悪役令嬢の子

metta

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帝国ディムロス編(キース視点)

10 花は根に鳥は何処に

「なあキース、髪ってまだ伸ばした方がいいか?」
 朝の柔らかい光が部屋に降る中、ウィスが鏡の前で髪を一掴み掴んで尋ねる。十数年越し……いや、それ以上か。私のお願いを聞いて、ウィスはずっと伸ばすことを拒否していた髪を前髪も含めて伸ばしてくれていた。今は肩くらい、ギリギリ結ぶことが出来る位の長さだ。ただ結ぶと鳥の尾のようになってしまうので服とのバランス的に結ぶことはしない。ウィスの質問に、私は髪先を優しく摘まんで軽く整えながら笑った。 
「いいえ。今の長さはとても似合っておりますし……それに正直、あまり伸ばすとロータス様と被ってしまうので」
「確かに」
 ウィスは線が細いのでリリアーナ様に似ているとよく言われているが、実際は祖父であるロータス様に似ている。そしてロータス様は胸くらいまでの長さの髪を緩く編んでいる事が多い。
「じゃあしばらくは、この髪型でいこうか」
 身支度で髪をとこうとするウィスから櫛を取り上げて座らせ、髪をとかす。最初は主従癖が抜けないのかと思われていたこの身支度等々だが、元主従であるきとは関係なく、単にウィスの手入れが好きだということを理解してくれてからはされるがままでいてくれている。
「短いのも少年と青年の狭間といった風情であれはあれで……今はこう、大人になったなという感じですけれど」
 癖のない銀糸は光に当たってきらきら光る。ああやっぱり伸ばして正解だ。下手な装飾品よりずっと美しい。
「その発言が出る自体まだ子どもだって事だと思うけどな」
「子どもにこういう事はしません」
 後ろ髪を掻き分け、現れた項に唇でそっと触れるとウィスの体がぴくりと跳ねる。私の与える快楽に慣れきった身体は、昨夜までの情事を思い出したのか、少し期待を持っているようだ。朝から情事に耽るのも魅力的だが、つい昨日まで蜜月以上に爛れていた自覚はある。ほんのり赤くなった肌から名残惜しく唇を離し、仕上がりを確認するかのように再び少しだけ引っ張り髪を整えた。
「ウィスが髪を伸ばしてくれた事ですし……私はそろそろ切りましょうか。ばっさりと」
「え」
 今度は自分の下ろしていた長髪を手で束ねてくるくる指で整えながら呟くと、ウィスが勢いよく振り返った。
「キースが髪を切る!? どうしたキース失恋か!?」
「ウィスこそどうしました……何で私はフラれるんですか」
 落ち着いてください、と宥めて少し心を落ちつけてもらう。私が失恋なんてあるわけない。相手は貴方なのだから。
「ごめん……でも……髪の短いキースとか見たことないし……」
「短かったことないですからね」
「髪の短いキース……髪の短いキース……?」
 何回も同じ事を繰り返し、ウィスはすっかり混乱してしまっている。聞きようによっては失礼な発言だが、何故かリボンタイを一度解き、はっと気づいてまた結び直しているのを見るに本当に頭の中での処理が遅れているのだろう。
「い、いや多分凄く格好いいとは思うんだけどさ、いまいち想像できない」
 普段の格好とも若干合わなさそうだしな、と無意識に口元に手を当ててうんうん唸っているウィスの手を私は落ち着かせようとそっと握った。
「まあでも束ねられるくらいの長さは残しますよ。そもそもそれ以前に私はウィスに髪を伸ばして欲しくてずっと伸ばしてましたからね……服装もそうですし」
「服は嘘だろ。絶対嘘だ。服はキースの趣味だ。断言できるぞ」
「リボンやフリル、レースのものを意識的に選んではいましたよ」
「ああ、そういうことか……フリルとかレースは嫌だ」
「似合いますのに……」
「い・や・だ――悪いが、嫌だし正直着るのを見せるのは逆効果だぞ。キースは男っぽいからそういうリボンとかフリルとかついた服でもバランスが取れるけどさ……」
 俺の場合はただただ性別不詳になるだけだとウィスは剥れている。失礼な。それこそが腕の見せ所だというのに。
「きちんとそういう風に見えないよう、調和のとれた組み合わせにしますよ? ……散々嫌がってきた髪だって伸ばしてみたら案外悪くはないでしょう?」
「まあ、それは、確かに――」
 小さく頷いて考え込んだ後、私の目をじっと見つめて口を開きかけて……閉じて首を振っている。
「……どうしました?」
「……いいや、何でもない。やっぱナシだ」
 一度許したらあれもこれもとなるのを警戒しているようだ。よく分かっている。似合うものを選ぶと喜んではくれるが、着せ替え人形になりたいかというと、それはまた別の話なのだろう。ただ、今回ディムロスで一度着たから徐々に攻めればそのうち着てくれるようになるはず。今はそれで良しとしておこう。
「にしても案外ウィスは、私の外見が気に入っているんですね」
「今頃? 俺、昔からキースの事は普通に格好いいって誉めてたと思うけど」
「確かに結構言われてはいますが、あんまり真剣みがなかったものですから」
「失礼な。でもさ、容姿とかも含めて全部キースだって思ってるから、あんまり切り離して考えたことがないと言えばないけど」
「私もウィスの外見は好きですし、素晴らしいとは思っておりますが、そこまで重要視しているわけではないですね」
 どちらかというと私は自分の手で最上級に整えたいという癖持ちなだけだ。例えばウィスの容姿が平々凡々だったとして、それに見合う着飾りをして愛でただろう。ただウィスの性格だとそこに劣等感を抱いて隣を歩くのに相応しくないなどと余計な事を考えそうなので、お互い釣り合う容姿でよかったとは思っている。
