心霊エリートな男子高校生はひとりぼっち。

吉川緑

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柚貝三矢編

保証人になってください

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「そうか……。土曜日は、学校って休みだったな……」


 卜部うらべは転入二日目が土曜日だったのをすっかり見落とし、肩を落とす。
 日本で学校生活を送るのが、久しぶりなのもある。
 加えて、まだ生活必需品がそろっていないのだ。

 幸い、腕時計だけはあるので、日付と時間は分かる。
 しかし、曜日となると、このアナログ腕時計では見えなかった。


(んー、いるか分からないが、稲荷いなり先生に相談してみるか……)


 せっかく学校まで歩いてきたのだし、無駄足にすることもない。
 卜部は思い直し、半分だけ開かれた校門を通る。

 運動場では、野球部がグラウンドの整備をしている。
 校舎へ入ると、ブラスバンドだろうか、楽器の音が聞こえてくる。

 確か、ここの階段を上って右手だったような、卜部はつたない記憶を辿る。
 各教室の扉についた札を見ながら、目当ての教室を探す。
 ところが、どうにもなかなか見つからない。


(もう一階上だったか? どうやら美術室のようだが……)


 柚貝も美術部だったな、と昨日の会話を思い返す。
 ついでとばかりに、卜部は壁に飾られたデッサンと油絵に目を向けた。


(柚貝のは……ないな。幽霊部員だったのか? コンクール用に描いているんだったら、何かしらあっても不思議じゃないと思うが……)


 見落としたのかもしれない、卜部は顎に手をやって、もう一度絵を確認していく。

 上から下まで、一枚一枚辿るが、『柚貝三矢』その名はない。
 もしかしたら、イニシャルなどで書いているのではないか。
 しかし、どこをどう見ても、『柚貝三矢』の作品はなかった。


(んー、こういうのは気になるなあ。見る限り、霊的なものは感じないが……)


 美術室の壁を前に卜部は首をひねる。
 隣の教室の壁にも、大きな絵が貼ってあるのに気がついた。
 壁一面に描かれた不思議な画だ。
 和紙に砂が下地として塗られ、ところどころに金箔が貼られている。
 金魚の群れだろうか。赤と群青のコントラストが美しい。


(『Y.Kazumiya』すごいな、この人。こんな綺麗に大きく描けるなんて)


 卜部が思わず見惚れていると、声をかけられた。


「あら、卜部くん? 今日は土曜日だけど、どうしたのかしら?」

「あ、稲荷先生。ちょうど良かった。学校が休みなことを忘れて来てしまったんですが、ちょっと先生に相談が」

「あら、どうかしたの?」

「ええと、兄からうちの家庭事情のこと、どこまで聞いていますか? 転入や家の面倒などを兄に見てもらっていたのですが、仕事も忙しいのか最近連絡がつかなくて」

「なるほどね。そういう話なら、立ち話もなんだから入りましょうか」


 稲荷先生は、三十路を少し過ぎたくらいだろう。見た目はどこか神経質そうだ。
 しかし、意外と率直で大雑把なのを、転入前の面談などで卜部は知っている。

 また、卜部の場合、凝視すれば守護霊が視えるのだ。
 どんな奴が守護霊になっているかで、多少性格の傾向が分かるのもある。


(見た目と違って武士なんだよな。この先生の守護霊……)


 無理やり人の背後を覗くのは性に合わない。
 『勝手に腹を探るな。誰だって嫌だろう』という父親の教えもある。

 それでも卜部は、父母失踪、兄貴絶縁の緊急事態を絶賛体験中である。
 ゆえに『身近な大人』になる稲荷先生の守護霊を視たのだった。

 がら、と美術準備室の扉が開く。


「ここって、美術部の人や先生が使う部屋じゃないんですか?」

「あぁ……これでも私、美術部の顧問だから。別に気にしなくていいわよ」

「そうなんですね。それはよかった」

「あら? 美術部にでも入りたいの?」


 美術準備室は、せいぜい人が四人も入れば十分くらいの広さだった。
 壁面には数々の石膏像やイーゼル。他には絵筆や資料などの置かれた棚がある。

 石膏像に混じって、一人の浮遊霊がいる。
 卜部が目で追っていると、逃げるように壁をすり抜けて消えた。


「あれ、何かあった?」

「いえ、何も」

(先生の守護霊、強そうだもんなあ……)


 そんじょそこらの浮遊霊じゃあ居心地が悪いだろう、そんなことを思いながら、卜部は本題へ入ることにした。


「先生、お願いですから、保証人になってください!」

「はぁ?」


 稲荷先生は、目を丸くした。
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