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柚貝三矢編
転入した『幽霊の視える』男子生徒
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「みんな静かにしてー! 今日から転入生が来ますよ。 みなさん、仲よくしてくださいね」
担任の女教師、稲荷先生がホームルーム中の教室で声を張り上げている。卜部は稲荷先生に促されて教室に入る手はずだ。まだもう少し待つはず、と卜部は廊下で辺りを見回していた。
(浮遊霊が一匹、浮遊霊が二匹……。あぁ、隣が墓地なのか、道理で)
この学校に幽霊が多い理由を理解した卜部は、顔をしかめると懐から白紙と塩を取り出す。『視える』ので、どうしても幽霊の存在が気になってしまう。海外では幽霊がらみで危険な目にもあってきた。ゆえに、たとえ弱そうな霊でも、油断するなど卜部にはできない。
「ご家庭の都合で外国暮らしが長くて、日本の文化に少し疎いようなの。外国の文化には詳しいから、お互いに尊重して学び合ってくださいね!」
「帰国子女かよ、すげーな」
「せんせー、男子と女子、どっち?」
「かわいい? イケメン?」
「男子よ。いまから呼ぶから、自己紹介が済んだら、色々聞いてあげてね」
卜部は懐から紙を取り出すと、円錐形に丸めて塩を詰め、形を整える。盛り塩だ。手慣れた仕草でそれを四つ作ると、教室前後の扉へそそくさと置いていく。
「これでよし」
背中の方から、がら、っと、教室の扉が開く音がした。
「……何してるのかしら? 卜部くん。自己紹介を……」
「あ、はい。すぐ行きます」
稲荷先生は怪訝そうな目を向けてくる。卜部の置いた盛り塩に何か言いたげだ。眉間にしわを寄せながら顔を歪めていたが、まあいいわ、と息を吐き教室へ促してきた。
◇◆◇
「卜部 広です。よろしくお願いします」
「「……」」
「え、えーっと、それだけ? ほら、特技とか、趣味とか……」
稲荷先生は苦笑いして、卜部を見てくる。何を話したものか、と卜部は首をかしげる。前に入学した高校はすぐに休学してしまったし、学校に来たのは久しぶりだ。
「卜部くんはどこの国にいたんですかー?」
「はい。アメリカ、カナダ、メキシコ、台湾……両親に連れられて、あちこち行きました」
「え、すごーい! ご両親の仕事ですか? 何しに行ったんですか?」
「はい。親の仕事で……手伝いです。メキシコでは『人形島』。あそこの写真を撮りに。カナダはケベック州の『バンフスプリングスホテル』で観光案内。アメリカでは『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』で清掃をしに行きました」
「……何でも屋?」
「あとは……国内では北九州の『旧犬鳴トンネル』、北海道の『中国人墓地』辺りも訪れたことがあります。和歌山の『三段壁』はとても景色がよく、思わず崖下に吸い込まれそうになりました」
「……心霊マニア?」
「すいません、忘れてください」
滔々と話していた卜部は、皆が顔を引きつらせているのに気づいた。気を利かせて質問してくれたであろう女子も、唇をぎざぎざにして目を逸らしてくる。
「ほら、みんな。卜部くんのご両親は写真を撮影したりする、ジャーナリストなのよ。だから『そういうところ』に行く機会が多いだけで、卜部くんは普通の子だからね。みんな、仲よくして頂戴ね」
(ジャーナリストとは便利な言いようだな。兄貴もきっと、周囲へ父母のことをそう言っていたのだろう)
「私からも聞いていいですか。先生」
「あら、柚貝さん。どうぞ」
そういって手をあげた女子に、卜部は衝撃を受けた。生涯忘れることはないだろう。
席を立って分かる、細身で小柄な体躯。制服の上に白衣を羽織った姿。不愛想そうに見える長髪の整った顔。他人を威圧するような黒い目。
柚貝は、卜部に向かってこう訊ねた。
「あなたには、私がどう『視える』のですか?」
担任の女教師、稲荷先生がホームルーム中の教室で声を張り上げている。卜部は稲荷先生に促されて教室に入る手はずだ。まだもう少し待つはず、と卜部は廊下で辺りを見回していた。
(浮遊霊が一匹、浮遊霊が二匹……。あぁ、隣が墓地なのか、道理で)
この学校に幽霊が多い理由を理解した卜部は、顔をしかめると懐から白紙と塩を取り出す。『視える』ので、どうしても幽霊の存在が気になってしまう。海外では幽霊がらみで危険な目にもあってきた。ゆえに、たとえ弱そうな霊でも、油断するなど卜部にはできない。
「ご家庭の都合で外国暮らしが長くて、日本の文化に少し疎いようなの。外国の文化には詳しいから、お互いに尊重して学び合ってくださいね!」
「帰国子女かよ、すげーな」
「せんせー、男子と女子、どっち?」
「かわいい? イケメン?」
「男子よ。いまから呼ぶから、自己紹介が済んだら、色々聞いてあげてね」
卜部は懐から紙を取り出すと、円錐形に丸めて塩を詰め、形を整える。盛り塩だ。手慣れた仕草でそれを四つ作ると、教室前後の扉へそそくさと置いていく。
「これでよし」
背中の方から、がら、っと、教室の扉が開く音がした。
「……何してるのかしら? 卜部くん。自己紹介を……」
「あ、はい。すぐ行きます」
稲荷先生は怪訝そうな目を向けてくる。卜部の置いた盛り塩に何か言いたげだ。眉間にしわを寄せながら顔を歪めていたが、まあいいわ、と息を吐き教室へ促してきた。
◇◆◇
「卜部 広です。よろしくお願いします」
「「……」」
「え、えーっと、それだけ? ほら、特技とか、趣味とか……」
稲荷先生は苦笑いして、卜部を見てくる。何を話したものか、と卜部は首をかしげる。前に入学した高校はすぐに休学してしまったし、学校に来たのは久しぶりだ。
「卜部くんはどこの国にいたんですかー?」
「はい。アメリカ、カナダ、メキシコ、台湾……両親に連れられて、あちこち行きました」
「え、すごーい! ご両親の仕事ですか? 何しに行ったんですか?」
「はい。親の仕事で……手伝いです。メキシコでは『人形島』。あそこの写真を撮りに。カナダはケベック州の『バンフスプリングスホテル』で観光案内。アメリカでは『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』で清掃をしに行きました」
「……何でも屋?」
「あとは……国内では北九州の『旧犬鳴トンネル』、北海道の『中国人墓地』辺りも訪れたことがあります。和歌山の『三段壁』はとても景色がよく、思わず崖下に吸い込まれそうになりました」
「……心霊マニア?」
「すいません、忘れてください」
滔々と話していた卜部は、皆が顔を引きつらせているのに気づいた。気を利かせて質問してくれたであろう女子も、唇をぎざぎざにして目を逸らしてくる。
「ほら、みんな。卜部くんのご両親は写真を撮影したりする、ジャーナリストなのよ。だから『そういうところ』に行く機会が多いだけで、卜部くんは普通の子だからね。みんな、仲よくして頂戴ね」
(ジャーナリストとは便利な言いようだな。兄貴もきっと、周囲へ父母のことをそう言っていたのだろう)
「私からも聞いていいですか。先生」
「あら、柚貝さん。どうぞ」
そういって手をあげた女子に、卜部は衝撃を受けた。生涯忘れることはないだろう。
席を立って分かる、細身で小柄な体躯。制服の上に白衣を羽織った姿。不愛想そうに見える長髪の整った顔。他人を威圧するような黒い目。
柚貝は、卜部に向かってこう訊ねた。
「あなたには、私がどう『視える』のですか?」
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