恋愛倉庫

四丁目の交差点の角のタバコ屋の二階に住んで居るレイチェル

３

「ちょっと大丈夫なの？　」


　そんな事聞かれても俺は自転車を漕がないといけない。今止まったら彼女を落と
　してしまうからだ。必死だった、きっと人生の中で一番本気になっている。
　彼女を外へ連れ出す事がどれだけ大変なのかも分かっているつもりだったが、
　実際にやってみるのはやはり違った。
　
　
　坂道を登り切り、彼女を落とさずに済んだ事に安堵してもまだ道は続いている。
　汗だくになっても、どんなにしんどくても、そんな事はどうでもいいと思えた
　のは彼女が俺に抱き着いているからで、どんどん力は沸いてくる。
　
　
　会場に着いてもまだ安心はできない。
　彼女がステージに上がるまでは……
　彼女が歌うまでは……歌い終わるまでは……
　彼女が家に帰るまでは……
　
　
　殆んど歌なんて耳には入って来なかった。
　彼女の事をずっと見ていた。
　だから会場の盛り上がりも、何か貰っていた事も、記憶になかった。
　
　
「すっごい楽しかった、最高ね！　」


　帰って来て彼女をベットに寝かせても興奮は治まらないようで、
　ずっとテンションが高いままで、そんな彼女を見ていると嬉しくなる。
　
　
「ありがとうね、私を連れ出してくれて」


　そして彼女にそう言われただけで俺は最高に幸せだったんだ。
　
　
　
　
　＊＊＊＊＊
　
　
　
　
「いつもの」


　常連の客が金と一緒にそういうから俺はいつものようにタバコを渡す。
　
　
「レイチェルはどうしてる？　」


　渡したタバコにさっそく火をつけながら常連は俺に聞いて来た。
　
　
「今頃は地球の裏側ですかね？　」


　彼女は翼を手に入れたのだ。
　もう何処にだって行ける。


「そうかい、スターは違うね～」


　そう言いながら男はタバコをふかして行ってしまう。
　あれからレイチェルの人生は一気に変わった。あの場に居た世界的に有名な
　音楽プロデューサーの目に留まり、彼女はスターダムに上り詰めた。
　今じゃあ世界の歌姫である。
　
　
　そして俺は今もタバコ屋の店番をしている。
　彼女からの連絡を待ちながら……