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30:人として
しおりを挟む剣の稽古のために中庭に出た頃には外はすっかり暗くなっていた。
2人でブンッ、ブンッと模擬刀を振り回していると、クライブが「そう言えば」と切り出した。
「ヨハイド・ファブランド公爵令息、が、明後日、留学の手続きに、来るらしい」
剣はブンブンと振り回したまま話すので、会話は途切れ途切れになる。
「そう、なんですかっ、いやっ、そうなのっ? 久しぶりっ、に、会うから、楽しみっ」
「ふっ、くく」
どうやら剣を振り回すのに必死で敬語になってしまったことがクライブは面白いらしく、押し殺すように笑っている声が漏れ聞こえた。
「なに笑ってるの!!」
「くくっ、ふ、いや、ごめん。バトラルがあんまりにもいじらしくて」
「いじらしい?」
その評価は俺に対してあんまりにも不思議すぎて、剣を下ろして尋ねた。
そうすると、クライブも剣を下ろして薄く微笑んだ。
「だって、最近は私を喜ばそうと色々行動してくれているだろう? バトラルは今まで礼儀正しくてシャイだったしそれもとても愛らしかったが、それを抑えてまで私を喜ばそうと思って行動してくれていることが、私はいじらしく感じるし嬉しいんだよ」
「よ、喜ばそうと……?」
そんなこと、したっけ?
いや、していない。
どういうことだ。これじゃクライブと、まるで話が噛み合っている感じがしない。
俺のそんな心中を察したのか、クライブは指を折りながら俺に教えてくれた。
「バトラルは恥ずかしがってずっと敬語で話していたけど、最近敬語をやめてくれたし、私のことを敬称なしで名前で呼んでくれるようになった。この2つはバトラルとより親密になれたようで本当に嬉しい。それに、私が、バトラルのことを好きだという気持ちをちゃんと認めてくれた。その上、さっきなんてパーティーなどの公式の場でないのに、私にエスコートをさせてくれた」
それは全部俺がクライブから嫌われようとして行動した結果だ。それになんでクライブは皇太子だと言うのに俺相手に“してくれた”って下から目線なんだ。
いや、もしかしたらこれは“お前の罪状を述べてやる”ということなのでは。だって、俺のしたことなんてまるっきり嫌がらせなのだから。つまりはこれはゲームとはまるで違うが断罪の場面なのでは? そう思ったのに、俺は喜びの気持ちは少なくて、なぜだか少し複雑な気持ちになった。何が複雑なのか、自分でも言語化できないモヤモヤが心の中に存在している。
「バトラル?」
「……あの。クライブは僕を、嫌いになったってこと?」
「は……? なぜ、そうなる? 私はバトラルにされて嫌なことなんて……多分ない。いや、私の前からいなくなるとかは嫌だが。私はここ最近バトラルのおかげでとても幸福な気分でいっぱいだ」
クライブは目を丸くして首を傾げながらもそう答えた。
俺は衝撃で開いた口が塞がらなかった。
だって、クライブは今は学校などで見せている外行きの顔じゃなくて、リラックスした顔をしていて、嘘を言っているようには全然見えない。つまり……クライブは本当に俺の嫌がらせの行動1つ1つをただ純粋に喜んでいたということだ。
「だ、だって、最近の僕の態度は全部、僕が」
「僕が?」
クライブは不思議そうに首を傾げたままだ。
“僕がクライブに嫌われるためにやってたことだ”なんて言ったら、クライブはどう思うんだろうか。俺の意図したことではなかったけど、クライブは俺の嫌がらせを全て純粋に受け取って、純粋に喜んでくれていた。それが全部嘘だったなんて言ったら、こんなに純粋なクライブを傷つけてしまうかもしれない。
「な、なんでもない」
俺はとっさにそうごまかした。
「本当に? 何かあるなら言って欲しい。不安に思っていることがある?」
「……ううん。ただ、僕の行動がそんなに喜んでもらえるなんて思ってなかったから、びっくりしちゃっただけ」
「そうか。それなら良いが。何かあったらどんな些細なことでもすぐに言って欲しい。なにせ私は、バトラルのことが大好きだから」
「うん……ありがとう、クライブ」
クライブは、やっぱり優しい男だ。
俺は、ここがゲームの世界だなんだと言って、自分の欲のために頑張ってきたけど、目の前の人間にだって感情があるということを忘れて、今までも自分が虐められたいがために彼らにひどいことをしていたのかもしれない。性癖以前に、俺は人として誠実に出来ていなかったことを思い知らされて打ちひしがれた。
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