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7章:誓言
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しおりを挟む「みゆ……」
そのまま唇が合わさって、次の瞬間、舌が口内に入り込む。そして深いキスを繰り返す。
先ほどの軽いキスと全然違う感覚に溺れて、ただ泣きそうになって、私は先輩を見つめた。先輩は私の髪を大事そうになで、
「怖い?」
と、優しく聞いてくる。
ぼんやりとする頭を、ゆるゆると横に振ると、先輩はクスリと笑った。
その顔がやけに色っぽくて、それに今の状況も相まって急に恥ずかしくなって目をそらせた。
「目をそらしちゃだめだよ? 見ててって言ったでしょう」
「で、でも、恥ずかしいし……」
「その恥ずかしいところも今から全部見せてもらうけど?」
「……うぅ」
「こういう事も含めて全部、俺のこと、もっとみゆに好きになってほしいんだ。だから、『恥ずかしいから』だけじゃやめないよ。俺に触れられたくもないなら別だけどね」
それに答えられないでいると、もう一度唇が重なる。
「んっ……」
「ちゃんと俺に愛されてるって、身体でも分かって」
先輩の手の熱とか、唇の熱とか、熱い目とか……
確かにその全部が全部私のことを愛していると言っているようで、私はどうしていいのかわからなくなった。
なのに何度もキスをされて触れられていくうちに、どうしていいか悩むこと自体、出来なくなる。はくはくと短くなってくる息の合間、先輩の与えてくる熱の一つ一つが身体に刻み付けられていくような感覚だけがあった。
目が覚めたのは、早朝だった。
隣に寝ていたのはもちろん羽柴先輩。
羽柴先輩の顔を見ると、昨夜のことを思い起こして泣きそうになる。
羽柴先輩、確か、ずっとしてないって言ってたよね。しかもこれまで12年間不能だったって……。
それならきっと、久しぶりだし、きっと気軽な、肩慣らしのような、そんな一夜だと勝手に思ってたけど、そんなのとは全然違うって思った。
先輩は今まで見たことないような男の人の顔で、やけに心臓がバクバクしたし、自分の意思とは別に身体が勝手に反応した。先輩の背中に何度も爪を立ててしまって、先輩はそんなことすら嬉しそうに笑って、それからまた同じように何度も何度も、私の身体に自分を覚えこませるみたいに愛し合った。
まさか自分があんな風になるなんて想像もしてなかった。
もうだめだ……。
これからまさかあんなこと何回もするなんて絶対無理。ちょっとでも思い出すだけで恥ずかしすぎて無理。
それに一夜だけでも数えきれないほどしているのに、結婚でもしようものなら、これがどれだけのペースで、どれくらいの年月続くのだろう。たぶん恥ずかしくて心臓が三日も持たない。確実に死ぬ。
そして確実なことはもう一つ、先輩とこういう事するのを含めて、平穏な、平和な日常から一番離れたところに連れていかれるような気がするのだ。
私は熱くなる顔を叩き、決心してシーツを自分の身体にぐるぐると巻き付けると、ベッドを這いだす。
もう恥ずかしくて、羽柴先輩と顔なんて合わせられない。
―――逃げよう。
とにかく先輩の家のカードキーを素早く置いて、着替えて、ここから出て、
それからゆっくり考えたいのだ。自分の今後について……。
私はそう思うと歩き出した。まっすぐ歩けない自分の身体にいちいち恥ずかしくなる。
自分のカバンを探し、見つけるとカバンの中からカードキーを取り出した。よし、あとは、これを置いて、着替えて、帰るだけだ。
そっとリビングの端にあるチェストの上に置こうとしたとき、
「みゆ、何してるの?」
と声が聞こえて、びくりと体を震わして見上げると、隣に羽柴先輩立っていた。
ズモモモ、という効果音が聞こえそうなほど、紫色のオーラを放って。
(なんだか怒っていらっしゃる……? 何で⁉)
「え、えぇ……っと、先輩?」
「まさか俺に気づかれないようにカードキー置いて帰ろうとか、考えてないよね?」
「いや、まさか」
そう言ったけど、声が裏返った。
それに先輩の眉が不機嫌そうに動く。
「ふうん」
もう何もかもがいたたまれないので、助けてください。と言いそうになる。そのとき、ひょいとそのまま抱き上げられ、ベッドに強制送還された。泣きそうになって羽柴先輩を見上げると、先輩は困ったように息を吐いて、
「まだきちんと歩けない癖に。あとで家まで送るからちゃんとここにいて」
と言う。目の前に裸の先輩の身体があって、またそれも恥ずかしさを増長させるので、私は目をそらす。明るいから余計に目に毒だ。
「でも、もう外は明るいし」
「うん? 朝だから明るいの当然だよね?」
「着替えるから。着替えるまでこっち見ないでください」
「もう見たよ、全部」
「っ! それでも見ないで!」
私が言うと、羽柴先輩は、まったくもう、と私の頭を軽く叩いた。
うぇええええん! もう見ないで、昨日の夜の出来事もオールデリートして!
恥ずかしすぎて、ほんといたたまれない。いますぐ逃げたい。そんな衝動が頭をめぐる。
なのに羽柴先輩は絶対に逃さないと言うように私を抱きしめると、
「できるだけセーブしたつもりだったけど、ごめんね」
と耳元でささやいた。
だめだ、ここにいたら、色々と爆発する。
心臓とか、脳とか、顔とか、そういう何かしらが木っ端みじんになりそうだ。
私は先輩の身体をぐっと押すと、
「も、も、も、もう帰ります。お父さんも心配するし!」
と叫ぶ。でも先輩は抱きしめることを全く辞めてくれない。
そのままクスクス笑って、
「それは大丈夫、連絡した」
と言う。
「えぇ……いつの間に」
「みゆが途中で疲れて休憩したいって寝たでしょ。その間に、水とか朝食とか、追加のあれとか、買いに行ったときついでに電話しておいた」
「今、その買い物したものの解説いります⁉」
顔を真っ赤にして叫ぶと、先輩は楽しそうに笑った。
くそう、いじめっ子か。
泣きそうになっていると、先輩はしみじみと、
「すごいよねぇ、12年分の気持ちって。あんなに貪欲になるなんて思いもしなかった。学生時代もこんなことなかったのに。なんだか自分でも感動しちゃった」
「……」
(私はまた何の告白を聞かされているのだろう……)
恥ずかしさで泣きながら、
「もう帰ります、お願いだから帰らせてください」
「うーん、すごく名残惜しいんだけど」
そう言って先輩は続ける。「明日までうちにいれば? あ、このまま一生でもいいけど」
「いやですって!」
思いっきり叫ぶと、思った以上に声がかすれていて、先輩はまた楽しそうに笑った。
「まぁ、柊刑事も心配だろうし仕方ないかなぁ。あ、そうだ。柊家に俺が住むっていうのはどう?」
「絶対いやです!」
「今のは、本気の『いや』だなぁ」
そんなことを先輩はつぶやき、微笑む。
どういう意味よ、と睨むと、
「その目されると、またムラムラするけど?」
「ひっ!」
さっと自分の目を隠した。なななななななにそれ!
私は慌てて何とか先輩から離れる。もう次、手を出したら噛んでやる! そんな気持ちを知って知らずか、先輩は苦笑しながら私の顔を見て、息を吐いた。
「分かったよ。ごめんって。意地悪しちゃっただけ。あ、着替えるならシャワー使っていいよ。出て左行って、つき当たり右」
「どうも」
「洗ってあげようか?」
「それ、セクハラです! 絶対来ないで!」
これは確実にセクハラだ。セクハラで訴えたい。ただこの人相手に勝てる自信がある弁護士はいるのだろうか……。
怒ってベッドから出て、やたら広いバスルームでシャワーを浴びる。熱いシャワーは、私の頭を徐々にクリアにさせた。
本当にこれからどうすればいいんだろう。
先輩とどう接していいのかわからない。現に、朝から先輩と目を合わせることができていない。
さらに、こんな状態で、仕事で会うことがあったら、確実にみんなに不審がられるんじゃないか……。そしたら、会社でもやりにくくなる……。
どうしよう、これからどうすればいいんだろう……。
いろいろ考えて、頭を振る。結局考えはまとまらないまま、私は着替えてバスルームを出た。
すると、先輩はコーヒーを淹れてくれていて、クロワッサンとサラダとともにテーブルに置いてくれる。
「あさごはん、食べていきな」
「……ありがとうございます」
そのまま目線を朝食に固定して、いただきます、と食べ始めた。
先輩の前に座ってることが、なんだかすごく気恥ずかしかいのはなぜだろう。
「お、おいしいです」
「うん、良かった」
先輩は笑って向かいの席に座る。私は、そのまま下を向いて黙々と食べていた。
先輩は私を安心させるためなのか、
「そういえば、みゆんちの庭って池あったの?」
と全然関係のない話題にしてくれる。
「あ、あれは昔一匹だけ鯉がいて」
「へぇ」
「でももういないです。だからもう水も入ってないですよ」
「そういえばそうだよね。ずっと不思議だったんだ」
「水のない大きなくぼみだから?」
「うん。刑事の家だから泥棒対策に落とし穴でも掘ってるのかと思ってた」
「なにそれ」
思わず笑うと、先輩は安心したように笑った。
結局その日はそのまま送ってもらって、家に入ると、ちょうど父が仕事に出るところだった。
羽柴先輩は父の前に行くと、まっすぐ頭を下げ、
「娘さんを一晩お借りしてしまい、申し訳ありませんでした」
と言う。
ちょ、ちょっと待って、なにそれ。
なんだかそれはそれですっごく恥ずかしいんだけど……。
私が困っていると、
「羽柴先生と一緒なら安心だと思ってるから」
父はそんなことを言って笑う。
安心じゃない。全然安心じゃない。
そう言いたいけど、昨夜のこともあってそう言えない。
私はまたいたたまれなくなって、もう部屋に行くから、とその場を後にした。
そのとき、羽柴先輩が、みゆ、と声をかけてくる。
振り向かずに、なんですか、と冷たく答えた。
「明日、予定ある?」
「明日は日曜なので一日家です! 洗濯も掃除もしたいし!」
「そう」
そのまま私は部屋への廊下を歩く。
でも、やっぱりまだ変な動きになっていて、それを隠すために懸命に堪えて歩いた。
やだ、なんでこうなるの……? やっぱり恥ずかしくて泣きそう。
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