霧開けて、明暗

小島秋人

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2020/05/25

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2020/05/25

 定期的に閨を訪う不眠の気にも慣れきったもので、寧ろ自身の一見して不安定な内面が憐憫の情を誘う虚飾でないことの証左として歓迎する始末に在る。無論其れもこうして文字に起こしている以上他者に対する斯様な感情の想起を狙う意図が無いと言ったところで、と自虐も忘れないのだけれど。

 短眠が身の丈に合わない事は此処十年程の内に嫌と思い知った。寧ろ所謂三大欲求と言うヤツの内でも午睡に勝る娯楽は無いと犇々身に染みている。短眠から来る胸焼け、嘔吐感、渇いた口腔の不快感。何れを取ってもまぁ嬉々と受け入れられる様には今日に至りなっていない。被虐趣味の自負は有っても斯様な苦痛は物理的な其れと根本にして異なるのだらう。

 起き抜けの眠気覚ましに、更には遅い朝昼食も兼ねてジョッキ一杯のカフェオレを手早く作り飲み下す。溶け残ったインスタントの顆粒が時折刺激的な苦味を以て覚醒を促す。血糖値の向上に相応の上白糖を加えている。夜半まで空腹を誤魔化せる程となれば近くインシュリンを常用する身空に至るも違い有るまいと思う。

 カフェインが染み渡る様な実感は無いにせよ、その辺りで凡そ二度寝の欲求は鳴りを潜める。労働が尊いとは思わねども、先ずもって生きる術を手放しては叱られる方面も多岐に渡る。仕方無しに堆く積み重ねた羽毛蒲団(三組9,600円)との会瀬をそこそこに切り上げて身支度を整え家を出た。

 「…で、この時間に至るまで小腹の一つも鳴らねぇ訳なんだけども」
 「生き急ぐねぇ、今年の健康診断が楽しみだ」
 宵闇に染まる車窓に映る彼は呆れ、嘲りにも近い表情で応える。此れに限って言えば表情の深読みも不要だらう。行動の真意が惰性から来ると知っているからこそ、手放しに喜ぶ気にもなれないで居るのは痛いほど伝わっている。かと言って、「情けない男」と突き放す程に愛想も尽き果てて居ないのは感謝したい。

 「スタイリッシュな私生活ってのも、向きではねぇので」
 「自活の意識が低いことに関して兎や角言う心算は無いよ」
 言外に「権利も」と添えているように思えてならない。尤もな事であるが、だからと言って遠慮するのも大概にらしくない。互いの弱気に引っ張られる程心が通ずると言うのは嬉しい限りだが、如何せん悪循環を孕みがちなのは改めたいものだ。諸共に沈み込むのは酔狂が過ぎると知りつつ、実際にしてそんな互いの有り様もそう毛嫌いした物ではないのだけれど。
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