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トカゲ男
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しおりを挟む「もう! 何か言ってよ! 」
女はそう言うがトカゲは何の反応も示さない。
「わかった、もういい! 」
女はトカゲに見切りをつけて走っていく。
止めないといけないときっと誰もが思った事だろう。
「カット~! 」
そして監督の声がその場に響き渡る。
何やら人だかりがあると覗かずにはいられない習性をもつ俺は、買い物帰りに
覗いてみたらそこはドラマの撮影現場であった。それも今話題沸騰中のドラマで
トカゲとの恋愛模様が話題の奴だ。一体何処にそんな需要があったのかが分から
ないけど、こうして周りを囲んでいる人々の顔を見れば老いも若きも様々な顔が
そこにはあった。
要はそう言う事なのだろう。
「ねえ、監督。ちょっと今の取り直したいんだけど」
「よかったけどね~。そんなにダメだった~? 」
女優と監督が何やら話しているのが聞こえる。
ドラマの現場なんて見た事がなかった俺はなにやらすごくいいものを見れている
ような気分になって来ていた。
トカゲの方にはスタイリストらしい人が蝶ネクタイを整えているし、スタッフは
なにやら忙しそうに動いているし、こういう裏側を見れているという感じは結構
好きなのだ。
「おいちょっと」
監督に呼ばれやって来た男。
なにやらレクチャーを受けたその男はトカゲの元へ走っていくと何かを伝えて
いる様子だがここからは何を言っているのかはまったく聞き取れない。
「よ~い、スタ~ト! 」
そして撮影が始まる。
みんなが静かに見つめる中で女優の演技が始まる。
*****
「ちょっと監督! 」
もうこれで何度目になるだろうか? だんだん見ていた人達も去って行き、今で
はもう8人になってしまった。どうやらトカゲの演技が気に入らないらしい女優
が何度も撮り直し要求している事はわかった。
まあプロなのだし、そういう拘りがあるのは分かる。
それに久しぶりの当たり役で気合が入っているのも理解は出来るが、流石にもう
周りはうんざりしている。早く監督に終わらすように説得して欲しいと誰もが
思っている事だろう。
それでも俺はこの女優を支持する。
納得するまで撮るべきだと俺は思ったのだ。だから最後まで俺は付き合うつもり
でここ居る。
プシュ
その意気込みを見せる為にも帰ってから飲むはずだった缶ビールを開けた。
「兄ちゃん良い物持ってるな」
「要ります? 」
「いいのかい? 悪いね」
「どうぞどうぞ」
こうしてまだ残っている人はみんな戦友みたいなものである。
俺は他の人にも缶ビールを振る舞った。これは俺達の意思表明である。
いつまで続くのか分からないこの撮影に付き合うという決意を感じて欲しい
ものだ。
「それにしてもアイツはちゃんと伝えているのか? ここからじゃあ何も聞こえな
いからわからりゃしないぞ」
「確かにな。あんなにあの姉ちゃんががんばってるのにな。そろそろ決めてやれよ」
「ああそうだな。これでダメなら俺が言ってやりますよちゃんと伝えろって!
トカゲ男に」
「おお、いいぞ! 俺も言ってやる。お前は何の為に居るんだってな」
がははははっと笑う俺達におばさんがとても冴えた事を言う。
「あのトカゲ男が出ればいいんじゃないの? 」
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