彼の理想に

いちみやりょう

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16 告白

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蓮にお茶を出してからしばらくお互いに無言で、いつかの夜送ってもらった日のことを思い出すようだった。

「あの、安藤さんのことごめん。俺、蓮さんが危ない目にあうとか、嫌な気持ちになるとか全然考えてなかった。安藤さんと蓮さんは付き合ってんだって、何も疑わずに思ってたし、蓮さん、結婚したいって言ってたから逆プロポーズって聞かされて協力しちゃったんだ」

「なんで」

蓮が静かに呟いた。

「え?」
「なんでプロポーズで協力しようとするんだ。桜介は俺のことが好きなんじゃないのか。それとも、もうあの居酒屋の店長とでも付き合ってんのか。だから俺のことももう眼中にないってのか」

蓮の勢いに桜介は驚いた。

「そ、んなわけ……ないじゃん。だって、そんな8年もずっと好きだったのに、今更振られたくらいできっぱりと気持ちをなくすことなんてできないよ。」

桜介の言葉に、蓮は大きく息を吐き出した。

「……俺はあの日、置き手紙してから桜介から何の返事も来ないことにずっと不安だった。それでやっと返事が来て、桜介と会って話せると思ってたんだ」
「だから……ごめん。でも蓮さんが俺と話したい内容は分かってるよ。大丈夫」
「何?」

蓮が訝しげに桜介を見る顔が、少しだけ面白く感じて桜介は微笑んだ。

「だから、心配しなくても今後俺から蓮さんに関わったりしないよ。俺はストーカーなんかしない。それでも蓮さんが不安なら俺はどこでも働けるから他の県に引っ越してもいいし。何なら念書でも書こうか?」
「何、言ってんだ……?」
「俺のこと、不快に思う気持ちは当然のことだよ。そりゃあ気持ちに答えてもらえなかった後も、友人関係を続けてくれたらとは言ったけど、そんなの全然気にしなくていいんだから」

桜介はこの後に及んでもまだ笑顔を絶やさなかった。
8年の間、蓮に好きになってもらえるように笑顔でいることを心がけていたから、蓮と絶縁される今この瞬間にすらその癖は抜けなかった。
笑顔でいることは、人間関係に置いて大切なことだから、蓮と居られなくても蓮のおかげで身についたこの癖は失わないようにしようと桜介は思った。けれどーーーー

「桜介」

蓮が桜介の名を呼んだ次の瞬間には、桜介は蓮に抱き寄せられていた。
ふわりと蓮の匂いが鼻をくすぐり、ガチッとした体に包まれる感覚が心地よく、桜介はすぐには反応できなかった。
遅れて状況がおかしいことに気がつき、慌てて蓮の腕の中から逃れようと暴れる桜介を蓮はいとも簡単に抑える。

「ちょ、れ、蓮さん!? どうしたの!」
「桜介。俺がお前のこと好きだって言っても信じてくれないか? 好きってのはもちろん、お前が俺に思ってるのと同じ意味で」

抱き寄せられていることによって、言葉は全て耳元から聞こえ桜介の脳はショート寸前だった。
けれど、なんとか言われた内容を反芻する。

「好き? 俺を? 蓮さんが?」
「ああ。俺は桜介のことが好きだ」
「……そんな」
「お前に告白された時も、デート行った時も、俺はお前のことは息子みたいに思ってるだけだって本気で思ってた。だが、お前がショッピングモールであの居酒屋の店長と楽しげに話しているところを見た時も、駅の近くでナンパされて肩に手なんか回させてた時も、イラついて仕方ないことに気がついた。おまけに、彼氏ができたら俺に報告するとまで言われて俺は心底イラついた」
「だってそれは、俺を息子みたいに思ってくれてたから」
「違う。俺のはそんなきれいな感情じゃない。もっとどす黒くてドロドロしてんだ。お前を他の男に取られたくない。だが俺は誰かにこんな感情を持つのは初めてでこれが恋なんだって知るのに時間がかかっちまったんだ」
「初めてって……だって、蓮さんは数え切れないくらい元カノがいる」
「ああ。そのどれも俺を早々に振ってきたな。毎回毎回振られるたびに言われていたことがある」
「な、何?」

桜介はなぜこんなにもかっこいい蓮がいつもいつも振られるのか疑問だった。
その理由があるのなら知りたいと思い蓮を見つめると、蓮はニヤッと笑った。

「いつもな、『桜介桜介うるさい。その桜介とやらと結婚すればいいじゃない』そう言われるんだ」
「うそ」
「本当だ。だが、そんなことを言われても俺は自分の気持ちに気がついていなかったし、振られる度にお前が『俺と付き合えばいいじゃん』なんて冗談めかして言うから、冗談じゃないんだよってずっと思ってた」
「だ、だって、俺そんなの知らなかったから……ごめん」
「いや、俺が自分の気持ちにすら鈍いのが悪い。8年も待たせて悪かった。改めて、俺と付き合ってくれないか」
「……お、お願いします」

桜介がおずおずと答えると、蓮は嬉しそうに男くさい笑顔を浮かべた。

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