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11章:もしかして先輩の愛は重いのかもしれない
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掴まれている腕が痛い。濃厚なキスにぼんやりとする頭をなんとか正常に戻して、先輩のキスから逃れようとしたけど無駄だった。
先輩の右手がするりと背中に直接入る。その感触に余計慌てて、混乱して、私が思わず唯一動く足で先輩を蹴ろうとすると、先輩はそれも制するように、足を抑える。そして不機嫌そうに眉を寄せた。
「昔からヤンチャな足だよね」
「先輩が変なことするからっ!」
(昔も今も……先輩が悪いんじゃないの⁉)
泣きながらそんなことを思う。
意味が分からなかった。
先輩の不機嫌な意味も、こうやって、外で人の気配を感じながら車の中でされるキスも。どうしてこんなことされるのかも意味が分からない。
先輩は息を吐くと、自分の額を私の額につける。
「みゆ、ちゃんと言って。俺のこと、嫌になった?」
その言葉に思わず首を横に振った。
このキスで? それはない。
私の気持ちなんてお構いなしの状況でキスされて、すごく嫌なのに、先輩のこと嫌いにはなっていない。むしろちょっと安心していた。
それが自分でも信じられなかった。
「ち、違……ちがいます!」
「だったらどうして今日そんなに俺のこと避けるの。言わないとこのまま辞めない。このままここで最後までする」
そう言われて足を撫でられ、背中すべてが凍っていく感覚がする。
先輩なら本当にしかねないと思って、さすがにそれは絶対無理だとまた泣きそうになって顔をくしゃくしゃにする。先輩はそんな私を見て、次は優しく口づけた。
酷いくせに時々急に甘くなるところは大嫌いだ。でも、そうされているとやけに頭がクリアになってきた。
先輩を避けたのは、聞きたくなかったからだ。
昨日遅くなった理由。先輩と春野さんのこと……。だから朝も先輩を避けようとした。ただそれだけだ。
目の前の先輩を見ると、先輩は私の目を無言でじっと見つめていた。この男はそれも全部言わないと絶対許してくれない。そんな気がした。
私は唇を噛むと、
「……き、昨日!」
と叫んで先輩を見る。先輩は、昨日が? なに? と私に問うた。
「は、……春野さんと何してて遅くなったの?」
私がつぶやくと、先輩は本当に意外そうな顔で、きょとんとしたまんまるな目をして私を見た。
「……え? 春野さんって?」
「き、昨日、私は先輩の家に行きました! でも、9時過ぎても帰ってこなくて、先輩春野さんから相談受けてたし、春野さんも先輩のこと……」
―――春野さんも先輩のことが好きそうだったし。
その言葉は寸でのところで飲みこんだ。
先輩は少し戸惑った顔をして、それから、
「相談が伸びたのは確かだけど、そのあと社長につかまってね。それで家に帰ったのは10時は過ぎてたと思う」
と言う。
「……ほんとに?」
「なんでそんなウソつかなきゃいけないの」
確かに先輩の声も、顔も、目も、嘘は言っていないように思える。
それを見て、私は不覚にもほっとしていたのだ。
春野さんとは本当に何もなかったんだ。
私がその事実にほっとして静かになると、先輩は急に楽しそうに笑いだした。
「な、何笑ってんですか⁉」
「ごめん、嬉しくて」
「はい?」
先輩はずっとにこにこしている。さっきまでの顔と声と大違いで、私は眉を寄せた。
っていうか、なんかすっごい居心地悪いですけど!
私が先輩を睨むと、先輩は私の頭を優しく叩く。
「だって、みゆがヤキモチ焼くなんて思ってもなかったから。春野さんのことはちょっと鬱陶しいときもあるけど、今回だけは彼女ファインプレーだなぁ」
「はぁ⁉ ヤキモチなんかじゃないですから!」
思わず突っ込んでいた。ヤキモチなわけない。
先輩がわけわかんない事ばかりするからだ。いつのまにか先輩のことばかり考えているのは認めるしかないが、それはヤキモチとかそういうのではない。断じてない。
先輩は目を細めると私の頬を撫で、
「みゆも俺のこと、自分だけのものでいてほしいって思ったんだ?」
と聞く。
「そ、そんなこと思ってないですし! そもそも先輩はモノじゃないでしょ!」
「はは、確かにそうだね」
なぜだかまた嬉しそうに先輩が笑って、
そのせいなのか私はすごく居心地が悪くなった。
今すぐこの場から消えたい、と本気で思いだした私の手を、先輩は優しく握ると、
「言ってるでしょ。俺が好きなのはみゆだけだって。みゆにしか反応しないって」
と言う。
それは嫌になるほど分かってると思ってた。
でも、不安になった原因はきっと……。
「で……でも……私とできるようになったら他の女性とだってできるようになるかもしれないんじゃないんですか」
そう言っていた。
そうだ、先輩は昔、そういうことには奔放だったと本人も言っていた。それは時々思い出す。
あれがアレできるようになった今だからこそ、きっとまた他の女性が近寄ってきたらそういう事できるんじゃないかって、そんなことも思うのだ。それが不安の原因なのかもしれない。
って何言ってんだろう。先輩もきっと呆れてる。こんなしょうもないことを考えていた私は面倒な女だ。
そう思ったとき、先輩は私を抱きしめ、
「はぁ……」
と息を吐く。
(ほらやっぱり呆れてますよね⁉)
そう思ったとき、
「ちょっとさ、みゆ、この場と発言内容、ちゃんと考えてくれない?」
と言うと、そのまま私の耳に唇を這わせた。
「ひゃぅっ……!」
「もう完全にやばい。このまま今日会社さぼってみゆを全部貪りたくなってきた」
先輩の熱い吐息が耳にかかる。
(って、先輩は私に呆れてたわけではないんですか⁉)
驚いて先輩を見ると、先輩と目が合う。先輩の熱っぽい目に、なんだか脳の芯までやられそうになる。
(それでもいいか……先輩となら……)
こんな朝の、しかも人通りもある道の近くなんてこと忘れそうになる……。先輩の背中に手を回そうとしたところで、はっと目が覚めたように意識がはっきり戻ってきた。
(って、いいわけあるかーーーーーーー!)
私は慌てて先輩を押すと、
「だ、だめですって! 何言ってるんですか! みんなに迷惑かかるでしょ!」
と叫んだ。
(わーあっぶなかったー! すっかり絆されるとこだった!)
これだから無駄にイケメンの顔面は有害なんだ。
私が慌てて車を出ようとすると、
「みゆ。今日の帰り迎えにいく。今週は日曜まで、俺にみゆの時間を頂戴」
と先輩が言った。
「日曜までって……」
それはつまり、日曜まで一緒ってことですか?
胸が痛いほど大きく高鳴る。でも、嬉しいって思ってる自分もいるような、いないような。
そんなことを思ったとき、先輩はクスリと笑って、
「みゆが疑う余地もないくらい、分からせてあげたくなっちゃった。俺はみゆしか見てないし、みゆだけをずっと独占してたいってこと、分かるまでいくらでも付き合うよ」
とはっきりと言ったのだった。
その内容に大きな不安も感じつつ、返事ができないでいると、先輩は私の髪をなで、
「じゃ、みゆ、いってらっしゃい」
と頬に当たり前のようにキスをする。
やっと開けられるようになった車のドアを開け、私は車外に出ると、振り返ることもせずにダッシュで会社に走っていた。
―――ちょっと待って! 私また何か、間違った気がする……!
どこで間違った? 何を間違ったの……⁉
その日会社にいてもずっと落ち着かなかった。
まず思い出すべき大事なことは、今日の下着の色だ。イエロー? ぎりぎりセーフだ。いや、なんでそんなこと先に考えてんだ!
もう完全に先輩に毒されている……。先輩はそういう事するなんて言ってない。でも、絶対そういう事になるってわかる。
色々考えをめぐらし一日を終えた時には、ぐったりしていた。もう完全に社会人失格だ。これまで仕事一筋って感じではなったけど、でも、仕事は普通にまじめにやってきた。なのに今の自分はどうだ。先輩といると根幹から揺らぎそうで怖い。あれだけ先輩にばらすなと言っておいて、いつか自分のせいで周りにバレるのではないかと冷や冷やする。
すでにぐったり疲れていて、正直家に帰りたくなっていた。あの少し抜けているが、非常に人畜無害な父が恋しくなってきたのだ。どうやら私はちょっぴりファザコンらしい。
そしてそんなことを考えながら社屋を出たとき、そこにいた、『ものすっごい』ご機嫌な先輩の顔を見て、本能的に逃げたくなったのだった。
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