「ふーん……そっか。なら両親祖父母、顔も知らない美形一族の御先祖様に感謝感謝だな」
 ただウィスの見た目は素晴らしく思えど、そこだけ切り離して考えるというのはしたことがないと言うのは、先程ウィスが言ったのと同じだ。
 子どものようだがウィスタリアはウィスタリアだから、というのが一番しっくりくる。初めてウィスを見たとき美しい赤子だと思いはしたが、私の気持ちはそうでなくても変わらない。それがこれ程までの美しい顔貌でなかったとしても、ウィスタリアだからというところに落ち着いただろう。
「ところでもう少しで学び事に区切りがつきますが、その後はどうしましょうか」
「どうする、か……」
 このままここで別の事を学んでもいいし、別の国へ行ってもいい。当然ガルディアに帰るという選択肢もある。外つ国での学びは無意味ではなかったし、様々な伝手も出来た。しかしウィスが求めるようなものを完全に得られたかというとそうではない気がするし、今後そこにいたからといって得られるとも思えない。
 ガルディアを出てからウィスはいくつか企画立案してガルディアやエイラス、ものによってはルストナークでも試験したり運用したりしているものも多数あるが、自分自身で直接するわけではないので、もどかしそうにしている事が多かったように感じる。それならば伸び伸びとやりたい事ができ、必要な時にすぐ出て行ける環境を用意していた方がいいと思う。
「ずっと自分の考えを人に実践させていましたから、そろそろ自らの手で色々とやってみたいのでは?」
「そんなことないとは言い切れないな……。あ、そういえば義兄上あにうえから旧ウォールズ伯領を経営しないかって来てたって言ってたけど。本気かな?」
「恐らくは」
「理由がよく分からないけど。別に運営しにくいところでもないし」
「拠点を持てということではないでしょうか?」
「何のために」
「能力を発揮する場所を、と――あとは……ここに新たな命の芽吹きがあった時、安心して育てる土壌を、という意味かと」
 首を傾げているウィスの薄い腹に私はそっと手をあて、額に啄むような口づけをした。不意打ちに惚けて一拍置いて我に返ったのか、いやいやいや……と小さく口の中で反芻して顔をみるみるうちに赤く染めていく。 
「いやいやいや! 出来てもないし出来るかも分からないのに気が早すぎるだろう!!」
「どうでしょう? あれだけすれば……」
「可愛く首を傾げながら言うな。焦らされまくった後のあの持久走みたいな耐久セッ……は本気で死ぬかと思ったんだぞ……? 今回のは蜜月ハネムーンと、初めての時のやり直しかと思ってたのに何だあの快楽地獄は!」
「気付いてたんですね」
「結婚も致したのもドタバタだったし、俺はあんまり気にする方じゃないけど、キースは気にする方だろ? 何だかんだ完全な二人きりでこんな期間過ごすって事もなかったし……」
 ウィスはまた薄い腹を押さえながらこちらをじとりと睨んだあと、優しく目を細めて苦笑している。 
「口にするのは野暮かと思ったし楽しかった……と言いたいところなんだがなー……ただ途中からいつも通りを通り越して意識も途切れ途切れ曖昧で、抱き殺されようとしてるんじゃないかと思ったけど」
 途中ぐずぐずに……というよりも本気で泣きが入っていたので、やり過ぎたのは事実だ。もう三十路も越えたというのに調子に乗って貪った自覚はあるのでその点については深く反省している。
「あー……申し訳ありません。ですが一旦それは置いておいて。失礼な言い方ですが、リリアーナ様だってあの年齢で授かったのです。性別的には出来にくいかもしれませんが、ウィスはもっと若い。なら出来てから慌てるより準備しておいた方がよいかと。別に少し拠点として整えたら、後は私の兄に代行させてまた国外に出てもいいですし」
「キースは自分の兄を何だと思ってるんだ。都合のいい駒じゃないんだぞ」
「大丈夫です。兄はとにかく面食いなので、ウィスのためなら喜んで働きます」
「ちょっと新たな情報を付加するのやめてくれるか……? だからお義兄さんは実家を潰したも同然の弟とその伴侶に対して甘いのか……なるほど……」
 前から不思議に思ってたけど謎が解けたと脱力するウィスにまあそれも置いておいてと私は言葉を続けた。
「結婚前にも言ったとおり、子が出来れば嬉しいですし思い切り可愛がります。でもそれは貴方がいることが大前提で、出来なくても貴方がいればそれでいい。ただ、出来る可能性があるのなら、何の憂いもなく安心できる場所を、私は用意しておきたいのです」
 何だ、そういうことかとウィスは溜め息をつく。
「義兄上は突然どうしたと思ってたけど、キースの仕業だったのか」
「というよりもガルディア公爵家の総意です」
「みんなグルか!」
「私の案に乗って頂いた形ですよ。それに我々に拠点があれば何かあったときに、ロータス様にも使っていただけますし」 
「うぐ……」
「お嫌ですか?」
「……ガルディアに帰るのは嫌じゃない。子ども云々は置いといて、一度故郷に帰ってみるか……」
 この時「どうするかはそれからでもいいか?」とウィスは言い、私もそれでいいと返した。
 結局そうは言ったものの、私達はガルディアに帰り、そのまま旧ウォールズ伯領を拝領する事になったのだった。
 
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