18 / 29
第十八話
しおりを挟む
~第十八話~
謂れの無い悪名が広まるのは困るが、分を越えて名声が高まるのもそれはそれであまり歓迎はできない。王族の傍に控える名目を得つつもそれなりに身軽に動き回るとしたら正直今くらいの地位が一番丁度良い。言っちゃあ何だが、実家はそれなりに太いから『出世して俸給が増えたところでなぁ』と言う気分も有る。
そんな希望とは裏腹に、最近は気付けば御大層な肩書きばかりが増えていきやがる。
『マグニシア王国近衛従士第三大隊副指揮官兼同第二中隊長』、コレは当然必要。だがコレ以上は要らない。何か大隊をもう一個新設する噂が有るけど全力で聞こえないフリしてる。
『コバロイ首長連合名誉氏族長』、まぁコレは同朋との友好の証だし正直貰えて嬉しかった。他族長から『娘を嫁にどうだ』と言われたけどそちらは丁重にお断りしておいた。
『森の若殿』、コレはエテ公どもが勝手にそう呼んでるだけ。ぶっちゃけ恥ずかしい、それを知ってか知らずかジジイが真似して呼び始めたのも非常に鬱陶しい。
New!『ビザンツ聖帝国聖騎士』、正直その場のノリで受け取ったの後悔してる。
唯一有難い事は中二つについては世間の認知も低いし授与される徽章の類も無いという点だ。あまり畏まって体裁を整えられてしまえば重責も感じただろうが、隊服の左胸が軽いと心持ちも随分変わるってもんだ。
―――
帰還から三日後、建前上は"王太子殿下の護衛"に対する恩賜休暇から戻った俺のデスクの上には十日あまりの内に置かれた書類が山積していた。副官代理に置いた筈の第三中隊長曰く
「いや、お頭が『緊急性の高い物を除いてそのままで良い』って仰ったもんで」とのこと。ざけんな、何の嫌がらせだあのアマ。
『上等だぁ!午前中に全部片付けてドヤ顔で嫌味の一つも言ってやらぁクソがぁ!』をモチベーションにして片端から処理を進めた。結果本当に午前中の内に全ての承認決裁、なんなら手抜かりの有った書類は担当部署に拳付きで突っ返すところまで終わらせて意気揚々指揮官執務室のドアを叩いた。
………
「…私には以前から疑問だった事が一つある」
執務机の上で両の掌を祈る様に組んだ姿勢の大隊長は視線を合わせずにぽつりと呟いた。
「はぁ…何すか?」
話の先が見えず、思わず気の抜けた声が漏れる。乗り込んで来た時の意気込みはとうに削がれ切っていた。
「…」
「…え?なに、そんな重たい話ですか」
「…いや、まぁ、我々の様な稼業の人間なら、一度は同様の疑問を抱く者もそれなり居るだろう、と言う程度の話なのだが」
酷く歯切れが悪い、ウチの妹の真似っすか?キレイ系の女性がやると威圧感増すからやめた方が良いっすよ。飛んできた卓上のペーパーナイフを小脇に抱えていた書類束で受け止める…あぁ良かった、一番書き直しが面倒臭ぇ月度予算の報告書にはギリ届いてねぇわ。
「…今朝、ビザンツ聖帝国から勅使と共にコレが送られてきた」
大隊長は執務机の片隅に置かれていた小箱を手に取って俺の正面に置き直した。
「あれま、そいつぁ当直明けに気の毒でしたな」
「…中身を聞かんところを見るに、宛名に間違いはないのか…そうか…」
沈痛な面持ちで徐に立ち上がった大隊長は俺の前に歩を進めると左の襟に手を掛けた。あぁ、まぁ自分で隊服に着けるよりは上司がやった方が格好がつくわな。あれ?でも箱が机の上に置きっぱですよお頭。
「『聖女が自身の運命すら託すと言う聖騎士に任ぜられる人物とは一体どれほど高潔な勇士なのだろうか』…中央高等女学院の中庭で、私と、当時はまだ"第三皇女"であらせられたマーガレット様は屡々互いの理想を語り合ったものだよ」
あそっか、リズと昔からの仲って事は隊長の学生時代の後輩になるわけか。
「貴様がエリザベート様の寵愛を賜るのは、まぁ月日の長さも鑑みて許してやっても良い」
こりゃいかんわ、極力気付かない様に努めてたが愈々語気に怒りの色が隠せなくなってきてる。襟が伸びちゃうよぉ。
「だがっ…!あの純真無垢を絵に描いた様なっ…花の妖精も斯くやと吟われたあのマーガレット様がっ…何故貴様なぞをっ…!」
お前仮にも自分の部下の受勲に際してその言い種はどうなんだ。第一あの聖女サマ言うほど純粋培養の気配無かったぞ、寧ろ強かの部類だろアレは。
「やだぁ~!私もマギーちゃんに騎士の誓いやりたいぃ~!ユー坊ばっかりズルいぃ~!」
揺らすな、駄々こねるな、二重の意味で吐きそう。
………
「まぁ冗談はさておき、あの後巡礼で何が有ったかは説明してもらうぞ」
「そりゃ構いませんが…まだ色々外に漏らせない話も多いんでくれぐれも此処だけに願いますよ」
「無論だ、だが国防に関わる話は"独自の情報ソース"として他団長には共有するぞ?」
「それこそ言わずもがなでしょ」
我ながらこの切り替えの早さにも慣れたもんだなぁ…坊主扱いとか久々でちょっと懐かしかったわ。
―――
「…!なんか浮気の気配を感じる!」
「そうですかー、はい、次のお仕事これですー」
「…はい」
―――
「…!あの子の周りに女の気配を感じますわ!」
「はぁ、左様で…はい、ここの包帯押さえて下され」
「…はい」
