悪役令嬢の子

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帝国ディムロス編(キース視点)

07 巡る因果の糸を切る

「キースおはよう」
「おはよう、ございます……」
 目を覚ますと、先に目を覚ましていたらしいウィスと目が合う。間近で煌めく宝石のような青紫を見つめながら私はウィスの首を触り額をくっつけて熱の有無を確認した。どうやら熱はないようだ。
「絶好調というわけにはいかないけど知恵熱もないから」
「よかった……では行きましょうか」
「……何処へ」
「風呂です」
 私は体を起こしてぽかんとしているウィスを抱き上げ、部屋についている風呂場へ直行した。本当は昨日の内にさっさと洗ってしまいたかったが、風呂もそれなりに体力がいる。隅々まで拭きはしたが、やっぱり洗い流しておきたいし、私もさっぱりしたい。お互い体を綺麗に洗い湯船に浸かっていると、今回単なる暴発として片付けられたウィスの精霊魔法について、ウィスから種明かしがあった。
「――精霊石?」
「加護持ちの力を増幅させるもので、魔族の力の結晶に似たようなもの……なのかな? 眉唾だったけど、もし本当なら俺一人でも、もう少し身を守れるかと思ったからさ」
「いつの間に……」
 あの青年の研究から情報を得ていたのか……こっちに関しては私も油断していた。ウィスは発想力も去ることながら、こういった有用な物を目利きと言うのか嗅覚と言うのか……探り当てるのが上手い。
「また狙われるような要素が増えたのかと思ってひやりとしました」
「ただ俺程度でこれだから、効果がありすぎて不味いってちょっと思ってるけどな……特に加護持ちを多く有するディムロスには、使い捨てとはいえ不味い代物だろう」
 いずれにしろ皇太子の情報はロータス様を通じて報告するつもりだったがこれは流石に至急の報告案件だ。
「見本でお渡し出来る分はありますか?」
「いっぱいあるぞ」
「いっぱい??」
「ディラン殿下が頑張って買い占めてくれてる。価格一個辺りもくず宝石いしくらいに抑えて想定より安く買ってきてるし……花丸と賞与ボーナスあげないと……」
 私は何を買ったのか確認していなかったが、ギリギリに駆け込んできたのはそういうわけだったのか。ディラン殿下もなかなかやる。
「なら、そのためにも今日も早く休んでくださいね」
「えーっ! 本当にディムロスの醍醐味ゼロだなぁ……まあ、しょうがないか……」
 ほんのちょっとも駄目? とあざとく上目遣いで見るウィスに首を振って答える。来るなら今度は準備万端にして私的な観光でゆっくり来ようと言うと、駄目元だったのだろう。さほど食い下がらずに納得している様子だ。
 結局ウィスが襲われた顛末は、驚くほど迅速に皇帝位の譲位時期が決まるまでに至った。本当に最後の一押しだったのだ。一体どこまで根回しをしていたのかと恐ろしい心地になる。

 ディムロスを発つ前日の夜、私は皇太子に誘われ、バルコニーで煌めく砂の海を眺めながら酒を飲んでいた。
「ある程度お聞きはしてましたが、ここまで流れるように簒奪するとは思っていませんでした」
「兄と妃達以外にも色々味方につけたからな。私の即位の際には、誰も殺さないと」
 ディムロスは即位時に他の皇子を処刑するという血生臭い慣例があるが、皇太子はそれをせず兄達に役職を与えて生かすことで話をつけている。
「それでも誰か、お一人くらいは甘言に乗ってしまいそうなものですが」
「何か不審があれば対処できる手筈は整えているし、血が流れるのが早いか遅いかの違いでしかないなら、貴重な人材資源。ものは試しだ。兄達も優秀だから、父が甘く囁いたとて全員に同じ事を言っていると考えただろうし、実際そう考えたからこそ、協力してくれている」
 この皇太子に加えて優秀なのがあと六人か……。やっぱり座を降りていただいた方がよかったか。いや、恐らく無駄だ。それに……これ程回りくどい方法を取らずともこの人なら正面からの武力による簒奪だってきっと出来たはず。
「親孝行ですか」
「私も兄達も母には弱いのだ……あともう一つ味方がいてな」
「皇帝に子を献上しなければならない有力者と部族ですね」
「よく分かったな。その通りだ」
 現状五つある皇妃の席は全て埋まっていて、空く目処はなく、寵姫もそこそこいる。今の平和な世でそんなところに子をやりたくないという親は多いのではと思うし、実際ルストナークやその他の国でも結婚に対する価値観は少しずつ緩く多様化している。
 皇太子が即位して引き受けるのとは別に、兄君が損をしないように役職等を与えるそうなので、それならその夫人に収まる方がよほどいいと思う人間も多いだろう。ディムロスは男性優位が他の国より強いので、加護持ちであっても女性同士は結婚出来ないなど色々あるが、この人ならそれもそのうちどうにかしそうな気がする。
「父は戦が上手いので、国同士の小競り合いが多かった昔は良かったが、完全に人と魔族の戦で国としての立ち位置を誤り求心力を失った。だから国として立ち位置を再考せねばならぬし、その点でもルストナークとは仲良くしておきたい」
 ディムロス帝国は魔族という脅威に国という枠を飛び越えて人同士が協力し合うべき時に、あまり協力をしなかった事に加え、勇者一行に加わっていたディムロス出身の斥候が祖国の対応に呆れてルストナーク国民になってしまったのも痛手だったと思われる。
 あとは……同じように精霊を信仰しているとは言っても精霊ジン信仰は、同じ神や精霊の名であっても、教会の教義等とは異なるため、ディムロスは勇者の神託を受ける教会との関係があまりよくない。反対にルストナークのローズ妃殿下は孤児出身で身分は低いが教会の聖騎士出身だ。国の垣根を越えて存在する教会との良好な関係性の有無、その差は大きい。
「そうですね……にしても最初からウィスタリアの瞳の秘密を知っていたとは思いませんでした。完全にしてやられましたよ」
「言っただろう、"一に瞳"と」
 からから笑って糖蜜酒を煽る姿をじとりと見ると、また揶揄うようにからから笑う。本当に食えない。
「あとな……私は飼うにしたって本来の環境に近いところで出来るだけ、ありのままにするようなのが好みだ」
 其方はともかくウィスタリア殿はな……と皇太子は顔を軽く歪める。
「我が国の気候では父がしようとしたように、閉じ込めて飼い殺しにするような形になってしまう。空を舞う鳥は空を飛んでいるありのままが一番美しい。籠の中に押し込めるのは好まぬ。そんなことをする位ならば、まだよき隣人且つ商売相手である方がよいな」
 本音を言うと単品でも是非欲しい所ではあるのだが、比翼連理を裂くつもりはないと笑っている。 
「それを無視して飼う事が贅沢で、権力の象徴だという事もあるのでは?」
「それでは父と同じだし、それが象徴だった時代はもうとっくに終わっている。後宮や皇帝制いずれも見直しが必要なら、検討すべき事だろうな」
 ああ、この人は真の意味での王たる器だ。いくら根回しと言ったって、それに見合う器がなければここまでの求心力はないだろう。私はディムロスが再び台頭する転換期に立ち会っているのだ。そんな風に感じた。
 遠くに見える星屑のような砂が、風に吹かれ空に戻るかのように煌めいて、また砂の海に還って行く。ガルディアの海の玻璃の煌めきにも似たそれを眺めながら、私の立つ場所は幼い頃からこれからも決して変わることはないのだと、そのために上手く立ち回っていくだけだと改めて心に刻んだ。
「……私は――籠に押し込める気も閉じ込める気もありませんが、自分の目に見えるところで飛んで欲しいですね。貴方様の言うありのままは、自然に淘汰されたり、撃たれてしまったりというのもある程度は仕方がない、という意味を含むでしょう。私はそれを許せないので」
「まあそれも一つの形だな。分からぬわけでもない」
「国……まで行かずとも、大規模領などの運営をしていく以上、自分の気持ちを殺す場面はどうしても出てくる。王はそうでなければなりませんが、私の希望はそれに不向きですから」
「――ほう? だからガルディアを継がなかったのか?」
「――いいえ?」
「キース殿は食えないな」
「そっくりそのままお返ししますね」
「……まあいい」
 約束通り姪御への打診はしないと太陽神フレイソールに誓おう。そう言って皇太子は契約に関する事柄について署名をしたものをこちらに差し出す。技術提供については一先ず資料を貰い、モノと人材は後日派遣、誘拐団については潰したら報告してくれるとの事だ。私が内容を――特にエリカに関する部分を確認していると、皇太子から声がかかる。
「姪御殿は諦めよう。ただ……其方達に子が出来た時は正式に話を入れさせて貰うから、その時は楽しみにしておいてくれ」
 そう言って皇太子は白い歯を見せてにいっと笑う。獲物を狙う鋭い鷹の目だ。これは本当に……早々に関係各所に報告して対策を考えておかねば、と思った。
 
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