20 / 29
第二十話
しおりを挟む
~第二十話~
やっと手に入れた幸せに、知れず浮かれてしまっていたのか。それとも、愛し愛される事に驕ってしまっていたのかしら。
全員が積み重ねてきた努力の上に、今の奇跡が有ると言うのに。いつの間にか、其れを享受する事を当然の様に捉えてしまっていた。
『もう離さない』と、誓うだけでは足らなかった。繋ぎ止めておく努力を、怠るべきではなかった。
あぁ、もういっそ、本当に鎖で繋いでしまいたい。
―――
とは言え、差し当っては
「もうやだぁ…もう一生ねえさんの膝の上で暮らすぅ…」
このすっかり拗ねてしまった天使の心にトドメを刺すような欲求は抑える努力をすべきなのだろうけど。
―――
「おい、動くなって…匂い嗅げねぇだろ」
「いや、でももう彼是四半刻もこの状態は流石に恥ずかし「あ"ぁ?」すいません…」
「でもそろそろ休まないと…明日の朝には出発するんでしょ「その話は今一番したくないの分かるよな?」…そうね、ごめんなさい」
抱き枕よろしく夫の頭を掻き抱き、自身の頭は私の膝の上に乗せた状態で寝台に横たわるユーリは私たちに取り付く島を与えない。何とか上手く諭して寝かし付けてあげたいのだけれど、そうもいかない。口調の荒っぽさとは裏腹に、瞳からは止め処なく大粒の雫が零れている為強く出られないのだ。…あぁ、寝間着が吸い切れなくなった水分が腿を冷やし始めたのを感じる。
「あ"ぁあ"あ"~行き"たくね"ぇなぁ~」
ついに悪態に鼻声が混じる様になってしまったわ…どうしたものかしら。
「…やっぱり僕から話すよ、流石に今回の事は急に過ぎるし一方的過ぎる」
解決の糸口を手繰らんと夫が提案を投げた、正直全く同感。私達の個人的な事情を差し引いても、最近はあからさまにこの子個人に諸々の負担が集中し過ぎている様に思えてならない。
「つったってさぁ、断ったら新設の大隊に回されんだぜ?…逃げ道無いんなら雑用こなして取り敢えず凌ぐくらいしか現状を維持する方法が思いつかんよ」
常のこの子からは及びもつかない弱音が溢れる。でも、こんな弱音こそがこの子の本質だと私達だけが知っている。本音を言えば、『十人力を要す大斧槍を己が身の如く振るい、幾百もの荒くれ共に一糸乱れぬ隊伍を為さしめ、己はただ一騎で千を越す邪神の眷属ばらを討ち倒し、人海万里にその武名を轟かす』…そんな近頃巷間に流れ出した詩の方が私達には信じられなかった。
---
ままならないもんだ
隣に居る為にここまでのし上がったってぇのに
偉くなったら今度は其れが足を引っ張りやがる
まぁ、二人の苦労の一端でも味わえたと思って諦めるより他は無ぇんだ
…本当に?
---
頭頂部の辺りから断続的に聴こえていた鼻息が不意に途切れた。泣き疲れて眠ってしまったのかと寝返りを打った所でユーリと視線が重なる。
いや、そう感じたのは僕の側だけだとすぐに気付いた。何か大きな考え事をする時、ユーリは目の前の全てが意識から消える事を経験から知っている。
経験。
そう、この目には覚えが有った。
「…なに考えてるんだい?ユーリ」
思考を妨げて良いものか逡巡してしまい、問い掛ける声は自分が意図した以上に細くなった。後の事を思えば、もっと強く問い質すべきだったのかも知れない。いっそのこと、何を思案していたのか彼が忘れてしまう程に強く。
忘れようものか。以前にこの目を見せた翌日、彼は曾祖父の伝手で近衛教導隊の門を叩いたのだ。
「…いやぁ?お前の匂いのお陰で随分落ち着いたなぁ、ってな」
嘘か誠か、先程まで驟雨が如く零れ落ちていた筈の泪はぴたりと止んでいた。血走った目を細め、歯軋りを立てていた口を柔らかく歪めてはにかんで見せている。
ねぇ、君は気付いているの?