謂れの無い悪名が広まるのは困るが、分を越えて名声が高まるのもそれはそれであまり歓迎はできない。王族の傍に控える名目を得つつもそれなりに身軽に動き回るとしたら正直今くらいの地位が一番丁度良い。言っちゃあ何だが、実家はそれなりに太いから『出世して俸給が増えたところでなぁ』と言う気分も有る。
そんな希望とは裏腹に、最近は気付けば御大層な肩書きばかりが増えていきやがる。
『マグニシア王国近衛従士第三大隊副指揮官兼同第二中隊長』、コレは当然必要。だがコレ以上は要らない。何か大隊をもう一個新設する噂が有るけど全力で聞こえないフリしてる。
『コバロイ首長連合名誉氏族長』、まぁコレは同朋との友好の証だし正直貰えて嬉しかった。他族長から『娘を嫁にどうだ』と言われたけどそちらは丁重にお断りしておいた。
『森の若殿』、コレはエテ公どもが勝手にそう呼んでるだけ。ぶっちゃけ恥ずかしい、それを知ってか知らずかジジイが真似して呼び始めたのも非常に鬱陶しい。
New!『ビザンツ聖帝国聖騎士』、正直その場のノリで受け取ったの後悔してる。
唯一有難い事は中二つについては世間の認知も低いし授与される徽章の類も無いという点だ。あまり畏まって体裁を整えられてしまえば重責も感じただろうが、隊服の左胸が軽いと心持ちも随分変わるってもんだ。
―――
帰還から三日後、建前上は"王太子殿下の護衛"に対する恩賜休暇から戻った俺のデスクの上には十日あまりの内に置かれた書類が山積していた。副官代理に置いた筈の第三中隊長曰く
「いや、お頭が『緊急性の高い物を除いてそのままで良い』って仰ったもんで」とのこと。ざけんな、何の嫌がらせだあのアマ。
『上等だぁ!午前中に全部片付けてドヤ顔で嫌味の一つも言ってやらぁクソがぁ!』をモチベーションにして片端から処理を進めた。結果本当に午前中の内に全ての承認決裁、なんなら手抜かりの有った書類は担当部署に拳付きで突っ返すところまで終わらせて意気揚々指揮官執務室のドアを叩いた。
………
「…私には以前から疑問だった事が一つある」
執務机の上で両の掌を祈る様に組んだ姿勢の大隊長は視線を合わせずにぽつりと呟いた。
「はぁ…何すか?」
話の先が見えず、思わず気の抜けた声が漏れる。乗り込んで来た時の意気込みはとうに削がれ切っていた。
「…」
「…え?なに、そんな重たい話ですか」
「…いや、まぁ、我々の様な稼業の人間なら、一度は同様の疑問を抱く者もそれなり居るだろう、と言う程度の話なのだが」
酷く歯切れが悪い、ウチの妹の真似っすか?キレイ系の女性がやると威圧感増すからやめた方が良いっすよ。飛んできた卓上のペーパーナイフを小脇に抱えていた書類束で受け止める…あぁ良かった、一番書き直しが面倒臭ぇ月度予算の報告書にはギリ届いてねぇわ。
「…今朝、ビザンツ聖帝国から勅使と共にコレが送られてきた」
大隊長は執務机の片隅に置かれていた小箱を手に取って俺の正面に置き直した。
「あれま、そいつぁ当直明けに気の毒でしたな」
「…中身を聞かんところを見るに、宛名に間違いはないのか…そうか…」
沈痛な面持ちで徐に立ち上がった大隊長は俺の前に歩を進めると左の襟に手を掛けた。あぁ、まぁ自分で隊服に着けるよりは上司がやった方が格好がつくわな。あれ?でも箱が机の上に置きっぱですよお頭。
「『聖女が自身の運命すら託すと言う聖騎士に任ぜられる人物とは一体どれほど高潔な勇士なのだろうか』…中央高等女学院の中庭で、私と、当時はまだ"第三皇女"であらせられたマーガレット様は屡々互いの理想を語り合ったものだよ」
あそっか、リズと昔からの仲って事は隊長の学生時代の後輩になるわけか。
「貴様がエリザベート様の寵愛を賜るのは、まぁ月日の長さも鑑みて許してやっても良い」
こりゃいかんわ、極力気付かない様に努めてたが愈々語気に怒りの色が隠せなくなってきてる。襟が伸びちゃうよぉ。
「だがっ…!あの純真無垢を絵に描いた様なっ…花の妖精も斯くやと吟われたあのマーガレット様がっ…何故貴様なぞをっ…!」
お前仮にも自分の部下の受勲に際してその言い種はどうなんだ。第一あの聖女サマ言うほど純粋培養の気配無かったぞ、寧ろ強かの部類だろアレは。
「やだぁ~!私もマギーちゃんに騎士の誓いやりたいぃ~!ユー坊ばっかりズルいぃ~!」
揺らすな、駄々こねるな、二重の意味で吐きそう。
………
「まぁ冗談はさておき、あの後巡礼で何が有ったかは説明してもらうぞ」
「そりゃ構いませんが…まだ色々外に漏らせない話も多いんでくれぐれも此処だけに願いますよ」
「無論だ、だが国防に関わる話は"独自の情報ソース"として他団長には共有するぞ?」
「それこそ言わずもがなでしょ」
我ながらこの切り替えの早さにも慣れたもんだなぁ…坊主扱いとか久々でちょっと懐かしかったわ。
―――
「…!なんか浮気の気配を感じる!」
「そうですかー、はい、次のお仕事これですー」
「…はい」
―――
「…!あの子の周りに女の気配を感じますわ!」
「はぁ、左様で…はい、ここの包帯押さえて下され」
「…はい」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる