1 / 13
柚貝三矢編
置き去りの一日目
しおりを挟む
(置き去りとか、人間の方が幽霊よりえげつないだろう?)
五月十三日の金曜日、さらには仏滅。
門出の日には、最悪の日かもしれない。
『都立木村野高校』
今日からこの学校へ転入する卜部は、古びた校舎を眺めた。
一学期の途中であり、卜部の転入は計画的なものではない。『訳あり』であった。
(こんな浮遊霊だらけじゃ、塩がいくらあっても足りんな……)
校門脇にしゃがみ込んで塩を盛りながら、卜部は短い黒髪をうーん、と掻く。
盛り塩作りの時に、袖口にでも入ったのだろう。白い粉が卜部の頭から舞った。
「え、ありえないんですけど……」
近くを歩いていた女子が、とてつもなく汚い物を見た目で見てくる。
ちょっと待て、何の誤解だ、と卜部はため息だけ吐いた。
卜部はつらつらと、ここ最近のことを思い返す。
なぜひとりぼっちになったのか―――を。
◇◆◇
つい二週間ほど前まで、卜部は両親と共に、アメリカのカリフォルニア州にいた。
何をしていたかと言えば、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』なる、異形な屋敷の掃除である。
卜部家では『幽霊や心霊現象が視える』者が度々生まれるらしい。
平和な学生ライフを送りたい卜部も、残念ながら『視える』のだ。
そのため、修行と称して、アメリカの西海岸で掃除をさせられていた。
卜部と両親は、アメリカでの仕事に区切りがつくと、久々に日本へ帰国。
しばらくは、親子仲よく都内のホテルに滞在していたのである。
しかし、ふと外へ出た間に、両親は消えた。
『ベトナムのコンダオ島に行く。お前は自立しろ。 父母より」
ご丁寧に、卜部の荷物はフロントに預けてあった。嬉しくない気遣いだった。
(コンダオ島って、観光じゃなくて刑務所の方だろうな)
卜部は、幼い頃から両親に連れまわされてきた。
嫌になるほど見物したのだ。世界中の『心霊スポット』を。
十歳年上の兄は『視えない』人間だった。
ゆえに『視える』卜部が標的になったのだと、今さらながら思う。
好き勝手に連れまわして、心霊現象の『英才教育』を繰り返した両親。
彼らは、家財や金や住む家など、一切合切、何も残さずに、いきなり消えた。
怪奇現象で大概のことには動じない卜部とて、さすがに途方に暮れた。
「俺だ。弟だ。兄貴。覚えているか。金だ。金をくれないか」
記憶と財布にあった十円玉のお陰で、『幽霊の視えない』兄とは連絡が取れた。
案内されるまま銀行に向かったが、そこにはたむろする三人の警察官たち。
(あー、こいつ、女の生霊がついてるな……。浮気性か?)
卜部は生霊憑きの警察官へ生暖かい目を送りながら、兄を待ちわびた。
ほどなく、警察官たちに卜部は『任意同行』で署へ輸送される。
後から聞いた話では、「受け子」だろう、と勘違いされたらしい。
「違う! 俺は詐欺師じゃない! ちょっと幽霊が視えるくらいだ!」
実の兄が引き取りに来たのが、それから三日後のこと。
人間ってやつは、ずいぶんと冷たいじゃないか、と取調室でこぼした卜部を、責める者はいないだろう。たぶん、きっと、おそらく。
投資で財産を築いていた十歳年上の兄は、お詫びとばかり手を尽くしてくれた。
賃貸住宅の手配と『都立木村野高校』へ転入手続き、それから半年分の生活費。
卜部としては感謝しかなかったが、それを最後に兄とは絶縁されてしまった。
「お前のことは別に、恨んだり嫌ったりはしていない。でも、『視える』やつとはもう関わりたくない」
ファミレスの片隅で、パソコンをかたかたしながら、兄はそれだけ言った。
卜部は薄々感づいていた。兄がどうやって財産築いたのかを。
大量に絡みつく怨霊らが、あくどいことに手を染めているのを物語っていた。
(兄貴……守護霊が、もう守り切れないって嘆いているぞ……)
卜部とて兄を憎からず思っている。
『視える』と『視えない』で、道を違えるのは仕方がないことだ。
それでも、せめてお返しくらい、と卜部はお守りを差し出した。
「兄貴、これをもらってくれないか? メキシコで手に入れた『巫女の毛髪』が入ったおまも……」
「いらない」
『心霊絡み』とは縁を切りたいのだろう。兄の表情は曇天のようだった。
(せめて、長生きしてくれ……)
◇◆◇
卜部は心霊現象が『視える』男だ。
そして、『心霊スポット』を転々する人生を送って来たのだ。
(本当に、普通の高校生活なんて、送れるのだろうか……)
不安があるのは当然と言えよう。
両親が消え、実の兄とは絶縁。あるのは住処と当座の金、そして学生の身分。
これが卜部の現状で、転入初日の状況だった。
五月十三日の金曜日、さらには仏滅。
門出の日には、最悪の日かもしれない。
『都立木村野高校』
今日からこの学校へ転入する卜部は、古びた校舎を眺めた。
一学期の途中であり、卜部の転入は計画的なものではない。『訳あり』であった。
(こんな浮遊霊だらけじゃ、塩がいくらあっても足りんな……)
校門脇にしゃがみ込んで塩を盛りながら、卜部は短い黒髪をうーん、と掻く。
盛り塩作りの時に、袖口にでも入ったのだろう。白い粉が卜部の頭から舞った。
「え、ありえないんですけど……」
近くを歩いていた女子が、とてつもなく汚い物を見た目で見てくる。
ちょっと待て、何の誤解だ、と卜部はため息だけ吐いた。
卜部はつらつらと、ここ最近のことを思い返す。
なぜひとりぼっちになったのか―――を。
◇◆◇
つい二週間ほど前まで、卜部は両親と共に、アメリカのカリフォルニア州にいた。
何をしていたかと言えば、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』なる、異形な屋敷の掃除である。
卜部家では『幽霊や心霊現象が視える』者が度々生まれるらしい。
平和な学生ライフを送りたい卜部も、残念ながら『視える』のだ。
そのため、修行と称して、アメリカの西海岸で掃除をさせられていた。
卜部と両親は、アメリカでの仕事に区切りがつくと、久々に日本へ帰国。
しばらくは、親子仲よく都内のホテルに滞在していたのである。
しかし、ふと外へ出た間に、両親は消えた。
『ベトナムのコンダオ島に行く。お前は自立しろ。 父母より」
ご丁寧に、卜部の荷物はフロントに預けてあった。嬉しくない気遣いだった。
(コンダオ島って、観光じゃなくて刑務所の方だろうな)
卜部は、幼い頃から両親に連れまわされてきた。
嫌になるほど見物したのだ。世界中の『心霊スポット』を。
十歳年上の兄は『視えない』人間だった。
ゆえに『視える』卜部が標的になったのだと、今さらながら思う。
好き勝手に連れまわして、心霊現象の『英才教育』を繰り返した両親。
彼らは、家財や金や住む家など、一切合切、何も残さずに、いきなり消えた。
怪奇現象で大概のことには動じない卜部とて、さすがに途方に暮れた。
「俺だ。弟だ。兄貴。覚えているか。金だ。金をくれないか」
記憶と財布にあった十円玉のお陰で、『幽霊の視えない』兄とは連絡が取れた。
案内されるまま銀行に向かったが、そこにはたむろする三人の警察官たち。
(あー、こいつ、女の生霊がついてるな……。浮気性か?)
卜部は生霊憑きの警察官へ生暖かい目を送りながら、兄を待ちわびた。
ほどなく、警察官たちに卜部は『任意同行』で署へ輸送される。
後から聞いた話では、「受け子」だろう、と勘違いされたらしい。
「違う! 俺は詐欺師じゃない! ちょっと幽霊が視えるくらいだ!」
実の兄が引き取りに来たのが、それから三日後のこと。
人間ってやつは、ずいぶんと冷たいじゃないか、と取調室でこぼした卜部を、責める者はいないだろう。たぶん、きっと、おそらく。
投資で財産を築いていた十歳年上の兄は、お詫びとばかり手を尽くしてくれた。
賃貸住宅の手配と『都立木村野高校』へ転入手続き、それから半年分の生活費。
卜部としては感謝しかなかったが、それを最後に兄とは絶縁されてしまった。
「お前のことは別に、恨んだり嫌ったりはしていない。でも、『視える』やつとはもう関わりたくない」
ファミレスの片隅で、パソコンをかたかたしながら、兄はそれだけ言った。
卜部は薄々感づいていた。兄がどうやって財産築いたのかを。
大量に絡みつく怨霊らが、あくどいことに手を染めているのを物語っていた。
(兄貴……守護霊が、もう守り切れないって嘆いているぞ……)
卜部とて兄を憎からず思っている。
『視える』と『視えない』で、道を違えるのは仕方がないことだ。
それでも、せめてお返しくらい、と卜部はお守りを差し出した。
「兄貴、これをもらってくれないか? メキシコで手に入れた『巫女の毛髪』が入ったおまも……」
「いらない」
『心霊絡み』とは縁を切りたいのだろう。兄の表情は曇天のようだった。
(せめて、長生きしてくれ……)
◇◆◇
卜部は心霊現象が『視える』男だ。
そして、『心霊スポット』を転々する人生を送って来たのだ。
(本当に、普通の高校生活なんて、送れるのだろうか……)
不安があるのは当然と言えよう。
両親が消え、実の兄とは絶縁。あるのは住処と当座の金、そして学生の身分。
これが卜部の現状で、転入初日の状況だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる