15 / 57
5章:その手のぬくもり
5-2
しおりを挟む―――次の土曜。私と父は母のお墓の前にいた。
もともと先祖代々のお墓もあったが、父が自宅から一番近い墓地に母のお墓を作った。
いつでもママに話しかけに行けるようにって……。
私たちはいつも通りお墓をきれいにして、花を手向け、線香をあげた。
私は手を合わせて、ママに話しかける。
「ママ……」
ねぇ、ママはなんでお父さんと結婚したの? なにか運命じみたことを感じたの?
でもさ、少なくとも、『自分にしか反応しない』なんて変な理由じゃなかったんでしょう?
そう問うてもママはもう答えてくれない。
顔を上げると、父はまだお墓に向かって手を合わせていて、たくさん何か話しかけているのだろうと思った。
私の記憶では、父と母はとても仲が良かった。
母が亡くなった時、父は見ていられないほど、悲しみ辛そうにしていたのは印象に残っている。
「……もう20年か」
父は顔を上げてつぶやく。
母が亡くなったのは私が8歳の時。
私が高校に入るくらいまではアルバムを見ながらできるだけ鮮明に思い出していたのだけど、高校生くらいからどんどん写真を見てもぼんやりとしかママのことを思い出せなくなってきていた。最近は、ママの声も鮮明じゃない。
「どんどんママとの思い出が薄くなってきている気がして……怖い」
「ママはそれでいいと思ってるんじゃないかな」
父は意外なことを言う。
「え?」
「過去にとらわれてずっと動けないでいるより、みゆが自分の行きたい方に動いて、好きな人とか、大事なものに囲まれて、もっと大事な思い出をたくさん作ってさ……ママのこと少しずつ鮮明に思い出せなくなっていったとしても……ママはそれがいいって思ってるんじゃないかな。だって全部忘れるわけじゃないんだし」
「……そう、かな」
確かに他のことはいろいろ忘れてきているのに、一つだけ最近やけに思い出すことがある。
普段は、私をはさんでママとパパが手をつないでいたのだけど、その日は確か、パパがママの横にいて、ママと手をつないでた。その時の、恥ずかしくも嬉しそうなママの笑顔だけは最近よく鮮明に思い出すのだ。
「そうだよ。ママは昔から優しかったしなぁ。過去より、今、周りにいる人を大事にしてほしいんじゃないかな」
父はそんなことを言った。「それに、パパがきちんとママのことは鮮明に覚えてるから。大丈夫だよ」
「……うん」
私はふと思う。私はこんな風に、ずっと自分を思ってくれる相手ができるのかな……。
その時思い浮かんだのが、なぜか羽柴先輩の顔だった。
「あのさ……」
「ん?」
「お父さんは……ママ以外は考えたことないの? あれからずいぶん経ってるから私はもう再婚とかもいいと思うけど……」
私が告げると父は考え込んだ。
「うーん、一時期はね、みゆに母親がいた方がやっぱりいいのかなぁって思ったことはあったんだけど……」
「そんなこと考えてたんだ」
「……でも、なんていうかね、僕が、ママ以外にダメなんだよね」
父はそんなことを言う。私はそれが意外で父を見上げた。父は続ける。
「もしかしたら将来は分からないけど。でも今はまだ、ママ以外、他の女性に女性としての魅力を感じないんだ」
「……それって魅力的な女性がいても、……身体が反応しないってこと?」
父は慌てように吹き出す。
「な、何言いだすの!」
「ご、ごめん……変なこと聞いて……」
「こっちこそごめん。みゆももう大人だもんな。……ちゃんと答えるね。さすがに僕もこれでも男だし、そりゃ、目の前で色気のある女性に裸にでもなられたら、反応はするんじゃないかな」
「……」
(反応は?)
