悪役令嬢の子

metta

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帝国ディムロス編(キース視点)

04 タダより高いものはない

「いやはや助けに来たつもりが……思ったより強かったんだな。まあ、ちょうど良かろう。せっかくだし今から話そうではないか」
 そう言って笑った皇太子を見て、やっぱりロータス様が言っていた通りの方だったなと私は内心溜め息を吐く。この場で話すわけにもいかないため、私達は皇太子達とともに、借りている屋敷へ帰って来た。
「権力というか自己顕示欲や承認欲求というか……そういったものに執着が激しいから敢えて愚鈍を演じていたのだ。この様子なら子を傀儡に据えて、裏でいつまでも権力を握ろうとすると思ったからな。だが私も若かったから急いてしまって……今は私が即位するまでに、お互い・・・どうにかしたいと牽制しあっている状態でな」
 確かに元々この皇太子は、見目が良いだけの愚鈍だという前評判で、六人もいる兄皇子を飛ばして立太子された時、他国は大変驚いた。しかし立太子された途端にめきめきと頭角を現し今では優秀な皇太子だという印象しかない。外からなかなか分からない皇帝のそれを、幼心に感じ取って上手く騙したのは称賛するがどうやら詰めが甘かったようだ。
「今ではすっかり警戒されてしまって、皇太子の席から引き摺り下ろそうとされている。稀有な瞳の持ち主が私の行く先で消えているのもその一つだ。確かに私の妃は片青眼バイアイではあるのだが、それは偶々……。はっきり言うと父こそが生死を問わない収集家で、私に濡れ衣を着せつつ、美しい瞳を集めてやろうという浅はかな魂胆で動いているのだ」
 そう苦笑する皇太子は、だから餌が欲しいのだと言った。客観的にどう見ても魅力的な毒餌が。
耄碌もうろくしたという、客観的な事件が欲しい」
「それで私に餌になって欲しい、というわけですか」
 ウィスの質問に「そういう事だ」と皇太子は笑う。現皇帝の後宮には確かに男の妃もいるからウィスが男であることは問題ないだろう。しかし――
「確かに餌としての魅力はあると思います。しかし引き摺り下ろす材料としては、弱くありませんか? ルストナークは魔王討伐後に台頭したとはいえ、ディムロス帝国の方が他国から見れば上なように感じますが」
「そんな事はないぞ。魔王討伐の際にあまり協力していないのが、かなりの痛手で尾を引いている。それに引き換えルストナークは魔王を討伐した英雄王、聖騎士出身の精霊に愛されし勇者が妃だ。教会との関係も良く、第一王女と第二王女もそこそこの規模の友好国に嫁いで子を産み、良好な関係を築いている。両公爵家もあったが非常に裕福――それらを総合勘案すると、今やディムロスが上とはとても言えぬ」
 あと前宰相殿が其方らの事を相当可愛がっているというのもあるなと皇太子は笑う。
「だから私でも充分毒餌になると」
「そう。実際はルストナークにもう負け始めているディムロスだが、父はそこを先ほどキース殿が言ったより酷く過大評価しており現実が視えてはおらぬ。ウィスタリア殿が手の届くところでちらちらと視界に入れば、まず間違いなく手を出すだろう……というわけで、大抵の条件なら検討材料に入れるが如何かな?」
 そう言って笑う皇太子に、明日まで正式な契約を待って貰うようお願いし、今日はお開きとなった。
 もう夜も遅いし、今日は色々な事があった。湯浴みをして早々に明日に備えようと寝台に転がり込んだところでウィスが感心したように呟く。
「そういや月の女神クレリアーナは銀目だったな」
「そうなんですか?」
 ルストナークではあまり……というよりも月と言うだけあって地味な印象の女神であるためそう言われればそうか? という程度の感想しか持てない。
「なるほどなー……今まで灰の瞳って言ってたけど、銀、銀かぁ……確かに……! そんな綺麗に例える発想力がなかった」
 次からそう言お、とふにゃふにゃ笑いながらウィスはごろごろ転んでいる。 
「まあそれはさておき、乗ってきたな」
「ええ。簒奪への協力依頼でしたね」
 ウィスタリアならディムロスにとって同等より若干下の国力の国の元公爵令息。それでも普通なら手は出さないが、嫡男でないなら、この希少な瞳を手に入れるためにと手を出しかねない。そうギリギリ思われる範疇の身分だ。
「貴方が消えてその濡れ衣を着せることが出来れば、ちまちまと行く先々で悪評を振り撒かずとも一気に片がつきますから。どちらにとっても糾弾材料の美味しい餌でしょうね」
「うーん……やっぱ危ないよなぁ」
「もう今更でしょう。話を聞いてしまいましたし……それに貴方の本命はこちらだったんでしょう? こう言っては何ですがマリー王女の事は、あくまでついでで」
「へぇ?」
「ディムロス皇帝と皇太子、どちらが犯人だったとしてもよくないし、単なる誘拐団を野放しにしてもエリカが危ないかもしれない」
 今は露出もないので肩書きだけでしか判断していないだろうが、これから露出が増えてきたら、皇帝や皇太子が本当に瞳収集家であればエリカの事はいずれ目をつける。色合いはウィス程珍しくはないが、海と空が交じりあうような瑠璃と玻璃、潮騒のような彩のディムロスで好まれる碧眼。継承権がないとはいえルストナーク王家の血と公爵家の血を引く強い精霊の加護を持つ娘でしかも美しく育たない要素がない。
 年はかなり離れているが、既にディムロス皇室にという話は出ているそうだし、話が出てしまって相手に乗り気になられると、一人娘のリリアーナ様が嫁ぐ予定だったという前例がある以上、上の立場に対しそれを理由に断るのは難しい。規模の大きな誘拐団が暗躍しているならそれはそれで危ないからそちらを潰せないかという意図もあるのだろう。ウィスタリアは小さく両手を挙げて降参、と笑った。
「流石キース……バレてたか。いや、簒奪とかそこまで大事とは考えてなかったけどさ」
「貴方もウィルフリード様もロータス様までエリカにぞっこんですからね……私は今からあの子の行く末が心配ですよ……」
「まあそこは姉上がどうにかするだろ」
 だから余計恐ろしいのだが。
 影の女王が出来上がる未来しか見えないと私が思っていると、「俺だっていずれにしろ狙われるような外見と瞳な訳だし、恩恵はあるだろ」と下からこちらをあざとく覗き込んでいる。取って付けた理由以外の何者でもない。エリカは勿論、マリー王女の事もついでとは言っても、出来るならどうにかしてやりたいと思っているんだろう。前々からウィスは、マリー王女は若いし王太后の被害者でもあるから罰さえ受ければやり直す機会があってもという見方をしている。
 私としてはあの時偶然が重なってギリギリ間に合ったからよかったものの、何か一つでも欠けていれば、ウィスは穢され望まない結婚をさせられていた。もしそうなっていたらと考えると、若いとは言っても当時既に成人していてそれなりの頭はあったのだから、そこまで心を砕く必要はないが。まあ……最近ローズ妃殿下とリリアーナ様は仲がいいので、見合った罰が与えられた上で私の視界にもウィスの視界にも入らないのであれば別に構いはしないと諦めている。 
 (ただ、いずれにせよお人好し……)
「ん? 何だ?」
「いえ、何でも。で、協力する見返りに何を要求するおつもりですか?」
「エリカへの縁談を全部断るのと、精霊の加護を利用した技術の開示……何か人材や道具が必要ならその現物も一揃い、誘拐団の殲滅、かな」
「結構大きく出ますね? 断ったら口封じしようとするだけでしょう。飲むでしょうか」
「腹を探り合いながらにはなるけど、まあ大体は飲むだろ。断ったとしてもここで俺達が消えたら疑われるのは皇太子側、危ない橋を渡っているのは向こうも一緒だ」
 正解。だが、甘い。相手に対する読みはそれでいいが……。
「エリカや貴方の今後の身の安全が図れるのはいいですし、秘匿されている加護を利用した技術が手に入るのは、領や国など大きな単位ではいいことです。ただ……貴方を餌にして危険な所に放り込むのは私としては、利点があまりないですね」
「えっ……今さら何だよ。降りるなんて無理だろ」
「それは勿論ですが……私もそれなりに頑張らなければならないので、何かご褒美をください。でなければご協力はしかねますね」
「ごほうび」
 子どもの鸚鵡おうむ返しのように溢したあと、柳眉を小さく寄せて困った顔をしている。
「……ご褒美……今度は何だ服か……?」
「いいえ?」
 それもそのうちとは思うが、今は髪を伸ばして貰えたから、今すぐでなくて構わない。
「そうですね……一週間ほど私に貴方の時間を全てくれませんか?」
「すべて」
「何も予定を入れず」
「うん」
「何人にも会わず」
「……うん?」
「部屋からも出ず」
 ちょっと待て、と不穏な空気を察したのかウィスが怯えと猜疑心と、ほんの少しの期待が混ざった瞳でこちらを見ている。
「……キース、お前俺に何させる気だ……」
「何だと思います?」
 私が余所行きの顔を向け、ウィスの瞳をしっかりと見つめて笑うと、ウィスはさあっと顔を青ざめさせた。
「――こ、怖い! 狡いぞキース! もう片足突っ込んだ状態でそんな事を言い出すなんて!」
「油断大敵です。条件の擦り合わせは、私がどうするかと訊ねた時にすべきでしたね。その人間の協力が必要不可欠な時は、特に」
「酷い!!」
 まあ、今まで一度もそんな要求をした事はないし、ウィスも私だからと完全に油断していた。他人ならそんな油断はしないだろうが、こんな風に知った人間を甘く見積もって条件の後出しで足を掬われてからでは遅い。
 ずるいずるいと言いながら毛を逆立てた猫がうろちょろするように唸って迷っているが、やがて観念したように小さく「分かった」とウィスは呟いた。ここで怒って「自分だけでやる」とならないのもウィスのいいところだ。自分の手で出来る事はきちんと把握している。
 ――まあ、私も今回の件を利用して確認しておきたい事があるから、協力しない選択肢はないのだが、今それを言うつもりはない。一旦それを頭から追い出し、剥れているウィスのご機嫌取りに勤しむことにして、そうして夜は更けていく。
 
「――というわけでネイ。何処か籠れるようないい別荘がないか? 借り上げられる宿でもいいのだが」
「キース様……貴方ウィスタリア様をどうする気ですか……」
「最近少しお転婆……じゃない。やんちゃが過ぎるし油断しているのでな」
「やっぱり知ってて泳がせてたんじゃないか……」
「いや絶対お仕置きそれの割合は低いでしょう。言質を取って、合法的に抱き潰したいだけですよね!? お可哀想に――!」
「人聞きが悪い。今回の件はディムロス帝国皇室の簒奪絡みだし、そうでなくても複数の国を跨ぐ犯罪組織が絡むかもしれないから、褒美を貰ってもバチは当たらないだろう」
「護り切る自信があるから協力してるんでしょうが。本当の本当に一か八かだったら貴方様が進んでウィスタリア様を噛ませるわけがない」
「そんな事はない。今回のはウィスが身体を張るからそれなりに危険だ。そうそう、ネイ。ロータス様には連絡してもいいが、助けは基本的に不要、名前は使わせて貰うかもしれません、とお伝えしておいてくれ」
「ウィスタリア……生きろ……」
 ネイとディラン殿下は大きな溜め息を吐いて、「ウィスタリア様に女神の御加護のあらんことを」と小さな声で祈っていた。
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