悪役令嬢の子

metta

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帝国ディムロス編(キース視点)

03 虎穴で虎子を得られるか

 本来の意味での国賓を歓迎する晩餐会は、歓迎式典があった来訪初日に開催されており、そちらには是非と請われたロータス様が出席済みだ。時間が折り合わず直接の感想はお聞きできなかったが、皇太子についてはネイを通じて一言「食えない方だぞ」という感想を聞いている。ロータス様がそう言うのであれば、それなりに手強い相手だ。心してかからなければなるまい。
「キース! 言われたのを着たけどこれでいいか?」
 準備をしながら気を引き締めていると、用意していた衣裳を身に纏ったウィスが衣裳部屋から出て来た。今日のウィスは少し透け感のあるふんわりした袖のブラウスに腰高の細身のトラウザーズを着用していて、出掛ける際には薄い灰蒼の上着を羽織る予定である。ウィスはあまり衣裳に興味がない割にはきちんと着こなす。リボンや装飾品などの歪みもない。これは意外と几帳面な性格の賜物だろう。自分の見立てに満足した私は思わず笑みを溢した。
「はい、完璧ですよ」
宝石いしはキースの色がいいんだけどな……」
 首元を飾る自らの瞳と同じ色の宝飾品を弄りながら随分と可愛らしい事を言う。そう言ってくれるのは非常に嬉しいが、残念ながら私は髪も瞳も地味と言わざるを得ない色合いだ。それでも身につけて欲しいと言う欲求はあるのでボタンなど要所要所には黒や灰色を使用している。
「私の彩りは華やかな場には、やはり不向きですからね。出掛ける前にあまり可愛らしい事を言わないでください」
 そう言って額に口をつけるとみるみるうちに頬を染める。結婚してかなり経つが、こういうところは初なままだ。もう少しちょっかいを出したい気持ちを押さえつつ、私達は勝負の場所に向かった。
 学校構内の食堂を利用して開催される晩餐会は、晩餐会と言っていいのかという程の素っ気なさだ。ただ豪奢さはないが精一杯の飾付けと清潔さがきっちりとした印象を与え、好感は持てた。中央では主賓のディムロス皇太子が教授や学生と楽しそうに話していた。
 主賓であり大国の皇太子であるディムロス皇太子には、途切れることなく挨拶をしたい人間が列をなしていて、一体いつになるやらと思ったが、こういう時は身分がものをいうと言うか外見が目立つと得と言うか何と言うか。我々が近付くと何組かが順番を譲ってくれ、それを遠慮なく享受したお陰で、私達は皇太子の下へ早々に辿り着けた。
 間近で見た皇太子は砂の民に多い小麦色の肌、ディムロスで一番信仰されている太陽神フレイソールのような明るい飴色のような金の瞳につり上がったまなじり、青みがかった銀髪の引き締まった体躯の美丈夫だ。髪はそれなりの長さがあるだろうが今は綺麗に編み上げている。この外見に加え金の瞳を尊ぶディムロスでは相当人気がありそうだ。そして……お飾りにするにはうってつけの外見とも言えるだろう。
「其方……何処かで」
 挨拶をしたウィスの顔をじっと見つめて皇太子が顎を押さえている。それに従者がルストナーク前宰相閣下の御令息ですと耳打ちしている。
「あぁ――どうりで! あの紫水晶アメジストの……確かによく似た綺麗な方だ……! しかしそれにしても……」
 パッと白い歯を見せて笑った皇太子は再びウィスの顔をじっと見つめる。
「瞳が独特の色合いで美しいな。まるで菫青石アイオライト黝簾石タンザナイトのようだ」
「私の目は父の紫に母の瑠璃も混ざっており、このような、色に……」
 話ながらじわじわとウィスに顔を近付け眺める皇太子に対し、「この感じ……ちょっと誰かさんに……」と小さくウィスが呟いている。同じ事を私も思ったがウィス、口に出しては駄目だろう。
「元宰相殿はうちの国に何度もお誘いしたのだがなぁ……」
 距離が近過ぎると少し不快に思っていると、ウィスは顔をがしっと両手で挟まれ目を白黒させている。軽々しく触るなと声を上げそうになるが、相手は大国の皇太子だ。感情のまま怒ってはいけない。
「皇太子殿下、誠に申し訳ありませんが、その方は私の伴侶です。あまり誤解されるような御手の触れ方は止めて頂けると……「銀色!」
 努めて冷静に手を離すように言い掛けたところで、皇太子は私の目を見るなりウィスから手を離し、私の顔をウィスにしたのと同じように両手で挟んだ。
「なんとまあ綺麗な銀の瞳だ! 夫夫ふうふで顔貌もさることながら、瞳がこれほど美しいとは……二人揃って私の後宮に入らないか?」
「……謹んでご遠慮申し上げます」
「――はは、冗談だ。流石に男で後宮だと去勢して貰わねばならないからな」
 流石の私も引いたし、ウィスも引きつった笑顔でかつてない程引いている。突拍子のなさと勢いはウィスに結婚話を持ちかけたときのローズ妃殿下に負けないくらい……いや、一応あれは魔族の力のせいでもあるので立場から考えてもこちらの方がアレか。……この行動が本気であるなら、だが。
 取り敢えず教授や青年との約束があるので、研究について説明をし、詳細は青年から説明をさせた。ウィスが言っていた通り先日の行動はお粗末だったが本分である研究については水を得た魚だ。
