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10:素敵な人

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かさりと枯れ葉を踏む音が聞こえ、慌てて振り返ると、当然のようにユリウスがいた。

「ハルミ、早速来てくれたんだな。おや? ハルミは本を読むのか?」
「ぁ……あの……はい」

手に持っていた2冊の本を見て、ユリウスが驚いたように目を見開いた。

「そうか。ああ、その本は私も昔読んだことがあるな」
「……そうなんですね」

当たり前だが、ユリウスの態度は昨日と何も変わることはない。
穏やかな声音の目の前の男性が、春海を殺そうとしているなんて信じられなかった。けれど、春海自身があの会話を盗み聞いたのだ。ユリウスの考えも知らず勝手に騙された気持ちになっているのは春海自身だ。
春海に話したあの考えは、本当だろうか。

「世界の何処かには、自分を愛してくれる人がいるって」
「ああ」
「ユリウス様も、そんな人が居たから、そう思えたんですか?」
「ああ。そうだ」

突然の春海の不躾な質問にも、ユリウスは嫌な顔1つせずに答えてくれた。
むしろ、その人物を思い出しているのか、懐かしむような穏やかな、ふわりとした笑顔を浮かべた。その途端、胸がざわりと騒いだ。胸の奥底が、ズキズキと痛んだ。胸の奥に黒いモヤモヤが浮かぶような、嫌な感覚だ。

「どんな方……なんですか?」
「……優しい人だ。けれどとても厳しい人だ。誰にでも公平に接し、曲がったことを嫌う人だ」
「それはとても、素敵な方ですね」
「そうだな。とても素晴らしい方だ」

ユリウスはどこか誇らしげにうなずいた。

(聞いているだけで、本当に素敵な人だと思える。本当にすごい人なんだ)

「どうしたら、そんな風になれるんだろう」

自分もユリウスにそんな風に思われたい。そんな思いから、そう呟いてしまっていた。

「彼のようになるのは、難しいかもしれないな」
「……はい」
「何せ私も彼を目指して精進しているが、なかなかああはなれない。だが、きっとそれで良いのだと思う。今、自分にできる精一杯のことをして、昨日の自分よりも良い自分になれていたら、そんな毎日を過ごしていたら、きっと今後誰かの目には、“素敵な人”だと映るだろう?」
「……僕、ユリウス様はとても素敵な方だと……思います」

春海がそういうと、ユリウスは目をまんまるくしてそれから、くすりと笑った。

「それは光栄だな。私も、ハルミは素敵だと思う」
「僕は」

違うと思った。
素敵だなんて言葉を、いまだかつて人から言われたことがない。

「ハルミとは昨日会ったばかりで、私が知っていることは少ないが、それでもハルミが素敵な人だというのが私には分かる。私には人の発している……なんていうか、気配みたいなものを感じ取れるが、ハルミは良い気配がしている。嫌なやつは、近くにいるのも嫌になるくらいの気配がしているものだ」
「そう、なんですか?」
「ああ。だが、若干気配が弱いから心配だな。食事は足りているのか? 睡眠は?」
「食事は、僕にはもったいないくらい食べさせてもらってます。睡眠も、ここに来る前より快適で……」
「そうか、それならば良いが。何か不便なことがあればすぐに言うと良い」
「はい……ぁ、あの。なぜこんなに良くしてくれるのですか」

ユリウスの前では顔を隠し、ミヒャエルの真似事をしていることはユリウスには内緒にしている。
ユリウスは春海をただの使用人の子供だと思っているのに、どうしてわざわざ友達にまでなって、こうして構ってくれるのだろうか。ひょっとして、魔力体に関する手がかりをつかむためなのか、と、不安になった。

「……なぜだろう。私にも分からないが、ハルミは放って置けない雰囲気が出ているのかもしれないな」

ユリウスの表情は、本当に分からないのだと物語っていた。
ユリウス自身が分からない感情で、春海をかまってくれているのなら、すぐに飽きられてしまうかもしれないと、また不安になった。
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