悪役令嬢の子

metta

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本編

12 忍び寄る

 城を出た後、軽く食事をとって俺は護衛とともに昼下がりの街を歩く。石畳の上はアスファルトの照り返しに比べればマシだが、暑いものは暑い。しかも今日は城に呼ばれていたので、きちんとした貴族らしい服を着ている。結局全ての感想が暑いに行き着いてしまう。
 ……帰るか。
 熱中症になってもいけないし、散策は止めて帰ろうと、護衛とともに屋敷への帰路につく。
「言ってもどうにもならないけど、暑いな……」
「そうですね……ん? ウィスタリア様。どなたかに呼ばれていますよ」
 早く帰りたい一心で足を動かしていると、護衛がそんなことを言う。王都で呼び止められるなんて、あんまりいい予感がしないんだけど……。
「ウィスタリア様!」
「……――あれ? ウォールズ伯爵」
 そう身構えていたものの、声を掛けてきていたのは見知った顔だ。
 ウォールズ伯爵はキースの一番目のお兄さんである。黒髪でグレーの瞳、背が高いところなんかは同じだが、キースとはあまり似ていない。貴族はレベルの高い美形ばかりなので、この人は貴族の中では平凡っぽい部類に入る。先日の晩餐会では挨拶する人数が多過ぎてほとんど話せていなかった。
「先程までキースと話させていただいていたんですよ。この度はおめでとうございます」
 にこにこしながらウォールズ伯爵が祝いの言葉をくれる。早っ! キース、もうお兄さんに言ったのか?
「ありがとうございます。急なことで申し訳ありません」
「いえいえ。晩餐会での顛末は見ておりましたので……大変でしたね」
「いえ、お恥ずかしい限りです……ところで、キースは一緒ではないんですか?」
「あいつなら用があると言って、もう行ってしまいましたよ。相変わらず忙しないですね」
 え、あいつお兄さん置いていったのか……。いくらそんなに交流がないとはいえ、酷いな。お兄さんも慣れたものなので、ただただ苦笑いしている。
「ところでウィスタリア様はこの後何かご予定が?」
「いえ、特に予定はありませんが……」
「もしよろしければ、そこのお店でお茶でも飲みませんか? 今後のこともお話したいですし」
「はい。是非」
 特に用もないし、キースも屋敷にいないかもしれない。なら義理の兄になる人の誘いを断る理由もないなと、俺達は小洒落たオープンカフェのような店に入った。伯爵はアイスティーを、俺はアイスコーヒーを注文し、運ばれてきた飲み物を伯爵が受け取って渡してくれた。この店、ちょっと高いだけあって、グラスが冷やしてあるし、飲み物に氷が入っている。
 いいなぁこのグラスを冷やすやつ、ビールでやりたい。ショボい俺の加護でも自分の分くらいはできそうだし、今度やってみよう。
 グラスを片手で持ち上げて軽く揺らすと、からんからんと涼しげな音色がする。氷を使って物を冷やす冷蔵庫はあっても、冷凍や氷自体を作る技術は多分まだないこの世界。夏場に氷を入手しようとするなら、冬に氷を入手しておくか、バカ高い経費を払って氷のある地域から氷を仕入れてきて氷室に放り込んでおくか、加護持ちを雇うかだ。飲み物にちょこっと入れるくらいの量の力の加護持ちなら、雇ってもそんなに高くないのかもしれない。お店の人に聞いたら教えてくれないかな。
 ガルディアにはかなり大きな氷室があって、そこに氷を放り込んでいるけど、余剰はない。俺もリリアーナも加護を持っているとはいっても、使える魔法はショボイしな……。
「……ウィスタリア様?」
「あ、すみません! 少しぼーっとしてました」
「暑いですからね。氷が溶けないうちに飲みましょう」
 そう言って渡してくれたストローを受け取り、グラスに入れて軽く混ぜる。いかんいかん、つい考え込んでしまった。婚約者の兄に対して失礼だ。でもこのお店は覚えておいて、ガルディアに帰る前にもう一度来てみよう。
「弟には王女殿下との結婚話が来ていたんです。でも弟はその栄誉を蹴って貴方と結婚すると。よほど貴方のことがお好きなんだなと思いましたよ」
「そんな……」
 温い空気に包まれた体が、腹に落ちた冷たい珈琲でじわりと冷えるのを堪能していると、そう笑ってウォールズ伯爵が言う。
 ……ん?
 キースは確かにウォールズ家の三男でウォールズを名乗ってはいるが、キースをガルディアに引き取る際に祖父が後見人になっており、ウォールズ家に親権はない。ましてや代替わりして長男であるこの人がウォールズ伯爵を継いでいるし、キースもとっくに成人している。なぜ伯爵のところに王女とキースの縁談がきているのか。何だか違和感を感じる。
「最初にその話をした時、あの王女と結婚したいなら、兄上がすればいいなんて言うんですよ。そういう話ではないのに」
 違和感の正体ををハッキリと掴めきれないまま、話は続いていく。キースに関してはずっと苦笑しているウォールズ伯爵に、ああ~……キース言いそう……と同意しつつ、でも正直あの王女様はなぁ……と何とも言えない気持ちになる。
 見た目は天使みたいだし、かなり甘やか……可愛がられているから、結婚すれば伴侶にもかなりの恩恵があるだろう。本人に上昇志向があって、上手く関係を築けるなら別にいいと思う。ただ、権力が欲しい人間にはいいんだろうけど、それを望まない人間に無理矢理押し付けるような物件ではないんだよ、あの王女様。
「伯爵には申し訳ないですが、キースには……」
「ですから……」
 俺と結婚するんじゃなくても王女様はちょっと……と口を開こうとした途端、ぐわんと視界が歪む。
「……?」
「――ですから、貴方には別の人間のものになって頂きたいのですよ……。そうすれば弟も諦めるでしょう」
 俺の隣に来た伯爵が、そう俺の耳元で囁く。そして「大丈夫ですか?」と白々しく俺を心配する声音を出すと、二人の男が現れた。
「………!」
 こいつら、王女の取り巻きだ。俺は逃げようとしたが、身体に上手く力が入らず、机の上を手が滑る。しかも片方はうちの護衛の服を着ている。今日ついてくれていた護衛は裏切ったのか、こいつらにやられてしまったのか。分からないが近くには見当たらない。裏切ったのでなければ、酷い目に遭ってなければいいんだが。瞼が重い。考えが纏まらず、そのまま沈んでいく。
「体調を崩されてしまったようなので、お手数ですがお送りしていただけますか?」
「はい、お任せください」
 護衛の服を着た方がウォールズ伯爵とそんなやり取りをし、俺を抱え上げる。くそ……あの王女は可憐な見た目に反して確かに性悪だ。キースに惚れて俺に細々とした嫌がらせはしていたが、ここまでの行為をする悪意も度胸もあるとは思わなかった。
 完全に見誤った、と思いながら俺は意識を失った。
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