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5章:その手のぬくもり
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しおりを挟むどんなイヤなことがあったあとも、
どんな信じられない告白を聞いたあとも、
時間の流れだけは止められない。
「……眠れなかった……」
私は結局一睡もできないうちに次の日を迎えたのだった。
昨日あのまま私は逃げ帰ってきた。
それからベッドの中で朝まで悶々と考えていたのだ。
(先輩の言うことがもし本当だったとしたら、私、どうすればいいの⁉)
先輩の言うとおり結婚なんてことにならないよね。……まさか。
で、そうなったとしたら私と先輩がそういうことするってことで……。
「うわぁああああああああ!」
(今、リアルに想像してしまったぁあああああ!)
だって、キスしたとき、先輩の手の熱が、唇の熱が、やけに熱くて……。
あれからおかしい。先輩のこと、変だと言えないくらいに自分もおかしい。
「どうした、みゆ!」
驚いた様子で父が私の部屋に入ってくる。
私はベッドの上で、自分の髪をワシワシ掻いていた。
「お、お父さん……。ちょ、ちょっとヤな想像して」
「強盗でもはいったのかと思った」
「ごめん」
「このところずっと変だぞ」
「う……」
さすが私の父、そして刑事。娘の変化には人一倍鋭い。
まぁ、父でなくても分かるくらい、私はきっと、今、おかしい。
そう思って泣きそうになっていると、
「そうだ、今度の土曜、久々に映画でも行かないか? ほら、みゆの見たがってた映画、はじまるだろう。でも一人じゃいきづらいって言ってたしさ」
と言う。
「でも親子二人ってそれはそれでちょっと恥ずかしくない?」
「たまにはいいだろ。ほら、その前にママの墓参りも行こう」
「……ウン」
私はふとカレンダーに目を向ける。……そうか。
もうすぐママの命日だ。
毎年ママの命日には、お墓参りをして、二人で何か楽しいことをしたり、おいしいものを食べたりすることになっている。それは今まで崩さなかった。
「チケットとっとく。あと、お迎え、来てるよ」
「迎え?」
だから早く着替えておいでよ、と珍しくそんなことを言って、父は部屋を出て行った。
なんだか嫌な予感だけはしっかりしつつ、でも逃げるわけにもいかないだろうと素早く着替えてリビングに行く。
すると、キッチンには、卵焼きを焼く父と、ご飯をよそう羽柴先輩の姿があったのだった。
なぜか、これはちょっと予測できたわ……。
「おはよう」
羽柴先輩が最高の王子様スマイルで私に言う。
(朝から日の光よりまぶしいものを部屋の中で放たないでください!)
私は目をそらすと、
「朝から人んちでなにやってるんですか……」
とできるだけ低い声で言う。
「あれから大丈夫だったかなぁって思って」
「大丈夫です!」
間伐入れずに返すと、羽柴先輩は笑った。
「そう」
「今日、絶対一緒になんて行きませんからね」
先にくぎを刺してみる。きっとそう考えていそうな気がしたからだ。
「えー。でも同じ方向だしさ」
「じゃ、父とでも行けばいいじゃないですか。職場近いんですよね」
私はきっぱり言った。朝から仲良く出勤なんて周りになんて言われるか……想像しただけで震える。
すると、先輩は困ったように笑っていた。
そして私の前に白米をよそった茶碗を渡してくれる。
どうやら私と父の分らしい。
そう言えば食器棚にある茶碗は私と父の二人分だけだった。
「……」
それをじっと見て、私は小さく息を吐く。
そしてキッチン棚の上にある、箱を取り出した。
そこには、お客様用の茶碗や皿が入っているのだ。
それを出して洗うと、無言でお米と味噌汁をよそい、父が用意していた卵焼きと一緒にもう一つの朝ごはんを用意した。
「……食べるならどうぞ」
「え? いいの? ありがとう」
先輩が心底嬉しそうに笑う。
すると父は、
「まるで新婚だなぁ」
「ばっ……バカじゃない⁉ 一人だけないのもおかしいからでしょう! ってかそもそも羽柴先輩も朝食狙ってきたくせに!」
思わず私がそんなことを返すと、「バレた?」と先輩はまた楽しそうに笑う。
すると、そんな先輩に父は言う。
「あはは、羽柴先生一人暮らしなんでしょ。いつでも食べにおいでよ」
「ありがとうございます。この卵焼き甘しょっぱくておいしいです」
「ふふ、うちの秘伝なんだ。今度作り方教えるよ」
「ぜひ」
(なんで羽柴先輩に秘伝の卵焼きの作り方なんて教えるのよ!)
っていうか、その卵焼き、秘伝だったんだ……。
それすら知らなかったわ。
「むぅ……」
私は膨れると、そのまま無言で食べ終え、歯を磨いて会社に行く準備を素早く済ませる。
「行ってきます!」
「ほら、みゆ。一緒に行こう?」
先輩が私の手を取ろうとして、私はそれをぱしっと払った。
「絶対に嫌デス!」
(嫌に決まってるでしょう! 一体、なんなのよー!)
私は家を出て全速力でバス停まで走った。
今日はやけに朝から疲れた……。あのみんなの王子様は非常に有害だ。
私はやっと一人になると、心底ほっとしていた。
その時に残された二人は、
「さっきのは、本音かな。虚勢かな」
みゆの父が言う。それに苦笑して健人は答えた。
「まぁ、……今は本音に近いかもしれませんね」
「だから強引に行かなかったんだ?」
「はは。……じゃ、俺らも一緒に行きましょうか、柊刑事。みゆもそうすればと言ってたし」
「あはは。そうだねぇ」
ちょっぴり親交を深めていた、らしい。
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