 ウィス曰くこの青年と研究室は、既往の研究との比較をしっかりした上で精霊や魔族、加護や魔の力を様々な角度から多面的に調べて今後の利用方法について研究している。今回の事はさっさと実用化するために、研究成果を程々で売りたい教授ともっと深掘りしたい青年で意見が割れた結果、ならお前が資金を集めてこいと言われたのがそもそもの発端らしい。まあ……でもこの研究内容なら精霊ジンの加護を利用して発展しているディムロスの人間なら、普通は興味を持つだろう。
「ふむふむなるほど……なかなか面白そうな話だ。ところでキース殿は遠慮すると言っていたが、後宮云々はなしでディムロスに来てみないか?」 
「そうですね、ディムロスには機会があればお伺いしてみたいと思っております――五体満足・・・・でいられるのであれば」
 そうウィスが微笑んだ途端、皇太子は明るい笑い声を発するのを止め、一瞬だけ値踏みするような目付きになった。だがそれはほんの刹那の事で、従者を含む周囲の人間の空気は凍りついているが、皇太子自身はおおらかな空気のまま、全く雰囲気を変えずにこにことしている。――これは、確かに食えない。
「殿下……」
 一瞬ひりついた静寂を破って皇太子の従者が声を掛けると、凍りついた空気を叩き割るような笑い声が上がった。
「取り敢えず研究は面白そうだから出資させていただこうかな」
「ありがとうございます」
「よいよい。私は一週間ほど学術都市に滞在する予定だから、研究の方も是非見学させてくれ。ウィスタリア殿もキース殿もよければ共に。あと……それとはまた別で話がしたいのだが」
「はい喜んで」
「うむ。おって使いをやる」
 その一言を最後に私達は御前を失礼し、後は適当に飲み食いして時間を潰した。そのまま歓迎晩餐会は恙なく終了し、私達は片付けがあるからという青年と別れて帰途に着いたのだが……。
「生かして連れてこいと言われるはずだ。これはすげえな! 結婚している上に男だから、処女かどうかで値下がりとか気にしなくていいし、引き渡す前に楽しめるな!」
「旦那の方も普通に男だがすげえ美形だな……こっちも一緒に楽しませて貰おうぜ」
 私達は敢えて人気のない道を選んで屋敷に帰っていたのだが、待ってましたとばかりに複数の賊に取り囲まれ、三下が吐くような下卑た言葉と剣先を向けられていた。
「おお……こんなさっきの今で……」
「随行者の誰かが犯人で確定ですね。これで皇太子が犯人はないでしょう。いくら何でも馬鹿過ぎる」
 皇太子が本当に馬鹿なら犯人の可能性はあるが、先程の様子ならそれは絶対にない。やろうと思えばもっと上手くやるはずだ。襲い掛かってくる賊を迎え撃つと、それなりに戦い慣れていると感じる。傭兵崩れかもしれない。
「多すぎだろ! 一応街中だぞ!!」
 そう文句を言いながらもディラン殿下が先頭で一番敵を倒している。日頃は残念な発言や粗忽な面が目立つが、体格もいいし荒事には向いているようだ。ただエイラスは島国なので戦になったとしてもどちらかというと頭脳戦に近い海上戦が主体となるため、この戦闘能力はあまり役に立たず、宝の持ち腐れだ。生まれる国を若干間違えている。
 そうこうしているうちに賊を全員倒し終わり、拘束も終わった。私達は手分けして他の賊に命令していた一人だけの意識を残し、残りの意識は全て刈り取っていく。
「くそ……護衛もろくに連れていない、貴族の息子を拐うだけだから簡単だと聞いていたのに……!」
「……何でこんな手掛かりを喋るんだろう。様式美かな?」
「さあ……馬鹿の事は分かりかねます」
「馬鹿にしやがって……このクソがッッッ!!」
「――いやはやそんななりでやるじゃないか」
 喚く賊を前に私達が話していると、ぱんぱんとゆっくり目の拍手のように手を打つ音が辺りに響き返る。音の出所は何処だと振り返った先には、先刻まで晩餐会で話していたディムロス皇太子が愉快そうに目を細めていた。
「大体の犯人の目星はついていたのだが、急いて分かりやすい餌に食いついたなあ? ……しかし帰り道に襲うのは早すぎるだろう……一日も待てなかったとは、余程焦れていると見える」
 お陰で言い逃れ出来ないところを押さえられたがなと笑う皇太子の後ろでは、拘束された皇太子の随行者の一人が別の随行者に引き摺られている。皇太子はそれをちらりと見て、こちらが拘束した賊に向かって「そこの」と声を掛けた。
「お前は誰に依頼されて彼等に手を出した? 過去分も含めて全て今話せばお前達皆、鉱山送りで勘弁してやるぞ? ん?」
 愉快そうな皇太子の声に賊は顎をしゃくってそいつだと叫び、引き摺られていた随行者を示す。従者は連れていけと他の随行者に指示し、捕まっていた随行者は他の賊と共に引っ立てられていく。場には静寂が訪れ、私達と皇太子と従者だけが残った。
「いやはや助けに来たつもりが……思ったより強かったんだな。まあ、ちょうど良かろう。せっかくだし今から話そうではないか」
 そう言って笑った皇太子を見て、やっぱりロータス様が言っていた通りの方だったなと私は内心溜め息を吐く。この場で話すわけにもいかないため、私達は皇太子達とともに、借りている屋敷へ帰って来た。
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