心霊エリートな男子高校生はひとりぼっち。

吉川緑

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柚貝三矢編

階段でしゃがみ込む男子

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 卜部うらべの三歩先には、生首をリフティングよろしく、足で蹴りながら階段を上がる女子、柚貝ゆずかいがいる。一流のサッカー選手でも難しそうな振る舞いを、逆立ちのスカート姿でこなしているのだから、卜部としては不安なことこの上ない。

 重力に逆らって揺れるスカートと白衣を見ながら、どこを見ていたものか、と卜部が悩み始めた時、ふとあることに気が付いた。


「柚貝、そこで立ち止まってくれないか?」

「何か気になることでも?」


 片手を踊り場にかけた逆立ち姿勢のまま、柚貝は身体をこちらに捻じって振り返る。


「あぁ、すまないが、そのまま動かないでくれるか? あと、お前から俺がどう見えているのか教えて欲しい」


 ちょうどいい体勢だ、と卜部は柚貝を上から下まで眺める。やはりそうか、と違和感の正体を確かめる。卜部はにやっと笑うと、その場でしゃがみ込んで柚貝の手を眺めた。
 右足替わりの右手が前に出ているのに、スカートの裾は左側が前に出ている。つまり、反対だ。


「……さすがにその角度から見るというのは、止めてもらいたいところですね」


 頭の上から、平坦な柚貝の声が降ってくる。卜部はどういうことだ、と顔を上げた。目の前には、逆立ちした柚貝の胴体と腕がある。本来、首も見えそうなものだが、気の毒にも首と胴体は仲違いをしたのか繋がっていない。

 柚貝は顔を上げた卜部に目を細めてくる。口角を上げてにいっと笑っていたが、表情の裏には何か蠢く物を感じる。この感じはおそらく、何か卜部へ抗議しているのだろう。


(なぜだ?)


 『心霊現象』の視える卜部からすれば、逆立ちの柚貝がいるだけだ。
 しかし、普通の人から見ればこうだろう。


『踊り場に足をかける女子と、その足元でしゃがみ込み、見上げる男子』


 世間ではそれをどう見るのだろうか。階上から降りてくる女子生徒が、卜部と柚貝の様子に気づいたのか、目を見開いて口に手を当てた。壁に背中をつけ、卜部から距離をとってカニ歩きをする。

 卜部に向けられた視線は、掃除されていない排水口でも見る目だった。事態の深刻さに気付いた卜部は、嫌な汗をかきながら、口をぱくぱくさせる。


「一応言っておくが……俺は何も見ていない。お前の想像するようなことは、決してしていない……。俺に見える柚貝は普通の人とは姿が違う……」

「へえ。じゃあ、私の勘違いでしたね。てっきり、踊り場に足をかけた女子生徒を、下から眺める変態かと思ってしまいました」

「違う、違うんだ……。ちゃんと説明はする。だからそんな目で見るのは止めてくれ!」


 『心霊現象』絡みになると、ついつい周りが見えなくなってしまう。無理やり詰め込まれた知識のはずなのに、振り回されるのは日常茶飯事だ 卜部は立ち上がると柚貝からゆっくり距離を取る。さすがにこれは柚貝に悪いことをした、と深く反省する。
 
 『視えてしまう』から、『視えない』人が見ている世界が、『見えない』それは、卜部の大きな欠点だ。

 卜部は肩を落としながら、もう少しだけ頼む、と柚貝に確認する。これをしなければ、階段での惨劇は無駄になってしまう。


「俺があげている手、これはどっちの手だと思う?」

「右手ね」

「じゃあ、今度は柚貝が右手をあげてくれ」

「はい」


 よかった、と思わず卜部はため息を吐く。想像していた通りだった。これは柚貝の身に起こっている霊障を解決する鍵かもしれない。
 柚貝が上げているのは、スカートの裾の時と同じく反対、『左足』だった。
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