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01 狭間世代の苦悩
しおりを挟む「嘘だろ……! まだ入ってる……」
グレンはうんざりしながら気に入りの靴をひっくり返し、侵入者を追い払う。
べちゃべちゃと水溜まりを踏んだような音を立てて、中から出てくるのは、ほんのり形を残したスライムの欠片だ。生きてはおらず、故郷の海で夏終わりによく見た、死んで砂浜に打ち上げられた海月に似ている。
「核がないから燃やして処理……怠いな。屑箱……うーん。これくらいなら刻んで流してしまってもいいか」
ダンジョン帰りで疲れていて、もう気力はないし、魔力もほぼ空だ。グレンはぬるぬる滑るスライムを布越しに握って短剣で小さく刻み、排水溝に流した。
新人たちはお説教してギルドに放り込んだ。依頼の完了報告はした。武具の手入れもした。報酬の精算等々は明日。食事は疲れたから今日はもういい。あとは風呂に入って……寝る。
中堅冒険者のグレンの長い一日は、ようやく終わりを告げようとしていた。
+++
グレンの暮らす国では、ギルドに所属する一定の経験年数がある冒険者は、余程の特権階級か問題児でない限り、ノルマとして最低年に一度、新人冒険者の引率をしなければならない。
冒険者というものは、請ける依頼の種類にもよるが、基本的に死と常に隣り合わせだ。そしてその中においても更に命を落としやすい時期というものがある。
駆け出しの新人と、自分の身体能力を過信する中年。
特に新人はギルドに登録し、最初の1年を無事に生き延びられるかどうかが肝だ。昔はその一年を自力で生き延びられなければ、どの道やってはいけないとギルドもほったらかしにしていた。しかし昨今は冒険者のなり手が少ない上、年齢などを理由にベテランが引退して冒険者の数は目減りしているにも関わらず、騎士団からの外注も一般依頼も増える一方。比較的平和な世の中での騎士団の在り方だか何だかよく分からない理由で騎士団からの外注は特に増えているから、冒険者ギルドは、数少ない冒険者のなり手を潰さないようにと引率をつけるようになった。
これに対してベテランの冒険者は、「甘やかしだ」「自分達の時は……」などと文句を言い、新人は新人で「不親切」だの「放置された」だの「暴力を振るわれた」だのトラブルが絶えない。よくよく聞けば新人指導の範疇であったり、危険な事をしようとした新人を止めるためなどの、きちんとした理由がある場合もあるし、ベテランが行き過ぎた指導をしていたということも多々ある。こういう事が問題になるということは、ある意味平和ではあるが、とにかくトラブルが絶えない。
そうなるとどうなるかというと、グレンのような狭間の年代――中堅どころ且つ、人格的に問題のない人間というのが、一番の割を食う。この新人引率は、一定の経験年数がある冒険者が最低1年に1回受けなければならない強制依頼なので、最初は仕方がないと皆引き受けていたのだが、冒険者というのは基本的に我が強い。色々あって「代わってくれ」だの「人手が足りない」だの、なんやかんやと理由をつけて、新人の面倒を他人にやらせようとする。
ギルドも罰金は取っているが、実入りが少ない初心者向けの依頼、ダンジョン、初級なりの安い依頼料。
そして一人なら簡単な依頼でも、夢溢れる若者というものは突拍子もない行動をしがちで、それが死につながる。そうならないよう、それを一人で最大三人の若者に目を光らせながら依頼をこなさなければいけないので、神経をとても使う。そうでなくても最近の新人はすぐ文句を言うのでそれもストレ……いけないいけない。これでは「最近の若い子は……」ばかりの老兵と同じだ。
とにもかくにも、罰金を払ってでもやりたくない人間が多くて成り立たず、ギルドはギルドで頼みやすい人間にすぐやらせようとする。
あまりにも酷いという事で、グレンは複数の中堅で手を組んで「ノルマは果たしているんだから、その依頼はもう請けない」と同盟罷業を起こしていて最近、引率報酬の値上げ交渉には成功した。故にグレンは今日、今年何回目かの新人引率の依頼を請けていたのだが――今回の依頼は最悪だった。
まず、今回の新人はなかなかグレンの指示に従うような殊勝な奴らではなかった。それらの引率に苦労した上、帰り道に新人の1人が宝に釣られて、グレンが止めるのも聞かずに突っ込んだ先が、魔物部屋とスライムプールだった。
魔物部屋は大量の魔物が集まったところで、初心者向けダンジョンの魔物ばかりだから特に問題はなかったが、問題はスライムプールの方だ。
身体を飲み込もうとする意思なき魔物に混乱する新人を引っ張り上げたはいいものの、代わりにグレンが落ちてしまった。スライム自体はいわゆる雑魚――低級の弱い魔物だが、意外と弱点は少ない。種類によって異なる弱点魔術で攻撃して外側のゼリー状の肉部分を滅するか、中の核を壊すかなので、単純にサイズが大きくなると苦戦する。
フロアいっぱいに成長した水色のスライムの中に落ちたグレンは、窒息しないよう、必死に顔を出して助けを求めた。しかし新人達は最初のいきがりが嘘のように混乱し、自分達では無理だから助けを呼びに行くと言って逃げ出してしまう。引っ張り上げてくれるだけでよかったのに。
あれは戻って来ないなと早々に諦めたグレンは、自分を包むスライムを斬り、水中を泳ぐように歩いた。斬ってもすぐに再生するので、単に進むために斬るだけだ。斬っては進み、スライムが再生するを何度か繰り返し、ようやくグレンは核に辿り着く……というところでスライムが体を激しく揺らし、波打たせ始めた。核が害されようとしている事に気付いたようだ。
(これは知能の芽生えがある)
低級の魔物代表格のスライムではあるが、知能があれば話は別だ。弱点に対応したり、物を操ったり、核を移動させるなど、攻撃手段が限られた厄介な相手と成り上がる。しかもこの大きさ。知能が身に付けばそこそこのダンジョンのボス級、討伐依頼が出るクラスだ。新人向けダンジョンにいていい魔物ではない。
「悪いがお前は倒させてもらう」
グレンは魔力の大半を使って、唯一使える火の魔術を展開した。光球のような炎は核に向かい、炸裂弾のように爆ぜる。スライムの肉が抉れ、核が剥き出しになったところで、再生する間を与えずグレンは核を一刀両断した。
でろりとスライムは崩れ、スライムプールは少しの形を残したまま小さな池のようになる。グレンは再び泳ぐようにして部屋を脱し、帰り道で別の魔物に囲まれ苦戦していた新人達も回収した。そして全身びしょ濡れのまま説教しつつ帰路に着き、何とかギルドに報告を済ませて家に帰って来た――というのが本日の顛末である。
「あー……やっと風呂に入れる……」
刻んだスライムが排水溝に流れていくのを確認し終えたグレンは、湯を張ろうと風呂場へ向かう。粘液にまみれた服を脱いで下着姿になり、風呂が溜まるまでの間に洗ってしまおうと石鹸を手に取ったその時だった。
ぺちょ……ずり……ぺちょ……
水棲魔物が陸に上がったときのような音が、微かに聴こえる。
(水の音? この風呂場じゃない、部屋からだ)
殺気は感じないが、妙な気配がする。グレンは洗濯しようとした手を止め、念のため風呂の蛇口も止めて、そっと部屋の様子を伺うと――
「――ダンジョンにいたスライム!?」
そこにはダンジョンにいたものと同じ色の一般的な大きさのスライムがいた。
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