そう思ったとき、父はふっと笑った。
「でも、きっと愛し合いたい、とは、思わないよ」
私はそれを聞いて、私にはきっと難しいだろうけど、父と母みたいな結婚ならしてみたいなって思っていた。
それからママのことや、最近の仕事のことを話しながら映画館に向かっていた。
映画館が近くなった時、まだ少し時間があるからカフェでもはいろうか、と父がいい、私は頷く。
その時、突然、黒い服を着た男の人が私の隣をすごい速さで走っていった。その人に似つかわしくないバッグを持って……。
そのあと、はっきり聞き取れなかったが、泥棒、と叫んだような女性の声が聞こえた。瞬間、父は走り出す。
「みゆ、待ってて!」
「あ、うん……」
父の足は速かった。普段、家でゆっくりしているところしか見ないので、私にとっては驚きでしかない。私の足は父に似たのだろうか。さらに、路地裏に入った男を父は追いかけていって見えなくなった。
その時、私は急に父が心配になってきた。
もし刺されたりしたら、もし父に何かあったら……。
待ってて、と言われたけど、なんとなく私も走り出していた。少し行った先に交番がある。そこに駆け込むと、事情を説明して警官に一緒に来てもらった。
すると、先ほど父の入っていった路地裏で、父は男を確保していたのだ。
父は私と警察官を見ると、
「手錠なかったんだよね。助かった」
と笑う。そのまま、男は警官に引き渡された。
父が私のところに歩いてくる。
「みゆ?」
「まだ、ドキドキしてる……」
「心配させたね。今までこういうのできるだけ見せないようにしてたのに、ごめん」
「パパまで……いなくなっちゃうかと思った」
「大丈夫だよ、みゆ」
そう言われて頭を撫でられると、余計になんだか子供じみた感情が沸き起こってきて、涙が流れた。
「ごめ……子どもみたいに、こんな」
「えっと、そうだな。甘いものでも、飲む?」
父はそう言うと、私を連れてカフェに入り、席に座らせると、本当に甘そうなイチゴのクリームラテを二つ、店員さんに頼んだ。
「イチゴのクリームラテって……甘そう」
「はは、甘いものは脳を正常に動かすんだよ」
「そうなの?」
うそっぽいなぁ、と思って笑うと、父も安心したように笑った。
そしてやけに甘いクリームラテがきて、それを二人で飲む。
「でも、ごめん。非番とはいえ、逮捕しちゃったから、このまま色々手続きとかありそうで、みゆが落ち着いたら行くね」
と、父は申し訳なさそうに言った。
本当だったらさっき一緒に行っていなくちゃいけなかったんだろう。
私は自分のことが恥ずかしくなった。いつまでも私は子どものままだ。
「あ……うん、ごめん。もう大丈夫。映画は一人で見に行くから」
私は恥ずかしくて、目をそらしながら言うと、父は苦笑して、
「……わかった。でも、入場ぎりぎりまでここで待ってくれないかな?」
「別にいいけど」
「ありがと。じゃ、みゆはゆっくり飲んでいきなよ」
そう言って、先に飲み終えると会計を済ませて店を出ていった。
父にまでまだ心配かけて私はなにをやっているのだろう……。
父もいつまでも彼氏も作らない、結婚できない私を、怒ることも焦らせることもなく、ただ見守ってくれている。
私だって大人になりたいし、父のように大事に思える人が欲しいけど……。
私はまだ私の小さな世界を守るのに精いっぱいだ。
結局、私は今でも、あの頃と何も変わってないのかもしれない。
そんなことを思ってぼんやりと外の景色を眺めていた。
それから何分くらいたったかわからなかったけど、気付いたらもう映画の始まる時間が近づいていた。
そろそろ出ようかな、と思ったところで、必死にこのカフェの方向に走ってくる男性が目に入る。
見たことあるような……? と思って、目を凝らすと、
「先輩⁉」
私はガタガタッ、と席を立ち上がった。
すると、先輩はそんな私に気づき、手を振った。
「みゆのお父さんから連絡もらって」
「ななななななんで……⁉」
「とにかく行こう」
先輩は笑うと、私をカフェから連れ出す。私は全く意味が分からないまま、映画館まで連れていかれ、父と見る予定だった映画を、先輩と見ることになったのだ。
10
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる