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律葉視点 律葉の恋5

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今思い返せば、悪口の書かれたメモも、気持ちの悪いラブレターも、どこか他人事の様に無視できたように思える。けれど、これは我慢できなかった。下駄箱から一番近い水道に寄って手の皮が全部剥がれるんじゃないかと思うほどゴシゴシ洗っても、まだ手に残る感覚が気持ち悪い。
寮に帰る道すがらも、ずっと吐き気を堪えながら歩いた。

寮への帰り道は、帰宅部とも部活動生とも時間が違い、誰も居ない時間帯だ。
だけど、今まで感じなかった視線を感じる気がした。
もちろん、勘違いかもしれない。というか、勘違いなのだろう。
だけど、こんなことがあって、僕は冷静ではいられなかった。

部屋に帰り着いて、ドアを閉めて、それからシャワーを浴びた。
何度も何度も洗っても、やっぱり気持ち悪くて、その日僕はよく眠れなかった。

翌日、学校に着いて恐る恐る下駄箱を見たけど、何も入ってなくてホッとして教室に着いた。
けれど、引き出しを開けた瞬間。それは出てきた。
昨日のと同じようにぐちょぐちょになったティッシュが3個。

僕はもうとても冷静では居られなかった。
犯人は、もしかしたらこの教室にいるかもしれない。
でも、誰が。

話す人、話す人、全員怪しく思えた。
放課後になって、道と自習室に向かう間も全然落ち着かなくて、怖かった。
流石に僕の様子がおかしすぎたのか、道には何かあったのかと勘付かれて、道を心配させたくなかったけど、1人で抱えていたくなくて話してしまった。
道は案の定、とても心配してくれた。

勉強が終わった後、辰巳先輩にもそのことを話すと、辰巳先輩も心配してくれて、僕と道を寮まで送って行ってくれるということになった。
けれど途中で道の電話が鳴った。道は鳴っている電話を掲げながら、先に行っててと言ってきた。

道はどうしてだかは聞いたことがないけど、本当の親とじゃなくて、引き取ってくれた養母さんと暮らしていたらしい。以前道は養母さんのことを寮に入るまでとても良くしてくれていたし、寮に入ってからもよく心配して電話をかけてきてくれるんだと、嬉しそうに話していた。

ストーカーにあっているのは律葉なんだから俺は平気だと言う道に、僕たちは渋々頷いて、寮まで歩き出した。

「……ストーカーなんてされているときに、こんなことを言うなんて良くないとは思うが」

しばらく無言で歩いている時、辰巳先輩はそう前置きしてから僕を見た。

「俺はお前が好きだ。付き合ってくれないか」
「え……?」

びっくりしすぎて固まった。
だって、先輩にそんなそぶりはまるでなかったと思う。
確かに、頼み事なんかはすぐに引き受けてくれるし、常に優しいけど、僕を見る目はそんなんじゃなくて、先輩の目は、道をみる時だけ明らかに優しげだったから。

「ダメか」
「いや、ダメっていうか。その……。僕は好きな人がいるんです。だから、ごめんなさい」
「そうか」

先輩はそう言って頷いた。
やっぱり、とても好きな人に振られた直後みたいには見えない。
だけど、先輩の好きは勘違いじゃないですか? なんて、告白された僕が言うのはなんだか違う気がして、何も言えなかった。

「だが、ストーカーを諦めさせるために俺と交際している噂を流すのはどうだ?」
「え?」
「ああ。もちろん、それを事実に変えてやろうなんて思ってないから安心して欲しい……、と言っても無理か」

先輩は、やや自嘲ぎみにそう言った。

「いや……。先輩がそんなことをするなんて疑ったりはしてませんけど、でも、もし先輩に他に好きな人ができた時、僕との噂は不利になると思うんですけど」
「はは。好きな奴なんてそうそう出来るわけないだろう」

それは先輩が好きだって気がついてないだけかもしれないのに。
でも道の方は、先輩のことはただの憧れで恋愛じゃないって言ってたし……。
でも、ここで辰巳先輩と付き合うという噂が流れてしまったら、会長にどんな風に思われてしまうだろう。
いや、逆に会長のことをそう言う意味で好きじゃないんだと思ってもらった方が側に置いてもらえるのかもしれない。というかむしろ、僕のことを嫌っている会長は、僕が誰と交際しても興味なんかないだろう。

「心配事がない状態でよく食べて、よく眠って、ちゃんとした状態で勉強した方が、良い成績につながるんじゃないか?」
「でも、そんな先輩を利用するみたいな真似は」
「俺はそれで構わない」

先輩はそう言って、本当になんでもないような顔をして僕を見た。

僕は悩みに悩んで、結局辰巳先輩の提案に頷いてしまっていた。

本当に、僕は自分勝手だ。だって、こんなことしたって先輩には何の得もないのに。
それなのにまた自分勝手な頼み事をしてしまった。
本当にこんなことばかりしていたら、会長の言う様に僕の周りから人が1人もいなくなってしまうかもしれない。

そうなってしまった世界は、ストーカーされるのとどっちが怖いんだろうな。
そんなの比べることなんてできないと分かってるけど、僕はそう思わずにはいられなかった。

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