細められた鳶色の瞳の奥、君の魂の在処が凡そ尋常でない光に満ちていることを。
これから君が何を引き起こそうと、その瞳に魅せられた僕たちは全てを赦してしまうだろうことを。
やっと手に入れた幸せに、知れず浮かれてしまっていたのか。それとも、愛し愛される事に驕ってしまっていたのかしら。
全員が積み重ねてきた努力の上に、今の奇跡が有ると言うのに。いつの間にか、其れを享受する事を当然の様に捉えてしまっていた。
『もう離さない』と、誓うだけでは足らなかった。繋ぎ止めておく努力を、怠るべきではなかった。
あぁ、もういっそ、本当に鎖で繋いでしまいたい。
―――
とは言え、差し当っては
「もうやだぁ…もう一生ねえさんの膝の上で暮らすぅ…」
このすっかり拗ねてしまった天使の心にトドメを刺すような欲求は抑える努力をすべきなのだろうけど。
―――
「おい、動くなって…匂い嗅げねぇだろ」
「いや、でももう彼是四半刻もこの状態は流石に恥ずかし「あ"ぁ?」すいません…」
「でもそろそろ休まないと…明日の朝には出発するんでしょ「その話は今一番したくないの分かるよな?」…そうね、ごめんなさい」
抱き枕よろしく夫の頭を掻き抱き、自身の頭は私の膝の上に乗せた状態で寝台に横たわるユーリは私たちに取り付く島を与えない。何とか上手く諭して寝かし付けてあげたいのだけれど、そうもいかない。口調の荒っぽさとは裏腹に、瞳からは止め処なく大粒の雫が零れている為強く出られないのだ。…あぁ、寝間着が吸い切れなくなった水分が腿を冷やし始めたのを感じる。
「あ"ぁあ"あ"~行き"たくね"ぇなぁ~」
ついに悪態に鼻声が混じる様になってしまったわ…どうしたものかしら。
「…やっぱり僕から話すよ、流石に今回の事は急に過ぎるし一方的過ぎる」
解決の糸口を手繰らんと夫が提案を投げた、正直全く同感。私達の個人的な事情を差し引いても、最近はあからさまにこの子個人に諸々の負担が集中し過ぎている様に思えてならない。
「つったってさぁ、断ったら新設の大隊に回されんだぜ?…逃げ道無いんなら雑用こなして取り敢えず凌ぐくらいしか現状を維持する方法が思いつかんよ」
常のこの子からは及びもつかない弱音が溢れる。でも、こんな弱音こそがこの子の本質だと私達だけが知っている。本音を言えば、『十人力を要す大斧槍を己が身の如く振るい、幾百もの荒くれ共に一糸乱れぬ隊伍を為さしめ、己はただ一騎で千を越す邪神の眷属ばらを討ち倒し、人海万里にその武名を轟かす』…そんな近頃巷間に流れ出した詩の方が私達には信じられなかった。
---
ままならないもんだ
隣に居る為にここまでのし上がったってぇのに
偉くなったら今度は其れが足を引っ張りやがる
まぁ、二人の苦労の一端でも味わえたと思って諦めるより他は無ぇんだ
…本当に?
---
頭頂部の辺りから断続的に聴こえていた鼻息が不意に途切れた。泣き疲れて眠ってしまったのかと寝返りを打った所でユーリと視線が重なる。
いや、そう感じたのは僕の側だけだとすぐに気付いた。何か大きな考え事をする時、ユーリは目の前の全てが意識から消える事を経験から知っている。
経験。
そう、この目には覚えが有った。
「…なに考えてるんだい?ユーリ」
思考を妨げて良いものか逡巡してしまい、問い掛ける声は自分が意図した以上に細くなった。後の事を思えば、もっと強く問い質すべきだったのかも知れない。いっそのこと、何を思案していたのか彼が忘れてしまう程に強く。
忘れようものか。以前にこの目を見せた翌日、彼は曾祖父の伝手で近衛教導隊の門を叩いたのだ。
「…いやぁ?お前の匂いのお陰で随分落ち着いたなぁ、ってな」
嘘か誠か、先程まで驟雨が如く零れ落ちていた筈の泪はぴたりと止んでいた。血走った目を細め、歯軋りを立てていた口を柔らかく歪めてはにかんで見せている。
ねぇ、君は気付いているの?
細められた鳶色の瞳の奥、君の魂の在処が凡そ尋常でない光に満ちていることを。
これから君が何を引き起こそうと、その瞳に魅せられた僕たちは全てを赦してしまうだろうことを。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる