは、彼が16の誕生日を迎える少し前の事だ。

 前触れなく起こった地方領主の反乱。実際は邪教に転んだ官僚の一人が起こしたものだったけれど、事態の発覚が遅れた為にその騒動は領民の殆どを巻き込んだ凄惨な戦乱に発展した。鎮圧に当たった従士団にも多数の被害が出たと報告を受けた僕は彼らが帰還してすぐの夜、こっそり忍び込んだ兵舎からユーリを連れ出した。虚ろな顔で手を引かれるままついて来たユーリは、こちらが何を語り掛けても口を閉ざしたままだった。
 
 「背中を預けてた仲間の喉を鋤で突き破った男は、どこをどう見てもただの農夫だったよ」
 長い沈黙を漸く破って口を開いたユーリの目は、一片の感情も読み取れない淀みに満ち溢れていた。

 「そいつは言ったよ、『すまねぇ、すまねぇ、子供が居るんだ』って、繰り返し、繰り返し」

 「人質に取られたんだろうって事はすぐ分かった、でも、掛ける言葉が見つからないんだ」

 「当たり前だよ、村の近く、林を陰にして回り込んだ俺の小隊が最初に見付けた村の子供達がどんな姿だったかわかるか?」

 「固まったままの俺に向かって、そいつは泣きながら藁鋤を突き出したたんだ、相棒の血で、黒鉄が瞬きの間に錆付いちまったのかと思えた程に赤く染まった鋤を」

 「冷静な時なら、ただ相手の動きを止めて済ませることだってできたかも知れねぇよ、でも、その時はもう頭の中がぐちゃぐちゃで」

 「それでも体に染み付いた動きは思わず出ちまうのな、訓練で習った相手を制圧する動きじゃない、向かって来る相手の武器を躱して、相手の急所に得物を突き出す、訓練で習うより前に、ひいじいさんに死ぬ程叩き込まれた動きの方がな」

 掛ける言葉どころか、湧き上がる千々の思いの内何れを持てば良いのかすらわからない。けれど、それだけは抱いてはいけないとわかっていても、今日に至るまでの行いに対する後悔の念は押さえ込もうとする度にいや増していった。
 『殺させたのはだれ?』『こちらの道に引き込んだのはだれ?』『何故引き込む必要が有った?』『何故愛してしまったの?』

 …少なくとも、こんな顔をさせるためじゃ、ない。

 ―――

 「まぁそんなわけだから、『要請を受けたのがリズ、命令下したのがお前、実行したのが俺』って感じで責任分配するって事で良いか?」
 「…色々言いたいことだらけだけどいいよ」
 「マギー嬢が大袈裟に言いやがるから猿どもにも号令かけたけどさぁ~、あの程度の連中だったら100人が200人だったとしても俺と三人だけで全然問題なかったわ~、中央も存外大した事ねぇのな…いい機会だしこのまま東の辺境を起点に大陸全土の覇権とか狙っちゃう?」
 「…そしたらユーリが王様になると良いよ」
 「じゃあお前とリズは二人とも正室な、10人くらい寝転がれるでっけぇベッド作って毎晩ひぃひぃ言わせてやっからな」
 「…それちょっと良いな」
 予想していた通りちょうど一週間で戻ってきたユーリに呼び出され事の顛末を聞かされた。正直物申したい所は一つや二つではないのだけれど、何よりも気にかかったのは…

 「…皇女殿下を随分親しげに呼ぶんだねぇ?」
 「いやまずそこから聞くんかい」
 「は?寧ろそこを聞かずに何を聞けって言うんだい?」
 『浮気性で困っちゃう』が冗談で済んでいると思えばこそ僕らも笑い話で収めているのだ。
 「いやこっちはいつも割と本気で詰められてる気分な「黙って」…はい」

 「…それと、帰って来てからず~っと君の膝の上で甘ぁ~い視線を送り続けてるのは僕の妻で合ってるかな?」
 「いや…これについてはマジで俺悪くないと思うんだ…」
 「言い訳は良いから、『このまま二人がイチャついてる尊い絵面を眺めてる』のと『一緒に混ざって三人でイチャイチャする』のとどっちが僕にとって最適か一緒に考えて」
 「…もう面倒臭ぇからこっち来「わかった」早っ!」
 左膝は妻に占領されているので右足を開かせて腰掛ける。恍惚とした表情で胸板に頬擦りするリズに倣ってがっしりした肩に頭を乗せてみる。

 「…なぁ、これ人から見たら俺がとんでもない誑しに見えないか?」
 「今更それ言う?とっくに夫婦そろって君の手垢まみれだけど」
 「いやん、誑かされちゃった///」
 「はあああぁぁぁ!?どの口が言う!?年端もいかねぇ俺に早々に唾つけといて!!」
 そうさ、僕らだって碌なもんじゃない。

 暗い所に堕ちてく時は、必ず三人いっしょだよ。
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