推しカプの皇太子夫妻に挟まれ推し返されてしんどい

小島秋人

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第二十話

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  ~第二十話~

 やっと手に入れた幸せに、知れず浮かれてしまっていたのか。それとも、愛し愛される事に驕ってしまっていたのかしら。

 全員が積み重ねてきた努力の上に、今の奇跡が有ると言うのに。いつの間にか、其れを享受する事を当然の様に捉えてしまっていた。

 『もう離さない』と、誓うだけでは足らなかった。繋ぎ止めておく努力を、怠るべきではなかった。

 あぁ、もういっそ、本当に鎖で繋いでしまいたい。

 ―――

 とは言え、差し当っては
 「もうやだぁ…もう一生ねえさんの膝の上で暮らすぅ…」
 このすっかり拗ねてしまった天使の心にトドメを刺すような欲求は抑える努力をすべきなのだろうけど。
 
 ―――

 「おい、動くなって…匂い嗅げねぇだろ」
 「いや、でももう彼是四半刻もこの状態は流石に恥ずかし「あ"ぁ?」すいません…」
 「でもそろそろ休まないと…明日の朝には出発するんでしょ「その話は今一番したくないの分かるよな?」…そうね、ごめんなさい」

 抱き枕よろしく夫の頭を掻き抱き、自身の頭は私の膝の上に乗せた状態で寝台に横たわるユーリは私たちに取り付く島を与えない。何とか上手く諭して寝かし付けてあげたいのだけれど、そうもいかない。口調の荒っぽさとは裏腹に、瞳からは止め処なく大粒の雫が零れている為強く出られないのだ。…あぁ、寝間着が吸い切れなくなった水分が腿を冷やし始めたのを感じる。

 「あ"ぁあ"あ"~行き"たくね"ぇなぁ~」
 ついに悪態に鼻声が混じる様になってしまったわ…どうしたものかしら。
 「…やっぱり僕から話すよ、流石に今回の事は急に過ぎるし一方的過ぎる」
 解決の糸口を手繰らんと夫が提案を投げた、正直全く同感。私達の個人的な事情を差し引いても、最近はあからさまにこの子個人に諸々の負担が集中し過ぎている様に思えてならない。

 「つったってさぁ、断ったら新設の大隊に回されんだぜ?…逃げ道無いんなら雑用こなして取り敢えず凌ぐくらいしか現状を維持する方法が思いつかんよ」
 常のこの子からは及びもつかない弱音が溢れる。でも、こんな弱音こそがこの子の本質だと私達だけが知っている。本音を言えば、『十人力を要す大斧槍を己が身の如く振るい、幾百もの荒くれ共に一糸乱れぬ隊伍を為さしめ、己はただ一騎で千を越す邪神の眷属ばらを討ち倒し、人海万里にその武名を轟かす』…そんな近頃巷間に流れ出した詩の方が私達には信じられなかった。

 ---

 ままならないもんだ

 隣に居る為にここまでのし上がったってぇのに

 偉くなったら今度は其れが足を引っ張りやがる

 まぁ、二人の苦労の一端でも味わえたと思って諦めるより他は無ぇんだ



 …本当に?



 ---

 頭頂部の辺りから断続的に聴こえていた鼻息が不意に途切れた。泣き疲れて眠ってしまったのかと寝返りを打った所でユーリと視線が重なる。

 いや、そう感じたのは僕の側だけだとすぐに気付いた。何か大きな考え事をする時、ユーリは目の前の全てが意識から消える事を経験から知っている。

 経験。

 そう、この目には覚えが有った。
 「…なに考えてるんだい?ユーリ」
 思考を妨げて良いものか逡巡してしまい、問い掛ける声は自分が意図した以上に細くなった。後の事を思えば、もっと強く問い質すべきだったのかも知れない。いっそのこと、何を思案していたのか彼が忘れてしまう程に強く。

 忘れようものか。以前にこの目を見せた翌日、彼は曾祖父の伝手で近衛教導隊の門を叩いたのだ。

 「…いやぁ?お前の匂いのお陰で随分落ち着いたなぁ、ってな」
 嘘か誠か、先程まで驟雨が如く零れ落ちていた筈の泪はぴたりと止んでいた。血走った目を細め、歯軋りを立てていた口を柔らかく歪めてはにかんで見せている。

 ねぇ、君は気付いているの?

 細められた鳶色の瞳の奥、君の魂の在処が凡そ尋常でない光に満ちていることを。

 これから君が何を引き起こそうと、その瞳に魅せられた僕たちは全てを赦してしまうだろうことを。
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